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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第六章 仲間
32/35

赤と共に

 ユウタの叫びにスクアーの言葉が詰まる。


「坊や、つまらない事を言うなよ」


 スクアーの美貌は崩れない。だが、それと共に邪悪に染まる。

 そしてユウタは見る。


 ──おぞましいそれを。


「ひっ!?」


 カナエの息を呑む声。

 押し潰したようなその呻きの理由は、揺れるカナエの視線が語っている。


『棺』に赤い手がかかる。赤い、赤い『手』だ。

 恐らく人間の手。

 肉のたっぷりのった、白い油のついた手。

 皮膚がない。

 筋繊維が剥き出しなのだろう。だから赤いのだ。


 広間に響くスクアーの狂ったような笑い声。


「血塗れの。──そろそろ本気で殺しあおうか」

「……っ」


 ザンナの目が見開かれる。


「何だその化け物は!」

「伯爵様がお目覚めなのさ」


 スクアーが嘲る。そして赤の騎士に命ずる。


「コルノ! 蹂躙だ! さっさとヴォルペを片付けろ! 伯爵様に雑魚どもを近づけるな!」

「ショウチ……」


 赤い冑の下からくぐもった、擦れた声が聞こえる。

 ユウタの背中に一滴の汗が流れる。もしかして、あの鎧の下も既に人外!?


