幼馴染と共に
王国時代において主要な街道はそれなりに整備されていたが、ここ東部辺境の地においては街道など存在しなかった。あるのは獣道にも似た、森を越え丘を越え、そして山を越える小さな荷車一台がようやく通れる幅の道なき道が細々とある程度。
それでもユウタ達は一路、草や蜘蛛の巣を掻き分け都を目指す。道理で人がユウタらの村に来ないわけだ。道の先に人里があるとはとても思えない。
とはいえ、ユウタらが行く先は革命軍が新政府を発足させているかつての王都だ。ユウタらはやがて数多の魔獣を切り伏せながら大きな道に出る。その道は馬車がすれ違えるほどの道幅を持っていた。ここが話に聞いた、都へと続く街道に違いない。
「どっちだろうね」
「どっちかな」
参ったな、といいつつも、ユウタやカナエらにそう困った素振りは無い。二人で旅すること。それ自体が楽しいからだ。今はこうして二人で考える。その時間が一々楽しい。
左右、どちらが都への道だろうとユウタとカナエが思案に暮れていたときだ。ユウタ達二人は幸運にも一台の馬車に出くわす。それは行商人の引く荷馬車だった。小麦の山を載せている。その荷馬車を引いた商人の話では、ここから西に向かえば都らしい。ユウタらは武装している。少年に見えた事で侮られたのか、それとも護衛が欲しかったのかはわからなかったが、とにかく夕たらは行商人の荷馬車に乗せてもらう事ができた。それはとても幸運な事といえるだろう。
荷馬車は今、都に向かい街道を進んでいる。街道は森の縁に沿って続いていた。
「どうして俺達を乗せてくれたの?」
「なぁに、このところ物騒でね。護衛の連中はみんな魔獣や山賊にやられてしまった。僕達に出会えて助かっているのは俺のほうさ」
年配の商人は歓迎の笑みを浮かべてそう話す。
「魔獣や盗賊が出るの?」
「そうだとも。……僕達、もしかして盗賊じゃないよな?」
「まさか。違うよ。俺達は盗賊じゃない。都に行って軍に入るんだ」
もちろんユウタは必死に否定する。商人も冗談交じりに言ったのだろう。顔が笑っていた。
「へぇ、軍にねぇ。さぞかし腕に自身があるんだろうな」
「もちろん!」
ユウタは腰に吊るした鋼の剣を叩く。それを見た商人は何か微笑ましいものでも見るように、またも笑っている。ユウタ達二人は余程子供に見えたに違いない
ユウタが商人から聞いた話。それは村で聞いた行商人の話と同じだった。街道とはいえ近頃は魔獣が出没する。昨年から引き続く革命騒ぎの動乱も今だ収まっていない。盗賊や山賊が幅を利かせて安心して旅も出来ない。そういった話だ。要するに治安が悪い。そんな中、旅をするのは自殺行為にも似た愚考とも言えるのかも知れない。現に商人は護衛がやられたとも言っていたのだから。
もっとも。
当のユウタ達に危険に対する自覚があったとはとても思えない。仲の良い幼馴染との旅。二人はそれなりに──色々と危なくおっかなびっくりな事もあったが──楽しんでいた。
「ねぇユウタ、起きてる?」
カナエの長い黒髪が風に靡いている。カナエはチュニックの上から自作の革鎧を身につけていた。ユウタも同じだ。いつものスタイルといえるだろう。
「ん? 起きてるよ? 今日も空が綺麗だね」
なんだかカナエが眩しい。お日様よりも眩しいその笑顔をあまり見ないようにしつつ、目を合わせずユウタは答える。まぁ、逆光でカナエの顔は翳っていたけれど。
なぜか。ユウタにはカナエに見られるのがなんだか恥ずかしい気がしたのだ。ただそれだけの事だ。
「うん。雨の季節はまだだから」
ユウタのそんな揺れる心を他所に、カナエの声はどこまでも優しい声色で聞こえる。
心と共に、荷馬車も揺れる。今日も空は青く雲は流れる。そして今日もユウタ達の出番がやって来た。
獣の臭い。それも、魔素を取り込んだ魔獣の臭いだ。
「ユウタ、来る」
