表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第五章 陰謀
27/35

槍と共に

 都を見下ろす崖の上。黒い煙が上がっていた。あちらこちらに火の手も見える。都は落ちたのだろうか。そして城壁の上には王党派の軍旗が翻っているのだった。


「何か見えるか?」


 遠眼鏡で城壁の周囲の様子を伺う。


「革命軍は篭城を選んだみたい。火の手が上がっているところをみると、まだ戦闘が続いているのかも」


 王党派の折れた軍旗が転がる。矢を受けたもの。剣で切られたもの。槍で突かれた者。多くは王党派の兵士達の亡骸だ。


「下水道を知っているか?」


 ザンナは金の髪を指に絡めつつ呟く。何か吹っ切れた顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。


「”鼠”になるの!?」


 アークィの顔が引き攣る。


「仕方がないだろう。それとも正面から行くか? きっと王党派の兵士で埋め尽くさせてるぜ」


 ヴォルペもまた、どこか諦めた顔をしている。


「下水道って……あたしあそこ嫌い!」


 アークィが叫ぶ。


「……仕方がないだろ? アークィ。諦めろよ」

「あんただけ諦めなさいよヴォルペ!」


 絡まれるヴォルペ。何が嫌なのだろう。ユウタにはあそこまでアークィが嫌がる理由が判らない。

 ユウタはザンナに聞く。


「”鼠”って?」

「都には下水道が網の目のように張り巡らされている。街の外に繋がる一つから都へ進入する」

「嫌よ! 臭いんだもの!」


 ……。ああ、そう言うことか。

 都市には……まともな都市には下水道は付きものだから。

 下水道探索。巨大な薄汚れた鼠、嫌な怪生物。薄汚いヘドロ。……恐らくそんな物が待っているのだろう。


「諦めろ、アークィ」

「だってザンナ隊長!?」

「ユウタとカナエは行くよな?」


 ザンナとアークィの不毛なやり取りを背景に、ヴォルペが聞いてくる。


「行きますよもちろん! そして白い槍の騎士を討ち取りましょう!」

「私も行きます。ユウタが行くんだもん」

「なっ!?」


 表情を固めて言い切るカナエに、アークィの顔も固まる。


「何を驚くアークィ。先輩だろ? 諦めろ、な? ……アークィ」

「わ、判ったわよ!」


 涙目だった。


 ◇


「おぅうぇ。この臭い……冗談じゃないわよ」


 確かに。吐き気を催す凄い臭いがする。

 ここは下水道の入口。

 川沿いに据えつけられた鉄格子を外すと、巨大な空洞が広がっている。都の地下道の入口だ。松明に火を灯す。薄汚れた内部が露になる。中央の水路と、両脇に一段高くなった通路。

 キィキィと小動物の鳴き声がする。蝙蝠か、それとも鼠か。その類だ。


 ぬるっとアークィが足を滑らせる。


「きゃっ」


 ユウタは崩れかけたアークィの腕を捕まえる。


「だから来たくなかったのよ……」


 アークィは睨んでくれた。滑りそうになったんだ。お礼ぐらい言ってくれても良いのにと、ユウタは思う。


「きゃっ!?」


 今度はカナエだ。松明がボロを纏った骸骨を照らし出す。その骸骨から伸びる揺らめく長い影に驚いたのだろう。


「貧民の成れの果てだ。家の無い彼らの行く末だよ。……貴族共の圧政のせいだ」


 ザンナは吐き捨てる。その言葉にはいつにない怒りの色が滲んでいる。

 カツン、カツンと進み行く。最初だけは愚痴愚痴と毒付いていたアークィも、今では無言だ。皆、一言も声を発しない。どれほど歩いただろうか。いくつ目かの角を曲がり、鉄格子を抜け、地上へと続くであろう上りの足掛けを過ぎた先。