『棺』から魔素が泡だって溢れ出る。いや、噴出した。

 コルノの斧が薙ぐ。化け物じみた巨大な斧だ。迷宮のミノタウロス。

 正にそんな存在が持っていてもおかしくない巨大な戦斧。

 甲高い音と共に火花が走る。

 赤と青の二本の剣で、ヴォルペがそれを受け止めたのだ。


「コシャクナ……ヨンキシ……ウラギリモノメ……」

「うるせぇよ、この化け物め!」


 コルノの赤い鎧から赤く輝く瘴気が漏れ、ヴォルペの鍛えぬいた筋肉が唸る。

 力勝負。

 じりじりと上がるヴォルペの両腕。

 そして金属の擦り合う音と共にまた火花。

 ヴォルペが跳び退る。ヴォルペが二本の剣で押し返し、その場を飛び退いたのだ。

 途端、床を叩き割る凄まじい音が響く。

 魔素の赤い霧に粉塵が混じる。

 その原因は打ち下ろされたコルノの大斧だった。


「ヤルデハナイカ、サスガハ……ヨンキシ……」


 赤い鎧の騎士がヴォルペに迫る。コルノの通った後には赤い飛沫。

 このコルノという男。人間をやめている。

 ユウタの想像は、ヴォルペの指摘はどうやら当たっているようだった。


 カナエが背後に跳んで距離を取る。ユウタもそろそろと後ずさる。


 ──なるべく赤い鎧の騎士の興味を引かないように。


 そして円弧を描く。

 爪と刃が火花を上げるザンナとスクアーの剣戟の応酬からも、二本の剣で大斧を防ぐヴォルペとコルノのやり取りからも距離を置く。


「空間斬!」


 コルノの鎧から金属音が上がる。

 ヴォルペは剣圧で薙ぎ払ったのだ。ヴォルペの得意技たる長いリーチ。

 だが、それではコルノの分厚い装甲は貫けない。

 ヴォルペは関節を狙う。何度も狙う。だが、コルノも自慢の赤い鎧で斬撃を受ける。ヴォルペが繰り返す打撃の度に赤く光る鎧。


「ドウシタ、ヨンキシ……オワリカ?」

「畜生、この化け物野郎……!」


 ヴォルペが下唇を噛み千切らんばかりに噛み締める中、コルノがヴォルペとの距離を詰める。

 少しずつ、少しづつ。赤い軌跡を残しながら。




 ──『棺』に近づくんだ──。

 ユウタは計算する。

 伯爵の首を取る。

 『剣』の言葉を信じる。

 スクアーを倒すと言ったものの、それより重要な何かがあると信じれる。

 『棺』から出ようとしているあの赤い化け物をそのままにしておいてはいけない。




 ザンナの拳が振るわれる。続いて蹴り、余裕を持ってかわすスクアーに雷光を伴った裏拳。紫電が空間に満ち溢れる魔素を焼き、より一層輝きを放つ。


「金属鎧ではなかったのか? 掠っただけでも丸焼けとも思ったが」

「属性対策はバッチリなのさ。それよりも『血塗れの』。一度本気で相手をしてみたかった」


 スクアーは反り返る黒いサーベルを正眼に構える。禍々しい黒い気。

 スクアーの魔剣。その銘は確か──。


「光栄だな、スクアー。王国四騎士最強と言われるお前に、このあたいがそうまで言われるとは」

「私は強者が好きなんだ。自分で言うのもなんだが、私は戦闘狂でね」


 スクアーが金属鎧を纏っているとも思えない俊敏さで滑るように踏み込む。斬撃。

 ザンナは即座に床を蹴る。距離を取るもザンナの金髪が数本はらりと落ちる。


「納得だ。だから敗軍に身を置いているかスクアー?」

「地獄のような撤退戦。阿鼻叫喚の中で輝く魂の輝き。私はそれが好きなんだ」


 音もなく滑るスクアーの脚。


「黒十字!」


 一気に距離を詰めたかと思うと十字に二閃。黒い輝きがザンナの目前で風を切る音と共に形を成す。


「かわしたか。さすが強者。『血塗れの』」


 ザンナはもう言葉もない。

 スクアーは薄く笑い、緑の髪を揺らす。


「なるほど、変態だな」

「お前もそうなのだろう? 『血塗れの』? さもなくば革命が成した時点で軍を引退していたはずだ」


 大技後の隙を狙ってザンナが仕掛ける。掛け声と共にザンナが突き出した両の拳から紫電がスクアーへ迸る。


「轟雷掌!」

「なっ!?」


 スクアーの胸を紫電が直撃する。スクアーが吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 一気に距離を詰めるザンナ。

 ザンナは紫電を纏わりつかせた拳を大きく振りかぶって、苦悶の呻き声を上げるスクアーの頭目掛けてそれを振り降ろす!

 

 風の鳴る音がする。

 赤い魔素立ち込める中、赤い血飛沫が舞う。

 蹲るスクアーに跳びこんだはずのザンナが後方に跳び退り、呻いていたはずのスクアーが黒いサーベルを片手に余裕の表情で立っている。


「くぅ!」

「私がこれしきでまいるとでも?」

「ち、芝居かスクアー!」


 黒い横薙ぎを受けたザンナの腹が浅く切り裂かれている。とっさに攻撃を緩め、飛びのかなければザンナの胴は両断されていただろう。


「良いねぇ、ギリギリのせめぎ合い……私はこういった戦いを待ち望んでいたんだ」

「貴様は狂っている」

「ふふふ……」


 ザンナが両の拳を構える。スクアーもサーベルをまた構えた。




 ──ユウタはザンナやヴォルペの戦いを横目に流しつつ、ゴクリと唾を飲み込む。

 そしてユウタがまた一歩、足を横に滑らし、『棺』に向かい一歩、また一歩と近づく。

 ……と、その瞬間ユウタの視界が白に染まった。


 アークィの手から一筋の光条が棺に向けて迸ったのだ。

 続く轟音。

 広間を揺らす激震。


 ユウタは見た。

 カナエもみた。

 スクアーが笑った。

 ヴォルペは目の前のコルノから目を逸らさない。

 こるのもまたヴォルペから目を逸らさない。

 

「嘘……」


 アークィの呟き。

 広間に広がる魔素が光を押し潰したかのよう。

 赤い魔人が手を広げて立っていた。

 ぶくぶくと太った醜悪な姿。白く黄色いものは脂肪だろうか?

 赤い魔素を濃く纏わりつかせ、揺らめく影すら赤い筋肉剥き出しの存在。

 人体模型めいた悪魔。


「皮膚がまだだが……戦闘には差し支えあるまい?」

「はい、伯爵閣下」


 紫電迸る爪を剣で弾きながらスクアーが舐めるように追従する。艶のある声。


「人間じゃないというの!? また化け物!?」


 またも視界が白に染まる。

 だが、無駄だった。

 アークィの銃から放たれた光条は伯爵を名乗る魔人の手の平の中へ吸い込まれる。


「お返しだ」

「ぇ?」


 魔人の手から赤い雷を纏わりつかせた光が迸り、アークィを強かに撃つ。


「ぎゃっ!?」


 アークィが転がる。そして絶望的に流れ出る赤い液体。


「アークィ!」


 それを目にしたユウタが思うのは怒りだ。

 どうしようもない怒り。

 

「よくもアークィをー!」


 ユウタは魔人に向けて床を蹴る。切りかかる。

 カナエが続く。魔人に向けて白い槍を掲げて宙を舞う。


「無駄だ」


 太った魔人はユウタの真下! 腕は剣を振り下ろす。

 白い筋が幾重にも見える魔人の赤い手に光がまた収束する。

 アークィのときと同じだ。

 衝撃が来る! アークィを撃ったあの光が!

