第二話 クマの命令
だだっ広い作戦会議室へと着いた俺と薫。
そんな俺たちを出迎えたのは……、
「二分三十秒の遅刻だクマ。ここが森なら出会い頭に殺されても文句は言えないクマ。貴様ら、ハチミツと一緒に食ってやろうか?」
ピンク色の、熊だった。
「特に朝夜少将。貴様はもっと幹部の自覚を持つクマ」
いや、ツッコミ所満載なのは分かる。
何でピンク色なのだとか、語尾に『クマ』を付けるとかどんだけアピールしたいんだとか。
だけど外見は熊なのだ。紛うことなき、熊なのだ。
よく見なくてもキグルミなのだが、熊だ。
黒い軍服を着たピンク色のキグルミにしか見えないが、熊だ。
語尾以外にも熊アピールは所々に見られる。
確かに某童謡では森で会うのは熊だし、とある黄色い熊っぽい生物はハチミツが好物だ。もはやここまで来るとツッコミ気すら失せる。
俺は大人だから、これは触れてはならない何かなのだと察することも出来る。
「申し訳ございません、シオン中将。罰はいかようにも」
「ふん、次はないクマ」
最後にチラッと俺を見ると、そのまま何事も無かったかのようにクマ……シオン中将は部屋の中央に設置されていたスクリーンの前へと移動する。
どうでもいいが、軍服を着たキグルミってマジでシュールだな。いや、別に何も言わないけど。
ここではシオン中将の外見や言葉については何も言わないのが暗黙の了解なのだ。
一度それを破ればハチミツ漬けにされた上で鮎の餌にされるとの噂だ。
「先程のアラートで伝えた通り、『異境者』の軍勢が成層圏近くの第一防衛線を超えてきたクマ。予測目標地点は太平洋沖B地点。つまりここ、『バベル』クマ」
おーおー、まあ敵からしたらこっちの軍事的な重要地点を狙ってくるのは当然か。
俺は平和に暮らしたいんだがなぁ。
戦争、ダメ、絶対。
「当然こちらも反撃したいところだが、残念ながら暁、響、雷、電を筆頭とした駆逐艦は修理中の物以外は全て出払ってるクマ。金剛、榛名も先の大攻勢の影響で未だ修理中。ぶっちゃけると、今出せる戦力なんてほとんどないクマ」
え、何その無理ゲー。
敵は攻めてきてますけどこっちに迎撃する戦力はありませんってか?いやいや、普通に考えんでもおかしいでしょそれ。
お偉い方は一体何を考えてんだ。
『緊急伝令、緊急伝令。敵軍勢が第二防衛線を突破。バベル上空八百メートルまで急接近!繰り返す……』
ドン、ドン、という一定のリズムと共に建物が少し揺れる。
大方対空砲の振動だろうけど、上空八百メートルってもう目と鼻の先じゃねーか。
「む、もうそこまで来たのか。『異境者』共め、先日の大攻勢の時にこちらの防衛線を完全に把握したか」
あっぶねぇ、今語尾つけ忘れてますよーって言いそうになった。恐るべし、俺のツッコミ精神。
と、俺がバカなことを考えていると、スクリーンに絶賛急接近中の敵……『異境者』の姿が映し出された。
毎回、『異境者』を見る度思うんだが、こう、なんて言うのかな。かなり少年心をくすぐる姿をしている。
お前らどこのガン〇ムかゼーガペ〇ンだよってツッコミたくなる。
一言で言おう。かっこいい。
「……朝夜大尉?」
おっと、流石我が妹。
バカな兄の考えなんてお見通しらしい。
流石昔、俺が持っている大人の本を買ったその当日に見つけ出した上で処分していた妹だ。恐るべき洞察力。
「だが絶望するには早いクマ、諸君。私達にはまだ、打てる手が残っている」
あ?さっき残っている戦力なんてないクマーとか言ってたじゃねぇか。ハチミツ食いすぎて食中毒にでもなったか?
「シオン中将、先程残っている戦力はないと仰っていましたが……」
おお、流石薫。もっと言ってやれ。
「ない、とは言ってないクマ。ほとんど残ってないとは言ったが、な」
いやそれ意味ほぼ一緒だから。大体こんな状況になるまでその残っている戦力とやらを使わないってことは、余程コスパが悪いか、もしくは元々使えないってことだろ?
