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9、来訪者

 ナツキは自分の部屋で一人考えていた。

 蛇田池の蛇神、カガチやミナカたちとの意識の差。それはナツキにとっての大きな壁だった。

 神と自分とでは生きている時間も見据えている未来も違う。そんなことはナツキ自身わかりきっていたが、ミナカやナツメと話しているうちにそういった考えを無視してしまっていたのだ。

 ミナカはあまりにも人間に近く、ナツメは可愛らしい子供のように見ていた。だが本質は歴とした神であり、本来ならば相容れない存在なのだとまざまざと見せつけられたような気がした。それが彼らのありのままだと知っていても、距離を感じざるを得なかった。


「はぁ……」


 ナツキはベッドに仰向けに寝転がり、ため息をついた。


 ミナカやナツメといった神々の世界のことをもっとよく知りたいという気持ちと、自分の価値観が違いすぎて少し怖いという気持ちがせめぎ合う。

 そもそもナツキは神のことをまるで知らなかった。

 これが学校の友人であれば、昨日見たテレビの話をして、お昼の弁当の話題を出して、課題の愚痴などを言っていればだいたいの人と打ち解ける。交際期間が長ければ、どういう人なのかもわかる。

 だがミナカとそういった話をしても「大変ですねえ」の一言で片付けられてしまうのだ。

 ミナカは人間の生活にまるで興味がないのだ。

 しかし生き物に対してまったく情がないというわけでもなく、むしろあらゆる生物に対して優しい。植物や小動物、虫に対してさえだ。もちろん人間にも。

 ただその優しさは直接的ではない。困っているところを手助けするどころか、声をかけることすらしない。

 一見厳しいように見えるが、ナツキはミナカが優しいということを信じて疑わなかった。

 何故かと言うとミナカは何に対しても母が子を見守るような、そんな優しい目をするのだ。

 テレビで流れる不幸なニュースに対しても干からびて死んでしまったトカゲに対しても憐憫な表情は向けず、暖かい陽射しのような微笑みを向ける。

 ミナカに何が見えており、何に向かって微笑むのかナツキにはまるでわからなかったが、それを不気味には思わなかった。そう思うにはミナカの表情が柔らかすぎたのだ。


 だがナツキと神様たちの間に壁のような隔たりがあるのは確かである。

 例えようのない疎外感に鬱屈とした気分になる。


「はぁ……」


 ナツキが天井に向かって再びため息を吐く。

 天井に貼ってある好きなアーティストのポスターが目に入る。一瞬「なんであんな所に貼ったんだっけ?」と悩み、思い出せず、さらに暑苦しそうに歌う姿が腹に立ち、ベッドの上に立ってそのポスターを剥がした。

 背の低いナツキが天井に手を届かせるには限界まで爪先立ちをしなければならない。そのためナツキは足をつった。

 ベッドの上でもんどりを返してすっ転び、激痛に悲鳴にならない声を上げた。



『お~イ、ナツキィ入るゼ~………って何やってんダ?』


「勝手に入らないでよバカ!」


 部屋の扉を閉めていなかったためナツメが無作法にも入ってきて、滑稽な格好をしたナツキに呆然とした、それでいて蔑んだ声をかける。


 顔を真っ赤にしたナツキはシェイカーを振るバーテンダーのようにゲラゲラ笑うナツメをお仕置きした。

 


 

 ――・――・――・――・――・――



 正月休みが終わると冬休みもあっという間に終わりを迎える。

 ナツキは相変わらずミナカとの距離を測れずにいた。

 どうにかしたいとは思いつつも取っ掛かりがなく、ひとつ屋根の下で暮らしているというのに浮ついた話は一切ない。ナツキはもはや心が折れかかっていた。

 そんな時だった。


「ぴんぽーん」


 明らかな肉声でインターホンを現した声にナツキは吹き出した。

 確かに遊佐家にはインターホンが分かりづらい位置にあるので仕方のないことであるが、インターホンの真似をされたのは初めてだ。近所のご老人方ならそんな回りくどいことはせず、縁側までやってくるため、恐らく初めて訪れた人なのだろう。

 何か郵便でも届く予定だったかな、とナツキは首を傾げながら玄関へ向かった。


「はーい」


 ナツキが玄関の戸を開けると、冬の冷たい風がすっと入ってきて、足元を撫でていった。思わず身震いして縮こまる。確か昨日は雪がチラついていたはずだ。寒いのも当然と言えよう。


「急に押しかけてごめんなさい。ここにミナカ様がいらっしゃるでしょ? 連れてきてくれる? ミヅハが来たって」


 そう言ってきたのは綺麗な女性だった。

 髪は艷やかな黒髪で、毛先まで潤いに満ちている。豊満な体でありながら腰はキュッとしまっており、ぷるんとした唇は乾燥した空気の中でもみずみずしい。

 容姿の美点を上げるには事欠かないが、それ以上にナツキが感心したのはそのまつ毛の長さだ。

 マスカラなしでそれって、とナツキは気落ちしそうになったが、ミナカの知り合いらしいことを聞くと、背筋をしゃんと伸ばした。


 ミナカの知り合いとしたら、この人も神様なのだろう。ナツキはそう判断していた。同時にミナカの良い相手なのではと警戒した。


「ち、ちょっと待っててください。あ、入って待ってて下さいね。外寒いですから」


「ありがとう。助かるわ」


 ナツキはミヅハと名乗る女性を招き入れると、駆け足でミナカの元へ向かった。

 ミナカは炬燵に脚を突っ込んでみかんを食べていた。随分庶民的な神様である。


「ミナカさんにお客さんが来てるよ?」


「私にですか? はて……誰でしょう?」


「なんかミヅハさんって人だよ」


「ああ」


 

  ミナカは得心いったという顔で頷き、次に顔色を悪くした。


「私はいないということにしてください……」


「え!? でももう家に上げちゃったし……。あれ、ミヅハさんってどこかで聞いた名前なような?」


 少し前にミナカからその名を聞いたような気がする。


「これだけ神力を撒き散らしておいて、いないなんて嘘は通じませんよ。ミナカ様」


 炬燵の中に頭まで入ろうとするミナカを止めようとするナツキ。その背後にゆらりと姿を現したのは先の女性、ミヅハである。


「ミ、ミヅハ。久し振りだね」


「ええ。誰か様のせいで最近とくに忙しくて、どこにも行けなくて。正月といういっそがしい時期に誰か様のせいでね!」


「ご、ごめん」


 ミナカは亀のように炬燵の中で丸くなっている。

 どういうわけか、このミヅハという女性はミナカに対して相当な怒りがあるらしい。

 頭から湯気が出ているような起こりようだ。いや、実際に湯気が出ているようにも見える。ナツキは目を擦ったが、ミヅハの頭から出ている湯気は消えなかった。


 


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