「裏通りに出るぞ」

「官邸には行かないんで?」

「用は無い。守備隊が頑張っているなら挟み撃ち、既に陥落しているのなら機を見て再び改めて潜入だ」

「へいへい」


 ザンナとヴォルペで決める。やはりアークィは口を挟まない。

 これが遊撃隊のスタイルなのだ。


 そして、ザンナ自らが上り口の上を確認しに行き、暫くして降りてくる。そして、梯子の途中で止まった。


「アークィから上って来い。ちょうど良い具合に白い槍の騎士の分隊が出て来ている。おそらく革命軍の守備隊は全滅したのだろうな。恐るべきは『魔道機』の威力だよ」

「え?」


 ユウタは聞き返す。


「時間が無い。アークィ、一番に行って狙撃位置を確保しろ。裏通りに出るはずだ。敵は大通りを行進してくる。生きてるものはいない。いるのは敵だけだ」

「……判ったわよ。殺して良いのね?」

「構わないが、命令があるまでは撃つな」

「了解」


 アークィが上る。お尻が揺れている。なんだか見てはいけないものを見ている気がして、ユウタは場違いにもドキドキする。


「ユウタ、カナエ。それにヴォルペ。お前達も急いで上って来い」

「はい!」

「……はい」


 そしてユウタは鉄格子を押し上げる。

 ユウタが見たもの。それは裏通りに注ぐ光だ。そして表通りから流れてくる煙。異様な臭気で溢れている地上。目にはいるのは石畳の上の赤。切り裂かれ、焼け焦げ、引き千切られた人体の欠片。老若男女。兵士のものも有れば、市民のものもある。街の中は凄惨を極めている。王党派は無残にも市民を巻き込んだのだ。


 大通り。様子を伺うアークィの影からユウタは見る。その中を意気揚々と練り歩く騎士達の一隊があった。騎馬の代わりとなっているのは魔道機だ。騎士達の掲げる槍の穂先には首が、腕が、脚が刺さっている。着物はどれもそれなりに造りの丁寧な代物。人体だ。どうやら見せしめのつもりらしい。革命軍のお偉いさんの遺体なのだろう。ザンナの予想は当たっていたわけだ。

 ただ、ユウタはそんな騎士団の連中に吐き気を覚える。人を人と思わない所業。例え戦争と言ったって……。


「アークィ。やれ」

「当たり前よ。何よあれ!」


 普段の数倍に匹敵する大きさの光の渦が街路を包み込む。引き付けに引き付けて放ったいつもの数倍の火力。通り過ぎた光の奔流は一瞬で騎馬の半数を消滅させる。そしてその背後にあった遥か彼方の石造りの庁舎も。それの崩れる轟音は遅れて聞こえた。


「ご苦労だったアークィ。お前は休んでろ」

「そうする、隊長。さすがに疲れたわ」


 アークィは建物の影に転がり込む。石造りの壁を背にしてずるりと落ちる。銃の使用にはかなりの精神力を消耗するらしい。しばしアークィはお休みだろう。

 アークィの一撃により乱れ慌てる残存騎士の一隊。その中にはお目当ての白い槍を持った騎士もいる。そして彼の駆る魔道機は光の奔流の直撃を受けたらしくボロボロだ。


「おい、王党派の鬼畜ども。俺が相手だ」


 ヴォルペが赤と青の二刀を抜き放ち、街路の真ん中に躍り出る。


「き、貴様ら!? 何故ここに!」

「蛇の道は蛇ってね。おたくらは俺らと同じ臭いがするからさ? それに、俺とスクアーは元同僚だ。ある程度は判るさ」

「その臭い……さては下水道か!」

「ご名答!」

「貴様は裏切り者のヴォルペ! 恐れ多くも国王様から四騎士の位を賜っておきながら賊軍へと身を投じた裏切り者! しかも”鼠”のマネまでして生き恥を晒すとは!」

「生憎と俺の騎士道は民に捧げていてね。姫君でも国王様でもなかったのさ」

「黙れ! 貴様から始末してくれるわ!!」


 白い槍の騎士、コルノは役に立たなくなった魔道機を捨てヴォルペと向かい合う。


「ユウタ、カナエ。残りをかたずけるぞ」

「「はい!」」


 カナエの元気な返事。俺と揃った元気な返事は健在だ。良かった。まだヴォルペの言葉、あの不思議な魔法が利いているようなのだ。


 ◇


 ユウタはかわす。騎士の槍を潜り、魔道機の腕を跳び越えて。ユウタの手には遺跡で手にした魔剣がある。刀身が青白く光るその魔剣は容易く魔道機の腕を切断する。この剣は凄い。今までの苦戦が嘘のようだ。

 鋭角に曲がってくる魔道機を駆る騎士。ユウタはそれを相手にする。


 カナエに目をやる。カナエも良くやっている。槍での突き合い。カナエはその身体能力を自在に使い、戦場を縦横無尽に跳び回る。相手に致命傷こそ与えていないが、こちらも傷つく事もない。カナエのヤル気も本物のようだ。