憂いを帯びたカナエの表情が固まる。一瞬で硬いものへと変じていた。カナエも感じたのだ。敵の気配を。
「後ろは任せた」
ユウタはそう言うなり鋼の剣を抜き放つ。荷馬車から転げ落ちるように飛び出す。たちまち森から魔獣の群れが躍り出る。敵は狼。いや、狼めいた魔獣だ。その目が爛々と赤く光っている。ユウタと魔獣、その間合いは近い。だが、魔獣は機をうかがっているのか、直ぐには襲ってこなかった。元々群れなす動物なのだ。それなりに警戒しているのかもしれない。
「さぁ来いよ。来ないならこっちから行くぜ!?」
ユウタが大地を蹴る。薙いだ剣は一匹の魔獣の首筋を捕らえていた。見事に深手を負わせた。その哀れな魔獣が甲高い悲鳴を上げて背後に流れる。ユウタは返す刀でもう一匹、切り伏せる。どちらも一撃必殺。いける! ユウタは自分に自信を持った。
森の側面に光る赤い目が数対。まだ敵は潜んでいる。こいつらも様子を伺っていたのだろう。第二波は直ぐに襲い来る。それは威嚇の唸り声を上げながら、一斉にユウタに飛びかかって来たのだ。
些細な魔獣の動き。そこからユウタは相手の動きを予測する。後の先を取る。魔獣が辿って来るであろうその軌道の予測線。それを正確に先読みする。それはとてもスローに見えた。ユウタは剣を凪ぐ。叩く、殴りつける。一匹、そしてそのまた一匹とユウタの剣が振るわれる。その度に魔獣の体が跳ぶ。倒れ伏した。ユウタは屍から立ち昇る赤い魔素をその体に纏わり付かせながら鋼の剣を振るい続ける。雄太が相手の軌跡を読むたびに、血風がまた走った。ユウタは自分の体が軽くなっているのを感じる。不思議な高揚感。ユウタは血に酔って居るのだろうか。
「ユウタ!」
カナエの叫び。
それは側面からユウタに踊りかかる一匹がユウタに喰らいつこうかとした瞬間のことだ。ユウタは風を切る音を聴く。ユウタが反応するよりも早く、その魔獣は口から血の泡を吹いて痙攣していた。カナエが槍を投げる。槍は狙い過たず、魔獣の喉に突き刺さるのだった。
「ユウタ、敵を侮って無茶しないで」
カナエの忠告だった。ユウタの油断だ。ユウタは確かに熱くなっている。戦闘の息吹。『俺って無敵!』感がユウタを支配していたのだろう。
「悪い」
ユウタがカナエの声で素に戻る。直ぐ熱中し我を忘れる。ユウタの悪い癖が出た。魔素に酔っているのだろうか。それとも血? ユウタには良くわからないことだ。都に行って調べてみようと思うことの一つだ。
「もう。……本当にそればっかり」
カナエはぼやくが、魔獣の群れはそれに考えをめぐらせる余裕を二人に与えてくれない。
なおも魔獣は襲い来る。
短刀を逆手に構えたカナエが魔獣の急所、首筋を的確に捉えて舞う。ユウタも剣を振るっては魔獣を凪ぐ。屠る。屠る。二人のその動きには一切のためらいは無く、そして無駄も無い。ユウタが暴風とするならば、カナエはその風に乗り舞っていた。流れるような動き。まるで作業だ。二人は獣を狩るのに罪悪感など感じない。……ユウタとカナエ、二人は山でそうして育って来たのだから。
「強いなぁ、僕達。まだまだ小さいのにその強さ。只者じゃないな?」
事が終わり、隠れていた行商人が顔を出す。心からの賛辞をお世辞抜きに漏らしていた。
「そんな事ないですから」
「そうですよ」
ユウタとカナエは謙遜しているわけではない。今の魔獣は下級な魔獣だった。二人には練習相手にもななりはしない。
「まぁまぁ。おかげで安心して旅が出来るってもの……って、うわぁああああああ! 化け物!?」
踏みしめられた地面が割れる。硬い路面が割れた。巨大な地蟲が酸の液を撒き散らしながらユウタに喰らいかかって来たのだ。地蟲。酸の滴る口の周りに無数の触手の映えた化け物。口には無数の牙が生えている。こうして人里近くにも稀に出没する、それでいて凶悪な魔獣の一つだった。
「ユウタ!」
「大丈夫! こんな奴、俺一人でも!」
カナエの警戒の声にユウタがまた無茶を言う。
