夜陰と共に
夜陰に紛れて古城に忍び込む。とはいえ、見張りにばれずにそんな事が出来るのか?
ユウタはアークィに聞いてみる。
「夜でも射撃できるの?」
「乙女の秘密よ」
ユウタは尋ねるが、はぐらかされた。でもアークィは特別夜目が利くのだろう。そうでなければ何かしらの遺産を所持しているのかもしれない。それこそ暗視ゴーグルのような。……ザンナもヴォルペのその件については触れない。だからユウタもそう思うことにする。
「ザンナ、大丈夫なの?」
「ヴォルペに任せてある」
ザンナの笑みが見える。なんとも嫌らしい笑いだ。
◇
蔦の這った古い石造りの城壁。
どうやって忍び込むのかと思えば、なんと正攻法だった。
風を切る音がする。
ドス!
右に立つ歩哨の兵士の胸に赤い刃が突き立った。そしてそのまま兵士は崩れ落ちる。
「敵襲──!」
そう口にしようとした左に立つ兵士の胸をヴォルペの青い剣が刺し貫く。ヴォルペは無造作にそれを引き抜き、続いて赤い剣も回収する。先ほどの兵士の叫びを聞いたのか、詰め所から王党派の兵士がわらわらと集まって来る。休んでいたのか、装備も適当だ。ただ、得物だけは持っている。剣、槍、斧。もしかして、ヴォルペは一人でそれを受け持つつもりなのだろうか?
ザンナは騒動の影から夜影を縫って彼らの脇をすり抜ける。その手際は実に慣れたものだ。
背後ではヴォルペの容赦ない攻撃──範囲攻撃の餌食となる人間の絶叫が闇に響き渡っている。確かに、「引き」としては充分だろう。そして、ヴォルペは強い。任せておいても大丈夫だ。
「押し込め! 賊は一人だ!」
その台詞からも察するに、敵はユウタ達に気付いていない。
「続けユウタ。騒ぎは勝手にヴォルペが起してくれる。今のうちに行くぞ」
◇
廊下を走る。ただ走る。時々立つ歩哨。彼らには不幸が待っている。
ザンナが歩哨の口を塞ぎ、脇腹から爪を引き抜く。一撃だ。歩哨は事切れている。
ユウタは倒れこむ歩哨の姿に一瞬怯む。
「何をしている、時間が勝負だ。行くぞユウタ」
ザンナが駆ける。ユウタも月明かりに照らされる古城の通路を駆けた。
巨大な両扉。そしてその奥にあると伯爵の寝所。全ては密偵の報告どおりだ。しかし、密偵の報告と違って気のせいか警備が手薄……。
両扉の前に立つ二人の兵士。
「手前をやれ。あたいは奥をやる」
「判った」
ザンナが音もなく駆ける。影が動く。気のせいだとか、眠気とでも思ったのか。兵士が目を擦る。それが命取りだった。
ユウタががら空きの左胸を突く。ザンナの爪が喉を抉る。ユウタは開いた手で歩哨の口を塞ぐ。歩哨は暫くバタバタとしていたが、それもやがて動かなくなる。
ザンナは両扉を押し開く。
「ユウタ、少しはやるようになったな」
すれ違いざまに聞いた言葉だ。
◇
両扉の奥は玉座の間だ。だが、深夜のこの時間に人の姿はない。
「こちらだ」
ザンナは滑るように影に溶け込む。
ユウタは続く。逸る気持ちを抑えながら。
敵の首魁、ペステ伯爵。その寝所は近い。
玉座の間の奥、伯爵の私室──寝所からは複数の寝息が聞こえる。おそらく、女性でも連れ込んでいるのだろう。
「容赦なく殺せ。一人も生かすな」
ザンナの冷酷な命令。ユウタは従うしかない。
皆、寝入っていた。
伯爵の顔は暗くて見えない。いや、いっそ見えないほうが良い。
ユウタは剣を振り上げ──布団に突き下ろす。途端に巻き上がる布団。うろたえるユウタ。
何とか布団を跳ね除けたとき、ユウタは真実を知る。緑髪の女、スクアー。
「ふん、また会ったな鼠」
「な、何事だスクアー!」
極度に肥満した体を揺らし醜い男が悲鳴を上げる。そして同時に上がる、見知らぬ女たちの悲鳴。
「敵襲ですよ、伯爵閣下」
この冴えないブ男がペステ伯爵らしい。
スクアーは露になった豊満な胸を隠そうともせず、下着一枚つけずに黒い剣をユウタに向けている。
「そして『血塗れの』ザンナ。今宵は良い夜だな」
「本当に」
「だが、無粋だ!」
弾きあう黒き剣と爪。
「ユウタ、伯爵をやれ!」
「は、はい!」
ユウタは伯爵に切りかかる。スクアー。あの恐ろしい女騎士はザンナに任せる。
怯える裸の女たちの影で、ユウタの一撃を伯爵は掴んだ王杓で剣を防ぐ。眩い光が飛んだ。この王杓も何らかの力を持っているのだろう。さもなくば、ユウタの魔剣を防げるはずが無いのだ。
「ペステ伯爵、覚悟! いざ、俺の手柄首!」
スクアーがユウタの手に負えない以上、ここは次点の伯爵を狙うしかない。今は伯爵の首を狩って賞金を得る。……これだ。
「冗談ではないわ小僧!」
伯爵はその巨体に似合わず、王杓を投げ捨て拾った剣を振るう。その剣技は見事。剣先はユウタの腹を薙ぐはずだった。だが、ユウタはその剣先を読んでいる。
俺のほうが強い──。ユウタは確信する。だが、ユウタは次の一撃を振るう事を躊躇う。大勢の人間の駆けつける足音を聞いたのだ。
玉座の方が騒がしい。騒ぎを聞きつけたのだろう。
「伯爵閣下、ご無事で!?」
青い鎧の騎士だった。
「ザンナ!」
ユウタは焦る。青い鎧の騎士の後ろには、無数の兵士がいる。
「ふん。勝負あったようね『血塗れの』」
スクアーは勝ち誇る。
「それはどうだか!」
ザンナはスクアー目掛けて雷の拳を振り上げ突進する。虚を突かれて一瞬スクアーの足が止まる。
ユウタは自分の体が浮くのを感じる。ザンナに腰を抱えられたのだ。
そしてザンナはユウタを抱えたまま跳ぶ。跳んで窓を突き破る。
って、ここは断崖絶壁の崖の上、しかもただでさえ三階だぞ!?
「バカな!」
スクアーの驚きの声だけが耳に入った。ユウタが耳にするのは風を切って落下する音と、ザンナの呟き。
「ちょっと作戦が強引だった?」
強引過ぎる。ユウタは思うも、ユウタに反論する機会は永久に訪れない。彼らはそのまま谷川に落ちたのだ。
城門に向けて白い光条が煌く。アークィだろう。作戦の成否は関係ない。谷川へのダイブが撤退先の合図だったのだから。
2016/09/18 ユウタの貪欲さに関して記述追加