かんかくのすえ
「時間を買いませんか?」
私が喫茶店でお茶をしていた時、一人の男に声をかけられた。その男は大人とも子供とも言える風貌でどこか不思議な男だった。
「時間、いかがですか?」
普通ならこんな変な男を相手にしないだろうがその時の私は違った。特に予定もなく一人で寂しく座っていた私は彼に興味を持ったのだ。
「時間を買うとはどういうことですか?」
「そもそも時間ってなんだと思います?」
質問を質問で返され少しムッとする。
「あなたも含め普通の人は、時間っていうものは絶えず流れ続け巻き戻すこともとばすこともできないと思っています。」
「当たり前でしょう。」
「いえ、実はできるんです。と言っても僕のように限られた人間だけですけど。」
「ほう、それは面白い。」
「信じていらっしゃいませんね。まあ、普通はそうです。では試しに私に五円くださいます?」
私は財布の中から五円玉を取り出し彼に手渡した。
「僕は一分を一円で売っているんです。五円頂いたので五分、時間をとばします。あ、時計で時間を確認しておいてください。」
腕時計を見ると二時二十三分。
すると彼が静かに目をつむった。そして再び目を開きこういった。
「いかがです?」
腕時計を見ると二十八分。確かに時間がとんだ。
「はい、飛びましたね。で?」
「いや、で?と言われましても。僕の能力をお見せしたんです。もっと驚きとか感動とかありませんか?」
「まあ、驚きはしました。」
実際驚いた。彼の持つ能力を目の当たりにし、驚かない人はあまりいないだろう。だが実感が湧かなかった。
「ちなみに、過去に戻る場合、現在の記憶のまま過去に行きます。未来の場合も、現在の記憶のまま未来に飛びます。」
「過去に戻るのは何となく分かるのだが、未来に行くときはその間どうなるんですか?」
「その間もあなたは生活し続けます。ただ記憶がすっぽりなくなり、未来にとんだように感じるんです。」
すこし違和感を感じたがそれ以上に大きな興味を持った。私は少し考えてからやわらかく微笑んでこういった。
「面白い。ぜひ買おう。」
「本当ですか!ありがとうございます。」
「実は私、ちょうどさっき彼女に振られまして。私を守ってくれない男は嫌いだって言われたんです。」
一昨日のデート中に彼女が横断歩道を渡ろうとした時、一台の乗用車が彼女にぶつかってしまった。すり傷程度で済んだのだが、私は助けることもできずただ茫然と突っ立っていたのだ。
「一昨日に戻って彼女を助けたいと思います。」
「それはお気の毒に。どのくらい時間を戻しましょうか。」
「彼女が轢かれたのがちょうど一昨日の今ぐらいですね。」
「では、四十八時間前。つまり二千八百八十秒になります。」
私は三千円を取り出し彼に手渡した。
「百二十円のお返しです。」
二日で三千円というのは安いのか高いのかわからないが、律儀にお釣りをくれたことに安心感を覚えた。
「それでは、行ってらっしゃい。」
彼がそっと目をつむった。