捜査会議(1)
カラオケボックスの一室に、探偵部員たちは集結していた。
夏休みということもあって、店内は常に満室状態だったが、そこはバイトリーダー佐々峰奈帆子のやり繰りで大部屋の確保に成功していた。その奈帆子も、今は忙しそうに店内を駆け巡っている。
森崎叶美が今日の朝刊をテーブルに広げた。一面には「小学校の白骨化死体、身元判明」の文字が躍っている。
記事によれば、警察は歯形の鑑定によって、被害者は月ヶ瀬みなみ、当時小学6年生と断定された。事件は今から三十年前の夏に発生したと考えられ、同時期失踪した、父親の庄一が何らかの事情を知っているものとして、行方を追っているとある。
記事の内容について、特に目新しいものはなかった。探偵部がこれまで掴んだ情報の方がマスコミより先行しているようである。とりわけ箕島校長の日誌は警察のあずかり知らぬことなので、探偵部はその分多くの手掛かりを手中に収めていることになる。
「暑い日が続く中、連日の調査お疲れさまです。今日はみんなが掴んだ情報をつき合わせて、より一層捜査が進展するよう努めましょう」
叶美が会議の冒頭にあいさつをした。
「部長、その件なんですけど」
橘雅美が手を挙げた。
「はい?」
「私、クラスメートからある噂を聞いちゃったんです。果たしてそれをこの場で発表すべきかどうか、激しく迷っているところなのです」
叶美は口元に笑みを浮かべて、
「どうぞ、どうぞ。捜査に関係することなら何でも言ってください。探偵部内での隠し事はなしにしましょう」
「では、遠慮なく」
雅美は大きく息を吸ってから、
「探偵部はメンバー全員が一生懸命捜査をしていると思いきや、この中の誰か二人は遊園地でのんびりデートしていたという話です」
叶美はグラスを手にしたまま、盛大にむせた。
「おいおい、そりゃ本当かよ?」
久万秋進士が巨体を揺すった。
「そんなの許せません」
佐々峰多喜子も珍しく眉をつり上げた。
「僕は単独捜査だから、その噂には無関係だね」
堀元直貴は涼しい顔をして、テーブルの菓子に手を伸ばした。
「男女のペアは、俺とタキ、そして森崎と沢渕しかいねえじゃねえか?」
クマはすぐに対象者を絞り込んだ。
「まあまあ、それは単なる噂でしょ。雅美さん、そういう話はまた今度にしましょ」
「おい、森崎。何でそんなに慌てているんだよ」
「別に慌ててなんかないわ。そんなことより、会議の方が大事でしょ」
「おい、晶也。まさかお前たち、俺に内緒でデートしてたなんてことはあるまいな?」
「別にあんたの許可なんて要らないじゃない」
雅美がクマの言葉を遮った。
「部長と遊園地に行ったのは事実ですが、デートではありません。情報提供者の箕島紗奈恵さんに誘われたのです」
「でも目撃者によれば、二人っきりで、いい雰囲気だったらしいじゃない?」
「実は、箕島さんが用事で来られなくなりまして、結果二人になってしまったのです」
「そう、そういうことなのよ」
叶美は喉を詰まらせながら言った。
「それはまた、随分と都合のいい話ね」
雅美はまだ疑っている。
「お前たち、この亡霊事件を本当に解決する気があるのか? 俺とタキなんて、音楽室に侵入した人物の特定までしてるんだぞ」
多喜子もこの時ばかりは得意げな顔をした。
「私とタキネエだって負けてないわよ。当時の関係者を辿って、車で何時間も掛かる遠征をしたんだから。その結果、月ヶ瀬さんについて詳しく知ることができたわ」
雅美はポニーテールを揺らしながら力説する。
「僕も当時の新聞記者を探し出して、箕島校長の鉄道自殺について調べたよ。相手が相手だけに、かなり危険な橋を渡ることになったけどね」
と直貴。
「それで、森崎、沢渕ペアは何か収穫があったのか? 遊園地なんぞへ行って、それなりの成果を出してるんだろうな?」
野太い声が部屋全体を包み込んだ。
「校長の撮った写真を手に入れましたが、まだ何も分かったことはありません」
沢渕は正直に告白した。
叶美は慌てて、
「何言っているのよ。ほら、犯人の名前が分かったじゃない、田中って」
「いえ、それは恐らく偽名と思われますので」
「おいおい、やっぱりこの二人は何にも捜査してないじゃねえか。写真だって、箕島さんに貰っただけなんだろう? それに犯人の名前が分かったなんて、部長のくせによく口からでまかせを言えたもんだぜ、まったく」
クマの怒りは収まらない。
「いや、本当に頑張ったんだから、私たちも」
叶美は事態を収拾するのに必死である。
「今回、やっぱり俺が指揮を執った方がよかったかもな」
「それだけはダメ」
「違うと思います」
雅美と多喜子の声が重なった。
「いずれにしても、部長にはピザと唐揚げの追加注文を、沢渕くんには見事な推理を聞かせてもらわないといけないわね。期待してるわよ」
雅美は後輩の肩を軽く叩いた。
「白骨化死体が月ヶ瀬みなみであると発表されましたので、今日は月ヶ瀬親子を中心に事件の考察をしてみましょう」
叶美がメンバーの冷たい視線を浴びながら宣言した。
「8月7日、タイムカプセルを埋めたところまでは、月ヶ瀬みなみの生存は確認できていたんだよね」
直貴が後を継いだ。
