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亡霊のビデオ撮影(2)

 放課後、沢渕晶也(まさや)は一人教室を出た。同じクラスの佐々峰多喜子を誘おうとして、辺りを見回したが、すでに彼女の姿はなかった。

 この後、探偵部の捜査会議が開かれることになっている。多喜子の姉、奈帆子が働くカラオケボックスがその集合場所である。

 校舎を出ると、すぐに知り合いの背中を発見した。

 森崎叶美(かなみ)である。

 姿勢を正し、凜とした足の運びは、自信の表れのように見える。彼女は生徒会長として、学校中の生徒、教師らの信望を集めてやまない。

 今、通り掛かった後輩が、立ち止まって一礼をした。それに応えるように、長い髪が背中でさらりと流れた。

 しかし、そんな生徒会長も校門を出ると、途端に変化を見せた。両肩はだらりと下がり、足の運びはたどたどしい。それは緊張感から解放されたというより、何か悩みごとを抱えているといった様子である。

「森崎先輩」

 やや間があってから、ゆっくりと振り返ってくれた。うつろな目は、やはりさっきとは別人さながらだった。

「なあんだ、沢渕くんか」

 それだけ言うと、また前を向いた。

「先輩、どこか具合でも悪いんですか? 随分と元気がないようですが」

「そりゃ、元気もなくなるわよ」

 まるで自分に腹を立てているようだった。

「昼休みの件ですか?」

「ええ、そうよ」

 その件について、実はまだ何も聞かされていない。

 化学準備室に入った途端、探偵部全員、いや正確には叶美を除く全員が手を高く上げていた。それは何かの決起集会を思わせた。詳細を訊こうにも、部員らはこれ以上昼休みを潰されてなるものかと、蜘蛛の子を散らすようにその場を去った。

「あれは一体、何だったのですか?」

「お化け退治するんですって」

 呆れた調子で言った。

「お化け?」

 すると部長は音楽準備室の怪談を聞かせてくれた。

「沢渕くんは、この話知ってた?」

「はい、どこかで聞いたような気がします」

「でも、それって探偵部でどうにかなる話なのかしら?」

 確かに彼女の言う通りである。最終的に何がどうなればいいのだろうか。そもそも亡霊を捕まえることができるのだろうか。

 商店街に差し掛かると、遠くで二つの制服が異彩を放っていた。片や巨木、片やマッチ棒。隣同士に並んだ両者はあまりにも対照的である。街行く人も、その組み合わせに誰もが振り返っている。

「クマとタキちゃんだわ」

 叶美も二人に気がついた。

「厄介なのは、今回タキちゃんが一番張り切っていることなのよ。何でそんなに幽霊が好きなのかしら?」

 なるほど、両者は珍しく趣味嗜好が一致したということか。沢渕は納得した。

 繁華街の中心に鎮座するカラオケボックスに到着した。ここが探偵部の正式な部室となっている。

「いらっしゃいませ」

 そんな定型句を発した後、すかさず佐々峰奈帆子がカウンターの奥から飛び出してきた。

「うちの妹とクマ、珍しく意気投合してるけど、何かあったの?」

 やはり姉の目にも奇異に映る光景のようであった。


「それでは亡霊退治作戦、第一回会議をここに開催する」

 クマが立ち上がって宣言した。

 叶美は隣で、素知らぬ顔をしてストローを咥えている。

「今回、部長の森崎がこの通り、まったくやる気を見せていない。よってこの久万秋進士が代わって指揮を執る」

「独裁者、誕生の瞬間ね」

 橘雅美(みやび)のひと声に、

「そこの君、口を慎み給え」

 野太い声が被せられた。

「今回、我々の最大の任務は幽霊の捕獲である」

「あの、ちょっといいですか?」

 沢渕が控え目に手を挙げた。

「霊っていうのは人の手で捕まえられるものなんですか? ふっと消えたりしないんですか?」

「沢渕隊員。貴様は隊長に向かって、何をトンチンカンなことを言っておるのだ」

 クマは声を荒らげた。周りに緊張が走る。

「幽霊なんだから、生身の人間と違って捕まえることはできないかもしれない。そんなことは分かっている。そうではなくて、霊に怖じけずに立ち向かっていく、その精神こそが大切なのだよ。我々探偵部に欠けているのは、まさにそれなのだ」