 だがユウタは構わず目を見開く。カナエが魔人を挟んで向こうにいる。二人でこいつを倒すんだ!


「ぐぁああああああああああああ!」

「か、閣下!?」


 揺らめく赤い濃霧の中、魔人の咆哮が迸る。

 スクアーの悲鳴がそれに被る。


「どこを見ているスクアー!」

「おのれ血塗れの!!」


 爪と剣のぶつかり合う音が再開する。

 肉を切り裂く感触をユウタは得る。ユウタの体に痛みはない。有るのはただ、高揚感だけ。

 思わず瞑っていた瞼を上げ、ユウタは魔人を見る。

 赤い魔素に覆われた魔人はカナエの白い槍に体を貫かれていた。そしてユウタの剣に右手を肩口まで裂かれている。


「おのれ、おのれ小僧ーーーーーーーーーーー! 剣、剣だな!? 何だその剣は!!」

『我は希望』


 ユウタは『剣』の言葉を聞いたような気がした。


 ──え?

 ユウタは戸惑う。だが、それは致命的な隙だった。

 魔人が拳を振るう。そしてそれは容易くユウタの腹へ吸い込まれ、ユウタは魔人が繰り出した赤い拳に突き飛ばされる。


「ユウタ!」


 切り裂かんばかりのカナエの悲鳴。

 床に転がるユウタ。

 痛い。痛いが、こうしてはいられない。


『立ち上がれ』


 言われなくても!

 ユウタは立ち上がる。

 魔人の追撃。立ち上がったユウタに魔人の拳の乱打が打ち降ろされる。

 左、右、左……なんとか拳の軌道を読み、剣でそれを受ける。

 拳がズタズタになるのにもかかわらず、魔人はなおも拳を繰り出す。


 飛び散る血潮。

 弾ける魔素。

 そのおぞましさに、ユウタは心から恐怖する。


「うわぁああああああああああああ!」


 ユウタは剣を振るう。

 カナエと共に。

 何度も何度も切りつける。

 何度も何度もカナエの槍が魔人の胴を突く。

 そのたびに魔人の表面が傷つき、筋繊維が飛び散り、魔素が噴出し、鮮血が舞う。

 だが、魔人はそれでも倒れない。

 魔素だ。赤い魔素。それが魔人の拳を、傷つけた傷を癒しているのだ。

 繋がり行く骨。繋がり行く筋肉。纏う脂肪。


『ただ打ち込むだけでは倒せぬ』

「どうしろって言うんだよ!」

『我を信じるのだ。我の力を』

「信じろって言われても! ……って、うわぁ!!」


 魔人の拳がまたもユウタの腹を打つ。

 ユウタは転がる。


『"石"を持っているだろう?』

「"石"?」


 生れ落ちたときに持っていた"石"。カナエと交換した"石"。大切な"石"。

 

『そうだ。大事な"石"だ。"石"を信じれるだろう? それと同じ位、我を愛してくれ』

「愛……大切な……『剣』!」


『剣』が光った気がした。


『さぁ今一度立ち上がれ! 奴の首を刎ねろ!』

「わかった!」


 ユウタは立ち上がる。

 カナエに向いていた魔人の攻撃。

 大きく隙を晒しているその姿。

 ユウタは剣を振る。そして構わず伯爵の首目掛けて横に薙ぐ。


「ぐああーーーーーー!」


 ユウタの剣が伯爵の首筋に食い込んだ。そして力の限り振りぬく。

 断末魔とはこの事だろうか。

 地獄の底から震え出すような、おぞましい声だ。

 伯爵の首が落ちる。

 皮膚のない首が落ちる。広間にそれは転がった。

 カナエが魔人の体から槍を抜く。体は相変わらず赤い光を生み出し続ける棺の中にゆっくりと沈み──そして動かなくなる。


「閣下、伯爵閣下ーーー!!」

「勝負あったぞスクアー! 投降しろ!!」


 みれば、ヴォルペの双剣が赤い鎧の騎士を鎧ごと串刺しにしている。

 続く悲鳴。

 怯むスクアー。


「私は、私は王国四騎士の一人! 戦を辞めるとでも思ったか!? 付き合ってもらうぞ反逆者ども!!」


 鬼気迫るスクアーの剣はザンナの爪を弾き返す。そして押す。押し捲る。

16/11/06 加筆修正

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