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亡霊との対峙(1)

 翌日、いつものカラオケボックスで臨時の捜査会議が行われていた。

「沢渕くん、事件の真相をみんなに話して」

 叶美に促されて、沢渕は語り始めた。それは三十年前の夏、小学校を舞台に繰り広げられた悲しいドラマだった。誰もが微動だにせず聞き入っていた。話が終わっても、しばらくは口が利けない状態だった。

「沢渕くん、すごい」

 沈黙を破ったのは多喜子だった。小さな手を何度も叩いた。

「やっぱり幽霊なんて存在しなかったのね」

 雅美はポニーテールを大きく揺らした。

「俺も同じことを考えていたところさ」

 クマが腕組みして言った。

「結局、箕島校長はその田中に嵌められたって訳だ」

 直貴は、眼鏡の奥の目を光らせた。

「後は、この推理が正しいことを裏付ける証拠が必要なのです」

 沢渕が全員を見回して言った。

 それには誰もが口をつぐんでしまった。三十年経った今、一体どんな証拠が見つけられるかを考えているのだった。

 部長の叶美は立ち上がると、

「タイムリミットは後6日。何とかそれまでに犯人を割り出して自供させたいの。みんな頑張って頂戴」

 とは言ったものの、それが難しいことは自分自身がよく分かっていた。

「そうは言うけどな。今更証拠をどこで見つけりゃいいんだ?」

 とクマ。

 それには直貴が、

「唯一考えられるのは、田中が脅迫に使ったカセットテープだが、本当にあのグランドピアノのどこかに隠されているのだろうか?」

「調べようにも、鍵がないから蓋や天板が開けられませんからね」

 と多喜子。

「もうこうなったら、バラバラにぶっ壊して中を調べたらどうだ?」

 クマの声。

「ちょっと待ってください。僕に考えがあります」

 沢渕は慌ててみんなを制した。

「田中が誰か分かったら、最後の賭けに出ようと思います。ですので、それまではピアノには手を触れないでおきましょう」

「それで、クマ。現場監督の名前はいつ頃分かりそう?」

 叶美が訊いた。

「親父に調べてもらっているが、建設会社の名前までは判明してるんだ。だがな、この会社は二十年前に多額の負債を抱えて倒産しちまったんだ。だから、そちらから監督の名前を追うことはできない。今はその会社に在籍していたと思われる人物を探しているところだ」

「では、タキちゃんの方は、お父さんから何か聞いてる?」

「工事の図面や資料は、小学校に保管されてないそうです。それで卒業生に協力してもらって、当時の教職員に当たってもらってます」

「雅美ちゃんの方はどう?」

「近所の人に、学校写真を持っていないか聞いて回ったけど、ちょうど三十年前の増築中の頃の写真はなかなか出てこないのよ。それに行事を撮ったものはあっても、校舎そのものを撮った写真なんてないのよね」

「なるほど」

 叶美はつぶやいた。やはり三十年の年月が捜査の邪魔となる。これはある程度、予想していたことだった。

「それから直貴、箕島家について何か分かった?」

「調べてみたら、箕島校長の奥さんは病弱な身体のため、なかなか子どもを授かることができなかったようだ。しかし30年前の8月8日、奇跡的に女の子を出産した。が、母親は命を落とすことになった」

「それじゃあ、紗奈恵さんのお父さんというのは?」

「養子婿だね。そしてまた二人には子どもができなかったため、紗奈恵さんを養女として迎え入れることになった」

「沢渕くん、あの箕島校長がどうして遺体を隠すことを選択したのか、これで説明がつくわね。校長にとって、あの日は神様から大事な生命を授かる日だったのよ」

 叶美の目はどこか潤んでいた。

「おい、ところで今日タキネエはどうしたんだ、タキネエは?」

 部屋の沈んだ雰囲気を一掃するようにクマが訊いた。

「無料でジュースのお代わりを頼もうとしたら、カウンターにいないんだ」

「あんた、お代わりって、たまには自分で払ったらどうなのよ」

 雅美の正論。

「お姉ちゃんは、以前聞き込みをした日比野先生に呼ばれて、車で会いに行きました」

 多喜子が答えた。

「日比野先生っていえば、当時用務員と親しかった人よね」

 叶美は思い出した。

「何か新しい情報が出てくればいいんだけど」


 次の日の晩、クマから連絡があった。

「おい、晶也。現場監督の名前が判明したぞ」

 電話の向こうから興奮した声がした。

「うちの親戚に水道工事屋がいるんだが、そこを引退した親父さんが昔の納品書を保管していた。それで小学校の名前を調べてもらったら、三十年前の増築で配管工事をした記録が出てきた」

「それはありがたい」

 沢渕は神に感謝する気分だった。

「8月29日、水道管を納品した伝票と作業指示書に現場監督の名前とサインがある」

「それをお借りすることはできますか?」

「ああ、たぶん貸してくれるだろうが、どうすんだ?」

「サインがあるのなら、筆跡鑑定ができます」

「あのなあ、工事現場のサインってのは署名というより、単なる印だぞ。筆跡云々を語れるような代物じゃない」

「そうかもしれませんが、一応お願いします」

 今はどんな証拠でも大事にしなければならない。

「それで、名前は?」

「ああ、寺間てらま誠一郎ってやつだ。親父に聞いたら、驚いたことに今は市議会議員をやってるって話だぜ」

 沢渕はその名前に聞き覚えがなかったので、すぐにネットで検索してみた。確かに72歳の現職議員として出てきた。町の公共工事に多数関わっているようだ。

「寺間に当時10歳前後の娘はいたのでしょうか?」

「そこまでは分からんな」

「検索した情報では、大手建設会社の部長を経て、55歳で市議会選挙に出馬。高齢により引退する建築会社顧問の大票田をもらって初当選とあります」

「もしこいつが犯人だとすると、ちょっと面倒な相手だぜ」

 クマの言う通りである。議員という立場なら、攻め方は考えなければならない。

「もし娘がいて、市内に住んでいるのなら、まずはそちらから攻めたいと思います」

「そうだな。寺間本人に直接質したところで、そう簡単には認めないだろうからな」

「ありがとうございました。お父様にお礼を言っておいてください」

「そんなことは気にするな」


 直貴が寺間誠一郎の後援会に接触し、娘の名前と住所を聞き出してくれた。

「思ったよりも簡単な仕事だったよ」

 探偵部の副部長は、あっさりと言ってのけた。

 まずは市政報告書から「寺間議員を応援する会」の会長の名前と電話番号を割り出した。さらに彼の自宅を訪問し、自分は高校生だが寺間議員の日頃の活動に感銘して応援したい。今はまだ選挙権はないが、寺間議員に投票するように先輩たちを説得したいと熱く語った。

 するとシンパとして応接間に招かれ、小一時間話に付き合わされることになった。その際、建設会社に勤めていた時のことを訊くと、色々な武勇伝を聞かされた。その一つひとつが、いかに彼が仕事に対して謹厳実直だったかを証明するものであった。

 具体的にどんな工事に携わったのかを尋ねてみたが、会長はそれについては知らないようだった。その証拠に、小学校の名前を口にしても、何の反応もなかった。

 家族については、結婚して姓が変わったが、館岡たておか典子という40代の娘がいることを突き止めた。彼女の名前は支援者名簿の最初のページに載っていたので、すばやく住所を暗記して、何食わぬ顔で会長宅を後にしたと直貴は報告した。

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