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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第二章 都
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審判と共に

 街の郊外へと連れ出されたユウタ達。今、ユウタとカナエの目前には打ち捨てられたスラムの残骸が、ただ荒涼と広がっている。


「革命では多くの人が犠牲になったの。そう、……本当に多くの人がね」


 ユウタには呟くようなアークィの言葉が痛々しく聞こえる。アークィはなんだか遠い目をしている。独り言だと思うことにした。だが、そんな彼女の姿も一瞬だ。そしてそんなアークィは破壊された井戸の跡の前で一枚の紙をユウタとカナエの目の前にに広げてみせる。


「じゃ、実戦形式で腕を見てあげるわ。あんたたちは地図のこの場所からこの場所までから移動する。無事に生きて移動できたら合格」


 それはこの場所、旧スラム街の地図だった。曲がりくねった路地が大雑把に描かれているようだ。


「え? 黙って準備しなさいよ。あなた達はいまからあたしの敵になるの。敵にあたしは容赦なんてしない。手加減なんてしないんだから。良い? 終着点はあそこ。見えるでしょう、あの大きな木の下よ。今あなた達が立っているこの場所から、あの木の下まで移動するだけの本当に簡単な訓練」


 アークィの示す遥か先。郊外の何も無い大地に大きな木が一本確かに生えている。ルールは簡単だ。この場所、この井戸のある広場からあの緑の丘の上にある木に向かって走るだけ。おそらく何らかの妨害があるのだろう。……それが何なのか。それは今回の作戦の仕掛け人、アークィだけが知っている事柄に他ならない。


「何か質問は?」

「その背中の物は何だよ」


 取り合えず一番の関心事項をユウタは聞く。ユウタはアークィの得物が気になって仕方がない。


「え? あたしの得物?」

「武器なのか?」


 惚けるアークィを視線でユウタは問い詰める。


「……これからやり合おうって言う敵に手の内を先に明かすバカが何処にいるっての。さ、他に質問がないなら始めるわよ? 爆発音が聞こえたら演習開始。張り切って終着点を目指しなさい? ……手段は問わないわ。見事生き延びて」


 結局アークィは話もそこそこに切り上げる。ユウタはまともに相手をしてもらえなかった。だが待て。ユウタは耳を疑った。いま、アークィは何か物騒な事を言わなかっただろうか。


「木の場所まで移動するだけですか?」

「ええ。ちょっとしたお遊びよ。ゲームに賭けるのは新人君、あなた達二人の命。……出来るわよね、カナエ?」

「……は、はい」


 見ればカナエは目を伏せて何事か考えているかに見える。


「大丈夫だよ。俺が付いているから」

「ユウタ……うん」


 ユウタの呼びかけにカナエは弱々しく微笑む。ユウタは心に何かが小さく刺さるのを感じた。


「さぁ、始めるわよ!? 頑張って生き抜きなさいな、あたしの可愛い後輩達!」


 アークィはお構いなし。そう宣言するなり水色の髪と派手な長衣をはためかせ、アークィは井戸の場所から颯爽と走り去って行く。




 ユウタとカナエの眼前に広がるスラム街は一度焼かれたと見えて、あちこちに焼け焦げた跡がある。きっと激しい戦闘が行われたに違いない。人一人見えないスラムの残骸はある意味で薄ら寒さすら感じさせる。正に恐怖の対象と言えた。


「ユウタ……」


 アークィが姿を消して暫くした頃。鋼の槍に、鋼の胸当てを装備したカナエ。立派な兵士に見える。なのにそのカナエが不安の声をユウタにあげる。


「大丈夫だよカナエ。二人で頑張ろう? 何とかなるさ」

「……うん」


 カナエが弱々しく微笑む。弱々しいが、優しさを含んだ笑み。良かった。杞憂だったのだ。ユウタはそれだけで安心出来る。


「カナエ、実戦形式とはいえこれは演習だ」

「エンシュウ?」


 カナエが可愛く首をかしげる。


「練習だよ」

「うん」


 演習。確かに普通は使わない表現かもしれない。


「頑張ろうな」

「うん!」


 ユウタの再度の呼びかけに、カナエは今度こそ笑顔で応える。




 遠くの丘で一瞬何かが光った後。ドォオ……と、これまた遠くで鈍い地鳴りがした。

 アークィが消えて五百ほど数えた頃にそれは聞こえた。これがアークィの言っていた開始の合図、爆発音に違いない。ユウタは決めると早かった。


「カナエ、走るぞ!」

「うん!」


 途端、ユウタらは駆け出す。ユウタは見る。遠くの丘の上でまた何かが光るのを。直後にそれはやって来る。その異変は直ぐ近くで起きた。大人一人ほどの幅を持つ光の渦がスラム街の壁ごと何もかもを消し飛ばす。凄まじい轟音と衝撃波。驚いたユウタは悲鳴を上げるカナエの胴を抱いて未だ健在な壁に隠れ伏す。