 ザンナは言わずもがな。拳に纏わせた紫電で殴り、一体一体魔道機の脚を止めてゆく。一体一体、着実確実に。


 ユウタの鼻先を騎士の槍が掠める。ユウタはその槍を剣で振り払う。槍の穂先が切断される。ユウタはその切れ味に惚れ惚れする。だが、ユウタはそれで終わらない。魔道機を駆け上がり、短剣で応戦する騎士の胸倉に剣を埋め込む。これで一人──。


 ユウタは一息つく。だが、安心して居られない。周囲に目を配ればカナエが、ザンナが。そしてヴォルペがまだ戦っている。


「カナエ!」

「……ユウタ!」


 ユウタは駆ける。カナエの応援に向かうことにしたのだ。


 ◇


 ヴォルペの気が膨れ上がる。見えない一閃。ありえない長距離攻撃。それをヴォルペは行う気である。それに対して白の槍の騎士、コルノは満身創痍。


「ここまで手こずらせてくれるとは……さすがは元四騎士! だが俺はただでは死なん! こうなれば貴様ら全員を巻き添えにしてやる!!」


 魔道機の残骸から立ち昇っていた魔素が、赤い粒子がコルノの全身を覆い始める。白い槍がありえないほどの光輝、光を放つ。


「この『悪魔の槍』の真の力を解放したならば貴様らなど、ひと思いに!」


 コルノの鎧が黒く染まってゆく。変質する。脈動する。赤い光が漏れる。……すでにその所業、人間業ではなかった。


「『魔人化』。それがこの『悪魔の槍』の真の力ぞ! 行くぞ元四騎士!!」


 コルノが大地を蹴る。

 気付けばヴォルペの後ろにいる。一突き。コルノの肩から血飛沫が上がる。


「ぐあっ!?」


「ヴォルペ!」


 ユウタは見る。カナエと共に倒した魔道機から流れ出る赤い魔素がコルノの体へと吸い込まれてゆくのを。ユウタは見た。ヴォルペの肩から血飛沫が上がるのを。

 だから、ユウタはヴォルペのために叫ぶ。


「手伝うヴォルペ! カナエも来て!」

「わ、判った!」


 そしてユウタはその脚で駆ける。カナエも続く。


 白い槍は禍々しくヴォルペを襲う。振るい、叩き付け、突き刺す。薙ぎ払う。人間業とは思えないその動き。その速度。ユウタは何度もヴォルペの体が串刺しにされ切り裂かれる線を見る。だが、ヴォルペには届いていない。あるときは赤い剣で払い、またあるときは青い剣で流す。

 これがヴォルペの、王国四騎士の実力……。


 街路から砂塵が舞う。白い槍の騎士コルノ──もはやあの存在をそう言って良いものか憚られるが、それを中心に力が集まっている。尚もコルノの体に収束されつつある赤い粉塵、魔素。コルノを中心に円形の闘気が吹き荒れる。


「人間辞めました、ってとこか? ……おい」

「全ては亡き国王陛下の恩義に報いるため! スクアー様の献身に応えるため!」


 白い槍が爆発的な力を持って繰り出される。

ヴォルペの皮膚が裂ける。再び舞う鮮血。


「俺も負ける訳には行かないんでね!」


 ヴォルペが踏み込む。相手の間合いに入る。白い槍が繰り出されるた度、ヴォルペの皮膚が裂け、赤き血が飛び散る。

 ヴォルペも負けじと剣を繰り出す。しかし、効いていない!?


 このままじゃダメだ。このままじゃ──。


『行け、我を解放せよ』


 ユウタの手の中で剣が振動する。ユウタの頭の中で何かが弾ける。


「判ったよ。力を貸せよ! うおぉおおおおおおおおお!」


 ユウタは駆け出した勢いもそのままに、化け物と化したコルノに向かい突貫する。一瞬送れてカナエも続く。カナエのその表情は判らない。だが、その目は闘争心を失っておらず依然輝いている!


「ヴォルペ!」

「ユウタ、危険だぞ!?」


 といいつつも、二刀を巧みに操りコルノに斬撃を加えるヴォルペ。しかしコルノが止まる様子はない。むしろ、攻撃が聞いている様子さえ感じない。あの黒い鎧──いや、既に皮膚なのだろうか。隙間から見える赤い輝き。あれは一体? 



