剣と共に
「新手よザンナ隊長! 王党派! つけられていたのよ!」
土炎の中、アークィの悲鳴が聞こえる。 守護者の円柱に気を取られて気付くのが遅れた。
「判ってる! ヴォルペ、カナエ!!」
土炎の中から現れたのは三体。いや、三人の騎士。魔道機の騎士が三人だ。
騎士らが疾駆する。白い槍の騎士、そして青い鎧の騎士、そして新たに緑の髪の女騎士だ。女騎士、どこかで見覚えのある顔……。しかし、とっさにそれが誰なのかは出てこない。
ヴォルペの剣が白い槍を跳ね返す。ユウタを横たえたザンナが青鎧の騎士に殴りかかる。女騎士がアーィに迫る。アークィに剣が振り下ろされる。
「カナエ!」
起き上がったユウタは見る。銃身で受けようとしたアークィの目が見開かれているのを。鋼の槍がアークィと女騎士の間に割って入っていたのだ。
「アークィさん、下がって」
「カ、カナエ……」
アークィは九死に一生を得る。
「ほう? 小娘、貴様は私の邪魔をしようというのか」
意外そうな顔。女騎士の顔はそう見える。
女騎士の得物は曲刀。黒い剣だ。その刀身までも黒い剣は鋼を削る。鉄の焼ける音と共に火花が舞っている。
「小娘ぇ!」
女騎士の咆哮はカナエを槍ごと弾き飛ばす。カナエの小さな体は弾け飛び、床に転がる。
「カナエ!」
追いすがる女騎士。
ユウタは走る。
このままでは女騎士の刃は確実にカナエを貫く。その前にもう一歩、もう一歩でも早く。ユウタは駆ける。駆け抜ける。間に合え、間に合ってくれと足掻く。
「止めろぉ!」
そしてユウタの望みは叶う。再び金属の打ち合う音がする。
ユウタはカナエに向かって打ち下ろされる女騎士の斬撃を鋼の刃で受け止めたのだ。
「なんだ、今度は小僧か。……ここは子供しかおらぬのか」
「ユウタ……カナエ! 動けるなら手伝え!」
「うん!」
カナエが槍を構える。
「子供の首など取っても手柄にならん。──コルノ! グーショ!」
ヴォルペを相手取り槍を繰り出すコルノが応じる。
「スクアー様、こやつ中々の手練れでございます……!」
同じくザンナの紫電をなんとかしのいでいる青鎧のグーショが言う。
「スクアー様、このままではもちません!」
「ちっ……ええい、こうなれば!」
スクアー、そう呼ばれた赤鎧の女騎士は自分を取り囲むユウタとカナエを無視し、剣に向かって魔道機を走らせる。
「スクアーだと!? 王国四騎士の生き残り……!」
「そうだよ、覚えてくれて光栄だ『血塗れの』ザンナ。古代の遺産、頂いていく」
スクアーが剣に手を伸ばす。が、巻き起こる放電によりスクアーの手が弾かれる。
「何だと!?」
驚愕に見開かれるスクアーの両眼。
『少年、我を取れ』
また聞こえた。ユウタは声なき声を耳にする。ユウタは察する。剣だ。剣自身が意思を持っている。剣が話しかけて来ている──ユウタはそれを直感する。ユウタは駆けた。思い出した。スクアー。兵士斡旋所でみた張り紙にあった賞金首。目玉が飛び出るような金額。そう、彼女こそ倒すべき目標の一つだ。
「ユウタ!」
カナエの引き止める声。それさえ無視し、ユウタは剣に向かって駆ける。剣へ、すなわちスクアーのいる方向へ。
「ええい、手に入らぬならば破壊するまで!」
スクアーは黒いサーベルを剣に向かって振りかぶる。
「待て!」
「うるさいハエが!」
スクアーは剣に向けていたサーベルをユウタに向け直して薙ぎ払う。思わず仰け反るユウタ。軌道を無理やり捻じ曲げた恐るべき斬撃だった。強い。強すぎる。
『踏み込め少年』
