遺産と共に
「ここは……」
ユウタは思わず声を漏らしていた。
それもそのはず、広間に入ったユウタらの目の前には青白く明滅する円柱が立っていたのだ。円柱が立つのは部屋の中央。その青白い円柱には人間のような目玉が一つある。拳ほどある大きな目玉だ。それがギョロギョロと蠢いている。生きているのだ、この円柱は。
「『守護者の円柱』」
アークィが呻く。
「アークィ、あれを知っているの?」
「当然よ」
立派な胸が張られる。
「名前の通り、遺跡の守護者だよユウタ」
「ヴォルペさん」
ユウタの問いにはヴォルペが答えていた。
「ユウタ、良かったわね。あなたの功績よ。ここがこの遺跡の中心部。必ずここに何かあるわ」
「だな」
アークィの笑顔。最後の難関を倒しても居ないのに、話は既に遺産の話となっている。
「さてさて、こいつは何を守っているのやら」
「ふん、極上の遺産に違いないわ」
「その根拠は?」
「女の、このあたしの勘よ」
アークィは鼻息も荒く言ってのける。張られた胸はそれこそ裂けそうなほど強く自己主張していた。
「遺跡探索に反対していたくせに、よく言うよ」
「それとこれとは別よ」
アークィはケチをつけるヴォルペに食って掛かる。
「アークィ、ヴォルペ。油断するな」
「そんなの当たり前じゃないザンナ隊長。でも、あたしの出番はなさそうね」
s-くぃは空き放題言っていた。
「ユウタ、カナエ、行けるな? ……だが、無理はするな。麻痺攻撃をしてくるはずだ」
ザンナは『守護者の円柱』について教えてくれた。目玉を一つ持つ円柱。伸びる触手。そしてザンナの電光のように痺れる毒の事を。
「判った。でも用は当たらなければ良いんだろ?」
相手は見たこともない気色の悪い化け物。だがユウタは簡単に言う。それもそうだ。だって円柱は動かないらしいのだ。だったらアークィが遠距離から仕留めると良いに決まっている。
「大口叩くわねユウタ」
「アークィが遠距離から仕留めればいいじゃないか」
当然の意見をユウタは言う。
「効かないのよ」
「え?」
ユウタは両目をこれでもかと見開く。
「光弾が曲げられるの」
「……」
アークィの、銃が効かない?
「聞いていなかったの? だからザンナ隊長はあなた達にも攻撃指示を出していたでしょ?」
ユウタは言葉が無かった。光学兵器を曲げる磁場? 判らない。ユウタの乏しい科学知識では何も判らない。ああ、もっと勉強しておくべきだった……。
「だから、直接攻撃頑張ってね」
アークィはこれでもかと最高の笑顔を見せてくれる。
「そこでそんな顔しなくても……」
「大丈夫。死んだら悲しんであげるから」
実に慈愛に満ちた、それでいて嬉しくない笑みだ。
「嬉しくないよ」
「なによ! こんな美人がいつまでも覚えてあげるって言ってあげてるのよ!? 少しは感謝しなさいよ!」
アークィが足の裏を床に叩きつける。
「命を散らせた後で詩人の詩の中で永遠に生きるかもなのよ!? 言わば英雄よ!? 何が不満なの!!」
ユウタはしまったと思いつつも放っておくことにする。未だ世迷い事を言い続ける役に立たないアークィよりも、今はカナエを心配するべきだろう。アークィはまだ怒っているようだったが。無視だ無視。ユウタは無視を決め込む。
「カナエ、行ける?」
「うん、大丈夫。充分休んだから」
カナエの微笑み。
「そっか。でも、無理するなよ?」
「ユウタもね」
柔らかくカナエが首を傾げる。その顔には微笑が湛えられている。
「もちろんさ」
ユウタは力強く答える。カナエをの笑みを見るだけでユウタはなぜか安心できるのだ。
「ユウタ、カナエ。……二人とも良いか?」
既に二刀を抜き放ったヴォルペを脇に置き、ザンナが紫電を迸らせた籠手を見せながらユウタとカナエの二人に問うて来る。
「はい」
「大丈夫です」
二人の答えは決まっていた。しかし、どうやって戦うのか。ユウタには不安ではある。
「ヴォルペが仕掛ける。ユウタ、カナエ。二人はあたいらの脇について触手を払え。本体はあたいとヴォルペに任せろ」
四人で一気に片付けるのかと思ったが違った。盾の役目を与えられたのだ。
「ザンナとヴォルペを守ると良いの?」
「そうだ。出来るな?」
ユウタは頷く。カナエも同じだ。やるしかない。やってみるしかない。相手は見たこともない化け物だ。でも生きている。生きているなら殺せるはずなのだ。
「がんばれー」
アークィの軽く無責任な声援を受けながらヴォルペが仕掛ける。一刀、二刀。左右袈裟懸けに切り下ろす。ザンナが迫る。ザンナの強烈な打撃。円柱が曲がる。折れる。そんな二人に触手が迫る。鞭のようにしなり来る白い触手。思っていたよりも結構長い! しかも伸びて来る!?
