新米気分と共に
ユウタとカナエ、それに青い髪の少女アークィを加えた三人は窓から優しい日の差し込む暖かな兵舎の奥に続く通路を歩いている。
「まずはあなた達に装備品を渡すようにザンナ隊長から言われているわ」
装備品、と聞いてユウタの胸は躍った。どんな凄い武器がもらえるのだろうか。
アークィは背に長物を背負いながらユウタとカナエの相手をする。アークィの荷物の中身は謎だ。アークィの動きと共に時々金属質な音がするところを見ると、何らかの武器と見た方が良いとユウタは思う。剣だろうか。それとも別の何か? ……判らない。ただ、アークィの思わせぶりのヒネた笑顔を見るに、その背の荷物からはひしひしと危険な香りが伝わっては来るのだ。
そんなユウタの漠然とした不安めいた思いなどアークィにとってどうでも良い事なのだろう。アークィは話しながらも兵舎の中を奥へスタスタと歩いてゆく。そんなアークィは歩きながらユウタとカナエに話してくれた。
「さっきの紹介にもあったけど、あたしはアークィ。あなたたちの先輩よ。先任になるの。これでも上官なんだから。だからしっかりと敬いなさいな」
アークィはおもむろに立ち止まる。アークィはユウタとカナエを前にして立派な胸を張ってくれた。ユウタはその自己主張の激しい突き出たモノに思わず見とれる。ユウタが思うに確かに立派だ。ちなみにその時、ユウタはカナエがどういう目で自分を睨んでいたのかを知らない。
アークィ。長い青髪を手で払いつつ、緑色の目を蠱惑的に光らせて語る少女。その精緻な刺繍の施された派手な長衣の軍服──酷い改造軍服もあったものだ──を着た自称先輩。その仕草全体が場違いにも様になっている。何だか色々な意味でキラキラした人だとユウタは思う。
「でもまぁ、ザンナ隊長に聞いたわよ? あなたたち街で何の躊躇いもなく何人もの不良少年たちを一片の迷いも無く全員血祭りにあげたんですって? あなたたちも随分と肝が据わっているわね。中々できる事じゃない。そこだけは認めてあげる。あなた、軍人としての素質があるわ」
でもユウタは思うのだ。人殺しを褒められてもあまり嬉しくない。それにあれは結果だ。理屈じゃない。ユウタはただカナエをバカにした者が許せなかった。それだけの事。確かに軍人は任務の途中でそういった場面に遭遇する事もあるだろう。でも、好き好んでやる事じゃない。
「敵に慈悲が無い事。それは優秀な兵士の必須条件よ?」
ユウタは思う。確かに敵対者は倒す。……ただそれだけだ。ただそれだけだけど……何か引っかかる。だが、ユウタはそれを気のせいだと思う事にし、その考えを頭から振り払う。
そういえばあの時、隊長のザンナは異様に強かった。ザンナはあの電光放つ怪しげな武器が無くとも充分に強い。おそらく、何かの『技能』持ち。ユウタにとってザンナは未だ謎の人物だ。第一、年齢が判らない。下手すると勇太達よりも年下に見える。ユウタは思い切ってアークィに聞いてみることにする。
「アークィ。ザンナの年は幾つなんだ? あれでも隊長なんだろ? 随分と偉そうにしているけど実際俺達よりも若そうだし。革命軍には俺達みたいな少年兵も多いのか?」
ユウタには不思議に思える。アフリカで聞くような少年兵。まだ年端もいかない少年少女が機関銃を手にして戦場に借り出される現実。心が凍った……いや。心が死んだ少年兵だ。そんな現実がこの世界にもあるというのだろうか。
「な、何言ってるの! 今直ぐその羽よりも軽い口を閉じなさい!」
「え?」
突然アークィが両手をあたふたと何度も上げ下げしながら大声を張り上げる。今までの優雅な姿からは全然似合わない可愛らしい姿だ。ユウタはアークィの突然の豹変に驚く。そしてユウタの鼻先にアークィのそれなりに麗しい鼻先がずいと来る。近い。何だか近い。ユウタはなぜかそんなアークィにドキドキした。
「隊長はああ見えて十九歳なの。童顔だなんて口に出したら冗談抜きで殺されるわよあんた達。言葉には気をつけなさい」
