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翡翠と琥珀  作者: ヤマキ ヒサト
フィスキオ編
21/126

楽団の親子

「よう! こっちだこっち!」


 ジェードとアンバーが酒場へとやってくると、既にデニス、アンネ、ビアンカの三人は席についていた。

 酒場はそれほど広くはないため、大きな手を振って合図するデニスを見つけるのは容易だった。


「お待たせ、今夜はよろしく頼むよ」


「何をそんなにかしこまってんだ。もっと気楽に気楽に」


 よそよそしくなってしまった態度を笑って誤魔化しながら椅子を引くジェード。

 ふと視線を向けると隣の席につくアンバーが妙にそわそわしていた。

 それが期待によるものなのか緊張によるものなのかはわからない。

 耳か尻尾を見ることができればそれも一目瞭然なのだが、ジェード以外の者がいる前で妖狐である証拠を晒すわけにもいかない。


 ジェードたちが席につくと、ちょうど料理が運ばれてきた。

 前菜として出てきたのは色鮮やかに盛り付けられたサラダだった。


酒場(ここ)にいるのはデニスさんたちだけかい? 他の楽団員の人たちは?」


「アイツらはアイツらで好きにさせてやってる。今頃別の酒場で騒いでるんじゃねえかな」


 宿屋の酒場にはテーブルが二台。

 あくまでも宿屋の副業に過ぎないこの酒場は、楽団員全員が集まるには確かに少し狭い。

 デニスたちはジェードとアンバーと同じ席につくためにここに残っていてくれたようだ。


 しかしこれは好都合といえば好都合だった。

 楽団員の中でもこの三人とは何度も話しているし、まずはこのくらいの少人数から始めるほうがアンバーも気が楽だろう。


 デニスとジェードが軽く挨拶をしている間に、アンネはサラダを人数分取り分けて配っていた。

 物静かだがとても気が利くよくできた女性だ。

 若い自分が率先してやるべきだったとジェードは少し気恥ずかしくなった。



 *****



「ということは、デニスさんたちは旅をしながらいろんな街で演奏を披露しているんだね?」


「そういうことだ。俺はこの楽団に入ってから二十年以上経つが、そりゃあもう数え切れないほど多くの街を周ったものさ」


 食事をして酒が進むと、デニスは顔を真っ赤にしながらこれまでの旅のことを話してくれた。

 アンネは酒に強いのか顔色一つ変えずに同じ微笑みを浮かべ続けている。

 ビアンカはというと、やはり黙って夕食を口に運ぶだけで会話に入ってくる気配はなかった。


「アンネさんは横笛を吹くんだったね。馬車での演奏は本当に素晴らしかったよ。デニスさんは確か、打楽器と言っていたっけ?」


「おうとも。地味だがとても大事な役割なんだぞ? しっかりとした土台の音があってこそ、笛や弦楽器の主旋律が引き立つってもんだ」


 身体も大きく、初対面の若者たちを快く迎え入れる懐の深さがあるデニスは確かに"土台"という印象だ。

 その心の広さこそが団長を任されている所以なのだろうかと思うとジェードも納得できた。


「楽器にもいろいろあるのじゃのう。ビアンカは何の楽器ができるのじゃ?」


 席の空気にも慣れてきたのか、アンバーは積極的に会話に入ってくるようになった。

 そんな彼女はまったく口を開こうとしないビアンカに唐突に話を振った。


 ビアンカの食事の手が止まり、一度アンバーの方へと視線を向ける。

 しかし彼女はまたすぐに手元へと視線を下ろしてしまった。


 人見知りだとは聞いていた。

 それでももう少し仲良くなれたらいいのだけれど。


「…………できない」


 少し沈黙を挟んでからビアンカが口を開いた。


「私、楽器は何もできないの。私は楽団の奏者じゃないから……」


「そう、じゃったか……」


 どこか悲しげなビアンカの表情を見てアンバーも口篭ってしまった。


 これはよくない。

 僕がなんとか助け舟を……!

 だけど、ビアンカになんて声をかければ……?