また聞こえた。ユウタは導かれるまま、上体を起し剣に向けてなお走る。
『我を手にするのだ』
「させるか!」
右から来る! ユウタには判る。ユウタは体を捻りかわす。今度は左から。ユウタは鋼の剣で黒いサーベルを受ける。重い衝撃。なんと言う一撃だろうか。ユウタは思わず剣を取り落としそうになる。
「ええい、小僧! 邪魔をするな!」
スクアーがまたも剣を振りかぶる。そんなスクアーの鼻先を槍の穂先が掠める。カナエだ。繰り出されるカナエの一撃。一瞬の差だった。スクアーの動きが止まる。ユウタが剣の柄を握る。
「小娘ぇ!?」
スクアーの射殺すような視線にカナエが固まる。
『少年、汝に力を貸そう』
剣の意思がユウタの頭に流れ込む。圧倒的な力のイメージ。それは光。そしてその光は爆発的に膨れ上がって──。
辺りは白い光に包まれる。眩い光。憤怒に染まるスクアーの動きが止まる。槍を繰り出していたカナエの動きが止まる。死闘を繰り広げているザンナも、ヴォルペも、そしてコルノも、グーチョも。
大地が揺れた。遺跡が細かく振動している。
「コルノ、グーチョ! 撤退だ!!」
何を感じたのか、スクアーの叫び。
「皆伏せろ! ユウタの位置に集え!」
こちらは何を感じたのだろう。ザンナの一声。
大地の揺れは収まるばかりか振動は酷くなるばかり。天井が剥がれ落ちてくる。壁が崩落する。遺跡が崩れかかっているとしか思えない。
「ザンナ隊長」
「ヴォルペ、アークィ、それにカナエ、皆無事か?」
「隊長、遺跡が崩れますぜ」
「そうよ! あたしたちも逃げないと!」
「この遺産の周囲なら大丈夫だ。ほら、力場が働いているだろ?」
ユウタは見る。自分を中心にドーム上の何かが覆っている。瓦礫がそれに弾かれている。
「でも、このままじゃあたし達は生き埋めに!」
「今更慌てても同じだ。ここは最下層なのだろう?」
「だからあたしはこんなところ来るのは嫌だったのよ!」
「そんな事今更言っても仕方ないだろ? アークィ」
「うるさいわねヴォルペ! あなたと心中なんてまっぴらごめんよ! 絶対嫌!」
カナエがユウタの袖にしがみ付く。その体は心なしか震えている。
「そうでもないぞ? 光が見える」
「え?」
ザンナの言葉に上を見上げるアークィ。そしてユウタ。
「空……光だ……」
「良かったな、すり鉢状で。そして、力場が持って」
確かに微かな光がここには届いている。但し、瓦礫でその場は埋まっていたが。
「嬉しくないわよ! 生き埋めには違いないじゃないの! この瓦礫、どうやって退かすのよ!!」
「まぁそう言うなよアークィ。人間死ぬ気は死ぬんだ」
「だからヴォルペ、あなたと心中は嫌! 敵と相打ちになって死ぬならともかく、こんな死に方絶対に嫌!!」
「嫌われたもんだな、俺も」
「こんな事なら敵を一人でも殺しておくんだった」
相変わらず物騒なアークィ.だけどそれはただの強がりとしか見れない。
『少年、我を翳せ』
そんな時だ。ユウタの脳裏に言葉が響いたのは。
ユウタは剣引き抜き、剣を天に翳した。今日、幾度目かの眩い光。ユウタは余りの眩しさに目を覆う。その場にいた全員がその光に飲み込まれる。
──気付けば、崩落した遺跡の縁に全員が立っていた。
空間転移。または別の何か。
敵、スクアーらがどうなったのかは知る余地もない。だがユウタは実感する。自分達は助かったのだと。だが思う。あれだけの賞金首が易々と死ぬわけが無いとも。
2016/09/18 スクアーに関する記述の追加