輝きと共に
スクアー。王国四騎士の一人の剣がついにザンナの肩口を捕らえる。朱が舞った。
どくどくと血が流れ出る。ザンナにはわかる。深手だ。
「死ね、死ね、死ねぇ! よくも閣下を!!」
執拗な追撃にかわす脚もふらつく。だが、何とか踏みとどまる。
しかし終にザンナは顔を顰め、疎なまま蹲る。
ザンナはせめて最後の一撃をと拳に力を込めた。
紫電を腕に纏わり付かせる。そしてスクアーの一撃を待つ。決定的なチャンスを。
「ザンナ!」
「小僧!」
ザンナへの勝利を確信したスクアーがユウタに反応する。
隙。
だが、ザンナは急激に力が自分から抜け出ていくのを感じる。
まだだ、まだ。もっと決定的な隙を……。
しかしユウタはザンナへ駆け寄ろうとし、動かない自分に気付く。
「ぇ?」
ユウタは見る。首のない裸の男が、ユウタの足首を掴んでいるのだ。
赤い霧が密度を増す。
「お、俺の足が!!」
「ユウタ!」
ザンナの助けにはいろうとしたヴォルペだったが、ユウタを掴む腕を見て目標を変える。
ヴォルペがその不気味な腕を切り飛ばす。赤い筋肉を剥き出しにした腕は千切れ跳んだ。
ユウタは刺す、狂ったように刺す!
男の体を、首無し男の体を。
贅肉など無く、見事に引き締まり、均整の取れた体を。ユウタの剣は見事な仕立ての服を破り、赤い血を噴出させ、爆ぜる肉に食い込み、切り裂き……骨を断ち、金の髪も麗しい美男の首を刎ね……って……。
ユウタの剣は貴族の礼装に身を包んだ男の胸に食い込んでいる。カナエの槍は男の腹に。駆け寄って来たヴォルペの剣は男の左右の肩口に。
「伯爵閣下! ペステ伯爵閣下!!」
ザンナは待つのを止めている。
このままではいけない。気を失う。気を失っては終わりだ。
そう、この一瞬に掛ける!
目の前に隙を見せるスクアーがいるのだ。
だが、渾身の力を込めて繰り出したザンナの一撃は余りに弱々しいもの。
ザンナの爪を振り払いスクアーが上げるのは歓喜の声だ。
ザンナは己の腕が払われたことすら気づかなかった。
「見事だスクアー。我が寵臣よ」
「勿体無きお言葉!」
スクアーが伯爵の美声に涙を流す。
そしてザンナの胸に黒いサーベルを突き降ろす。
ザンナは口から大量の赤い血を吐き、そのまま崩れ落ちる。
「ザンナぁ!」
ザンナの目に少年少女の姿が焼きついた。
ユウタは声を上げる。だが、ザンナは動けない。
いや。……ザンナはもう動かない。
「ば、化け物……!」
ヴォルペが剣を振り抜く。
そして伯爵の首目掛けて剣を薙ぐ!
一閃。
伯爵の右手が一閃した。
ヴォルペの双剣は見事に伯爵の首を捕らえて首筋に食い込み、そしてそこで止まっている。
剣を振りぬこうとするヴォルペ。
ヴォルペの筋肉が震える。
だが、首は落ちた。
切り口から鮮血が吹き上がる。
──誰の?
……ヴォルペの。
「ヴォルペ!」
ヴォルペの剣が転がり落ち、そのヴォルペの体は広間に力なく倒れ伏す。遅れて首が転がった。
「あ、あ……」
カナエが引き抜いた槍を手に、一歩二歩と下がる。
絶望と共に下がり行く。
目の前にいるのは間違いなく化け物だ。
かつての肥え太った伯爵の姿はどこにも無い。
いるのは部屋中を覆うこの赤い霧に相応しい吸血鬼めいた化け物。
ユウタは余りの事に声も出なかった。
「どうした。もう終わりか?」
伯爵が笑う。いや、伯爵だった何かが。
「伯爵閣下! ここは私に!」
「いや、この体の能力を試したい」
「は!」
剣を収めるスクアー。その足元にはザンナの動かぬ体があった。
「嫌ァああああああああああああああああああああああ!!」
カナエの金切り声。耳を押さえ、目の前の現実から目を背け、混乱しきっているようだ。
──どうする?
