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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第一章 夢に向かって
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異邦人と共に

挿入話です。アドバイスを元に書き起こして見ました。

 山々の尾根の雪もようやく溶けた遅い春を迎えたある日、狩から帰ってきたユウタとカナエは今日の獲物となった大柄な魔獣を引きずりながら村の中央広場に人だかりが出来ているのを見る。広場中央、大きな樫の木の下に居る一人の立派な髭を持つ男。黒髪と小麦色の肌を持つ人々の多いこの村だ。村では見慣れぬ眼の醒めるような赤い髪と白い肌を持つ異国風の男の姿は際立っていた。その男は木の下にむしろを広げ、その上に大小様々な品を並べつつ座している。

 ユウタは思い出す。この男は何年かに一度、村を訪れる商人と呼ばれる人種だろうと。おそらくは辺境の村々を巡る行商人だろうと思えた。その男の容姿や身なり、異国風とはいってもユウタの村こそ王国にとっての辺境だ。そもそもここは東部辺境のそのまた奥地の村。随分な田舎に見えるに違いない。いや、きっと極めつけに田舎、ド田舎に見えているに違いなかった。


「都から来たんですって」

「都で戦が起こったらしいよ?」

「王様が殺されたんですって。お偉い貴族様も次々と殺されたらしいわ」

「そんな恐ろしい。戦はまだ続いているそうだ」

「カクメイ、って言うんだってさ」

「カクメイ……何だねそれは?」

「王様も貴族様も居ない世界……そんな世の中が本当に来ると言うのかい?」


 見え隠れする並べられた様々な珍奇な商品に目をやりつつ、黒髪や白髪頭を並べた村人が口々にする言葉の数々をユウタとカナエは彼らのやや後ろから聞いていた。

 大に小に漏れ聞こえてくる老若男女の不安げな声。実際そうなのだろう。何百年もの間、平和そのものであったこの村にもたらされた変革をもたらすであろう凶報なのだから。村人の脅威といえば、時折狩場に現れる魔獣程度のものだ。今まではそれを村人が、そしてユウタやカナエが確実に狩って来た。それがこの村の村人の日常だ。


 ユウタは考える。聞き逃せぬ言葉がその中にあったのだ。

 ──革命。


 ユウタが思考の海に思いを沈めようとしたそのときだった。ユウタの手にカナエの手がそっと添えられ、ぎゅっと握り締められる。


「大丈夫だよね、戦……そんなの怖い」

「大丈夫。ここには兵士もいないんだ。来るとしても徴税官しか来ないよ。貴族……じゃなかった、革命政府の役人さ」


 カナエの声は微かに震えていた。よほど怖いのだろう。未知の恐怖。それはどんな姿を持つ恐怖をも上回るものだ。ユウタには判る。不良たちにいつも絡まれていた勇太なら。

 ──次の金を持っていかなければ、どんな恐ろしい仕打ちを受けるかもしれない──。そう。ユウタは勇太の体験で知っている。魂が覚えていた。そう言った恐怖は想像し考える事によって、さらに不安が高まるものだ。


「カクメイ……セイフ? お役人さん?」

「そうさ。だってカナエはこの村が占領する価値を持つ村だと思うかい?」


 革命。政府。この世界では馴染みの無い言葉だ。緩やかな営みを刻んできたこの狭い辺境の村しか知らないカナエ。そんな彼女にとって、きっと始めて聞く言葉に違いなかった。このことからもカナエに前世の記憶がないことがありありとわかる。ユウタはそれが少し残念でもあり、昔の情けない自分を知られていないと言う意味で嬉しい事でもあった。

 とにかくユウタは努めて優しく言った。カナエの不安を拭い去るように。


「……思わない」

「だろ?」


 ユウタの手を握り締めていたカナエの手の力が緩む。ユウタのダメ押しの一言は、どうやらカナエの心に安心を取り戻したようだった。こんな辺境の村だ。今まで徴税官の変わりに村長が税を集めては遠くの領主の館へ税を運んでいた。その程度だ。誰もこんな村になんて興味はない。


 とはいえ。

 ユウタは中でも『革命』と言う言葉に興味を覚えた。以前の世界、ユウタの前世における勇太は歴史の授業で『フランス革命』と言うものを習わなかっただろうか。確かその『フランス革命』では市民が立ち上がり、悪逆な政治を行っていた王様や貴族を倒し、政治を市民の手に委ねた。それが『革命』だったと思うのだ。

 と、言う事はこの転生先の世界で歴史が動いている?