「まさか、あの艦を使うおつもりで?」
どうやら我が妹はその残っている戦力を知っているらしい。だがその表情はひどく険しい。
あれだな、月一のお客様が重い時に仕事をしている時の顔に似ている。
え?セクハラ?バカヤロー、言葉に出さなきゃそれはセクハラじゃないんだよ。憲法にも認められてる思想の自由って奴だ。
「私も本当は使いたくないクマ。でも、現状況を打破するにはこれしかないクマ。時間もない、分かってくれ」
「……っ、分かりました」
シオン中将の表情は、ダメだ分かんねぇ。何せキグルミだし。めっちゃつぶらな瞳だし。
しばらくシオン中将の頭部を観察していた俺だったが、いきなり観察していた頭部がこちらを向いた。
「朝夜大尉」
「ひゃ、はい。何でしょう?」
うわ、いきなりだから声裏返った。ハズっ!
「貴様を私の権限で、戦艦『武蔵』、艦長任務への就任を命ずる。至急発艦ドッグへと向かい、すぐに出撃せよ」
……あー。うん、うん。えと、は?
「シオン中将、質問よろしいでしょうか?」
「二つだけ許可するクマ」
「戦艦『武蔵』とは、あの『武蔵』でしょうか?落ちこぼれの墓場と忌み嫌われ、一度出現すれば何故か敵よりも味方の方を多く撃墜するという、あの『武蔵』ですか?」
「クマ」
こくんと頷かれる。
「あと、何で俺なんですか?男の俺よりも、適正のある『空人』なんて沢山いるじゃないですか。ほら、横にいるかお……、朝夜少将とか」
「あれは男にしか動かせない代物クマ。まあ、実際見てもらった方が早いクマ」
男にしか動かせない?何だそりゃ?
「時間がない。そこの転移陣から発艦ドッグへと飛んでいくクマ」
「わ、ちょっ!」
クマに背中を押され、備え付けられた転移魔法陣へと強制的に進まされる。
こんのクマ野郎、もうちょい優しく出来ねぇのか!男に優しく出来ないと結婚出来ないぞ?
いや、そもそもこの熊だがメスかオスかどうかすら分からんのだが。
くぐもってはいるが、声を聞いた感じメスの様な気がするが……。
「既に向こうの担当者には事情を伝えてあるクマ。成果を期待している」
そう言うやいなや、熊は転移魔法陣の転移開始ボタンを勝手に押した。
この強引さが、厳しい自然界で生き残る秘訣なんだろうなきっと。
転移の光に包まれる俺の耳に、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……兄さん」
「あ?」
「怪我しないで」
最後に見たのは、そう言って笑う妹の姿だった。
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「ウェールカーム!新しいカモよ。君は栄えある二人目の犠牲者に選ばれた!なに、悲観することはない。すぐに気持ちよくなるさ!」
さて、なんやかんやありながらも転移してきた俺だが、目の前には俺と同い年くらいの白衣を着た金髪の少女が立っていた。
しっかしこいつ、のっけからいいパンチ打ってんくなぁ、おい。
お前の右ならきっと世界狙えるぜ?
「なんちゃってクマから話は聞いているよ、。君が武蔵の新しい艦長君だね?朝夜大尉。いやぁー、お姉さん怖い人が来たらどうしようかと思ったよ!」
俺は現在進行形でどうしようかと思ってるけどな。
「私の名前はミリア・ドレッドノート。階級は君と同じ大尉。色々と不安なことはあるだろうけど……」
ニカッと、眩しいくらいの笑顔で、少女は言う。
「心配することは何も無いよ!君は黙って椅子に座っているだけでいい!そうすれば万事解決」
何か悪徳宗教みたいなこと言ってんだけどこいつ。ほんとに大丈夫か?
「さて。積もる話はこれくらいにして、早速乗り込もうか!」
え?何か積もってた?積もってたと言えば俺の中にある不安の種くらいなんだけど?
ダメだツッコミが追いつかねぇ!
「さあさあご覧下さい!これが私、ミリア・ドレッドノートが造り上げし最高傑作……」
薄暗い通路を歩いて行った先には、幾本もの鎖に繋がれたとでかい何かが存在していた。
そうか、コレが。
「……戦略級空中機動戦艦、武蔵よ!」
「でっけぇな、おい」
空中機動『戦艦』といっても、別に海に浮かぶ艦の姿はしていない。
船、というよりどちらかというとかっこいいロケットみたいな形をしていた。
まあ、ロケットと戦艦を足して二で割った感じか?
