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捜査会議(3)

「タキちゃん、そんなに思い詰めなくても大丈夫よ。この事件が亡霊の仕業なんてことは絶対にないから」

 叶美が、震える肩に優しく手を掛けた。

「さあ、みなさん。枝葉末節にとらわれることなく、先へ進みましょう」

 その明るい声は、どうやら多喜子の不安を取り除くために発せられたのであった。

「そうは言うけどさ、校長が誘拐犯かどうかってのは、まさにこの事件の核心じゃねえのか」

 クマが蒸し返した。

「いいのよ。それについては、後ほど私と沢渕くんの推理を聞かせてあげるから」

「さっき言ってた、田中とかいう犯人のことか。適当にも程があるぜ、まったく」

「うるさいわね。いいから次へ行くわよ」

 叶美はクマを強引にねじ伏せた。

「7日の夜、父親庄一が仕事から帰ってきて、娘のみなみがいないことに気がついたところから始めるわよ。この後、彼はどうしたと思う?」

 それには直貴が口を開いた。

「校内を探しただろうね。まずは音楽室へ向かったと思う。彼女はよく一人でグランドピアノを弾いていたからね」

 沢渕はそんなメンバーの議論から一人離れ、別のことを考えていた。

 校長が撮った写真についてである。音楽室の窓に、ぼんやりと映った白い光。しかもどうやら点滅をしているらしい。高速シャッターにもかかわらず、ブレずに写ったあの光は一体何だったのか。

 夜に音楽室に出入りする者は用務員とその娘ぐらいしか考えられないが、しっかりと固定された光源とは何であろうか。小さな光とはいえ、用務員が照らした懐中電灯の明かりなどではない。娘にしろ、ピアノを弾くのであれば、教室全体の照明をつけるはずで、あんな豆粒のような光にはならない。

 では、あれは一体何なのか。恐らく撮り直された写真が犯人の手によって処分されたことを考えると、どうしても無視できない被写体である。その意味が分かれば、犯人に迫れるような気がするのだ。

 部屋では、叶美と直貴のやり取りが続いていた。

「でも、娘は音楽室にはいなかったのよね」

「ああ、彼女はすでにこの時点で殺害されていた可能性があるんだ」

「まだ埋められてはいないの?」

「たぶんね。死体を処理しようとしていたところに父親が帰ってきたなら、犯人も校舎の外へ運び出すことができなかっただろう。だからこの時点で、みなみは遺体となって校内のどこかに置いてあったのかもしれない」

「しっかしな、用務員はいわゆる学校の施設に関してはプロだぜ。校内をくまなく調べれば、素人がちょっと隠したぐらいではすぐに見つけてしまうぞ」

 クマが言葉を挟んだ。

「だったら、すでに埋められていたのかも」

 雅美の意見に直貴は手を振って、

「いやいや。さっき沢渕くんが言った通り、犯人はあの場所に一時的に死体を隠したんだよ。とすれば、父親が帰ってくる前であれば、もっと着実に死体を安全な場所へ搬出できたはずだ」

「そっか。手がはみ出すほどのあの乱暴な埋め方には、犯人の慌てっぷりが感じられるものね」

 雅美は素直に頷いた。

「クマの疑問についてだが、死体は校舎の外へ運び出すことにぎりぎり間に合って、一旦建物の影にでも隠したってところじゃないかな」

 そんな直貴の意見には唸り声が返ってきた。クマには納得がいかないようである。

「ところで、犯人はどこに隠れていたのでしょうか?」

 多喜子が控え目に訊いた。

「校舎内にいたのか、それとも外に身を潜めていたのか。それは分からないが、この後死体を隠す仕事が残っているのだから、その場を離れることはできなかっただろうね」

「では一旦話を戻すわよ。父親は校舎内を探したものの、娘を見つけられなかった。次にどうしたかしら?」

「さっきの話では、校長が学校に残っていたようだから、藁にもすがる気持ちで、校長室に駆け込んだと思うよ」

 と直貴。

「そうよね。校長はそこで用務員の娘が失踪したことを知らされた」

「さて、二人はどうするか。当然警察に通報しようとするだろうね」

「ところがその時、タイミングよく電話が掛かってくる。もちろん犯人からよ。『娘は誘拐した。警察には知らせるな』ってね」

 叶美がそう言うと、続いて雅美が口を開いた。

「確かに、今日まで月ヶ瀬親子が失踪扱いになっていたのは、当時警察に誘拐が起きたことを知らせていない証しよね。教職員たちもこの事件のことを知らなかった。つまり校長と用務員だけで事件を解決しようとしたのよ」