 何だ今のは。光条? ユウタは思う。まさかとは思うが、ザンナ隊長が使って見せたように魔法じみた威力を持つ恐るべき未知の兵器のなせる業? そうとでも言うのだろうか。今の一撃、命中していたら間違いなくユウタとカナエ、二人とも骨も残さず蒸発していたに違いない。何しろ壁が何枚も破られて大穴が開いているのだから。


「カナエ、考えている時間は無いみたいだ。立ち止まっちゃダメだ。走るんだ!」

「う、うん!」


 遠くで何かがまた光る。

 ユウタは跳んだ。続いてカナエも。

 背後に全てを焼き尽くす光が走る。名状しがたい鈍い音がまた直ぐ背後で轟く。瓦礫の山がまた増えたのだろう。

 ユウタは思う。考えられるのは銃だ。それも恐るべき高出力のビーム兵器。信じられない事だが、信じるしかない。この世界にはそんな化け物兵器が実在する。畜生め、とユウタは神を呪う。どうして俺を最強にしてくれなかったのかと。

 遠くの丘の上でまたも何かが光る。ほぼ同時にユウタ達の直ぐ後ろの瓦礫に大きな穴が開く。轟音は後からやって来た。


「ユウタ、ユウタ!」

「カナエ! 良いから走れ!!」

「判った!」


 とにかくユウタとカナエは走って走って走り抜く。瓦礫だらけの足場の悪い曲がりくねった道。そこをなるべく真っ直ぐに走る。一秒でも早くあの緑の丘へ。さもなければきっと最悪な事実が二人を待ち受けているに違いない。

 ユウタはまた光を見る。背後で続く轟音。すぐ後の建物がまた一つ崩れたのだろう。


「ユウタ、ユウタァ!」

「走るんだ!!」


 遊ばれている。絶対に遊ばれている。遮蔽物が遮蔽物の役目を果たしていない。いや、あんな化け物に遮蔽物など絶対無意味!

 

「カナエ、振り向くな! 俺を信じて真っ直ぐ走れ!!」

「うん、うん!」


 遠くの丘で三回光る。そして間髪入れずまた三回。近くで何かが爆ぜた。考えるまでも無い。

 ユウタは恐怖するもまた走る。この恐怖、何時まで続くのだろうか。走るユウタとカナエを弄ぶかのように続き煌く三連掃射。二人の直ぐ後ろで何かの破砕音が三回続く。続いてまた遠くで三回光り、背後で音が三回続く。音はだんだんと近くなる。それは射撃が正確になっているという証。こちらのスピードに段々と慣れてきている証だ。


「ユウタ!」

「構わず走れ!」


 何だ、何だ、何なんだ。

 それぞれ一撃づつの威力は落ちているようだが、それでも命中したときの事など考えたくもない。絶対に致命傷となることは間違いないだろう。

 魔法ならまだ許せる。神の力だと、悪魔の力だと言うのならまだ笑って許そう。

 なのに。何だこの恐るべき力は。ユウタは神を呪う。悪魔を呪う。そして人も呪った。アークィの手にしているであろうあのビーム兵器しか呼べない代物、これをなんと形容すべきなのだろう。

 銃器なら残弾に限りがあるはずと、甘い考えも振り払う。そんな暇があるのなら、一歩でも先へ走ろうとユウタは足を前へ前へと動かすことに専念する。残弾に限りなんてきっと無い。こんな非常識、魂か精神力か、あの銃は恐らくそんなものを動力の源として使っているに違いないと無責任にも確信できる。


「カナエ!」


 後ろも見ずにユウタは叫ぶ。


「ユウタ!」


 良し。背後から返事がある。カナエが跳躍し駆けて来る音だ。ユウタはカナエの無事にひとまず安心する。

 

 ──ん? 走るユウタはふと思う。

 先ほどから丘の上からの射撃が無い。もしかしてユウタが夢想したように、本当に銃の動力源が尽きたのだろうか。

 いや、考えまい。連射の後の多少の冷却期間。きっとそうに違いない。次の攻撃はきっと来る。最後まで気を抜くまいと、ユウタはそう思うのだ。

 二人はスラムの残骸を抜ける。緑萌ゆる丘がある。目的地の木はこの上だ。

 ユウタは走る。カナエも走る。転がるように二人は走る。 

 ユウタは自分の勘を信じて今も全力で走り行く。




 ──って!