「ビアンカは確かに"奏者ではない"。だがうちの楽団には絶対に必要な存在になる子だ、俺は断言するぞぉーっ!」


 気まずくなり始めた空気を察したのか、あるいはただの親バカなのか、デニスが勢いよく立ち上がって声を張り上げた。


「ちょっとお父さん、やめてよ……!」


「いいや、やめん! 俺の愛娘がどれだけすごいか、彼らに教えてやらないといけないからな!」


「お願いだから! もう!!」


 酔って大声を出す父親が娘として恥ずかしいのか、ビアンカはさらに縮こまってしまった。

 それでもデニスのおかげで和やかな雰囲気に戻りつつあることをジェードは感じ取っていた。


 やっぱりデニスさんはすごい人だな。

 こういうときに気の利いた言葉の一つも出てこないとは、僕もまだまだ若造ってことだ。


 ジェードは自分の青臭さを痛感したような気分だった。

 やはり長い間旅をして多くの経験を積んだ大人は自分たちのような若者とは違う。


「"奏者ではない"って、どういうことだい?」


 ジェードはデニスが口にした意味深な響きを持つ言葉の真意を問うた。


「ああ、ビアンカはな、楽器を演奏するために楽団にいるわけじゃないんだ」


 立ち上がっていたデニスは再び椅子に腰かけ、ジェードの問いに答えた。


「ビアンカは楽団の"奏者"じゃなくて"踊り子"なんだ。俺たちの演奏に合わせて舞を披露するのがこの子の役目さ」


「そうじゃったのか、それはぜひ見てみたいのう!」


「お父さん! 勝手に話進めないで!」


 誇らしそうに話すデニスだったが、隣に座るビアンカは不機嫌そうに彼を睨んでいた。

 酔いがまわっているのかデニスはそんなビアンカの苛立ちに気づく様子は一切ないのだが。


「ていうか、私は踊るなんて一言も──」


「おいおい酒が進んでないんじゃないかお前さん? もっと景気よくグイッといけよ、男だろー?」


 ビアンカが何か言いかけていたが、デニスはジェードがあまり酒を飲んでいないのを見て言葉を遮ってしまった。

 彼の様子を見るとおそらくビアンカの言葉には気づいていないのだろうと思えた。

 器の大きな人だと感心していたが、酒が入った彼の姿を見ていると少し落胆させられそうだった。 


「いやいや、僕はあんまり強くないからゆっくり飲ませてもらえると助かるな。それよりもビアンカ、今何か言おうとしていなかったかい?」


 ジェードは酔いどれの父親に変わって娘の言葉を聞こうとした。

 しかしビアンカはデニスに呆れて溜め息を漏らすだけだった。


「…………別に」


 ビアンカが機嫌を損ねてしまったのは自明だ。

 理由はよくわからないが、楽器や踊りについての話はあまりしたくないらしい。

 せっかくいい雰囲気に戻りそうだったのに、このままではまずいとジェードの直感が告げていた。


 とりあえず話題を変えないと。

 せっかくの食事の席なのに気まずい空気にはしたくない。

 でも、どんな話をすれば──




「──"酒"というのはそれのことか?」


 ふと隣から聞こえた声に振り向くと、アンバーがジェードの前に置いてあるグラスを眺めていた。


「えっ? ああ、うん、そうだよ。もしかして、これも初めて?」


「うむ。話に聞いたことはあるが、飲んだことはなくてのう。水とは違うのか?」


 渡りに船というやつだろうか。

 このまま酒の話をすれば話題を切り替えられそうだ。

 アンバーの旺盛な好奇心には素直に感謝したくなった。


「水とは全然違うものだよ。僕なんかよりずっと大人なデニスさんのほうが詳しいと思うけど。そうだろう、デニスさん?」


「んー? そうだな。酒はいいぞー。嫌なことも全部忘れていい気分になれる。これを飲むために生きてると思うことも多いな、ワハハ!!」


 ジェードの目論みは上手く嵌った。

 ビアンカにとって面白くない話題でなくなれば、彼女の機嫌も少しは──




 ──よくなるかと思ったがそうでもなかった。


 どうやら踊り子だと暴露されたのが本当に嫌だったらしく、ビアンカは完全に不貞腐れた様子だった。


「…………部屋にいる。あとは好きにやってて」


 そう言ってビアンカは席を立った。

 部屋のある二階へと足早に上がっていく彼女の背中を見ていると、なんだか申し訳ない気分になってしまいそうだった。


「おい、ビアンカ、待ちなさい。……どうしたんだ、急に……?」


 十中八九デニスのせいなのだろうが、それを口にする勇気はもちろんない。

 鈍感そうなデニスと違い、母親のアンネはビアンカの心情を察しているようで困り顔を浮かべていた。


「なんだかすまないな、ビアンカは最近ああやって反抗することも多いんだ」


「いやいや、そんな……」


 デニスの人柄のよさや懐の深さはよくわかっている。

 しかし灯台下暗しというやつだろうか、彼は娘のビアンカに対する配慮が足りていないように見えた。

 親子だから大丈夫だと高をくくっているというか、慢心しているというか、そんな印象だ。


 親子とはいえ他人は他人。

 例え血を分けた家族であっても踏み越えて欲しくない一線は誰にでもあるものだ。

 特にあの歳ごろの少女は繊細だと聞く。

 大人からすれば「そんなことで!?」と思うようなことに対して非常に敏感だったりするのだ。

 実家の小料理屋の跡取りにされそうだった件を思い出したジェードは、どうしてもビアンカに同情せざるを得なかった。


「──あの」


 ジェードはすっかり意気消沈したデニスとアンネに問いかけた。


「もしかしてビアンカは楽団に入るのを……嫌がっているのかい?」


「そういうふうに見えたか? 恥ずかしながら大当たりだ」


 酔って赤くなった顔とは対象的にしおらしくなってしまったデニスに、ジェードはさらに問いを続けた。


「もしよかったら話してくれないかな? ビアンカがどうして楽団に入りたがらないのか……」


 そんな話を聞いてどうしたかったのかはジェード自身もよくわからなかった。

 しかしそれでもビアンカを──どこか過去の自分に通じるものを感じる彼女を放っておくことはどうしてもできない気がした。


「……いいだろう。酒の肴にゃ向かないが、まあただの親父の愚痴だと思って聞いてくれ」


 グラスの酒を一気に飲み干したデニスは、噛み締めるようにゆっくりと愛娘の過去を語り始めた。

ご愛読ありがとうございます!


第二章も中盤へと入りました


今まで目立っていませんでしたが、ここからは踊り子のビアンカが物語の鍵を握ってきますよー


感想、評価等首を長くしてお待ちしております!


以上、わさび仙人でしたー!

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