6、みなぎるパワー
「なんだか力がみなぎってきたゼ!」
そう声を発したナツメは、いきなり兎のように跳ね始めた。
「ひゃああ!」
「うわあああ!」
これにはナツキもハルオも驚いた。
無機物である茶器が生き物のように動き始めたのだ。驚くのも無理はなかった。
しかし、ミナカは然程驚いておらず、ぱちぱちと楽しげに手を叩くだけであった。
「どうやら金平糖がお供え物として働いたようですね」
と、訳知り顔でミナカが呟く。
『ヒャッハー! 体が軽いゼ』
ナツメがそう言いながら跳ねると、中身の金平糖がカラカラと音を立てた。
「ミナカさん、どういうことですか!?」
怪奇現象さながらの光景に、ナツキは怯えながらミナカに尋ねた。
「我々神様は崇拝されること以外にも、お供え物を贈られることでも神力を蓄えることができるのです。
ナツキさんが与えた金平糖が、ナツメの神力を増幅させたのでしょう」
「それだけでひとりでに動き出すんですかー!?」
「元々、僕の神力も与えていたので、過剰充填されたのでしょうね。コオロギのようで可愛らしいではありませんか」
そう言ってミナカは微笑んだ。
いつもながらの後光差したる微笑みだ。
ミナカの説明を聞いて、ナツキはホッと一息ついた。
まさか金平糖を入れてあげただけで動き出すなんて思ってもみなかったが、ミナカが予め与えていた神力があってこそだと言うので、取り敢えずは安堵した。
金平糖を供えたくらいで無機物が動き出していたら、今頃日本は無機物パラダイスである。あちこちで地蔵が、仏閣が、墓が飛び跳ねる光景など恐ろしいにも程がある。
ちなみにコオロギは見た目艶っとしていて、色合いもGを彷彿とさせるのでナツキは苦手としている。
いくら鈴の音のような鳴き声をしていたとしても、茶色い虫というだけで損している。やたらと高く飛び跳ねるのも、こちらに飛んで来そうだなと不安にさせる。
そんなわけで、ナツキにとってコオロギは「あまり視界に入れたくない」程度の取るに足らない、寧ろ忌避したい存在である。
「私はお供えしたつもりはないんですけど……」
「人の手によって贈られれば、たとえ米の一粒だってお供え物になるのです。
ナツメだって喜んでいますし、不利益を被るわけでもありませんから、時々お供えしてあげてください」
「は、はぁ」
『オウ! 頼むゼ、ナツキ!』
ガシャガシャと音を鳴らしながらナツメが近寄ってくる。
確かに嬉しそうである。
それに、小ぶりな茶器が機嫌良く飛び跳ねている様子は、ちょっとファンシーで、可愛らしいと思えなくもない。
時計や燭台が主人公の歌に合わせて踊る映画を彷彿とさせる。まあ、目の前で飛び跳ねているのは和のテイストたっぷりの茶器なのだが、そこは目を瞑ろう。
甘い物が恋しい時、ナツメを呼べば金平糖にありつけるのも利点だ。
ナツキは飛び跳ねるナツメを掴むと、蓋を外して金平糖を一粒掴み、口に入れた。
「うん。美味しい」
『おワーー! 俺の金平糖がァーー! ナツキ、てめぇお供え物に手を出すなんて罰当たりも甚だしいゾ!』
「えー。だって神力も使ったら減るんでしょ? なら中身も減らさないと補充できないよ。まさか中身を捨ててまで補充しろなんて言わないよね?」
金平糖をポリポリと噛み砕きながらナツキが愚痴る。
『ウグッ……! 仕方ねぇナ。これも付喪神の運命かヨ……。
おい、ナツメ! ちゃんと残さず食えよナ!』
「はいはい」
ナツキは金平糖を二、三粒口に入れると、ナツメの蓋を閉じた。
一度中身を取り出して、再びお供え物としてリサイクルすれば無駄にならないのでは、と考えたが、ナツメがうるさそうなのでその考えは破棄した。
「あ、お父さん。今日のお昼ごはんは何にするの?」
ふと時計を見ると、思いの外時間が経過していたことに気づき、ナツキが暗にお昼の催促をする。
「え、ああもうそんな時間か。
そうだな……。うどんでも作ろうか」
ハルオも時間に気づいたのか、少し悩んだ後に昼食の提案を出した。
うどんは簡単に作れる上に手間もかからない、主婦、いや主夫の味方である。
色々あって精神的に疲れたハルオが、今さら凝った料理を作る気にもならず、せめて簡単な料理を、と気まぐれにとった行動だったが、続くナツキの言葉には動揺せざるを得なかった。
「やった。ミナカさんも食べていきますよね?」
ハルオの顔はみるみる青褪めていった。
いくら良識ある神様とは言え、遊佐家が日頃口にしている冷凍うどんを出しては、気分を悪くされかねないのでは、と不安に思った。
うどんは千年以上前から食べられており、現在は庶民食であるのに対し、昔は「ハレ」の日に振る舞われる立派な食物であった。
「ハレ」は人生の折り目、節目を示す言葉であり、成人式や結婚式といった儀礼以外にも、七夕や夏祭り、秋分などといった年中行事も表す言葉である。
折り目、節目の儀礼に着用する服を「晴れ着」といったり、大事な場面を「晴れの大舞台」というのは、その「ハレ」の言い回しとして使用された結果である。
そういった意味でも、神様であるミナカにうどんをご馳走するのは、別に失礼でもなんでもなく、寧ろ例年余り気味になる餅を入れて力うどんにした方が、縁起の面やお供えの面でもいいはずである。
しかし、ハルオにとって、うどんは庶民食であり、神様に出すものではないと考えている。
既にナツキがお菓子の数々をミナカに与えていることを知らず、勝手に青くなっているのだ。
「み、ミナカ様もうどんで宜しかったのでしょうか……?」
「ええ。ご相伴に預かれるなら何でもいいですよ」
恐る恐る尋ねたハルオに、ミナカは眩しい微笑みを携えて応え、それを受けたハルオは五体投地で畏まった。
『オイ、ハルオ。俺には金平糖でいいゾ。中身を入れ替えてくレ。ナツキに任せるのはちょっと不安だからヨ』
「ちょっと! それってどういうことよー!」
『だってオメェ見るからにものぐさそうだもんヨ。いつか絶対忘れるダロ』
「ひどい!」
「ははは。賑やかでいいですね」
「んにゃあ~」
騒がしくなる遊佐家のリビングで、ハルオは重いため息をついた。
やんごとなき存在に向かって淡々と話せるナツキに、心配やら羨望やら、到底娘には発露できない感情が自身に芽生えたのを感じ、ハルオは乾いた笑みを浮かべるのだった。