「だから無理しないで! さっきの奴らとは格が違う!」
「そんなの判ってる!」
カナエが今だ痙攣している魔獣から短槍を引き抜く。赤い血が迸り、それきり狼めいた魔獣は事切れる。赤い霧が魔獣の体を覆い、空にそれは溶けてゆく。
魔素。魔獣を魔獣たらしめているもの。その正体をユウタとカナエは知らない。とはいえ、今知ったところでどうなるものでもないのも事実だ。
地蟲の口、ぞろりと並んだ牙の置くに赤い目が見える。また赤だ。きっと先ほどの魔獣と同じ。魔素の影響だろうか。魔獣が活性化しているのだろうか。判らない。
ともかく地蟲は大きく身を捩らせユウタに襲い掛かる。地蟲は頭を大きくもたげ、そして一気にユウタを丸呑みする算段だ。当然ユウタはかわした。地蟲が突っこんだ地面には酸が飛び散り、地面の各所から硝煙が上がっている。鼻の曲がる嫌な臭いだ。ユウタは顔をしかめつつも、間合いを計る。地蟲は獲物を見定めるように、再び頭を中に上げていた。ユウタが跳ぶ。ユウタは一足跳びで空中に舞い上がるや、地蟲の口の周りに広がる酸の触手を手当たり次第に切り落とす。
痛覚が無いのか、あるいはあっても鈍いのか。魔獣は突進をやめない。ユウタは一度、魔獣の腹を蹴り一度大きく離れる。
そんなユウタに対し、魔獣はただ口の奥の赤い目でユウタを餌と思い喰らい付くのみ。剣を構えたユウタは軽く腰を落としていた。
「ユウタ!」
カナエが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
「判ってる!」
ユウタは地蟲に吸い込まれるまま、地蟲の喉奥へと剣を突き出す。剣は狙い過たず地蟲の赤い目を貫く。そしてユウタは剣を引き抜き再び跳び退った。酸の液を浴びては適わない。ユウタはそう判断したのだ。
さすがにこれは効いたのか、地蟲は地面をのた打ち回っていた。長大な暴れる体躯を交わしつつ、地面に落ちて来た地蟲の頭をカナエが器用に何度も何度も槍で突く。ズタズタにし、ついに地蟲が動かなくなってしばらくしてから、カナエも槍で突くのを止めた。
魔獣の体から赤い魔素が空へ抜けて行く。終わったのだ。
「カナエ」
ユウタが少し咎めるように細く呟く。槍を持つカナエの腕を押さえた。……もう充分だと。
「ユウタ、殺ったかな?」
「うん」
終わった。少しは骨の有る魔獣だったとユウタは思う。
「ひええ、本当に強いんだな、僕ら」
「そりゃぁね。俺達は特別だから」
行商人の問いにユウタは鼻柱を擦りつ、笑みを浮かべて答えた。
「僕達は『技能』持ちか………俺は幸運だな。僕達を馬車に招いて正解だった」
『技能』。ユウタ達の超人的な力は、王国ではそう呼ばれているらしい。村の神父から聞いた事のある言葉でもある。『技能』。人間の中には、時々そういった不思議な能力を持った人間が生まれて来るらしい。『神童』と呼ばれたユウタとカナエは正にその『技能』持ちなのだ。
そして馬車は再び走り続ける。雲の数を数えるのに飽きた頃、ユウタは石造りの街を見た。大きい。ヨーロッパの古い地方都市のような、それこそ大仰な石造りのどっしりとした構えを持つ城砦都市。この立派な構えを持つ都市がおそらく『都』なのだろう。
石造りの城門をくぐる。堅牢な城砦。遠目で見たときよりも遥かに大きく頑丈そうだった。……ユウタは思わず身構える。ユウタも気付かぬうちに、手が震えていた。
カナエがそっとユウタの硬くなった手を握って来る。ユウタの体から力が抜けた。
ユウタは知らずの内に緊張していたらしい。カナエが察してくれたのだ。
馬車は街路の脇に停められた。それは彼らの旅が終わった事を意味する。ここが終着点なのだ。そして、ここが始まりの場所でも有る。
ユウタは思う。ついに何もかもが始まったのだと。
「助かったよ、小父さん」
「ありがとうございました」
ユウタとカナエは二人で頭を下げた。
