出会いと共に
一匹の黒猫がユウタとカナエの目の前を走り去る。ここは都の裏路地に有る小さな広場だ。そこでユウタとカナエはひとまず腰を下ろし休んでいる。先程は酷い目にあった。
『子供は帰れ! こちとら忙しいんだ!』
取り付くしまも無いとはこの事だった。実力を示す機会すら与えられず兵士斡旋所を追い出された事に、ユウタはショックを受けていた。いわば、前世のトラウマ。俺はもしかしてダメ人間なんじゃないか──そんな黒い心がユウタの自尊心を染め上げていく。カナエの手が投げ出されたユウタの掌に重ねられたのはそのときだ。
「ユウタ、元気出そ?」
「……」
ユウタはそんなカナエに何も言い返すことが出来ない。ここにもカナエに手を引かれて連れて来られたようなものだ。ユウタはカナエの目を直視できないでいる。
情けない。ユウタは思う。思うが、今のユウタには何も出来ない。悔しさがユウタの心を覆う。どうしようもなく悔しいのだ。こんな事じゃ、とてもあの人相書きの人物には届かない。村を救うほどの賞金首。彼女や世の中の悪党を倒して名声を得る。ああ、ユウタの夢はこんな事で潰えるのだろうか。
「ユウタ……」
ユウタの心にカナエの優しさが染みる。
そんな時だ。
そんな二人を邪魔する音が有る。ユウタの耳が捉えた音がある。気配があった。明らかに悪意を持った音。誰かが砂利を踏む音だ。……それも複数ある。裏路地の前後から、五人……いや、六人だろうか。やがてまず予想通りの人影が見える。三人ずつ。表通りを行き書く人々とは違う粗野な服装。いづれも下卑た笑いを浮かべながら、ニヤニヤと威嚇するように迫ってくる人影だ。ユウタの手に重ねられたカナエの手がユウタの手を強く握り締める。そしてカナエは一人で立ち上がっていた。
「何?」
カナエは槍を手に身構える。革の鎧が擦れた音を立てた。
「よう姉ちゃん……って、なんだガキかよ」
ユウタは知っている。どうしてこの手合いはいつも金髪にしたがるのだろう。どうしてこの手合いは何時もいつも髪を逆立てたがるのか。赤いバンダナで巻かれた金髪を逆立てた男。その男がギラリと光るナイフをちらつかせながらユウタとカナエに迫っていた。
「でも美人だ。そんな物騒なもの置いて俺達と遊ぼうぜ」
「ああ、カワイイね。つい苛めたくなるくらい」
遅れて二人をり囲むように移動する手下たち。そう。手下だ。その言葉こそ相応しい。好き勝手に言ってくれる。動きも雑な、年若い少年たち──いわゆるチンピラだ。
ナイフを手にした男はユウタを威嚇する。
「ようボウズ、このメスガキと金を置いてどこかに消えろよ。今なら見逃してやるからよ」
ユウタは思う。この不良たちは優しい。勇太の知る不良は容赦が無かった。こいつらはまだまだ甘いと見える。とはいえやる事は一緒だろう。ユウタは今、理不尽に腹が立っている。子供扱いされた事。自分の力をバカにされた事。そして何よりユウタの大事なカナエに向かって「メスガキ」呼ばわりされた事。どう料理してやろうか。……そんな事を考えながら、ユウタはゆっくりと立ち上がりカナエの前に立つ。
不良たちが一瞬怯えたような顔をする。ユウタが腰に佩いていた剣が鳴ったのだ。不良少年たちの視線は一斉にユウタの腰の剣に集まる。
「誰を誰が見逃すって?」
ユウタはそう吐き捨てる。
「ユウタ……」
カナエの咎めるような声を無視し、ユウタは怒気を含めた声で轟然と言い放った。ユウタのそんな態度が余程気に障ったのか、虚を突かれていた不良少年たちはたちまちの内にいきり立つ。
「何だとコラ!」
口々に聞くに堪えない罵声が聞こえる。
ユウタは思う。予想された反応に安心すら覚えた。むしろ、懐かしいくらいだった。
ユウタの手が腰の剣に伸びようかとした、ちょうどそのとき──。
「待ちな少年。そこまでだ」
奥の路地から甲高い制止の声が上がった。そしてその小柄な影は、光の当たる場所へと躍り出る。