「そうよ、問題はその日の夜からね」
それには雅美が手を挙げた。彼女は奈帆子とともに、当時の教職員から証言を得ていたからである。
「小学校の用務員だった月ヶ瀬さんは、うちの高校の仕事も掛け持ちしていたらしいのよ。親子二人は校内で暮らしていたんだけど、父親が夜仕事に出掛けると、みなみちゃんは一人きりで留守番をしていたのね」
「夜の小学校に一人ぼっちって、考えてみると何だか怖いよな」
クマが巨体に似合わず、そんなことを言った。
「でも寂しい時は、音楽室のグランドピアノを弾いていたのですよね」
多喜子がわざと明るい声を出した。
「しかし、8日の朝、親子共々消えちゃったのよ」
雅美のポニーテールが元気なく垂れ下がった。
「それはどんな状況で判明したんだい?」
直貴が訊いた。
「朝になっても月ヶ瀬さんが現れないのを不審に思って、教職員が部屋に行ってみたのよ。すると二人の姿はなかった。さらに室内が荒らされていたので、何か事件ではないかと警察を呼んだらしいわ」
「誰かが部屋を物色したということか。何か、なくなっていた物はあるのかい?」
「預金通帳など、金目の物が消えていたらしいわ」
「それじゃあ、こういうことか。深夜強盗目的で小学校に侵入した犯人は、月ヶ瀬親子と鉢合わせになって二人を拉致した」
野太い声が響く。
「でも、普通、強盗が小学校なんかを狙うかしら?」
叶美の疑問はもっともである。
「確かに。小学校にそれほど大金があるとは思えないしな。それに強盗がわざわざ親子を拉致するといった手間の掛かることをするとは考えられん」
クマは自分の意見を早々と取り消した。
「二人が消えた理由は分かりませんが、犯人の目的はお金に違いないですよね。家捜しをして、通帳などを持ち去ったぐらいですから」
多喜子は自信を持って言った。
「いや、部屋が荒らされているのは、偽装工作とも考えられるんじゃないか」
再び直貴が話を進めていく。
「そこで私とタキネエは、月ヶ瀬庄一は娘を連れて失踪したのではないかと考えたのよ」
「そうする理由が、彼にはあるのかい?」
「それが分からないのよね。日比野という、彼と付き合いが長い教諭がいるんだけど、失踪する理由は見当たらないと証言したわ。でも、新しくやって来た校長と何かトラブルになったのかもしれないでしょ?」
「だがな、校長は赴任してきたばかりで、まだ二日目だぜ。そんな状況で用務員が職場を逃げ出すほどのトラブルが起きたとは考えられんだろ」
クマが声を被せた。
「それで、当時の警察の見解は?」
直貴が話を戻した。
「単なる夜逃げと考えたみたい。慌てて金目の物をかき集めていったけれど、特に事件性はないということね。だから新聞にも載らなかった。家庭の事情を考慮して、それほど深く突っ込まなかったんじゃないかしら」
部屋の中は沈黙に包まれた。
「はい、それじゃあ、沢渕くん。どうぞ」
雅美がカラオケのマイクを突き出した。電源は入っていない。
「会ったばかりの二人にトラブルなど起こり得ないということですが、こういう考え方もできませんか。箕島校長と月ヶ瀬庄一は以前からの知り合いだったと」
メンバー全員が驚いた顔を並べた。
「どういうこと?」
雅美が顔を近づけた。
「以前から二人には何らかの確執があって、偶然にも再会を果たしたというのであれば、月ヶ瀬が慌てて逃げ出す理由があるかもしれません」
「具体的にはどんな確執が考えられるの?」
多喜子が身を乗り出した。
「二人は教育現場に携わるという仕事上の共通点がありますから、たとえば、昔、別の学校で月ヶ瀬が不祥事を起こした際、校長がもみ消したことがあった。それをネタに月ヶ瀬は金銭を揺すられていて姿を隠していた。こういった表面上見えない関係がすでにあったとすれば、親子がすべてを捨てて逃げ出すことがあるかもしれないということです」
「なるほどね」
雅美はテレビのレポーターさながらに大きく頷いた。
「それなら逆に、確執によっては、月ヶ瀬の方が校長に牙を剥いてもいい訳だ」
直貴が付け足した。
「はい、そうなります」
「つまり、用務員が校長を錯乱状態に陥れて、自殺に追いやったってこと?」
叶美が口を挟んだ。
「ああ、その可能性だってあるってことさ」
「いずれにしても、この月ヶ瀬親子の失踪説には賛成できません」
沢渕は平然と言った。
「どうしてよ?」
雅美は自分の推理が否定されたようで、むきになった。
「これでは、月ヶ瀬みなみを地中に埋めたのは、あろうことか父親ということになるからです」
「ええ、だから私たちは無理心中ということも考えたのよ」
「だったら余計に無理がありますね」
雅美は黙ってしまった。
「無理心中で父親が実の娘を殺すことはあり得たとしても、その遺体を校庭に埋めるのは変だと思うのです。なぜなら娘の遺体は丁寧に扱うべきものだからです。地中から手が出てしまうほど雑な埋葬をするとは到底考えられません」
「ということは、犯人は幼い子どもを殺しておいて、その遺体を粗雑なやり方で地中に埋めた訳ね」
雅美が憎悪のこもった目をして言った。
「犯人が絶対に許せない。探偵部の総力を挙げて、きっと捕まえてみせるわ」
叶美も力強く宣言した。