ユウタはアークィの甘い息を嗅ぐ。
そして耳にする。それは小声だった。怯えるような、それでいて噛んで含ませるような確かな響きを持ったアークィの声。ユウタは静かに怒られた。なぜか目を丸くし驚いていたカナエもついでに怒られる。
ゆっくりと言い含めた後、アークィはやっとユウタとカナエを解放する。
「そう言うアークィは幾つなんだよ。年上のヴォルペはともかく、アークィも俺達を子供扱いしているだろ?」
「ヴォルペはそうね、あれでも二十歳だから。それにあたし? あたしは十七歳よ。当然あなたたちよりお姉さんね! ……まだまだ子供のあなた達とは違うのよ」
再びこれでもかと胸を張るアークィ。ユウタの問いは説得力皆無の理由で否定された。十七歳。まだ充分子供ではないかとユウタは思う。第一仕草が子供そのものだ。ザンナも十九歳と言う。子供と言われれば、ザンナですらそうだろう。
「大人は皆、我先にと死んだわ。革命の……新時代の礎になったの。……それがどうかして?」
「でも、偉い将軍や軍の高官は大人じゃないの?」
アークィの目には悲しみの、死者に対する畏敬の念は無さそうだ。それとは違う何か……上手く言葉に出来ない。それでもユウタは何だか夢見がちのアークィに聞く。素朴な疑問だった。
「うーん、いないことはないけれど……革命軍にあまり年配の人はいないわね。年寄りは体力が無いから。戦争は若者が華よ」
やっぱりだ。ユウタは思う。何故だかは判らないが、アークィは戦争に幻想を見ていると思う。若い者から死んでいく。ユウタはその前世でそんな言葉を聞いた覚えがある。それはおそらく、普通はアークィのような夢見がちな者から先に死んでいくのだ。今の今までアークィのような若者が生き残っているのはただの幸運の積み重ねに過ぎないのだと。ユウタの思いはだんだんと思考の海に沈む。だがしかし、ユウタは次のアークィの言葉で現実に引き戻された。
「あたしたちは遊撃部隊。大隊とは別行動が許されているの。自由に動き回れる分、その分だけ貧乏くじを引かされることもあるわ。判った?」
なぜか嬉しそうなアークィ。どうしてそんな任務に付かされていて喜べるのだろう。アークィのユウタ達を見る目。それは哀れみと慈しみ。ユウタはアークィの態度を見て思う。アークィは後輩が出来てただ純粋に嬉しいのかもしれない。一番若いし、下っ端っぽいし。
「でもね、それはあたしたちに活躍の機会が多く用意されているって事でもあるの。あたしたち遊撃隊にはね、危険な任務が多いのよ。……あ。その分、追加の報奨金も大きいわね。どう? 充分に魅力的でしょ!」
ユウタは思う。これほど説得力の無い言葉があっただろうか、と。確かにアークィたちにとって旧王国軍は脆かったのかも知れないが、今のアークィたち、ユウタやカナエが所属する事になった革命軍はもっと危ういと思う。今のアークィの台詞。アークィの不自然なほどのあどけなさ。ユウタにはアークィが充分にその事を自覚しているとはとても思えない。遊撃隊。それはいわゆる捨て駒と言う奴ではないのだろうか。ユウタの心に微かな疑念が過ぎる。そんなユウタの心の内を見透かしたようにカナエがユウタの手の平をそっと握って来た。
「あたしを見習ってせいぜいあなた達も頑張る事ね! 良い? ユウタ、カナエ!」
──カナエ。
その掌の温もりが今のアークィのお気楽な言葉の裏側にある、故郷の村の日常とは異質な現実をユウタに思い知らせるのだ。前世の異世界の記憶にしたってそうだ。こんな危険な世界でユウタ達は生きている。ユウタは決めた。カナエの掌の温もりがユウタにそれを決意させる。カナエだけは守る。カナエだけは守って見せるとユウタは静かに誓う。
「まずは装備品を支給するからそれを受け取って。軍に納入される品の中でも、この遊撃隊遊撃隊に回される品はどれも一級品ばかりだから、このあたしが品質を保証してあげる」