ユウタは驚きつつもそれを切り落とす。カナエも必死に槍を振っている。
「くたばれ!」
「喰らえ!」
ヴォルペとザンナの猛攻は続く。ユウタとカナエの奮戦も続く。だが、そこまで強くは無い相手だ。やがて敵の一つ目が半眼となり……閉じる。嫌味な怪物だ。おそらく死んだのだろうとユウタは勝手に判断する。
「終わった?」
「バカ、まだだユウタ!」
ザンナが円柱に叩き込んだ拳を抜きながら叫ぶ。くの字に曲がっていた柱の目が開かれた。続けて柱全体に幾つもの目が開かれる。その目はなんと言うことか、赤く染まり目は真っ赤に充血して見える。
途端に何本もの触手が生まれ、それぞれが宙を走る。ユウタは動きを追う。触手の数が多すぎる! ユウタは取りこぼす。カナエも取りこぼす。そして触手はザンナとヴォルペを打った。
「痛ぇ!」
「っ!」
二人の動きが一瞬鈍る。
続く風を切る音。白い触手がユウタとカナエの腕にも爆ぜる。
「痛っ」
「きゃっ!?」
ビリビリと、筋肉の強張る衝撃。打たれた箇所から激痛が走る。ユウタは思わず剣を取り落とす。ユウタの耳に聞こえる金属音は二つ。ユウタの剣とカナエの槍が落ちる甲高い音だ。
「舐めるなぁああ!」
ヴォルペが吼え、剣が振るわれる。その度に触手がちぎれ、目が潰されてゆく。
「舐めていたのはお前だヴォルペ!!」
「すみません隊長」
「笑いながら謝るなヴォルペ」
「へいへい」
ザンナの一撃に柱が再度くの字に曲がる。目が潰れる。潰される。最初の目に拳が打ち込まれ、紫電が柱全体を襲ったときそれは始まる。柱がビクンビクンと痙攣を始めたのだ。
「ユウタ、カナエ!」
「はい!」
「判ってます!」
落とした剣を拾ったユウタは柱に剣を突き刺す。何度も何度も突く。カナエも赤く充血した目を狙い槍で何度も突いている。
「このぉ!」
触手に打たれた部分はまだ痛む。だが、ユウタは柱がただの肉の塊となるまで続ける。ザンナに止められるまでユウタは剣を振るい続ける。切る。突く。断つ! 円柱が凹む。千切れる。切り飛ばされる。白い体液が噴出す。そしてそれは解け崩れ、凄まじい異臭を放ちつつゴボゴボと
+自壊して行く。
「止めろユウタ。カナエもだ」
血走った目のカナエをユウタは見る。顔面を蒼白にして槍を振るい続けていたカナエ。もしかして自分も同じような顔をしているのだろうかとユウタは思い、剣を振るうのを止めた。
解け崩れた肉の塊の下から一本の剣が生えている。床に突き刺さった剣だ。化け物の中にあった剣。禍々しい、おぞましい……そんな想像からは程遠い白く輝く美しい両手剣だ。
『我を取れ』
ユウタは惹かれるように剣へ手を伸ばす。無意識だ。何故って、そう聞こえた気がしたから。ユウタの気のせいで無ければ、確かにユウタを剣が呼んでいたような気がするのだ。
ユウタは手を伸ばす。この剣に触りたい。自分のものにしたい。剣がユウタを欲している。呼んでいる。ユウタにはそう確信できる。ユウタは更に手を伸ばす。剣まであと少し──。
「避けろユウタ!」
ザンナの声。そして体当たり。ユウタは剣に触れることが出来ぬままザンナに突き飛ばされる。ユウタには一体何が起こったのか判らない。そしてヴォルペと誰かが切り結ぶ。剣と剣が打ち合う音を聞く。そして煌く光。アークィの銃の光条だ。たちまち壁が蒸発する。
「あなたは!」
アークィの叫び。
「ふん、悪運の強いこと。反逆者は反逆者らしく仲良く死ねば良かったのに」
もうもうと立ち昇る土炎の中から聞き慣れぬ女の声が響く。
「新たな遺産の発見、ご苦労なことだ反乱軍の諸君。しかし実に素晴らしい。この上ない成果だよ。さぞ伯爵閣下もお喜び下さるだろう」
やがてその土炎も晴れるときが来る。八本脚の魔道機の脚が見える。そして黒の刃を持つ曲刀を構え、真紅の甲冑を纏った緑髪の女騎士が姿を現したのだ。