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堀元直貴の推理(2)

 駅前の喫茶店で、フリーライターの鹿沼武義(たけよし)と会うことになった。

 2階の窓からは駅舎やプラットホームの一部が見える。

 ここはかつて箕島校長が自殺を図った場所である。しかし、今ここを行き交う者は誰一人としてその事件を覚えていないだろう。

 三十年――そう一口に言っても、それは長い年月である。こうした時間の隔たりこそが捜査の足かせになっているのは間違いない。直貴はそんなことをぼんやり考えた。

 電話で、鹿沼は地元の新聞社を十年前に退社し、今は東京を拠点にフリーの仕事をしていると言った。それを聞いた時、さすがに彼との面会には躊躇した。東京まで出向く必要があると思ったからである。

 しかし鹿沼は、そんな若者の心情を見抜いたのか、それとも取材には自ら足を運ぶのを信条としているのか、「こちらから伺います」と言ってくれた。その点は正直ありがたかった。学生という身分では、旅費だってままならないからである。

 定刻ぎりぎりに一人の男が現れた。

 パステルカラーのジャケットという軽装が若々しさを演出している。小太りながら、どこか躍動感があった。

 すぐに直貴を発見すると遠慮なく腰掛けた。それはいかにも取材慣れした人物であることを思わせた。

「堀元直貴さんですね?」

「はい」

「私、鹿沼武義と申します」

 そう言って名刺を差し出した。初老を迎えているはずだが、目の前の男は眼光鋭く、身体全体から活力を感じる。いかにも一線で働く記者に違いなかった。

「こちらから話を持ち掛けておいて、わざわざご足労願って申し訳ありません」

 直貴は丁寧に頭を下げた。

「いえいえ、堀元さんが恐縮なさらなくて結構。どうせ出張費として計上しますので、その点はご心配には及びません」

 鹿沼は豪快に笑った。

 この男の言動はどこか信用がおけなかった。丸め込まれないように注意せねばならない。

 鹿沼は慌ただしくウェートレスを呼んだ。高校生と同じコーヒーを注文して、

「何か食事でも頼みましょうか。もちろん私のおごりです」

「いいえ、結構です」

 直貴は丁寧に断った。

「早速ですが、堀元さんの知りたい事件というのは、先日小学校の校庭から発見された白骨死体に関係がありますよね?」

「どうしてそう思われるのです?」

 直貴はわざと焦らすように言った。

「そりゃもう、それしか考えられないじゃないですか。我々マスコミは今、タイムカプセルを埋めた三十年前、この町で一体何が起きたのかを血眼になって調べています。日本中の国民がこの町に興味を持っています。逆に言えば、あの死体が出てこなければ、あなたのような若者が当時のことに興味を持つはずがありません」

「なるほど」

 直貴はカップに口を運んだ。

「もうすぐ遺体の身元が公表されるそうですよ」

 鹿沼は嬉しそうに言った。

「ああ、そうですか」

「あれ、あまり興味がなさそうですね?」

 相手は意外な顔をした。

「ええ、それは僕の関知することではありませんから」

「まあ、いいでしょう」

 鹿沼は一度両手を擦るようにしてから、

「それで、堀元さんの知りたい事件というのは何でしょうか?」

「三十年前の夏、そこの駅で起きた鉄道自殺についてです」

 直貴は窓の外を指さした。

「ああ、小学校の校長が自殺した事件ですな」

 鹿沼はあっさりと言った。

 やはりこの男は当時の事件を知っていた。予想が的中した。

「ご存じなんですね?」

「ええ、もちろん。当時あの駅まで行って、取材しましたからね」

「でも新聞には載せなかった」

「ええ、ちょっと記事にするには不可解な点が多く、ご家族の了承が得られないと思ったからです」

「不可解、ですか?」

「ええ十分に不可解です。説明がつかないくらいです」

 思わせぶりに言った。明らかに直貴の好奇心を煽っているのだった。

「それをお聞かせ願えませんか?」

「堀元さん、この世界は持ちつ持たれつ、ってやつでしてね。私の情報と引き替えに、あなたの情報を頂かないことにはなりません」

 やはりそういうことか。これは一筋縄ではいかない相手である。

「残念ながら、僕は何の情報も持ち合わせていません。お金というのであれば、学生として払える程度ならお支払いできますが」

 鹿沼は笑い出した。

「あなたは実に演技がお上手だ。でも私には通用しませんよ」

 直貴は黙っていた。

「あなたは学生でありながら、実は探偵のようなことをしておられるようですね」

「どういう意味でしょうか?」

 直貴は動揺を悟られまいとして冷静に言った。

「そもそも、三十年前、新聞社の支局で取材をしていた私のことを調べ上げた。そこにはよほど手慣れた感じがします」

「いえ、たまたま当時の新聞を見ていたらお名前が出ていたので、ご連絡しただけです」

 鹿沼はそんな言葉に取り合わず、

「そして先程は、死体の身元が判明するという話にも無反応だった。事件の核心部分に触れているのに無関心を装った。それは、あなたにはすでに被害者の名前が推測できているからではないですか? 通常白骨化死体というのは、その身元確認が難しいものです。しかし発見から数日で身元を割り出しているということは、あなたがいかに効率よく事件を探ったかということですよ。つまりあなたはおひとりはなく、組織的に動いている。違いますか?」

「確かに部分的には鹿沼さんのおっしゃる通りですが、特に組織ではありません。僕一人が個人的な興味で調べていることです」

 直貴はシラを切った。探偵部の存在は隠しておいた方が得策と考えたからである。捜査中のメンバーにまとわりつかれては困る。

 さて、どうしたものか。

 鹿沼と情報交換するとなれば、何を提供するのがよいだろうか。

「実は、被害者と思われる少女が毎年夏に亡霊としてうちの学校に現れていまして、その映像を録画したものがあります」

 クマには悪いが、今外部に出せるのはこれが精一杯だろう。

「亡霊、ですか?」

 鹿沼は言葉を詰まらせた。

 ひょっとすると、一笑に付されるのではないかと一瞬脳裏をかすめたが、

「それは素晴らしい!」

 と相手は目を輝かせて言った。

「事件の核心とは関係ないかもしれないが、そういう読者の興味を惹くギミック(仕掛け)は重要なんですよ」

 鹿沼は浮かれているようだった。リズムよく鞄から手帳を取り出した。

「堀元さん、まさかそれってフェイク映像じゃないでしょうね?」

 しばし手を止めて訊いた。

「どういうことですか?」

「学生演劇の延長で作ったインチキ動画ってことですよ」

「そんなことはありません。誰かと取引するなんて思ってもいませんでしたから、予め作っておく理由などありません」

「まあ、そうですな」

 鹿沼は使い込んだ手帳を開いた。

「これは当時私が使っていた物でしてね。鉄道自殺についての取材メモもしっかり残っています」

 彼はページを忙しく繰っていたが、

「ありました。これですね」

 当時実際に取材したというのだから、信憑性は高い。直貴の期待は高まった。

「箕島校長は昼に一人で駅へやって来ました。彼の車は駐車場に残されていました。そして2番線のホームで列車を待っていた彼は、ベルが鳴ったのを合図に、突然叫び声を上げて走り出した。周りの人に助けてくれと言いながら、入線してきた列車に飛び込んだのです」

 鹿沼は淡々と語ったが、その内容に直貴の身体は震えた。

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