都と共に
下流にある森の一角。そこでユウタ達は焚き火をしている。
「隊長、大変ですぜ!」
ザンナの代わりに斥候からの報告を受けていたヴォルペが血相を変えてやって来る。
「何だヴォルペ」
焚き火で服を乾かしていたザンナは振り向く。
「斥候からの報告です。都がペステ伯爵の手勢に襲われたと」
「なんだと?」
都が……襲われた?
ユウタの視界にスラムの廃墟が蘇る。焼かれた村々の凄惨な光景が蘇る。それが都でも起きた?
「白い槍を持つ騎士の率いる魔道機の群れ前に成す術もなく蹂躙されたそうです」
「……バカな」
白い槍の騎士。確かコルノと言った。『遺産持ち』の騎士だ。
「守備隊は何とか持ちこたえているようですが……このままでは陥落は時間の問題かと。市民の怨嗟の声は革命軍へ向かっているようです」
「日和見だからな、大衆は」
ザンナの深い一言。遠い目をしている。
「どうやら一杯食わされたようですね、俺ら」
「陽動だったと言うのか?」
「……はい?」
ヴォルペが苦々しく言う。ユウタ達はまんまと敵の策に嵌ったのだ。『ペステ伯爵』という餌に食いついたユウタ達。それは『遺産持ち』に対する切り札。……使いどころを間違ったのだ。
「悔しいが、そのようだな。スクアーにしてやられた」
「スクアー?」
スクアーの緑髪、そして均整の取れた裸体が蘇る。薄ら寒い笑みを浮かべていたあの女騎士。襲撃を予め予期していたのだろう。
「ああ。手強いな、あれは。戦略も、剣技も」
「隊長、古城でスクアーとやりあったんですか?」
「少しな」
少しなんてものではなかったはずだ。ユウタが伯爵と数合交える間、何度も何度も一進一退の高速の速さで繰り広げていた。次元の違う戦いを。
「それで、どうでした?」
「ユウタを飼ってみたいそうだ」
「はい? 飼う?」
ユウタは息を呑む。俺を……飼う? 飼い慣らす!?
「連れていたユウタをあたいの愛玩動物だとでも思ったのだろう。物好きな趣味の女だな」
「……それはまた……」
願い下げだ。たとえ相手がどんな美人でも。自分の価値は自分の命を売り渡した値段で決まる。ユウタはまだ誰にも自分の命を売り渡す気などない。ザンナのところ、この遊撃隊には一時籍を置いているだけ。ユウタは思う。必ず成り上がってみせると。
「冗談だ。あれは戦闘狂だよ。スクアー。あれは戦争が生んだ化け物だ」
「でしょうね。昔からあいつはそんな女でした」
スクアー。あの女騎士の血走った目。冗談ではない。
「どんな攻撃も避けられたよ。あんなに本気になったのは久しぶりだ」
「へぇ? 隊長を本気に……」
「とはいえ、スクアーは本気を出してこなかった」
ユウタは驚くしかない。あの戦いが本気ではない!?
「と、言うと?」
「本気ならばあたいらをむざむざと逃がすまい?」
「確かに」
ユウタにはもう黙っておくつもりはなかった。ユウタはザンナに食って掛かる。
「で、どうするんだザンナ隊長? もう一度古城に襲撃をかけるのか?」
もう一度、城を襲撃して伯爵の首を取る。手柄にする!
「はぁ? ユウタあなた何を言ってるの?」
ユウタにはアークィの視線が痛い。ユウタにはその思いが判らない。
「そう逸るなユウタ。一度、都に戻る。そのふざけたスクアーの手下を討ち取ろう。都の救援に向かうぞ」
白の槍を持つ騎士を討ち取る。ザンナはそう宣言する。
「とはいえ、都の連中には悪いが間に合わないかもしれんな。まぁ、それはそれで……手はある」
「まぁそうでしょうね。ザンナ隊長のことだし」
アークィが消極的な同意を示す。おそらく同意だとユウタには思える。
「そう言うことだアークィ。ユウタ、カナエも。続けて実戦だ。……できるな?」
「当然よ」
「はい!」
「……はい」
カナエが及び腰だ。ユウタにはそれが気にかかる。
「なんだカナエ。びびってるのか?」
だが、ユウタが声をかけるよりも先にヴォルペがカナエに助け舟を出していた。
「……いいえ」
「ユウタ。しっかり見ておけよ?」
違った。ヴォルペは茶化して遊んでいるだけ。
「ユウタは、ユウタは関係ありません!」
「それじゃ、俺がカナエちゃんのことも気にかけておいてやろう」
「え?」
ヴォルペの言葉にカナエが一瞬、返事に詰まる。
「不満か?」
「いいえ……でも」
カナエは言いよどむ。
「でも?」
「私も一人でやれます!」
カナエは胸を張って言い張った。珍しい事。ユウタには出来ない芸当かもしれない。さすが人生の先輩ヴォルペだと思う。
「良い目だ。その目を忘れるなよ?」
「はい」
「相手は槍使いだ。後れを取るな」
「判ってます」
「よし、頑張れ」
カナエの表情から硬さが取れている。まだまだヴォルペには敵わない。ユウタが思う瞬間だ。
◇
「引っかかる」
「なにがです?」
「どうしたの? ザンナ隊長」
ザンナの呟きにヴォルペとアークィ。
「先ほどのユウタの進言だ。古城を再襲撃と言う手だ」
「ああ。まさか、都を放っておく気で?」
「まさか」
ザンナは大きく両の掌を上向きに掲げる。
「……引っかかるが、今更伯爵を追っても捕まるまい。きっともう古城からは逃げおせている」
「俺もそう思いますぜ」
「そりゃそうでしょうね。きっと領地にでも引っ込むんじゃない?」
当然の理屈だろう。もう陽動の意味がない。
──革命軍本隊の壊滅。その他に目的がないのであれば。
「伯爵が手勢をかき集めてか」
「そうね」
「だが、都の占領は無理だろう?」
「ですが、革命軍の勢力は確実に削げるでしょう?」
「確かに革命軍の勢いは削がれる。だが、本当に目的はそんなところにあったのか?」
「それは……」
アークィは答えに詰まる。
判らない。少なくともユウタには読めない。だが、都を取り戻す事は王党派にとっても悲願のはず。
「判らないわね、今は。なんとも言えないわよ。ただ、今は確実に厄介な敵を討ち取りに行きましょう? ね、隊長?」
「……そうだな」
そう。敵の幹部が一人で出ている。今は逆に好機だ。
「敵の動きは判るか? ヴォルペ」
「はい、斥候の話では例の街道を……」
「気付かれずに背後を取れるか? 近道は……」
「そうですね、ここからなら……」
◇
アークィは軍議には参加しない。してもほとんど飾りで口を挟まない。いつもの事だ。だから今はユウタとこんなやり取りが出来る。
「アークィがまともな事を言った!」
「何よユウタ、うるさいわね!? あなた人をなんだと!」
アークィが泡を飛ばして怒っている。ユウタはもう遅いと思いつつも、思わず両手で口を覆った。