「二人は犯人の指示に従ったということだ」

「タイミングを見計らっているところを見ると、犯人はずっと中の様子を窺っていたことになりますよね」

 すっかり落ち着きを取り戻した多喜子。

「そうだね。あの小学校は坂を下った所にあるから、坂道の途中から見下ろすことができる」

「そうね、職員室の明かりがついていれば、中で何が行われているか手に取るように分かるはずよ」

 叶美も勢い込んで言った。

「おいおい、そりゃ何だかおかしいぞ」

 我慢ならぬとばかりにクマが声を上げた。

「犯人は月ヶ瀬庄一が帰ってきたので、慌てて隠れたんだろ。そんな奴がどうして坂の途中で二人を見張っていられるんだよ」

 メンバー全員が固まった。

「クマにしては珍しく、さっきから正論ばかり言うわね」

 叶美が身体をのけ反らせて言った。

「では、学校の敷地のどこかに潜んでいて、タイミングよく携帯電話で連絡を取ったか」

 直貴が苦し紛れに言った。

「当時、携帯電話は珍しく、あまり普及していなかったように思います。一般的にはまだ公衆電話を使っていた時代です」

 沢渕が口を開いた。

「何だ、晶也。起きてたのか?」

「あの辺りに公衆電話なんてあったかしら?」

 叶美が首をかしげると、

「今は撤去されちゃったけど、小学校の北側、道路を挟んだ向かいの文房具店にあったような気が……」

 雅美が天井を見上げて、思い出しながら答えた。

「小学校の北側からは職員室が見えません。職員室を覗くには、反対側、つまり運動場のある南側に回らなければなりません」

 沢渕は校舎の配置を考えながら言った。

「それじゃあ、公衆電話は使えないか」

 クマが舌打ちした。

 それを聞いて多喜子が、

「学校って普通、いくつか電話回線を持っていますよね。それを利用して校舎内から掛けることはできませんか?」

「いや、そういった電話では自分の番号に掛けることはできない。話し中になってしまうんだ。居場所がバレてしまうから、内線を使う訳にもいかないだろうしね」

 と直貴。

「それじゃあ、どうするんだよ。ポストに手紙でも入れておいたのか?」

「手紙ではいつ読んでもらえるかどうか分からないわ。二人が話し合って、警察に通報されたら面倒よ。やはり犯人は学校の外から電話をしたのだと思う」

 叶美は断定的に言った。

「おいおい、そうなるとまた辻褄が合わないぞ。犯人は死体を埋めるために学校内に残っていたって話じゃなかったか?」

「複数犯ってこともあるんじゃないか?」

 そう言ったのは直貴だった。

「学校の中と外で連絡を取り合っていたってこと?」

 今度は雅美が怪訝そうに訊いた。

「いや、それは無理矢理こじつけただけなんだが」

「はい、こんな時は沢渕くんの出番」

 雅美はマイクを取り出した。

「警察に通報させないようにする方法ならありますよ」

 そう平然と言ってのけた。

 メンバー全員が沢渕に視線を向けた。

「校長が月ヶ瀬庄一に助言するのです。下手に動くと娘の命が危険に晒される。だから警察に連絡するのはもうしばらく待とう、と」

「また、校長犯人説かよ」

 クマが素っ頓狂な声を上げた。

「直貴、電話の内容はどんなものだったと思う?」

「娘を誘拐した。命がほしければ身代金を用意しろ。警察には連絡するな」

 多喜子が遠慮がちに、

「身代金がいくらか分からないけど、用務員さんに払える額だったのかしら?」

「だから校長が肩代わりをしたと思うんだ。なにしろ次の日、アタッシュケースに入った金を駅まで持っていったのだからね」

 直貴が自信満々に言った。

「あれっ、ちょっと待ってよ」

 手を上げたのは雅美である。

「もし校長が犯人というのなら、これは父親を欺くために一芝居打ってることになるけど、それなら身代金なんて最初から要求されていないのだから、わざわざ駅へ持っていくこともないわよ」

「一人で駅へ出向いて、突然に自殺する意味が分からないわね」

 叶美も同意した。

「ってことは、やはり校長は犯人なんかじゃないぜ。用務員の経済事情を鑑みて、身代金を用意してやると申し出たんだろ」

 沢渕はそれでも自分の意見を貫いた。

「殺したはずの娘が実は生きていて、土から手を出しているのを見たら、校長は気が変になってあの意味不明な文言を書き残したでしょう。そして電話を掛けてきたのが、みなみ自身だったら、用務員を差し置いて自ら進んで金を用意し、駅まで持っていくでしょうね」

 この言葉に、部屋は静まり返った。

「お前、今なんて言った?」

 沈黙を破ったのはクマである。

「殺された月ヶ瀬みなみから身代金の電話があったなんて、そりゃまるでホラーだぞ。幽霊が金を要求してきたってことかい?」

「いや、これはひょっとすると正しいかもしれんよ」

 直貴が言い出した。

「駅で金を受け取りに来たのが、そのみなみだったんだよ。それを見て校長は恐ろしさのあまり入線してきた鉄道に飛び込んだ」

「ちょっと待って。二人はどこまで本気で言っているの?」

 叶美が口を挟んだ。

「でも亡霊が自分を殺した相手に金を要求するなんて、ちょっと斬新かも」

 雅美も話に乗ってきた。

「しかし真っ昼間、人の目がある中、駅のホームで幽霊と取引するなんて頭がどうかしてるぜ、まったく」

「幽霊にそこまでの行動力はないと思います」

 多喜子も我慢ならずと口を開いた。

 それには沢渕が応えた。

「もちろん、そんな可能性はありませんが、このくらいのインパクトがなければ、箕島校長は気が触れたり、鉄道自殺を図ったりはしないと思うのです」

「おお、晶也が正気に戻った」

 クマが手を叩いた。

 直貴も続ける。

「僕は月ヶ瀬庄一が殺されたと見ている。娘を置いて失踪するとはとても思えないからね。では、誰が殺したというのか」

「そりゃ、残っているのは、娘のみなみしかいないだろうが」

 クマが決めつけるように言うと、

「亡霊にですか?」

 と多喜子が恐る恐る確認した。

「もう、よして頂戴。みんな亡霊の存在に引っ張られすぎよ。これではまともな推理ができないわ」

 叶美の一言で、緊張した雰囲気が一気に緩んだ。ようやく呪いが解けたようである。メンバーは知らず知らずのうちに、亡霊に身体をむしばまれているのだった。

 現実世界で亡霊の役回りを演じた人物がいるのではないか。その人物さえ分かれば、この事件の真相は明らかになる。単純なからくりのはずなのだ。亡霊のせいでそれが見えなくなっている。

 沢渕はそんなことを考えていた。

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