沢渕晶也の推理(2)
叶美と沢渕は運動場の真ん中に寝転んでいた。静まりかえった空間で、二人が紡ぐ言葉だけが熱く立ち昇っていく。
「では、続きをどうぞ」
叶美は早く続きが知りたかった。三十年前の夏、この場所で起きた事件が徐々に明らかになっていくことに興奮を覚えていた。
「箕島校長は一時的に遺体を隠すことを選択しました。とはいえ、勝手の分からない校舎内に隠す気にはなれません。その時思いついたのが校庭の片隅でした。昼間にタイムカプセルを埋設するイベントが行われたので、校長にとっては最も馴染みがある場所です。それに一度掘り起こした土はまだ柔らかいはずです。女児を隠すぐらいならすぐにできると考えます。
彼は遺体を担いで校庭に運ぶと、倉庫からスコップも持ってきました。昼間作業に立ち会ったおかげで、道具の場所も分かっています。
実際に土を掘り起こしてみると、タイムカプセルが邪魔になり遺体をうまく隠すことができません。そこで手近にあった一つを取り出します。これがたまたま6年2組、みなみのクラスのものでした。どのみち遺体は後日掘り起こして処理するつもりですから、深く埋める必要はありません。足を折り曲げてカプセル一つ分の隙間に入れ、上体をカプセルに覆い被せて、最後に土を被せておきました。
まさか学校関係者でも、三十年後に掘り起こす予定の場所をすぐ触る者はいないでしょう。思えば、これは一番安全な隠し場所と言えるでしょう」
「遺体を隠すのにどのくらい時間が掛かったのかしら? もたもたしていると、父親が仕事から帰ってきてしまうわ」
「1時間ぐらいでしょうか。実際はもっと掛かったのかもしれませんが、庄一が帰ってくる前に片づけることができた」
「月明かりを頼りに作業したのでしょうね。夜の小学校で人知れずそんなことが行われていたなんて、何だか狂気を感じるわ」
叶美はそこまで言うと、突然思いついたように、
「せっかく話が煮詰まってきたところ申し訳ないけれど、遺体を校庭に埋めたのは箕島校長ではなくて田中だった可能性はないの? 考えてみれば、彼も昼間の作業は見ていたはずよ。遺体を埋めることを思いついたっておかしくないわ」
「確かにあの箕島校長が、果たして遺体を隠すことを積極的にしただろうかという点には疑問が残りますが、そうさせるほど重要な家族のイベントが控えていたのでしょう。この後の展開からすると、やはりここは田中ではなく、校長でなくてはなりません」
「分かった。じゃあ、今のところ不自然な点はないと思う」
「ありがとうございます。では次に進みます」
「現場監督の田中は、この校長の作業を足場からずっと見守っていて、あることを思いつきます。
不慮の事故で亡くなった少女を利用して、ひと儲けできるのではないかと。
まもなく父親が戻ってきます。当然娘がいないことに気づき、騒ぎ出すに違いありません。そこへ誘拐犯を装って、職員室に電話を掛け身代金を要求するのです。
意外とこれは面白い犯罪になるかもしれません。用務員に身代金を要求すれば、きっと校長に相談するはずです。しかしその校長はすでに人質が死んでいることを知っているのです。しかも殺したのは自分自身なのです。もちろんそれを父親に告白する訳にもいかず、ましてや警察に届けることもできません。おそらくこちらの指示に忠実に従うほかないでしょう。
つまりこの誘拐は、実は脅迫される側にも味方が一人いるという、極めて成功率の高い犯罪となるのです。
田中は真っ暗なプレハブ小屋で、父親が帰って来るのを息を潜めて待っていました。電話の内容や身代金の額、その受け渡し方法を一人思案していると、ふとあることが頭をよぎります。
まさか娘は父親に、自分のことを話していないだろうか?
