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沢渕と叶美のデート(1)

 夏の太陽が容赦なく照りつける中、沢渕はバス停に立っていた。信号待ちの車のタイヤから湯気が立ち昇るのが見える。今にも溶けてしまいそうな勢いである。

 遠くから一人の女性が走ってきた。パステルカラーのサマーセーターにミニスカート姿は、熱気の中に爽やかさを演出していた。

「ごめん、待った?」

 そこには探偵部の部長、森崎叶美の顔があった。

 学校での凜とした生徒会長とはかなり印象が異なる。目元には薄い化粧を入れ、ミニスカートから伸びた足はすらりと長い。まるでテレビドラマの中から飛び出して、日常風景に姿を現した女優のように思えた。

「随分とお洒落してますね」

「そうかしら?」

 とぼけた声で返す。

「そういう沢渕くんだって、いつもより生き生きした顔をしてるじゃない?」

「そんなことはないと思いますが」

 そこへバスが横付けした。

 無料で運行されている直通バスだった。行き先は、大型レジャー施設である。

 車内は立錐の余地もなかった。夏休みのこの時期では仕方がない。親子連れ、恋人同士、様々な人々の中に二人は身を投じた。

 動き始めるとバスの車体が大きく揺れた。慌ててつり革を掴むと手がぶつかり合った。

「沢渕くん、部長として言いたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「どうぞ」

 互いに小さな声で話し始めた。

「今頃、探偵部のメンバーはみんな一生懸命捜査しているはずよ。それなのに、私たちだけのんびりと遊園地に出掛けるなんて、何だか申し訳ないと思わない?」

「別に遊びに行く訳ではありません」

 沢渕は平然と答えた。

 ブレーキが掛かると、互いの身体が接触する。それほど車内は混んでいた。

 二人の目的は、箕島校長の孫娘、紗奈恵さなえと面会することである。

 彼女から預かった学校日誌は大いに参考になったが、さらに当時の写真も所持していると聞き、それを見せてもらう約束になっていたのだ。

「沢渕くんから連絡をもらった時は、正直耳を疑ったわ。どうして集合場所が遊園地なのかって」

「決めたのは、僕ではありません。箕島さんはお父さんが商工会の会長をしている関係で、様々な企業から優待券を貰うそうです。たまたま遊園地の入場券があったのですが、有効期限が明日で切れるので、何とか使い切ろうと考えたようです」

「ふうん、そうだったの」

 叶美は一応納得した様子だった。

「しかし、僕の予想では彼女は来ませんね」

「えっ、どういうこと?」

 沢渕はそれには答えなかった。バスがちょうどレジャーランドの大駐車場に到着したからである。車内がざわつき始めた。気の早い乗客は昇降口に殺到している。

 二人は人波に押し出されるように降りた。乗客はみな一目散に入場ゲートへと向かっていく。

「ねえ、ちょっと。さっきの話だけど」

 すると、沢渕の電話が鳴り出した。叶美を手で制してから応答した。

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 それだけ言うと、電話を切った。

「まさか?」

「箕島さんからです。都合で来られなくなったとのことです」

「都合って?」

「親戚に不幸があって、通夜の準備があるそうです。どうか森崎様によろしくお伝えください、そう言ってました」

「わざわざここまで来たのに、無駄足だったわね」

 叶美は大きくため息をついた。

「いえ、遊園地は二人でお楽しみください、とのことです」

 沢渕は鞄から茶封筒を取り出した。すでに開封済みである。その中から細長い紙を二枚引き抜いた。

 レジャーランドの優待券だった。

「昨日、速達で届けられました。写真と一緒に同封してありました」

「なるほど、だから今日箕島さんは来ないと思ったのね」

「そういうことです」

「それじゃあ、親戚の不幸というのは嘘なの?」

「いや、それは本当かもしれません。ですが、最初から彼女は資料を提供するだけで、捜査の方は遠慮するつもりだったと思われます」

「どうして?」

「今回の目的は、僕たち二人を遊園地に招待することだったのでしょう。捜査を請け負ってくれた探偵部に対する感謝の気持ちという訳です。そもそも素人が参加しては、捜査の邪魔になると考えたのかもしれません。それに……」