「すごいのはでかさだけではないよ?最新型の半重力子エンジンを搭載し、装甲の厚さは現存する全空中機動戦艦の中でもダントツの一番。それでいて速力は高速戦艦にも負けない!」
は、はぁ。
「さらに搭載された六十.五センチ主砲と全二十門のミサイル機構で撃墜出来ない敵など存在しない、否!存在してたまるか!」
ダメだ完全に自分の世界に入ってらっしゃる。
「お、中に入りたくてたまらないって顔しているね?ふふ、気持ちは分かるぞ?焦るな若人よ」
ああ、帰りたくてたまらないよ。だから早く解放してくれ。
そんな俺の想いが届くはずもなく、少女はナチュラルに俺の手を引いて武蔵の中へと入っていく。
ああ、俺の平穏が壊れていく……。
いやまあ、戦争なんてやってるご時世、平穏なんてないのも当然なのだが。
「さて、ここが艦橋司令室だよ。つまりはこの艦の心臓部だね」
何回か転移魔法陣による移動をはさみ、着いたのはザ・司令室と言った感じの部屋。
艦長席っぽいところだけが高くなっており、その艦長席を半円で囲むような形で様々なコンピュータが置かれてある。
その近くに椅子が置いてあるのを見るに、オペレーターの人員が座ってコンピュータを操作するんだろうな。
「おい、他の乗組員がいないけど、大丈夫か?シオン中将はすぐに出撃とか言ってたが」
「いないよ?」
は?
今こいつなんて言った?
「今回この武蔵に乗る人間はこの世紀のマッドサイエンティスト、ミリア・ドレッドノートとあなただけ。というかそれ以外にいらないし」
「は?じゃああの、いかにもオペレーター用の席ですって感じのやつは?」
「ただの飾りだよ?内装の雰囲気出るかなって」
「動力部の操作は?本部との連絡は?ソナーの感知は誰がするってんだ?」
「まー、本来はそこらへんの人員はいるんだけど、今回来てないっぽいから全部あたし一人でやるよ」
来てないっぽいって、おいおい。
一応今敵襲受けてんだぞ?そんな呑気な……。
「それなら、何で俺は呼ばれたんだよ?それだけ一人で出来るならお前が艦長やればいいじゃねぇか」
ぶっちゃけ俺いらないでしょ。
いらなさすぎてクラスで一人だけ浮いているコミュ障並の存在感だ。なんならそのまま便所飯まであるぞ。
「ところがどっこいそうじゃないんだよねー」
ところがどっこいらしい。
「これだけのスペックの艦、長時間浮かせようと思えば科学の力だけでは限界だったんだよねー」
一瞬間をおき、自称マッドサイエンティストさんは俺をギラリと睨んだ。
「そ、こ、で!『魔法』の出番ってわけだよワトソン君!」
誰が助手だこの野郎。
どこからどう見ても江戸川コ〇ンクラスの名探偵だろうが。
「廃れたとは言ってもそれは数が減っただけ。その力は何も変わっていない。かつては魔法一発で海を割った人もいると言うし、そんなマジカルパワーを使わない手はないでしょ、?」
ほうほう、つまり……。
「俺はエンジンを入れるためのガソリン、ってわけか?」
「Exactly!」
何がその通りだこの野郎。要はただの部品扱いじゃねぇか!
いや、戦争なんてやってる時代だ。軍人が命令に文句を言ったらいけない。それが例えどんな理不尽であったとしても、だ。
まあでも後でめっちゃ愚痴るがな!
それも食堂とかで本人に聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声量で愚痴って、後で何か言われたら、「え?別にあなたのことじゃないですよ?」って素知らぬ顔で言ってやるんだ!
「このご時世で男である君が軍事基地、それも最前線にいるってことは余程魔力量に自身があるってことでしょ?なら問題ない。さあ、一緒に空へ飛び立とう!」
もんのすごい笑顔で、ドレッドノートがこっちに手を出してくる。
握手、か。
「はぁ、まあしゃーねぇわな。今回だけ協力してやる」
俺は嘆息しながら、その手を取った。