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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第六章 仲間
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蛮勇と共に

 復興も進む初夏の兵舎だ。若木の新芽もかなり緑を帯びて来ている。ザンナはそんな木々を窓から眺めつつ、背後に控える皆に宣告する。


「皆に話がある」


 ザンナが振り返る。ザンナが話を切り出したのだ。


「今朝一番で報告があった。ついに革命軍がペステ伯爵の私兵を打ち破ったそうだ。この戦いで敵は魔道機を出してこなかったと言う。……どうやら敵さんの魔道機もここらで打ち止めのようだな」


 カナエが小さく震える。戦が本能的に怖いのかもしれない。


「そりゃまたどうして?」


 軽口を叩くのはヴォルペだ。


「さぁな。先日我々が破壊したもので魔道機はほぼ全てと言うことなのだろう」

「それで? あたしたちはお役御免って事? それとも他の戦線に回されるの?」


 納得がいかないのだろう。アークィがザンナに食って掛かる。


「どちらも無い。ペステ伯爵には黒い噂が付きまとう。そしてあのスクアーにもだ」


 賞金首のスクアー。ユウタの目標だ。元王国四騎士。比類なき剣の使い手──それはユウタが身を持って知っている。


「では指令だ」

「指令……」


 ザンナの冷たい言葉にアークィの唇が動く。


「やっと出番か」


 ヴォルペの態度は変わらない。


「あたいらはペステ伯爵の館に乗り込む。そして、今度こそ奴の首を取る」

「それは一体?」

「軍令部の判断だ」

「……なるほど」


 伯爵の館。北部王党派の本拠らしい。


「ペステ伯爵にはどうも裏がありそうだ。軍令部はそれを警戒している」

「考えすぎじゃないんですかい?」


 裏とは何なのだろう。ユウタは伯爵の太った体を思い出す。太っていたわりに俊敏に動いていたあの貴族。


「気付いているだろう」

「何を?」

「魔素だよ。魔道機を破壊した後のことだ。葬った騎士が何度も蘇り魔の尖兵と化していただろうに」

「そうでしたね」


 赤い粉塵。それが空気中に拡散せずに死した騎士の体内に取り込まれていた。通常ならば大気中に霧散するのに。


「軍令部はあたいのあの報告を非常に気にしているようだ」

「蘇り……でも、あの死にぞこないの化け物は伯爵が仕込んだというよりも、ただの偶然でしょう?」

「夢物語と思うのか? 杞憂だと?」

「ええ、残念ながら」


 ヴォルペは軽く流すように答えているが、目が全然笑っていない。


「奴らは魔素を取り込んでいた。少なくとも人間には無理な芸当だ」

「それはそうですがね?」

「今カナエが持っている白い槍の騎士は自ら取り込んでましたけど」


 ヴォルペの言葉にカナエがビクッと震える。


「だから人間を辞めたのではないかと疑っている。その技術を伯爵は見つけているのではないか?」

「まさか。言い切れる根拠は?」

「あたいらは何例もその実例を見た。それ以外に何がある」


 そう。ユウタ達はその実例を何度も見た。そして白い槍の騎士は自らの意思で魔素を取り込んでいもいた。


「そりゃまぁ……そうだけど」

「俺は考えすぎだと思うね」


 ザンナが重ねて注意を促すが、ヴォルペは受け入れるつもりが無いらしい。


「ヴォルペ……全くあんたのトリ頭には呆れるわ?」

「そうかよ。だがな、俺は信じない」


 何時に無く強情なヴォルペにアークィが呆れてみせる。


「あら、噛み付いてこないんだ?」

「お子様相手は疲れるんだよ」

「誰がお子様よ!?」


 ヴォルペは暴れるアークィを軽くいなした後、ザンナに告げる。


「バカバカしい。ただの古代文明の遺産の暴走ですよ」

「それにしてはどれも同じ効果を持っていたようだがな」

「だから偶然ですよ偶然」


 ヴォルペは意見を変えるつもりは無いようだ。


「……そうか。ならばこれ以上の話はすまい。話を本筋に戻そう」

「本筋?」


 カナエがその意味に気付いたのか息を呑む。その音がユウタにまで聞こえる。


「今、伯爵邸の警備は手薄だ。急襲をかけ伯爵を葬る。そして革命政府は北部辺境の憂いを断つ」

「予想される戦力は?」

「元王国四騎士のスクアー。そしてあの赤鎧の騎士だ。後は雑兵だろう。敵は同見繕っても少数だ」

「ま、そんなところでしょうね」


 スクアー。討ち取るチャンス。手柄のチャンスだとユウタは思う。魔道機さえも切り裂くこの剣ならば、と思うのだ。ユウタは背負った遺産、大剣の重みを感じる。


「そうね。あたしもそう思う。もうまともな戦力は無いはずよ」

「戦力予想は結構だが……良いな? 伯爵の悪事を全て抑えろ。油断は禁物だ。とにかく伯爵を捕らえろ。……あとは断頭台が捌く」


 館の家捜しも仕事のうちに入っているらしい。


「ヴォルペ。スクアー相手に無理はするなよ? あたいが相手をする」


 え? ユウタははやる気持ちをぐっと堪える。スクアー。あの懸賞金がかかった騎士。悪に転んだ騎士。王国に忠誠を誓っているというよりも、明らかに私利私欲で動いていた、あの女騎士……。