「それに、なに?」

「いや、やっぱりいいです」

 沢渕は口ごもった。

「何よ、言い掛けたなら最後まで言いなさいよ」

「ですから、箕島さんは僕たちを恋人同士と思って、こうやって気を利かせたのかもしれないということです」

 早口でそう言うと、

「ああ、そういうこと。それはどうも」


 空になった送迎バスは大きくUターンして、元来た道を戻っていった。乗客も全員が園内に吸い込まれて、今駐車場に取り残されているのは、沢渕と叶美の二人だけだった。

「それで、これからどうするの?」

 叶美が腰に手を当てて言った。

「もちろん僕たちも中に入りますよ」

「それは構わないけど、この遊園地で得られるものは何もないと思うけど」

「いえ、推理することはできます」

 沢渕は箕島から送られてきた封筒をひらひらさせた。

「分かったわ。それじゃあ、行きましょう」

 二人は優待券で園内に入った。

 やはり夏休みということもあって、親子連れの姿が目立つ。園内は子どもたちの歓声に包まれている。

「これだけ騒がしいと、落ち着いて話もできないわね」

「どこか静かな場所に行きましょう」

「そうは言っても、園内にそんな場所あるかしら?」

 それから急に振り返って沢渕の腕を取った。

「ねえ、誰にも邪魔されない場所が一つだけあるわ」

 叶美は大観覧車を指さした。

「いいですね」

 派手なアトラクションは決まって長蛇の列ができていたが、大観覧車の周りにはほとんど人はいなかった。おかげですぐにゴンドラに乗り込むことができた。

 所要時間は一周約15分。4回乗れば1時間、二人きりの時間を作ることができる。

 沢渕と叶美は向き合って座った。

「こうやって、誰にも邪魔されずに話をするのは久しぶりね」

 叶美はどこかはしゃいでいた。

 二人は日頃見ることのできない風景にしばらく目を奪われていたが、

「それでは、箕島校長の撮った写真を検証しましょう」

 沢渕はポケットからビニールの手袋を取り出すと、一組を叶美に渡した。

「随分と準備がいいのね」

「さっきコンビニで買いました。念のため、鍵谷先生に指紋を採取してもらいます」

「でも三十年も前の写真でしょ? それこそ無数に指紋が検出されるんじゃないかしら」

 叶美の言う通りである。しかし沢渕は数少ない証拠を大切にしなければならないと考えていた。

 封筒の中には、写真を収めた縦長の紙袋が入っていた。

「何やら封筒に色々と書き付けてあるわね」

 早速、叶美が気づいた。

「今のデジタルカメラとは違って、昔は写真を撮ってすぐに見ることはできませんでした。カメラからフィルムを取り出して、DPE屋に現像を頼んだのです」

「へえ、よくそんなことを知っているわね」

 叶美は感心しきりである。

「ですからこの封筒には、店名や顧客の名前など、様々な情報が載っていますが、それは後回しにして、まずは写真の方を見ましょう」

 沢渕は白い手で写真の束を取り出した。

 叶美も自然と身を乗り出す。

「あら、同じ写真が2枚ずつあるわ」

「いいえ、実は同じ写真ではありません。箕島校長は写真を趣味としていた。そこで失敗のないように、同じ構図で2回ずつシャッターを切っていたと思われます」

 この点からも校長は慎重な性格だったと言える。それは学校日誌の文面からも想像はついていたことだった。

 最初に手にした写真は、小学校の校門から校舎を撮ったものだった。

 驚くべきことに、現在とほとんど風景は変わっていなかった。校舎の一部が工事用の足場で覆われているのが分かる。なるほど、これが当時行われていた増築工事なのだろう。

 次に出てきたのは授業風景だった。生徒たちが一心不乱に机に向かって何か作業をしている。

 黒板に向かって話をする教諭。さらに黒板の文字を大写しにした写真も出てきた。

「これが日誌に出てきた作文講座ね」

 叶美はすっかり思い出した。

 箕島校長は学内のことを全て記録していた。それによれば、8月7日に6年生によるタイムカプセル埋設作業前に、各クラスで「将来の夢」の作文をしたとあった。

「確かに同じように見える写真でも微妙に違っているわね」

 叶美は2枚の写真を両手に持って、目を行ったり来たりさせた。

「これらはカメラを手持ちで撮ったようですね。その証拠に構図が少し違います」

「なるほど。手前に写っている児童の見え方が違うわ」

「はい。三脚を立てて撮れば、こうはなりません」

「7日はタイムカプセルを埋めただけで、何の問題も起きてないのだから、これらの写真について検証する必要はないわよね」

「そうですが、写真を撮った順番は考えなければなりません」

「デジタルカメラで撮った写真は、ファイル名やタイムスタンプを確認すれば時間順に並べられるけど、昔の写真はどうやって管理してたの? バラバラにしたら分からなくなってしまうわ」

 叶美は興味深げに訊いた。

「カメラによっては、強制的に日付を映り込ませるものもありましたが、校長の使っているカメラはそうではなさそうですね」

「では後から整理しようと思ってもできないわけ?」

「それにはネガフィルムが必要となります」

「ネガ?」

「そうです。カメラから取り出したフィルムをDPE屋で現像してもらうのですが、この時現像したものをネガフィルムと呼びます。これを印画紙に焼き付けて写真が完成します。フィルムはカメラの巻き上げレバーを操作する度にひとコマずつ送られます。これによって巻物には連続した記録が残る仕組みです。ですからネガフィルムを見れば、撮影順序が分かる訳です」

「そのネガフィルムとやらは残っているの?」

「残念ながら封筒には入っていません」

「それじゃあ、撮影順序は不明ということね」

「そこは日誌と合わせて確認していくしかありません」

 二人は写真を見る作業に戻った。

 続いて出てきたのは、タイムカプセルの埋設作業風景である。

 校庭の隅で、写真に収まり切らないほど大勢の児童が作業している。

「当時は子どもが多かったのね」

「そうですね、佐々峰さんのお父さんもその話はしていました。一クラス四十五人学級だったと」

「それで学校は慌てて増築工事をしたと、日誌に書いてあったわね」

 児童が整列した集合写真も出てきた。

「この中に、タキちゃんのお父さんも写っているのね」

「はい。それから月ヶ瀬みなみも、この時点では居るはずです」

「この後、地中に埋められることになるのよね」

 写真は生徒全員と教諭を端から端に収めているので、どうしても人物が小さくなってしまう。顔の判別をすることは困難であった。

「この写真はアングルがまったく一緒ね」

「そうですね。集合写真だから三脚を立てて撮影したのでしょう。しかも動かない被写体ですから、2枚ともほとんど同じ写真になっています」

 続いて花壇の写真が出てきた。児童が育てているアサガオである。

 タイムカプセルを埋めた辺りだろうか。これはついでに撮ったものだろう。

 いよいよ最後の2枚になった。

 真っ黒な写真だった。

「これは一体何を写したのかしら?」

 叶美は当然の疑問を口にした。

 不思議な写真である。闇の中に白く丸い点が小さく写っている。

「あら、こっちには写ってないわよ」

 叶美が異変に気づいた。

 確かに2枚とも真っ暗だが、一枚目には中央部に丸い点があり、もう一枚にはそれがない。

「これって、まさか?」

 叶美が手を震わせた。

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