再び歩き出したアークィは一枚の扉の前で立ち止まり、おもむろにその扉を開ける。そこは様々な物品──主に兵器や衣服類──の並ぶ武器庫らしかった。結局ユウタ達が持っていた武器や鎧は取り上げられたままだったが、アークィの言うようにどう見てもこの武器庫にある装備品の方が上質だ。ユウタは取り合えず手ごろな剣を見繕う。カナエも遅れじと槍を求めているようだった。
「そんな武器で良いの? 新式のマスケット銃もあるわよ?」
マスケット銃。兵舎の入口で衛兵の装備していた火縄銃。命中率の悪さで有名な銃だ。銃。鉛玉を鉄筒に詰めた火薬で打ち出す兵器。前世では近代の兵器ではない。冗談ではないとユウタは思う。前近代的で原始的な銃など真っ平だった。ここは慣れた武器、手ごろな大きさの長剣をユウタは探す。ユウタには撃ち出された銃弾でも避けれる自信はあるが、自分の得物とするとなるとまた話は別なのだ。やっぱりここは使い慣れた長剣の方が良い。
「それと、胸当てで良い? 脛当て程度は良いけれど、あたし達遊撃隊の任務には隠密性が求められることも多いから全身鎧はお勧めしないわ。後は軍服。大きさの合うものをきちんと選んで」
隠密性? だったらアークィのその派手な服は一発で禁止……ユウタは喉まで出かかったが、何とかその言葉を胃袋まで押し込む。アークィのまるで無垢な幼子を見詰めるような笑みを見ていると、ユウタにはそれが正解だったのだと心から思える。
そして二人は言われるまま、革命軍の軍服に袖を通した。カナエがまたもユウタを呆然とした眼差しで見詰めている。そして薄く浮かぶ笑み。笑われた。クスリとした笑い。今、確かにカナエはユウタの事を笑っている。どこか似合わない箇所でもあったのだろうか。姿見を見る。軍装の上から鋼の胸当てをつけた姿。平凡な少年兵の姿がある。確かにちょっと所々寸足らずで不恰好だけど、何処にも問題はない……問題などないはずだ。ん、まてよ。不恰好?
ユウタはそのカナエを見る。動き易そうな仕立ての良い白の上下を着込んだカナエ。カナエの綺麗な黒髪に嫌味なほど似合っている。その上からユウタとおそろいの胸当てをつけ、その胸当てを胸のふくらみが下から少し押し上げていた。ユウタにはそんなカナエの姿が何だか凄くかっこ良く見える。自分とは酷い違いだとユウタは思う。……同じ装備なのに。差別だ。
「馬子には衣装とはよく言ったものね。ユウタ? 裾がちょっと長いわね……。良いわ。その服、予備のも含めてあたしに貸して。後で裾上げをやっておいてあげるから」
ユウタは青髪の下のその笑顔に惚れる。アークィ。実は見かけによらず優しい先輩なのかもしれない。
「さてと。装備配給完了っと。では、そうね。今日はとりあえず昼御飯の支度をお願いしようかしら。ユウタ。それにカナエ。……街に出て買い物に行って来て。昼ご飯の支度をお願い」
「昼飯!? 配給じゃないのかよ!?」
ユウタから軍服を受け取りつつアークィはそう言い放つ。よりによって昼飯当番!? ユウタは思わず叫んでいた。カナエもまた予想外だったのだろう。口をまん丸と開けて驚いた様子を見せている。
「バカね。遊撃隊は独立軍扱いなの。掃除洗濯家事。全部あなたたち新米の仕事よ」
さも当然のように言うアークィ。前言撤回。ユウタ達にとってアークィは酷い先輩だ。
「わたしにもやっと後輩が出来て嬉しいわ」
アークィの笑顔が零れる。ユウタには先が思いやられた。
ユウタとカナエが作った食事。シチューだ。食事はアークィとカナエ、それに隊長のザンナと赤髪の剣士ヴォルペを加えた五人で食事を摂った。食器の打ち合う音が暫く響く。アークィらは何も言わず、黙々と食べている。アークィは食器を置いて始めて一言。食器の中身はとっくの昔にアークィの腹の中だ。
「田舎者が作ったにしてはまぁまぁの味ね」
「確かに田舎者だけどアークィ」
さすがにユウタはカチンと来た。ついに不満の声が前に出る。
