箕島家に迫る魔の手
8月も中旬に差し掛かる頃には、マスコミ報道は嘘のように消えていた。
小学生月ヶ瀬みなみが校庭から白骨で発見された事件も、最初はセンセーショナルなものだったが、さすがに三十年も前の事件では捜査に進展も見られず、視聴者の興味も薄れてしまったのだろう。
ただ一部の週刊誌では、父親の月ヶ瀬庄一を重要参考人として、その行方を追うといった特集も組まれてはいたが、こちらも探偵部が掴んでいる以上の情報はなく、まるで参考にはならなかった。
探偵部の捜査も暗礁に乗り上げていた。
メンバーは割り当てられた調査をさらに進めてみたものの、特に目新しい発見はなく、依然として推理は堂々巡りするばかりであった。
しかしながら僅かながら新事実も出てきた。
まずは月ヶ瀬みなみについて。鑑識によれば三十年間地中に埋められていたせいで、骨の損傷がひどく断定は難しいが、肋骨の一部と左足首が折れている可能性が出てきた。
タイムカプセルの穴に埋められた際、すでに死んでいたと考えられるので、おそらくこれらの怪我は暴漢に襲われた時にできたのではないかと推定された。
佐々峰多喜子は、小学6年生の女子児童に骨が折れるほどの傷を負わせた犯人は絶対に許すことができないと憤った。もしこれが誘拐事件だったのであれば、犯人は身代金受け取り後、彼女を無事に帰す気はなく、最初から殺すつもりだったのではないかと考えられた。
次に音楽準備室のグランドピアノについて。これは隣接する小学校から買い取ったものであることが判明した。生徒会長である森崎叶美が学校史や関係者に当たって調査した結果分かったことである。
小学校で暮らしていた用務員の月ヶ瀬庄一は、山神高校にも仕事で出入りしていた。ところがこの親子が姿を消してから、小学校の音楽室のグランドピアノが深夜に鳴り響くという噂が持ち上がった。当時のPTA会長がそれは子どもの教育によくないと、処分を検討したところ、付き合いのあった山神高校の理事長が買い取ったというのだ。
小学校からピアノがなくなったので、当然怪談もそこで消滅したのだが、今度は山神高校の怪談として復活を遂げ、語り継がれることになってしまった。
映像に収めた亡霊が当時同じように小学校に現れていたというのなら、その亡霊を演じる人物は余程そのピアノに執着していることになる。
映像を分析した鍵谷先生によれば、亡霊なる人物は身長160センチ以上、体型から考えて女性の可能性もある。
小学校と高校両方の鍵を持っているのは、用務員をしていた月ヶ瀬庄一しか考えられないが、彼の身長は160センチに満たないと推定されるため、亡霊の正体は彼ではないと思われた。
そうなると庄一から鍵を譲り受けた何者かが、かれこれ三十年にわたってピアノを弾きに来ているという話になる。
探偵部の出した結論として、三十年前の8月の時点で月ヶ瀬庄一はすでに死んでいる可能性が高い。おそらく彼も娘同様、何者かに殺されて鍵を奪われた。その犯人こそが、亡霊に成りすましてピアノを弾きに来ていたのだ。
久万秋進士は、それなら今度は校舎内に張り込んで、その人物を捕まえてはどうかと提案したが、いつ現れるか分からない人物を毎晩張り込むのは現実的ではなかった。
しかもこれまで亡霊と信じてやまなかった月ヶ瀬みなみが小学校の校庭で白骨化遺体として発見されたことで、その亡霊役を演じていた人物はもう来ないのではないかとも考えられた。
さて父親月ヶ瀬庄一の行方についてだが、彼も殺されているのなら、遺体がどこにあるのかという新たな疑問も出てくる。
彼は自家用車を持っていなかったので、行動範囲は狭いと言えるだろう。愛用の自転車はそのまま小学校の敷地内に放置されていたことが分かっている。
犯人によって車で連れ去られ、殺害後どこか人知れず山奥に遺棄されたのなら、その発見は困難を極めるだろう。
しかし、もし学校内で殺害されたのなら、まだその敷地内に遺体は隠されているのではないかと佐々峰奈帆子は推理した。
娘のみなみはタイムカプセルの穴に埋められていたが、これは一度掘った穴をもう一度掘り返すのが作業上楽であったからと沢渕は考えている。とするならば、彼の遺体もそこにあると考えられるが、警察がかなり奥まで掘り起こしたものの発見には至らなかった。