「なんのなんの。助かったのはこちらの方だ。では、元気でな二人とも」
親切な行商人はそう二人を励ましてくれた。
「おじさんこそ商売頑張って!」
「あはは。これは一杯やられたな」
都。さすがにこの国最大の都でもあって、周囲は色とりどりの人々で溢れている。様々な人々が行き交う。だが、ユウタやカナエのような、東部辺境の民──黒髪黒目──の人間は少ないようだ。どちらかというと金髪碧眼、または赤い髪や青い目をした人々が多い。そして何より、服装が垢抜けている。自分たちのお手製の革鎧とは何もかも違う。それに目に飛び込む物全てがまるで違っていた。村で見慣れた日本風に見えなくもない家屋なんてここにはどこにもない。石とレンガでできた西洋の街角そのものだった。
ユウタとカナエは思う。自分達は田舎者だと。俺達は田舎者。お互い同じことを感じ、同じことを思ったのだろう。ユウタとカナエはお互いの顔を見つめ、笑いあう。
「字は読めるのだろう? 兵士の斡旋所は直ぐ見つかると思うよ。それじゃ僕達、元気でな。助かったよ」
「うん!」
「ありがとう!」
それから街の中心部、旧王城に向かって歩く事数分。分かれた行商人の言葉通り、軍への斡旋所は直ぐに見つかった。それもそのはず、その堅牢で重厚な石造りの大きな建物に、大きな白い看板が出ていたからだ。こちらの世界の文字で『兵士斡旋所』と大書してある。建物には強面の「いかにも傭兵です、兵士です」といった屈強な男たちが引っ切り無しに出入りを繰り返している。また、その脇には掲示板がある。賞金首の人相書きを貼り付けた掲示板。ユウタは目をやる。村が丸々潤うほどの賞金を掲げられた人物の張り紙が目を引いた。『スクアー。元王国四騎士』。人相が悪く描かれているが、細面の美人だ。だけどこの金額……相当な強者に違いない。王国四騎士。相当な身分を持っていた人物だ。彼女を倒すことが出来れば、ユウタとカナエは胸を張って村に凱旋できるだろう。
ユウタの胸が期待に膨らむ。これからだ。軍に入って。経験を積んで。全てはここから──。
ユウタが一歩前に踏み出そうとする。が、急に後ろから肩をつかまれてたたらを踏んだ。
「おわ!?」
「ちょっと待ってユウタ。心の準備」
カナエが緊張していた。そうだった。ユウタはカナエが軍に入る事を最初は嫌がっていた事を思い出す。
「大丈夫だよ、行こう?」
「すぅー、はー。すぅー、はー」
ユウタは隆起した胸に手を当て深呼吸を繰り返すカナエに手を差し伸べる。
カナエは差し出されたユウタの手をおずおずと握り、伏目がちだった顔を上げた。
「うん、もう大丈夫だから」
カナエの黒い目が光っている。ユウタは見た。カナエの新たな決意を。
──ところが。
「子供は帰れ! こちとら忙しいんだ!」
顔に凄まじい傷を持つ強面の受付に一喝され、ユウタとカナエは『兵士斡旋所』を追い出されていた。
大通りに転がるユウタとカナエをまるで汚いものでも見るかのように、街行く人が大きく避けて行く。
確かに身なりは汚い。安手のチュニック。それに人目で手製と判る革鎧。そして埃まみれの体。避けられても仕方のない姿だった。
ユウタの心が疼く。誰からも避けられ、白い目で見られ、蔑まれたあの日々を思い出す。嫌だった。悲しかった。そして何より、悔しさが先に立つ。
ユウタは悔しさのあまり、まだ立ち上がることも出来ない。見ればカナエも放心している。いや、こちらは少し安心しているのかもしれなかったけれども。これで軍に入らなくてすむ。そんな表情がちらりと垣間見える。
「ユウタ」
失意のユウタに投げかけられる、カナエの優しい笑顔。
「カナエ……」
「行こう? とりあえずどこかで休もうよ」
先に立ち上がり、埃を払ったカナエがユウタに手を差し伸べる。
そう。
今度はユウタがはにかみながらカナエの手を握る番だった。
16/09/18 張り紙に関する記述を追加