「誰だ!」
少年たちの誰何の声。少年たちが声のした方向を一斉に振り向く。ユウタも見る。そこには体の線の見える黒の上下に白の上着を羽織った一見可愛いらしい少女が立っていた。金髪を頭の横に結わえて流す髪型、いわゆるツインテール。目立つ事この上ない姿の少女だ。少女? 少女にしては体の線が成熟した豊満さを湛えていないでもない。童顔なだけなお姉さん? ユウタには判らない。ただ判るのは今、その少女が酷く疲れた呆れの表情を浮かべていることだけだ。
「止めときな。血を見るぜアンタら」
少女はまたも少年らを制止する。だがこれは相手を刺激するだけに終わったようだ。
「何おう!? おいお前ら、こいつもまとめてやっちまえ! 女は顔に傷はつけるなよ!?」
「バカな奴」
少女は本気で呆れているようだ。だがユウタはその少女の目が凛と光るのを見逃さない。
ユウタは見る。少年のナイフが少女に振るわれる……前に少女の手が動く。ユウタには見える。少女がナイフの少年の動きを紙一重でかわすどころか、逆に物凄い速さで少年の手首へ手刀を叩き込むのを。この少女、見かけによらず強い!
「ぐっ!?」
路上に落ちるナイフの音と、少年のあげる苦悶の声。
「お前ら何してる! やっちまえって言ったろ!?」
少年が叫ぶ。とことんバカな奴らだ。ユウタは剣を抜く。後は簡単だ。奇声を上げながら襲い掛かってくる不良共を撫で斬りにするだけ。血飛沫が舞う。少年たちの動きは単純すぎて、動きを見切るまでも無い。カナエも遅れて槍を繰り出す。やはり血飛沫が舞う。カナエの槍が次々と振るわれる。血煙を上げてバタバタと少年たちが倒れ伏す。何れも一撃必殺で仕留めている。後は手首を押さえて倒れ伏した少年一人を残すのみ。
正に、一瞬の出来事とも言って良い。
「ひっ!?」
異臭がする。その原因は直ぐにわかった。少年の下半身から黄色い液体が漏れ出ていたから。臆したのだろうとユウタは思った。自分が逆の立場なら、ユウタがそうなってもおかしくない状況なのだ。
「少年……」
咎めるように金髪の少女が口にした。苦い顔をしている。確かにユウタは遠慮すらしなかった。少年たちは弱かった。弱かったからこうなる。ただそれだけの事なのだ。何が悪い? ユウタは思う。こいつらは俺達から金品を奪おうとした。何よりカナエに暴言を吐いた。そして連れて行こうとした。ユウタにとって、この結果を与えるに充分な理由と言える。
「お前……迷いも無く殺したな? 何故殺した。実力差は明らかだった」
「敵意を向けられた。だから殺したんだ」
ユウタは最後の一人に止めを刺そうと前に出る。だが、不良少年との間に立ちはだかる影ある。謎の体術を使う少女だった。
「そうか。……面白い意見だな。それにしても少年。お前……見かけによらず強そうじゃないか」
少女は腰を低く構え、いつでも跳びかかれるように何らかの体術の構えを取ったかに見える。ユウタに体術の知識は無い。だが、少女が何をしようとしているのかは判る。この少女は今、ユウタに挑戦しているのだ。
「引いてくれ。事を構える理由が無い」
「黙れ殺人鬼。治安を預かるのも我ら革命軍の仕事のうちだ。……少年、あたいはお前達を野放しには出来ない」
カナエはどうしたものかと立ち尽くしている。行動を決めかねているようだった。被害者はこちらだ……と喉まででかかったユウタだったが、確かに殺しは拙かったのかもしれない。とはいえ、この少女とは何らかの決着をつけないといけないだろう。ユウタは黙って剣を正眼に構える。
「ユウタ……」
カナエの呟きが聞こえる。
だが、今は目前の相手に集中だ。
体のラインの見える服。相手の動きを読みやすい服装。ユウタにとってはありがたいことだった。ユウタには少女の予想攻撃ルートが手に取る様に見える。とりあえず正拳突きが来そうだ。その後回し蹴り。ならば対処は──。
って!
