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ジャーナリストとの取引

 男子3人は部室である大部屋に戻ってきた。盗聴器は靴で踏みつけて、すでに破壊してある。

「沢渕くん、どう思う?」

 直貴が扉を閉めるなり訊いた。

「僕はこれまで3人の男の姿を見ました。まずはデパートで箕島紗奈恵さんのハンドバッグを奪おうとした男、さらに佐々峰多喜子さんの後をつけていた男、そして今日隣の部屋で盗聴をしていた男。これら3人は別人のように思えます」

「ということは、連中は組織に所属していて、我々の動向を監視しているということになるね」

 さすがに直貴は鋭い。

「問題は、誰がその組織を差し向けているかです。我々探偵部の存在や、事件に箕島家が関与していることを知る人物は一人しかいません」

「誰だい、そりゃ?」

 クマが訊いた。

「ジャーナリストの鹿沼武義ですよ。鹿沼は直貴先輩と接触した後、探偵社を雇い、我々の動きを通して事件について調べていたのでしょう」

「しかし、盗聴器を仕掛けられるとは迂闊だったよ」

 直貴は渋い表情を浮かべた。

「済んだことは仕方ありません。しかし鹿沼に釘を刺しておく必要があります。こちらから連絡を取れますか?」

「ああ、名刺をもらっているから、早速電話してみよう」

 スマホの音声をスピーカーから流した。

「やあ、堀元君。お久しぶりだね」

 鹿沼はのんびりとした調子で答えた。

 直貴は挨拶もせずに、

「鹿沼さん、ひどいじゃないですか。探偵を差し向けて僕らの活動を監視したり、箕島さんにつきまとったりした。この件についてきちんと説明してもらえますか?」

「これも取材の一環でね。別に君たちの捜査を妨害した覚えはない」

 さすがはジャーナリスト、手慣れたものである。一般人に抗議されても悪びれる様子は見せない。相手が高校生と思って、なめてかかっているのかもしれない。

「しかし、人の鞄に盗聴器を仕掛けたり、関係者のハンドバッグを奪ったりするのは行き過ぎでしょう」

「それは私のあずかり知らぬことだ。知り合いの探偵社に君たちの調査を依頼したのは事実だが、こちらが具体的な指示をしている訳ではない。文句があるなら、探偵社に直接言うんだな」

「どちらの探偵社ですか?」

「それを答える義務はない」

「それじゃあ、文句も言えないではないですか」

 直貴は思わず大声で返した。

「実は私が契約している週刊誌で、今度この事件を扱うことになってね」

「まだ事件の全容は分かっていませんよ」

「いや、おおよその見当はついている。三十年前、小学校の用務員月ヶ瀬庄一とその娘みなみを殺害したのは、当時の校長、箕島氏だ」

「ちょっと待ってください」

 我慢ならず割り込んだのは、沢渕だった。

「おや、堀元君の仲間かい。お名前は?」

 鹿沼は相変わらず人を食ったような口調だった。

「後輩の沢渕です。箕島校長が事件の犯人である証拠はあるのですか? 裏は取れているのですか?」

「心配には及ばんよ。私には自信がある。箕島校長が残した日誌の存在も知っている」

「どうしてそれを?」

「君たちの捜査会議をずっと聞いていたからね。おお、そうか、君が沢渕君か。会議では鋭い推理を披露してくれたね。君自身も校長が犯人だと言っていたじゃないか」

 鹿沼は妙に馴れ馴れしかった。とても初対面とは思えない。

「いえ、校長が犯人となり得る状況があると言っただけで、真犯人と決めつけた訳ではありません。むしろこれからの捜査では、彼こそが被害者である可能性があります」

「君も必死だね」

 鹿沼は不敵にも笑った。

「そりゃ、無理もないか。箕島校長の孫から重要な証拠である日誌を受け取っておいて、それが明るみに出れば君の立場が悪くなるからな」

「そんなことより、まだ入院している箕島校長の尊厳の問題です。ろくに事実を追求もせず、口の利けない病人に全ての罪を着せてよい訳がない。いちジャーナリストとして、えん罪を生む行為が許されるのですか?」