「隊長がやるんですかい?」

「あたい以外に適任が?」


 スクアーは強い。古城でザンナとスクアー、二人の戦いを見ていたユウタなら判る。スクアーは凄まじい手練だ。


「任せますよ。生憎と隊長が俺に泣きつく姿なんて想像もできませんので」

「あたしも。ザンナ隊長が適任よ」

「……褒め言葉と受け取っておこう」


 ザンナとヴォルペ、それにアークィのやり取り。スクアーは強い。スクアーは強いけれど……ユウタは溜まらず口にする。いや、自然と口を付いて言葉が出ていたというほうが正確か。


「俺、俺がやるよ!」

「ユウタ?」


 カナエが袖を引く。ユウタはそれを振り払う。


「俺がスクアーと戦う!」

「ユウタ!」


 カナエは既に金切り声だ。ザンナはそんなユウタを興味深げに見詰める。


「はぁ? あんた何言ってるの? 隊長やヴォルペでさえ二の足を踏む相手なのよ? あんたの出番があるはず無いじゃない」


 アークィがあからさまにバカにした口調で言ってくれた。


「そんな事、やってみなくちゃ判らないだろ!?」

「判ってるわよ。判りすぎ。……やる前からね!」


 アークィに見下ろされるユウタ。


「俺……俺だって!」

「何よ」


 アークィは語尾を上げる。ユウタはこれが頭に来た。


「俺だってやれば出来るんだ!」

「その自信はどこから来るのよ。無謀よ。無理無駄無謀。勇気と無謀は違うんだから」


 アークィの言葉。嫌らしいほどに優しく、慈愛に満ちた眼差し。

 小さな子供に言って聞かせるように、噛んで含むように言葉にする。


「俺は相手の動きを先読みできる技能(タレント)がある!」

「それでも相手のほうが早いからあんた隊長やヴォルペに敵わないんでしょ?」

「そ、それはそうだけど」

「隊長やヴォルペと同格のスクアーに敵うとでも?」

「そんなのやっぱりやってみなくちゃ判らないよ!」


 アークィは暫くユウタを睨みつけていたが、やがて根負けしたようにザンナを見据える。


「と、言ってるけどザンナ隊長」


 ザンナは口の端を歪めた。


「……状況で判断しよう。とにかく出撃は決定事項だ」


 ザンナは目を伏せつつ言葉を紡ぐ。


「はぃ!?」

「お、おい隊長、それで良いのか?」


 アークィとヴォルペは目を剥く。ザンナの言葉が信じられないのだろう。


「本人がやりたいといっている。本人の意思を尊重しよう」


 ザンナは笑う。


「そんな無謀な」

「俺もそう思う」

「酷いよヴォルペ、アークィ」


 対する二人は辛辣だった。


「カナエの顔を見ろ。心配で顔が白くなってるだろうが」

「……青くなってるわよ」


 ユウタはカナエの顔を盗み見る。ヴォルペやアークィの言葉通り血の気が引いているようだ。


「だからあんまり無茶言わないの。ね、ユウタ」

「ユウタ、無茶しないで……」


 カナエがアークィの言葉に力を受けて言葉を搾り出したかに見える。


「カナエ……大丈夫だよ。考えすぎだって」

「ユウタが考えなさ過ぎ」


 カナエは明らかに怒っているのだろう。目尻に涙が光って見える。


「もう、心配性だな」


 ユウタはそんなカナエの涙を拭おうと手を近づけるも、凄い勢いでカナエに払われる。

 

 ──痛い。

 カナエの奴の機嫌を相当損ねてしまったらしい。


「あたしにはユウタ、あんたや隊長の方が考えなしに思えるけどね。これが命令じゃなきゃとっくに逃げ出してる」

「アークィ……」


 アークィがカナエの代わりとばかりに言葉にしてみせた。


「でもねユウタ。これはあたしたちがやらなきゃいけないことだから。他の人にはできないことだからあたしはやる」

「じゃぁ俺がスクアーを相手にしたって良いじゃないか」

「それとこれとは別」

「何だよそれ」


 ユウタはごねる。


「ユウタあなた、その剣を手に入れてからというもの調子に乗りすぎ。古代の遺産に過剰な期待を抱いてない? 超人にでもなったつもり?」

「そんな事は……ないけど」

「そ。じゃぁ言う事を聞いて。あなたじゃ力不足。おとなしく援護に回りなさい」

「考えがあるんだ! 俺には作戦が……!」


 ユウタには判らない。確かに自分は弱いかもしれない。だけど、やる前から──剣を交える前から全然ダメだって決め付けられるなんて!


「はぁ? あんたやっぱり一度死んでみる?」


 ユウタは納得が行かない。だが、アークィの言葉は相変わらず辛辣だった。

16/10/19 人称のおかしなところを訂正

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