少女が動いた。それも目も止まらぬ速さで。正に電光石火とはこのことか。たちまちユウタは防戦一方となる。
「遅いぞ少年! いや、ユウタ!」
次は裏拳、そして踵落とし、続いて──。
ユウタは押される。だめだ、付いていけない。いや、付いてはいっている。だが反撃の隙を与えてくれない!
少女は反転して背後に飛び退った。
「やるねぇユウタ。あたいの攻撃を全て防ぎきるなんて。だったら、お姉さん少しだけ本気を見せちゃおうかなぁ……」
言うが早いか、輝きだす出す少女の拳。雷を纏う両の拳をユウタは見る。どういうことか、いかなる技か。ユウタは思う。異世界転生……もしかしてあれは魔法!? 冗談じゃない! この世界には魔法使いがいるのだろうか。そんな事は知らない。聞いていない!
「止めて!」
カナエが叫ぶ。
「あんたは後回し。今は黙ってユウタの応援でもしてな!」
そう言う間も少女の瞳はユウタを見据えたままだ。睨まれるユウタ。逃げ道を探す。無い。雷が迸る。読めない。正拳、回し蹴り……裏拳……次は!? 逃げられないのか!? ユウタは考える。だが、考えるまでも無かった。次の瞬間、跳び込んで来た少女の正拳を避けた所で見慣れぬ紫電がユウタの顔面を襲ったのだ。
「……ぐあああっ!」
たまらず悲鳴を上げるユウタ。ユウタは顔を抑えて痛みに耐える。剣は放り出した。とんでもない痛みなのだ。拳はかわしたはずだった。なのに電撃は予想を超えてユウタを襲ってくれた。
「痛いだろう。痺れるだろう。これがあたいの武装『雷の爪』だ。こうなったらあたいは負けないよ?」
バチバチと音がする。酸素の焼けるおぞましい匂いがする。やばい。ユウタは思う。だけど、ユウタは急速に意識が遠のいて──。
「命のやり取りに迷いの無い少年か。惜しい人材だ……そして悲しい人材だな」
ユウタが目を覚ましたのは暗く冷たい石の床の上だった。体中が痛い。それにまだ感覚が良く戻ってもいない。目の前に頑丈そうな鉄格子が嵌っていた。明かりは無い。遠くで松明が燃えて居るのが見える。ユウタは捕まったのだろう。それも重犯罪者として。罪状は『殺人』。そうに違いなく、ユウタにはそれ以外に考えられない事実だった。
「ユウタ……」
「カナエ!」
懐かしい声がする。懐かしい顔がある。カナエだ。もう会えないかと思っていた。良かった……。ユウタは喜びを噛み締める。例えここが犯罪者のために与えられた牢獄の中だとしても、嬉しいものは嬉しいのだ。
ユウタとカナエ。二人は抱き合ってお互いの無事を確かめ合う。お互いが装備していた武装は全て剥ぎ取られていた。当然の処置だろう。だが、とにかく今はユウタとカナエ、お互いの無事な姿こそがユウタにとって嬉しいのだ。
カツン、カツン、と硬い石を歩く音が聞こえる。ユウタにも大体のところは予想が出来る。罪状は殺人。おそらく下される刑罰は死刑。そうとも。ついにユウタにはそのときが来たのだ。思えば短い人生だった。車に撥ねられ、今度は刑場で露と消える。ユウタは思う。自分の浅はかさが招いた結果とはいえバカな事をした、と。
だが聞き覚えの有る声がユウタの頭越しに上から投げられた時、ユウタはふと我に返る。鉄格子越しに件の少女……あの拳法使いが現れたのだ。
