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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第六章 仲間
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雨と共に

 空を覆う分厚い雲は驟雨を皆に纏わりつかせている。


 廃墟となった無人の村に降り続く雨。村に人の気配はない。積み上げられた干草。蜘蛛の巣の張った竈。開け放たれた牛舎。……全ての時が止まっているようだ。

 村人はどこへ消えたのだろう。家畜はどこへ行ったのだろう。

 生き物の気配はない。


「……先を急ごう」


 ザンナの号令に皆、無言で従う。湿る外套、徒歩での移動。


 黒い異質な土地が広がる。

 草木はあらぬ方向に捻じ曲がり、岩もなんだか人めいている。

 雨の中、奇怪な鳴き声をあげながら黒い鳥が飛び立つ。


「気味の悪い土地ね」


 青黒く長い髪が揺れ、アークィがぼやく。背負った長物から雫が絶え間なく滴る。


「……なぁに、歓迎してくれているのさ」

「最悪。ヴォルペ。あなたの冗談は面白くないわ」


 機嫌が悪い。

 言わなくても判る。下着まで濡らしそうな霧にも似た驟雨。そこかしこに化け物が潜んでいそうな怪しげな土地。


「……そいつは……悪かった」

「……」


 ヴォルペのにやけ顔にもいつもの元気はない。そんな中、五人は進む。

 それからは、ただ黙々と。


 北部辺境。ペステ伯爵領。遠くで雷鳴が轟く。そこは暗く寂しげな土地だった。


 近づく蹄の音。一つ、二つ……いや、単騎か。

 アークィが長物を降ろす。ヴォルペが腰の剣に手をかける。

 霧を裂いて近づく影を前に、ザンナが左手で皆の進行を制する。皆の足が止まる。


 それは鞍を乗せた無人の黒い馬だった。青白い息を吐く馬。黒い眼窩に赤い目が光る。鞍には、何か紋章のようなものが描かれている。


「魔獣……? ペステ伯爵家の紋章?」


 ザンナが漏らしたその言葉。

 その言葉に答えるように、馬めいた何かが高く、高く嘶く。


 林の中に気配が膨れ上がる。無数の気配が現れる。赤い二つの光が一対、二対、また一対……。そこにも、あそこにも!


「……囲まれて! ザンナ隊長、俺達は囲まれて!」


 ユウタが叫ぶ。カナエが白い槍を青い軌跡と共に構える。ヴォルペが剣を抜いた。四人でアークィを囲む。

 林から跳び出てくるのは紅い目の獣たち。

 異形。


「……っ!」


 カナエが目を見開く。息を呑む。

 ユウタも同じだ。こんな連中、見たことがない。


「ザンナ隊長、これって!?」


 あるものは赤い光を皮膚の割れ目から噴出して。またあるものは二つの首をそれぞれ動かして。牛……豚……鶏……そして、あってはならないものの姿も見る。


 人。


 いや、人の一部。もっと詳しく言うならば、人の一部を張り付かせた獣……魔獣。


「敵だ。ユウタ。……カナエ、行けるな?」

「……はい」


 小さいながらも、はっきりした返事。ザンナの低い声に、カナエの目に色が戻っていた。


「だから言っただろアークィ? こいつら俺達を歓迎してくれているんだって」

「うるさいわね。さっさと片付けてよヴォルペ!」


 ヴォルペの剣が跳びかかる魔獣の喉を裂く。赤い血が飛び散り、湿った音を立てて魔獣が地に落ちる。赤い魔素が天に昇ってゆく。


「やはり魔獣か」


 ユウタは目の前の四足の魔獣の動きを読む。線が見える。ユウタの喉笛目掛けて曲線を描いて。ユウタの剣がそれをなぞる。剣は魔獣の牙をへし折り、口蓋を裂く。

 カナエが槍を繰り出す。それは魔獣の喉へ突き立つ。


「カナエ、大丈夫?」

「ユウタこそ」

「うん」


 ザンナが雷を振るう。紫電が舞う。雷光が天空より飛来し、馬を直撃する。


「考えるのは後だ。とにかく今は目の前の敵を片付けろ……!」


 剣が振るわれる。槍の穂先が煌く。銃端が魔獣の頭を砕く。拳が魔獣の首筋に突き刺さる。


 切る。叩く。砕く。殴る。

 幾度それを繰り返しただろう。

 息も上がってきたその時だ。


「何をしているユウタ。終わりだ。……周囲を見ろ」


 雨はまだ降り続いている。驟雨。

 霧が濃い。


 そして五人の周囲には赤い霧が濃く舞っている。魔素、だ。魔素は赤い霧となり、天空へと昇って行く。魔素の起点には折り重なった魔獣の死骸。


「何なのだろうな?」


 死骸を見つつ、ザンナがぼやく。


「ペステ伯爵……確か悪趣味な方でした」

「ほう? それはヴォルペ、このことと関係が?」

「隊長は今の仕打ちが上品だとでも?」


 ヴォルペがおどけてみせる。


「いや、全く。……これっぽっちも」

「そうでしょう。悪趣味で嫌味。それが俺の知るペステ伯爵です」

「人体実験か」

「貴族以外は人も家畜も同じという事なのでは?」

「……」


 ヴォルペの視線の先。そこには千切れた人の腕と、砕けた馬の鞍が転がっていた。


 ◇


 稲光を背に、黒く浮かび上がるペステ伯爵の城館。

 あの豪華絢爛だった公爵の館とは真逆に、吸血鬼でも出そうなくらい陰鬱な姿。白い欠けた壁は緑の蔦に覆われ、幾つもの尖塔を持っている洋館。いや、城館か。


「ここまで何も無かった。僥倖とすべき?」


 アークィの声だ。

 さっき手荒い歓迎を受けたけど? もう忘れたのだろうか。

 ユウタは思うが口には出さない。ここでアークィの機嫌を損ねても仕方がないから。


「相手はあのスクアーだ。誘ってるのさ」


 ヴォルペは笑う。


「あたいもヴォルペの意見に賛成だ。未知の魔道機の可能性もある。全ての可能性を捨てるべきではない」


 ザンナが言い含めるように口にする。


「お硬いのね」


 対してアークィは呆れたかのように吐き捨てる。


「緊張しているのかアークィ。お前は何時に無く饒舌だぞ?」

「悪かったわねヴォルペ!」


 雨中に消えるアークィの大声。

 それは最早、定番となった二人のやり取りだ。


 ユウタの重く沈んでいた気持ちが軽くなる。それはカナエにとっても同じだったらしく、心なしかカナエの表情も緩んでいた。

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