どうする!?
ユウタは焦る。焦るが良い知恵は浮かばない。
『"石"を呑め』
!!
ユウタが伯爵と目が合うのと、脳裏に閃いたその『声』に従いユウタが実行したのは同時だった。
迷いはない。迷っている暇などない。
一閃。ヴォルペのときと同じだ。
そう、同じ。
"石"を飲み込んだ瞬間、ユウタの鼓動がはねる。
視界が一瞬、朱に染まる。
鮮血が迸った。
ユウタは……首と体は繋がっている。カナエから預かった青い石を守り袋ごと呑み込み、剣を真っ直ぐに構えていた。
──だから当然……。
「バカな!」
「伯爵閣下!」
麗しき伯爵の声だった。
見れば、伯爵の右手が落ちている。
「き、貴様……その剣か……? いや違う! 貴様が、そもそも貴様か!!」
「カナエ! "石"を呑め! 飲み込むんだ!! 俺が渡した赤い"石"!」
「え? ぁ、うん!」
カナエが赤い石を取り出し、飲み込むのを見る。
瞬間、カナエの体がビクンと撥ねる。
「"石"、だと……? 何だそれは!」
カナエの目が、髪が、赤に染まる。呪言のような文様が皮膚に浮かび上がる。
カナエの姿が変わってゆく。赤く、赤く変わってゆく──。
「みんなの仇!」
カナエが繰り出した白い槍。伯爵は跳び退って避ける。それが振るわれるたびに赤い霧、魔素が揺らぐ。そして薄れてゆく。
そしてカナエの槍は真っ直ぐに伯爵の胸を貫く!
──いや、貫こうとした。
「伯爵閣下!」
割り混んだのはスクアーだ。伯爵とカナエの間に身を挟み、自らの胸を貫かれている。槍の柄を握り、カナエの動きを止めている。
「小娘ぇ!」
スクアーが吼える。
カナエが飛びのく。赤い髪が揺れる。輝く赤い瞳が尾を引いた。
すらりとサーベルを抜刀したスクアーの連撃。三つ。予想される軌跡は右、左、中央だ。そして突進し足払い。
カナエはかわす。ひらりとかわす。
右、左。そして中央。で、跳んだ。
カナエは舞う。宙に舞う。今までとは比較にならないほど早く。鋭く。……そして美しく。
「なっ!?」
「これで決める!」
余裕を無くしたスクアーの上方から肩口に一撃。鮮血が舞った。
カナエが床に降り立つ。
「ば、バカな、この私が……この私が、貴様如きに……!」
スクアーは膝をつき、歯を食いしばる。口の端から鮮血が垂れている。
「これで済むと思うなよ!?」
「思ってない!」
容赦ないカナエの追撃。スクアーの剣は力強さを失っていない。黒く霧を纏った右からの一閃。カナエの槍は払われる。
「死ぬのはお前だ小娘!」
「まだ死ねない!」
スクアーの剣がカナエの首筋を這う。
だが、それは今のカナエにとって余りに遅い一撃でしかない。
裂ける皮一枚。
カナエは身を滑らせるとそれを避け、今度こそスクアーに致命的な一撃を叩き込む。
赤い軌跡を描き、カナエの槍はスクアーの胸に吸い込まれる。
スクアーは再度、胸を槍に貫かれていた。
「がっ……」
カナエが槍を引き抜く。
「みんなの、仇!」
カナエは止めとばかりにスクアーに槍を振るった。
赤い軌跡。
「バカ……な……」
スクアーはどさりと床に伏す。
「くふふ、ふはは!」
伯爵は笑う。今、たった今寵臣と呼んだ相手の死を目の前に。
「中々やるではないか小娘」
「あなた、その手……」
シュウシュウと煙を上げている右手。ユウタが切り飛ばしたはずの右手だ。
右手が再生している。いや、すべての傷が再生しているのだ。
「これか? 便利なものだろう。これが『遺産』だよ。真実のな!」
「なっ!?」
「武具だの道具だの、そんなものなど何の価値も無い。『古代の遺産』。不老不死、加えて不死身だ……だが、そこの小僧は我を傷つける事ができるようだが……それもどこまで持つかな? さぁ、絶望を知れ、小僧ども!」
伯爵は高らかに笑う。