 ──動乱の時代の到来──。

 ユウタは直感する。商人の口からもっと詳しい話を聞きたいと。

 そう思うが早いか、ユウタは手に持った肉塊を引きずりつつ、同時にカナエの手を引き村人の輪を抜けて行く。


「ユウタ……それにカナエも」


 粗末ななりの、継ぎ接ぎだらけの着物や毛皮を身に着けた村人たちはユウタとカナエの姿を認めると自然に道を空けてくれた。共に同じ日に色違いの宝石を持って生まれ、常人を遥かに超える身体能力を見せるユウタとカナエはこの小さな山村で『神童』としてある意味畏怖され尊重されているのだ。二人のために村人が黙って道を作る。これが今のユウタとカナエの村での立場を如実に現していた。


「ほう。坊ちゃんに嬢ちゃん。立派な剣に槍に……傷だらけの鎧じゃな。よほど腕に自身があると見える。軍にでも入りなさるのかね?」


 軍? ユウタは思う。考えても見なかった。この世界にも軍隊組織といったものがあるのだろう。当然だ。王や貴族は私兵を持っていた。なら、それに対抗した市民たちも革命軍を組織したはずなのだから。自分で『フランス革命』を思い出しておいて、肝心な事が抜けている。ユウタは自重した。俺もカナエのことは言えないと。

 ユウタの口は自然と動く。商人はユウタの問いに真摯に答えてくれた。


「軍って?」

「革命軍だよ。都で募集しとる。まだまだ腐りきった地方貴族どもが利権惜しさにまだ北や南の地方で頑張っておるからの」


 貴族社会。ユウタは思う。王国は革命を起こされたほどだ。さぞ腐敗が進んでいたに違いない。


「貴族は負けたんじゃないの?」

「いや、革命軍は王国全土を掌握しとらん。まだまだ戦は続くじゃろうて。それに外国のきな臭い動きもある」


 ユウタは何だかカナエに言った言葉が実に軽い思い込みだった事を知る。随分と事態は深刻のようだ。王国は戦乱の真っ只中にあるらしい。しかも内戦ときた。


「兵士が足りていないの?」

「ああ、全く足りとらん。山賊と化した敗残兵共もおるし、何より各地より噴出しておる魔素のせいでそこらじゅう魔獣だらけだからの」


 山賊。盗賊。聞けば街道には出るという。ユウタは考える。もしかしてこの山奥にも……さすがに来ないか。来るはずもない。魔獣は村人やユウタとカナエがこうして定期的に狩っている。何の問題も無い。


 ──だが、軍か。ユウタには不安と期待の両方を同時に与える言葉であった。


「へぇ」

「でも、どうして俺達が軍になんて入らなきゃいけないの?」


 商人はそれを聞いて目を丸くする。ユウタにはそんな事も知らないのかといった顔に見えた。ユウタはちょっとだけ面白くない。


「金だよ、金。軍に入って手柄を立てれば恩賞は望みのまま。こんな田舎村なら直ぐにでも豊かになるだろうて。そんな凶暴な魔獣を仕留めなさるんだ。お前さんがたは腕に覚えがあるのだろう?」


 商人の視線はユウタが片手に下げている魔獣の肉塊にあった。そうか、猛々しく暴れていた魔獣も今ではただの肉塊だ。今日はかなり大物を仕留めた。そうなのか、これが根拠かとユウタは思う。いつもの日課と化していた魔獣狩りも、一般の人々にとっては至難の業なのだと改めて思い知らされる。同時にそれを容易く行って来たユウタとカナエ、自分たちの実力の程も。


「お金……」


 ユウタの隣でカナエの呟く声が聞こえた。


 この国で手っ取り早くお金を稼ぐ手段は軍に入ること。軍の給金は良いらしい。その理由は簡単。今は国内の治安が悪いからだ。そして革命騒ぎによる兵士不足。いわゆる売り手市場なのだろう。

 だがこの商人の話のどこまでが本当で、どこまでが嘘の話かもわからない。だがこの商人の話はユウタの心を動かすに充分な衝撃を与えてくれた。


 ──これは天が与えてくれたチャンスかも。

 ユウタの脳裏に一筋のサクセスストーリーが浮かんだ。軍に入り、手柄を重ねて名声と金を得る。ユウタはかつての苛められっ子、勇太ではない。こうして一般人が恐れる魔獣をも簡単に屠るこののできる地力を持った一人の男、ユウタなのだ。並ぶ商品のきらびやかさに目を惹かれたであろうカナエの姿をよそに、ユウタはさらに商人に細かな話を聞いてゆく。ユウタの漠然とした軍への憧れが商人の話によって明確な目的に変わっていくのに、さして時間はかからなかった。

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