「君たちには悪いが、私はプロだ。箕島家から訴えられても裁判で勝つ方法をいくつも知っている。記事の書き方一つで、いくらでも追求を逃れる術を持っているのだよ。それに私の推測では、箕島校長の意識はすでに回復している。警察の捜査が及ばぬよう、意識不明を装っているだけだ」

「そんなはずがない。現に医者が、彼の容態は悪化していると言っています」

「君は箕島家に騙されているんだよ」

「校長の実名を報道する気ですか?」

「そうなるだろうね。たとえイニシャルをMとしたところで、当時の校長の名前ぐらい他の報道機関がすぐに調べ上げるさ。他社に抜かれるぐらいなら、うちが一番に実名報道するよ」

 鹿沼は笑った。駄目だ、これでは話にならない。

「では、取引しませんか?」

 沢渕は苦し紛れに言った。

「例の音楽準備室に現れた亡霊の動画かい? それはもう見せてもらったよ。あれは孫娘の紗奈恵とやらが亡霊に扮しているのだろう。月ヶ瀬親子を殺した祖父がその供養として差し向けているのさ」

「あなたの推測はまるでデタラメだ。事件のことを何も分かっていない。その程度の記事では、世間から非難を受けるのはあなた自身ですよ」

「ふん、それは君が関与することではない。それで、取引というのは?」

「僕は箕島さんから当時校長が撮った写真を預かっています。おそらく事件に関する重要な証拠と思われますが、あなたはそれを見ていないはずだ。それを提供するという条件で、週刊誌への掲載は延期してもらえませんか?」

「写真の存在については知っているよ。君たちの会議に出てきたからね。でもそこまで価値のある写真ではなさそうだ。君は写真の謎とやらも解いたのかい?」

 沢渕は口をつぐんだ。

「プロのジャーナリストと駆け引きなどしないことだ。君たちが考えているほどマスコミは甘くないよ。そんな写真は雑誌に掲載したところで何の得にもならない」

「鹿沼さん、それではあなたが記事にしようとしている内容を教えてもらえますか。今ここでそれが間違っていることを指摘します。あなたとしても不正確な記事を掲載したら、ジャーナリスト失格の烙印が押されることになりますよ」

「沢渕君とかいったね。なかなか口がお上手だ。だがその手には乗らんよ。私が発売前の週刊誌の記事を、ここでペラペラ喋ると思うかい? 悪いが内容については、実際に発売されてから手に取って読んでみてくれ」

 鹿沼は一歩も引かなかった。沢渕には最早、切り札はなかった。

「その週刊誌の発売日はいつです?」

「今日から12日後だ」

「原稿の差し替えが可能なのはいつまでですか?」

「ぎりぎり待って7日後までだが、どうしてそんなことを訊くんだ?」

「分かりました。では僕が7日以内に真相を解き明かし、あなたに伝えたら記事は差し替えてくれますか?」

「そりゃあ、可能だが、まさか君はそれまでに事件を解決するというのか。箕島校長が犯人でない証拠を見つけられるというのか。それだけじゃない。真犯人が誰かを突き止めなきゃならないんだぞ」

「ええ、やってみせますよ」

「そんなハッタリには乗らんよ。真実がどうであれ、君には記事を差し止めることしか頭にないんだ。だからそんないい加減なことが言えるんだろ?」

「どう思おうと、それはあなたの勝手です。一週間以内に私は真実を解き明かします。あなたが無視するなら、それでも構いません。私は他社にそのネタを持ち込みます。同時期に他社の週刊誌も同じ事件を扱って、あなたの方が間違っていたらどうなるでしょうね。最悪あなたはジャーナリストの座を追われることになるかもしれない。それもあなたの自由です」

「分かったよ。それでは君の腕前を見せてもらうことにしよう。君の話を最初に聞く権利は、この私にある。それが真実なら全面的に記事を差し替えよう。それで取引は成立だ。他社より先に、まずは私に聞かせるんだ。いいか、それを忘れるなよ」

 そう言って、鹿沼は一方的に電話を切った。

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