彼女とは何度か接してはいますが、そんな話は聞いたことがありません。しかしだからといって、父親が何も知らないかどうかは分からないのです。
そう言えば、彼女はいつもポシェットのようなカバンを肩から掛けていましたが、今夜はどうだったのだろう。彼女は手紙のようなものを書くのが好きで、可愛らしいメモ帳をいつも持ち歩いていました。その内容を見たことはありませんが、もしもそこに夜の密会のことが書かれていたらどうでしょう。それが明るみに出れば、誰だって自分と彼女の失踪とを結びつけるに決まっています。そう思うと、田中は居ても立ってもいられなくなります。
田中は彼女の遺体を掘り返し、身につけていたはずのポシェットの中身を確認することにします。地を這うように校庭の隅に行き、先ほど校長が埋めた土を掘り返します。スコップを使えば楽なのですが、音が出てしまうことを嫌い、手で掘り起こします。
遺体に手を回して探ってみましたが、ポシェットはありません。いよいよ田中は焦り始めます。遺体を一度外に出してしっかり調べようとしましたが、ちょうどその時父親が帰ってきたのです。
一刻も早くその場を去らなければなりません。田中は遺体に土を被せます。慌てているので、作業が雑になりました。隠したつもりが、片手が地面から出てしまったのです」
ここで叶美が小さなうなり声を上げた。
「沢渕くん、あなたって三十年前ここで現場を見ていたかのように話すわね」
「何のことですか?」
「みなみさんが持っていたポシェットとか」
「それは集合写真に、何人かの女の子が肩からそれらしき物を掛けていたからです。当時女子の間で流行っていたのではないかと思ったのです」
「なるほどね。それにしても、疑心暗鬼になる田中の心理もよく分かるわ。犯罪者は自分に不都合なことを隠そうとするあまり、余計な小細工をして墓穴を掘ることがあるから」
「父親庄一が帰ってきて、部屋に戻ると娘みなみの姿がない。彼は当然、校内を探したでしょう。特にピアノが置いてある音楽室へは真っ先に駆けつけたでしょう。しかし娘の姿はどこにもない。藁にもすがる思いで、明かりの点いていた校長室のドアをノックします。そこに居てくれた校長に頼るほかはありません」
「ちょっと待って。どうして校長は月ヶ瀬庄一が帰ってくるまでじっと待っていたの。遺体を埋めた後、すぐに学校を去った方が怪しまれないで済むでしょう」
叶美が疑問を投げかけた。
「校長は用務員のことを知らされていなくて、まさかこんな夜遅くに学校にやって来る人物がいるとは思っていなかったのかもしれません。それに遺体を隠した後、校長にはまだやるべきことがありますよ」
「何よ?」
「明るい場所で車の破損状況を確認することです。人をはねた車はボディが損傷を受けたり、血液などが飛び散ったりしているかもしれません。夜のため、はっきりと確認ができないのです。もし異常な状態のまま車で帰宅すれば、家族に何事かと問い詰められるでしょう。交通事故を起こしたことは誰の目にも明らかですから」
「そうよね。そのままの状態で走り出して、パトロール中の警官にでも見つかったら職務質問を受けるに決まっているわ」
「実際にはボディには目立つ損傷はなかったようです。直貴先輩が鹿沼から見せてもらった写真には、駅の駐車場に停められた無傷の白いセダンが写っていました。だから田中は車の側面辺りにみなみの遺体を軽く当てた程度だったと言ったのです」
「でも校長としては、自分が一人の少女を轢き殺したと勘違いしたのね」
突然、遠くで救急車のサイレンが鳴った。神経を揺さぶるほどの甲高い音は夜の校舎にも反響した。
しばらくして静寂が戻ってくると、二人は再び星降る夜空に見守られていた。それは贅沢な天然のプラネタリウムのようだった。
「考えてみれば、みなみさんって可哀想よね」
叶美がぽつりと言った。
沢渕が何も言わずにいると、
「だってそうでしょ。生きていたら、今頃私たちと同じ年頃の子どもがいたかもしれない。もしかすると、その子は同じ学校に通っていて同級生だったかもしれない」
叶美は感傷的になっているようだった。しばらく何も言わず天を眺めた。
「ねえ、手を繋がない?」
突然言い出した。
「どうかしましたか?」
「だって、この場所は月ヶ瀬みなみさんにとってはお墓も同然よ。それを思うと何だかやるせなくて」
「分かりました」
沢渕は叶美の手をとった。柔らかい感触が伝わる。一緒にこの難局を乗り越えている、そんな一体感が生まれた。彼女が探偵部の部長で本当によかったと思う。
月ヶ瀬みなみが不幸な事故に見舞われて三十年。彼女は成長することなく、当時のままの姿を今に晒すこととなった。周りの人々は皆成人となり、社会的責任を持つ身分となった。しかし彼女だけはあの日のままなのである。
叶美は、この事件を解決することが彼女の供養になる気がしてならなかった。
沢渕と繋がる手には自然と力が入った。