左右両端に纏めた長い金色の髪の房。そして鋭い青い目。幼く整った顔立ち。不釣合いだ。こんな場所で出くわすはずも無い人物なのに。どうにも場違いなこの状況。ユウタはこの少女が『軍』と口走った事を覚えている。もしかして、この子は軍に顔が利く関係者なのだろうか。それにしても若いと思う。自分達は『子供は出て行け』と追い出されたのに。理不尽だ。
「少年、起きているようだな」
ユウタとカナエに少女の冷たい声が振って来きた。あの戦いの熱さを忘れさせる、それは醒めた声。ユウタは冷たい石の床に大人しく座っている。起きているように見えるのは自明だろう。
「少年。……ユウタだったか? 簡単に言うぞ? お前ら革命軍に入れ。断れば国法に則り即刻死刑だ。首チョンパ。判るか? お前はここで首を縦に振らねば死刑。晴れてこの世からおさらばとなる」
死刑……やっぱりそうなるのかとユウタは自嘲する。カナエが横で小さく震えるのが判る。やはり怯えているのだろう。
「大丈夫だ。確かカナエ……だったか? その子も一緒にあの世に送ってやる。痛みも感じさせないことも約束しよう。良いかユウタ。カナエを宥めるのは大変だったぞ? ユウタ。お前も強いがカナエと言うあの子も大概強いな」
この子は何を言っている? 何を話しているのだろう。とはいえ、この子は先ほどユウタとカナエに『軍に入れ』などと言わなかっただろうか。
「……え?」
「へ?」
ユウタはいまいち意味をつかめず、聞き返していた。少女は「こほん」と一度咳払いし、言い直す。
「聞け、ユウタ。もう二度とは言わない。悪い事は言わないから大人しくお前はカナエと共に革命軍に入れ。さもなくばお前はこの子と一緒に即刻死刑──」
ユウタの頭に今度こそ少女の冷たい声が染み渡る。『軍』。それこそユウタが当初目的としたもの。軍で功績を挙げ、金を稼ぎ、名声と報奨金を得る──。
「入るよ」
ユウタは答えた。迷うに結うなどこれっぽっちも無かった。
「へ?」
今度は金髪の少女が拍子抜けする番だった。もしかすると、こんなに簡単に勧誘が説得するものとは思っていなかったのかもしれない。
「だから、軍に入れてくれるんだろ? お金は沢山くれるんだよな? だったら入る」
ユウタは自分の欲望に忠実に、はっきりと答える。
「ちょっとユウタ!」
カナエは何故か慌てている。ユウタは不思議思い、カナエの説得にかかる。
「死刑よりはマシだろ!?」
「それはそうだけど……」
カナエが困った顔でどもる。カナエがどうしてそんな顔をするのかユウタには判らない。今、自分たちには直ぐにも死刑が待っている。今、救いの手が差し伸べられた。ならばここでこの金髪少女の話に乗ったとしても構わないはずだ。
「給金や報奨金は働きに応じて出すつもりではいる……だが少年? 本当に良いのか?」
少女は念を押す。
「だから、俺達を軍に入れてくれ。元々俺達は軍に志願したくて故郷の村からはるばる都まで出てきたんだ」
一瞬の静寂。緩む金髪少女の相貌。少女が牢の鍵を開けてくれる音がする。ユウタは思う。ああ、これで自由だ。しかも夢に一歩近づいた──。
ユウタは光すら差し込まない牢獄に、一条の光が見えた気がした。
16/09/18 ユウタの目標に関する記述を追加