 だが、ユウタは迷わない。

 ユウタは突っこむ。自分の全体重を乗せて──跳んだ! 


「これで!」


 硬いものに当たる感触。殻を破る感触。肉を抉る手応え。ユウタは押し込む。力任せに剣を押し込む!


「たぁ!」


 カナエが槍を繰り出す。だが、カナエの槍ではコルノに傷を負わせることも出来ない。だが、牽制にはなっているようだ。


「三人がかりとは……騎士道を忘れたか元四騎士!」

「生憎と俺は騎士を辞めたんだ」


 コルノの注意がユウタとカナエに一瞬だけ逸れる。その隙をヴォルペは突いた。

 ヴォルペは動きの鈍ったコルノの胸に赤い剣を突きたてる。傷口から赤い魔素が噴出す。ヴォルペ自身に刻まれた全身に渡る傷口からも血がドクドクと噴出していた。


「本当に人間を辞めていたんだな、お前」

「騎士を辞めた人間に言われたくはない。俺の、俺の騎士道は……」


 コルノは呻く。ヴォルペとユウタの剣に貫かれながら呻く。


 斬。


 ヴォルペの青い剣はコルノの首を刎ねる。


「実は俺も人を辞めたんだ、今じゃただの殺し屋さ。あばよ、ご同類」


 ヴォルペが膝を突く。剣を地面に突き刺し喘ぐ。

 コルノの体から赤い魔素が立ち昇る。やがてそれは空に散華する。赤い蝶。ユウタは思う。一瞬赤い花畑を幻視する。


 惨憺たる戦場。


「終わったな。これでペステ伯爵は私兵の大半を失ったはずだ。次の手は……」


 ザンナが死屍累々の戦場を見て呟く。街路の石畳は大きく捲れ、そして魔道機の残骸があちらこちらで赤い煙を上げている。そして倒れる騎士の数々。


「ああ、隊長」


 ザンナがヴォルペの傍に寄る。それに気付いたヴォルペがさして疲れた様子もなく口にする。だが、体中に刻まれた無数の傷からは未だに鮮血が溢れていた。軽いのは口調だけだ。見れば判る。


「ご苦労だった、三人とも。ヴォルペ、傷は大丈夫か?」

「まぁ何とか。ああ、ちょっと深手かもな。ここは隊長さんに膝枕をお願いしたいね」

「軽口が叩けるようではたいした事はないな」


 思い出したようにヴォルペが顔を顰める。先ほどの表情は戦闘の緊張感が続いていたためかもしれない。


「それとアークィ。お前もお疲れだったな」

「悪かったわね。あたしは今回お休みよ」

「出番が欲しかったか?」

「最後に血を見れたから良いわ。赤く外道な血をね」

「アークィ、ヴォルペに止血を」

「判ったわ」



 ザンナはアークィにそう指示した後、白い槍『悪魔の槍』を拾い無造作にカナエに渡す。


「使えそうか? カナエ」


 投げられた槍の重さにカナエが思わず取り落としそうになる。


「わ、私ですか!?」

「あはは、こりゃ傑作だ」


 カナエが槍を手にし、キョトンとしている。ヴォルペが疲れた笑みを見せた。


「カナエちゃん、貰っておけ。……使えるものは何でも使う。但し、使いこなせるならな」

「は、はい……やってみます」


 カナエは己の拳が握る白い槍にと、アークィの手で傷の手当てを受けるヴォルペの姿を交互に見つつ、そう言ってのける。


「持てている、って事は使えるんじゃないの隊長?」

「そうだろうな。もっとも、あたいはカナエが化け物の姿になるところなど見たくもないが」

「同感ね」


 さも当然、とアークィ。


「痛てて、もっと優しくしろよアークィ!?」

「失礼ね、これでもあたしは優しくやってるわよ!」


「でも『魔人化』か……。ユウタ? あなたはカナエの事、特にそう思うでしょ? ……心配よね、彼氏?」


 ニタニタとした、嫌な笑み。カナエの困惑の表情をよそに、アークィの微笑は何時までもユウタの心に引っかかった。

16/09/11 誤字脱字、記述の酷い箇所を修正。戦闘シーン追記。

16/10/01 改稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