校舎内に隠すことは現実的ではないので、やはりどこか校庭の地中ということになるのだろうか。しかし成人男性一人を隠すほどの穴を掘るには相当な労力が必要である。果たして短時間で犯人はそんな穴を掘ることができたのだろうか。
人目につくことなく、時間を掛けて遺体の処理をするというのなら、やはり犯人は日頃学校にいる教職員ということにならないだろうか。これが沢渕以外のメンバーが内部犯人説を支持する所以である。
一方沢渕は月ヶ瀬みなみ殺害に関しては校長犯人説まで唱えており、一連の事件が同一犯の仕業であるならば、校長は気が触れてから、娘のみならず父親庄一まで殺したことになる。そんなことが果たして可能なのかという疑問が残る。
それについては、クマが面白い意見を出した。実は日誌に書かれていることは、全て校長の創作ではないかというものである。すなわち校長の気は触れておらず、密かに犯罪を完遂させたというのだ。
それを聞いた探偵部のメンバーは、もしかするとそれで全ての怪奇現象が説明できるのではないかと色めき立ったが、校長が現実に鉄道自殺を図っていることを考慮すると、直ちにその可能性はないと結論づけられた。
堀元直貴は校長の鉄道自殺に関してフリーライターの鹿沼武義から情報を得たが、その代償として亡霊の動画を提供することになった。これにはクマ隊長の怒りをかったが、情報を引き出すためには仕方がなかったと、探偵部のメンバーは誰もが容認する結果になった。
しかしながら、この動画はまだ世間には公表されてはいない。亡霊というより人間が写っている映像は、その行動に説明がつかない限り公開しても意味がない、そうメディアは考えているのかもしれない。
8月中旬の日曜日、沢渕と叶美は箕島紗奈恵に呼び出された。会って伝えたいことがあると言う。
待ち合わせ場所はデパートである。その訳を訊いてみると、商工会から貰ったデパートの割引券があるので、二人に差し上げたいとのことだった。
沢渕は金品の授受については丁寧に断ったのだが、紗奈恵はどうしてもと譲らなかった。期限が切れて紙くずになるくらいなら、どなたかに使ってもらった方がいいと言うのである。どうか探偵部の皆様が必要な物を購入してくださいと主張した。
優待券はさておき、紗奈恵から話があるというのは無視できなかった。そこで叶美に連絡を入れて、約束の時間より前に二人で落ち合うことにした。
デパートというのは、沢渕とって居心地の悪い場所である。男子高校生が寄りつく場所ではない。明らかに場違いに感じられた。一方の叶美は満更ではない顔をしている。
「ちょっと早く来すぎましたね」
「それじゃあ、時間つぶしに一緒に見て回りましょうよ」
叶美は嬉しそうに言った。
しばらく高級毛皮や時計や指輪などの売り場を見て回ったが、店員からは一度も声を掛けられなかった。さすがに向こうも見込み客かどうかを選別しているらしい。むしろそれは沢渕にとってはありがたかった。
約束の時間が近づいてきたので、1階玄関に戻ると、ちょうど紗奈恵が白いワンピース姿で中に入ってくるところだった。
その時である。沢渕は無防備な彼女に危険が迫っていることを察知した。
「森崎先輩、箕島さんを確保してください!」
そう言い残して紗奈恵の元へ駆け出した。
「えっ、一体どういうこと?」
叶美の声を無視して、沢渕は通路を真っ直ぐ駆け抜けた。
走りながらも、彼女の背後から近づく眼光鋭い男から目を離さなかった。
「あら、沢渕さん」
紗奈恵は笑顔で手を上げたが、何も応えず真横を通り抜けた。
彼女を尾行していた男が猛スピードで近づく若者に気がついた。突然、踵を返して脱兎のごとく駆け出した。
「おい、ちょっと待て!」
もう少しで男の腕を掴める距離まで迫っていたが、動きの鈍い中年女性二人組と交錯してしまった。行く手を遮られた。
男はあっさりと視界から消え去ってしまった。
「どうも失礼しました。お怪我はありませんか?」
沢渕が中年女性に丁寧に訊くと、
「いいえ、大丈夫ですよ」
と品のよい女性の一人が答えた。
沢渕は念のため、デパートの外に出て辺りを見回した。しかし男の姿はどこにもなかった。
叶美と紗奈恵が入口付近で肩を並べて待っていた。
「一体何があったの?」
叶美が訊く。
紗奈恵は驚いて顔が引きつっている。
沢渕は肩で息をしながら、
「とりあえず、場所を変えましょう」
と言うと、
「それでしたら、最上階のレストランはいかがでしょう?」
紗奈恵は恐る恐る声を出した。




