捜査会議(2)
「では、月ヶ瀬親子はどうして姿を消したのでしょうか?」
多喜子が疑問を呈した。
「こうは考えられないかい」
直貴が口を開いた。
「7日の夜、月ヶ瀬庄一が仕事から帰ると、娘みなみの姿が見当たらなかった。彼はさぞかし慌てたことだろう。そして翌朝までに、部屋から金目の物をかき集めて失踪した。そこで考えられることはただ一つ」
全員が固唾をのんだ。
「娘が何者かに誘拐されたんだよ」
「でも、犯人は取引前に彼女を殺害し、土に埋めたということですか?」
多喜子が訊いた。
「それじゃあ、最初から娘を返すつもりはなかったということじゃねえか」
クマが太い腕を組んで言った。
「まったく、卑怯な犯人ね」
雅美のポニーテールが小刻みに揺れた。
「すると次の疑問は、どうして用務員の娘を誘拐したのかってことよね」
叶美が口を挟んだ。
「そうなのよ。さっきも言った通り、月ヶ瀬庄一は特に金持ちではなかった。むしろ生活は苦しかったという証言さえある。それなのに、犯人はどうしてそんな家庭を狙ったのかしら?」
雅美は当然の疑問を口にした。
「それ以上に不可解なのは、犯人はどうして小学校に一人で留守番をしている娘の存在を知っていたのかということだよ」
直貴が言葉を被せる。
「確かにな。夜、校内に無防備の少女が居るなんて、関係者以外の人間が知り得るはずがない」
とクマの声。
「それなら、犯人は教職員の誰かってことにならないかしら?」
叶美が言った。
「でもね、私とタキネエが聞き込んだところ、月ヶ瀬庄一は教員みんなから好かれていたのよ。その娘を誘拐して、しかも殺害するなんて、ちょっと考えられないけどな」
「僕もそう思うね。少なくとも教師たる者が勤務する学校の児童を殺害して、遺体を校内に埋めるとは信じられないからね」
直貴の言葉に誰もが黙り込んでしまった。
重い空気を一掃するように、雅美が再びマイクを取った。
「はい、それでは沢渕くん。ご意見をどうぞ」
「僕が知りたいのは、どうして月ヶ瀬みなみはタイムカプセルと同じ場所に埋められたのかということです。そこに事件を解く鍵があるような気がします」
「晶也、そんなの俺でも分かるぐらい簡単なことだぜ。タイムカプセルが開かれるのは三十年後と決まっているのだから、それまで発見されることはない。死体遺棄をするのにこれ以上適した場所はないんだよ。犯人はその間に悠々と証拠を隠滅し、逃げ隠れすることもできるからな」
クマがすかさず反応した。
「確かにそうかもしれません。事実、事件後三十年の時を経て、ようやく彼女は発見されることになりました。まさにそれは犯人の思惑通りだったと言えるでしょう。しかし一度は箕島校長に発見されているのです。なぜならそれは、彼女の手が土から飛び出すといった粗雑なやり方で埋められていたからです。とすれば、犯人は最初から三十年も隠そうとは思っていなかったことになります」
「なるほど」
雅美がマイクを手にしたまま、大袈裟に頷いた。
「ちょっと待ってよ」
叶美が割って入ってきた。
「校長は月ヶ瀬みなみが埋められているのに気がついたのよね。どうしてすぐに警察に届けなかったのかしら? いや、それよりも、一度は地上に出ていた手が、どうしてまた地中に埋め戻されていたのかしら?」
「そりゃ、校長がまた埋めたってことだろう。気が動転して土を被せた。あれ、何か変だぞ?」
クマは自分で言っておきながら、不自然さに気づいた。
「日誌によると、校長は気が触れてしまったようだから、警察に知らせたり、ましてや埋め戻したりする余裕などなかったはずだ。ただその場から逃げ出すのが精一杯だったと思うよ」
直貴が冷静に言った。
「犯人にとって、そこは死体の一時的な隠し場所だったのかもしれません」
沢渕が続けた。
「一時的って?」
多喜子が興味深く訊いた。