 部屋の隅で、多喜子が小さく拍手をした。

「結局、何がしたいのよ、あんたは?」

 雅美が我慢ならないとばかりに訊いた。

「だから、亡霊の姿をカメラに収めるんだよ」

「収めてどうするのよ?」

 追求は続く。

「上手く撮れたら記念になるだろうが」

「記念にしてどうするのよ?」

「そしたら、テレビ局かどこかに売ればいいだろ」

「結局、行き着く先はお金じゃないの」

 雅美はついにクマの本心を暴き出した。

「そんなことだろうと思ってたわ」

 叶美がテーブルにグラスを置いた。

「おい、森崎。この作戦は中止にできないぞ。昼間多数決で決めたことだからな。まさか民主主義を否定するつもりじゃないだろうな?」

「もちろん、そんなことはしないわ。どうぞ勝手にやって頂戴。だけどカメラ設置の根回しはあなたがやるのよ」

「えー。そこは頼むよ。俺はしがない柔道部員なんだから」

 クマは途端に弱音を吐いた。

「どんなカメラを仕掛けるつもりなんですか?」

 沢渕が訊いた。

「これだよ」

 堀元直貴が取り出したのは、少し古めのノートパソコンだった。蓋を開くと、液晶画面の上端部に丸い部分があった。

「ここがカメラになっている。これを使えば、校内の無線LANを通して、映像をインターネットで配信できる。当然バッテリーは持たないから、AC電源で駆動させて二十四時間の監視が可能となる」

 沢渕は音楽準備室の構造を思い出しながら、

「ピアノを弾く亡霊を撮るには、カメラは窓に向けて壁側に設置することになりますね?」

「そうだね」

「カメラを窓に向けるのでしたら、天体の動きを観測するためと申請してはどうでしょうか?」

 その提案に、叶美の顔がぱっと輝いた。

「なるほど。それなら不審に思われないわね」

「よし、それじゃ決まりだな」

 隊長は一安心したのか、腰を降ろすと、これまでの遅れを取り戻すかのような速さで、ジュースやお菓子を手に取った。

「ところで、二十四時間監視って誰がどうやってするのよ?」

 叶美はまるで他人事のように訊いた。

「そりゃ、もちろん分担制だ」

 クマはそう言うと、何やらテーブルに置いた。

 ルーレット状の大小二枚の厚紙を中心で重ねたもので、上の紙には部員7名の名前、下の紙には1日24時間が等分に刻まれている。

 叶美はすぐに思い至った。これは小学生が掃除当番の持ち回りを決める際に使う小道具ではないか。

「ちょっと、こんなのいつ作ったの?」

「授業中に一生懸命作ったんだぞ。どうだ、よくできているだろう」

 クマは体に似合わぬ小さな紙切れを嬉しそうに動かして見せた。

 部屋の中は沈黙に支配された。誰もが唖然としている。

 どうしてこの情熱を他のことに生かせないのか、叶美には不思議でしょうがなかった。

 直貴が隊長の真正面にパソコンを置いて、機材の準備を整えた。

「準備完了。それではカメラのテストをしてみよう」

 キーボードを叩くと、全員にカメラのアドレスを伝えた。

 部員はそれぞれの端末でアクセスを開始した。

「うわぁ、クマのどアップだわ」

 雅美が声を上げた。

「結構、鮮明に写るものですね」

 と多喜子。

「深夜に亡霊を撮影するには、カメラの感度を上げておく必要があるんだ」

「それでは、部屋を暗くしてみるわよ」

 天井のスピーカーから奈帆子の声がした。彼女も店の受付で会議をずっと見守っていたのだ。

 部屋の照明が徐々に落ちていく。直貴は慣れた手つきでパソコンを操作した。

 クマの顔から肌色が奪われて、緑の塊へと変化した。その上には盛大なノイズが載っている。

「どうせ亡霊に色はついてないんだから、これで十分だろう」

 隊長は画質に満足した様子である。

「そうですね。亡霊って、基本的には無色透明ですからね」

 多喜子も自信を持って言った。

(それでは、何も見えないではないか)

 沢渕は心の中でつぶやいた。

「クマ、あんたこそ探偵部に取り憑いた悪霊じゃないの」

 雅美の一撃に、部屋は笑いの渦に包まれた。

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