「え? その髪、その目の色。東部辺境の出身者でしょあんた達」
しかし続く言葉に納得する。黒目、黒い髪。東部辺境出身者の特徴だ。東部辺境は田舎中の田舎。確かにユウタ達は田舎者と言える。事実と言われると事実だ。ここは認めようとユウタは思う。
しかし本当に料理当番をさせられるとは思わなかった。カナエの指導を受けながらの料理。二人で作った料理だったが、それはそれで大変だった。しかしながらこの苦行は毎日続くのだろう。『新参者が料理当番となる』。これがここの掟のようだから。でもユウタには我慢できる。せっかく軍に入れたのだ。千里の道も一歩から。まだまだ始まったばかりに過ぎない。
「あたしは西部辺境の出身。ほら、髪が青いでしょう」
青い髪。特にユウタは考えたことも無かった。それに、西部辺境に何があるのかすらユウタは知らない。
「だから田舎者同士、あたしたち三人仲良くしましょ?」
間違いなく美人の範疇に入るアークィの笑み。それは今迄で一番輝いて見える。きっとお腹が膨れて気持ちが優しくなったからだとユウタは思うことにする。
「早速仲良くなれたようじゃないか、少年」
隊長のザンナがカラカラと笑う。その童顔。少女そのものだ。これで十九歳……とてもそうは見えない。
「坊主たちを頼んだぞ? な、アークィ先生?」
ザンナが言葉を続けるより先に、ニヤニヤと意味深な笑顔を湛えたヴォルペがアークィを茶化す。ザンナの興味は既にユウタとカナエ、そしてアークィにはないようだ。ザンナは再び黙々と食事に戻っている。ザンナの食事は遅い。よく噛んで食べる性質らしい。
「ちょっとヴォルペ! 何よその言い方! ちょっと止めてよね!」
「いやいやアークィ、お前さんも偉くなったもんだなぁと感心しただけだなんだ。ちょっとした冗談だよ」
「もう! ヴォルペ!? どうしてそんな言い方するのよ!」
ヴォルペの胸元ににじり寄り噛み付く口汚く罵り始めたアークィ。それを軽くいなすヴォルペの姿を見て、大人だなとユウタは感じ入る。
対するアークィは頬を膨らませてむくれている。……子供だ。子供過ぎる。改めてユウタは思う。
「いやぁ、良い後輩が出来てよかったじゃないかアークィ。お前さんもやっと一人前なんだな」
「そうね……それはそうだけど……って! そうじゃなくて!!」
ヴォルペのあからさまなからかいの言葉に正面から噛み付くアークィ。
「いやいや、もう可愛い後輩たちの前でそんな正体を晒して良いのかアークィ?」
「う゛。……い、いや、これは……これはその、あぁもう! そうよヴォルペ! これは照れ隠しよ照れ隠し! 良いユウタにカナエ、明日からはビシバシ鍛えてあげるんだから! 良いわね!?」
アークィはその細い腰に両の掌を当てていたかと思うと、今度はびしっと右手の人差し指をユウタとカナエに向けて突き出す。その姿が一々子供っぽいのは何故なのか。
「結局は開き直ったか……」
「何か言ったヴォルペ!? もぅ! あたしをからかって何が面白いのよ!」
ヴォルペのぼやきにアークィの形の良い目が三角に吊り上がる。
「いいや、なにもアークィお嬢様」
「誰がお嬢様よ!」
「おお、怖い。俺は退散するとするよ。じゃあな、アークィ先生の下で頑張れよユウタにカナエ」
「ヴォルペ!? あなた逃げる気!? ちょっと待ちなさいよ!!」
アークィはヴォルペがいそいそと、その場を立ち去った後もネチネチと悪態をつき続けている。百年の恋も一瞬で冷めるに違いないその姿。せっかくの美人が台無しだとユウタは思う。口を開かなければ充分に憧れる事のできる先輩で居られたはずなのにと、つくづく残念に思わせる先輩だ。アークィ。本当に子供なのはこのアークィかもしれない。
2016/08/22 誤字訂正と主に食事シーンを追記。
2016/08/30 キャラの方向性の変化を狙い、アークィの台詞、ユウタの心情を中心に改稿