 緑の丘のその上で、木の手前でそれを見る。

 罠だ。草が結んである。

 ユウタは足元にとんでもないレトロな罠を見た。


「跳ぶんだカナエ、足元に罠がたくさん!」

「判ったユウタ!」


 遠くの丘で何かが光る。ユウタは大きく跳躍する。カナエも続けて跳躍した。カナエが跳んだ瞬間、その足元の直ぐ下を恐ろしく太い光条が走り抜けてゆく。


「危な……っ!」

「ユウタァ!!」


 ユウタは見た。カナエの足の直ぐ下を光の奔流が走り去り、全てを道連れに草一本残さず消滅していて行く様を。

 地面が大きく抉れている。二人のうち一人でも草に引っかかり倒れていたならば、間違いなく仲良く二人お陀仏だったろう。


「殺す気かよ……」

「ユウタ! 着いた!」


 カナエが大木に抱きついた。カナエは今にも涙を流して喜びそうな勢いだ。いや、実際泣いている。ユウタも大木の幹に背中を預ける。そして崩れ落ちるように尻を地面につけるのだ。

 ユウタは深く息を吸い込み、そしてゆっくりと息を吐く。


「カナエ、大丈夫か?」

「うん、ちょっとだけ驚いたかも」


 カナエ。泣くほど喜んでおいて、驚きはちょっとだけなのか。ユウタは改めてカナエの芯の強さを知る。ユウタの衝撃はそれどころではない。これから先の事を思うと暗澹たる思いがするだけ。もしかして革命軍の敵もあんな化け物兵器を使ってくるのだろうか。どうなのだろう。ユウタには何も判らない。


 ……疲れる。今はそんな事すら考えたくも無い。ユウタの心がそう決めると、ユウタは何だか急に気が抜けた。




 ユウタとカナエ。二人は木の下で背中合わせに座り込む。一仕事の後の休憩だ。実に風が心地良い。カナエのたなびく黒髪が、ユウタの頬に微かに触れている。

 その二人の目の前にアークィがやって来る。彼女は見たこともないような近未来的外観を持つライフルを担いでいた。彼女はユウタとカナエ、二人の前に立ちカラカラと朗らかに笑いつつも、いとも簡単に言い放つ。


「いやいや、全弾回避だなんて、凄いよ新人君達!」


 笑顔のアークィ。カナエは無邪気にはにかんだ安堵の笑顔を見せていたが、ユウタはふて腐れていた。ちっとも嬉しくないのだ。詐欺だ。あんなの絶対詐欺だと断言できる。


「あれだけの砲撃を掻い潜って目的地まで辿り着く事が出来るとはね。さすがザンナ隊長の連れてきた新人君かな。あたし、本気でやったのに。それにユウタ、あなた達。最後の罠にも良く気付けたわ。良し良し。あたしが褒めてあげる」


 やっぱり笑顔のアークィ。ユウタは嬉しくない。どうにもやっぱり嬉しくない。隠れた狂気が垣間見える。この女、絶対どこかが壊れているはずだ。後輩が出来た事を喜びながら、その後輩に少し間違えば命を落とすほどの地獄を見せる特訓を厭わない冷血無比な先輩。


「アークィあんた、俺達を殺す気だっただろ?」

「え? あの程度でコロッと死ぬ人間なんて戦場では必要ないわ。でも、これでやっと安心して背中を預ける事の出来る仲間が増えた。歓迎するわね。ね? ユウタ、カナエ!」


 やっぱりだ。アークィめ、こいつ本気で俺達の事を殺す気だったのだろう。ユウタは半眼で尋ねるも、その笑顔魔人に無視される。


「その物騒な銃は何なんだ? マスケット銃とは大違いだし」

「この武装は審判(ジャッジメント)の銃。このあたしにしか使えない、世界に一丁しかない銃よ。……ま、あたしの相棒かな!」


 アークィがその謎の銃に頬ずりしている。


「ああ、次こそは本物の敵を撃ちたいわね! こんな演習じゃ物足りないわ。……早く次の任務は来ないのかしら。本当に待ち遠しいんだから!」


 またアークィが空恐ろしい事を口にする。それにしてもまさかの凶悪な兵器。そんな理不尽に強力な銃がこの世界に無数にあってたまるか。ユウタは半ば本気で思う。

 しかし、またも輝いて見えるアークィの笑顔。それはきっと何かの気の迷いなのだとユウタはそう思い込むことにした。

2016/08/22 最後尾のアークィに関する表記を改定

2016/08/30 キャラ付けの向上のため、アークィの台詞と主人公の心情を改定・追記

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