「死体を隠す場所は、学校ひとつ取っても、それこそいろんな場所が考えられると思うのです。それなのにどうして昼間タイムカプセルを埋めた校庭にしたのか。それは掘ったばかりの土は再び掘り起こすのに何の苦労もなかったからではないか。つまり夜中、彼女を殺害して、誰にも気づかれず、しかも比較的簡単に校内に隠すには、ちょうどおあつらえ向きの場所だったという訳です」
「でも、そんなふうにわざわざ校内に隠さなくても、どこか車で持ち去れば済む話じゃないの?」
叶美が言った。
「ええ、ですから一時的という意味です」
「つまり犯人は、ほとぼりが冷めてから死体を学校の外へ運ぼうとしていた、というのかい?」
直貴が確認した。
「はい。しかしその前に校長に見つかってしまった」
「しっかし、よく分からんな。どうして一時的に学校に隠す必要があるんだ?」
そんなクマの疑問に、
「死体を処理しようとしていたところ、ちょうど父親が仕事から帰ってきたのかもしれませんよ」
多喜子が答えた。
「それは、なかなかよい推理かもしれないね」
直貴が褒めると、彼女は満更でもない顔をした。
叶美がみんなの意見を整理する。
「犯人は身代金目的で月ヶ瀬みなみを誘拐した後、すぐに殺害した。そして死体を学校から運びだそうとしていたところ、父、庄一が帰ってきてしまった。そこで犯人は暗闇の中、昼にタイムカプセルを埋設した場所を掘り起こし、一旦死体を埋めて逃亡を図った」
「でも、どうして犯人はタイムカプセルを埋めた場所を知っていたの?」
雅美は首をかしげた。
「昼間に作業を見ていたってことですよね?」
と多喜子が答える。
「ってことは、やっぱり犯人は教職員ってことになるじゃねえか」
クマが怒った声を上げた。
「これじゃあ、堂々巡りよね」
雅美がため息をついて天井を仰いだ。
「ついでに、もう一つ疑問があるわよ」
叶美が切り出した。
「犯人が学校から逃げ出した後、今度は箕島校長が少女の手を発見する訳でしょ。8日の朝には月ヶ瀬親子が失踪して騒ぎになることを考えると、校長がそれを見て気が触れたのは、7日の夜ということになるわ。でも、そんな夜中にどうして現場に出向いたのかしら?」
「いくら写真が趣味とはいえ、そんな時間に校庭を撮影するのは確かに妙だな」
直貴が続けた。
「そもそも、何で校長は夜まで学校に残っていたのよ?」
と雅美。
「仕事熱心な先生のようだから、赴任してきたばかりの学校で早速残業していたってとこじゃねえか」
クマが声を上げた。
「でもそうなると、職員室か校長室の明かりはついていたはずですよね」
多喜子が目を光らせた。
「そうね。月ヶ瀬みなみは校内に一人きりではなかったことになるわ」
叶美が応じた。
「夜、職員が残っている小学校に、果たして誘拐犯が侵入してくるものでしょうか?」
「ああもう、考えれば考えるほど八方塞がりで、ちっとも前に進まないじゃない」
雅美が前髪を掻きむしった。
「ちょっと、沢渕くんはどう考えているの?」
今度はマイクも向けずに訊いた。
「今の話を総合すると、校長が犯人ということになりますね」
思わずクマがジュースを吹き出した。
「いくら何でもそりゃないだろ。そもそも児童を殺す動機がないし、自分で死体を埋めておきながら発狂するほど驚いて、しかもその後自殺するなんて、もう訳が分からんぞ。そうでなくても、この事件は十分不可解なんだから、適当なことを言って俺たちを混乱させるなよ」
「可能性を言ってみただけです」
「沢渕くん、クマの言う通りだ。そんなことはあり得ないよ。なぜなら翌9日に校長は『悪魔』とやらに呼び出される。調査したところ、彼はその時アタッシュケースを持っていたらしい。それは月ヶ瀬みなみの身代金ではないかと僕は睨んでいる。それを犯人に渡した後、彼は列車に飛び込んで自殺を図るんだ。校長はむしろ誘拐事件に巻き込まれた被害者といってもいいくらいだ」
「やっぱり、これは亡霊の仕業なんでしょうか?」
多喜子がぽつりと言った。
メンバー全員の視線が彼女に集まる。
「だって、どこを取ってもまったく理屈が通らないじゃないですか」
今にも泣き出しそうな声で言った。




