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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第三章 戦場で
18/35

公爵と共に

 公爵の館の内部。それはそれは豪奢なものだった。この世の贅を極めたかのような煌びやかさ。だがそれは人がいてはじめて映えるもの。人の姿の無い今ではそれはただの過去の栄光だ。


 あの哀れな騎士の話だと、館の中に戦力が残っていない事が推察された。だが、用心には用心を重ねる。軍上層部は本隊ではなく遊撃隊に館への突入を命じたのだ。






 ユウタは扉を開ける。開ける。扉を開閉する音、仲間の行う同様の音が屋敷の各所から聞こえて来る。


 ──だが、ユウタがいくら探してもそれらしき人物の姿は見つからない。館の内部を駆ける。扉を開ける。見る。走る。……。この繰り返し。

 それらしき人物。それはエダ公爵のことである。急がねば日が暮れる。急がねば敵、公爵に逃げる機会を与えてしまう。

 何故ユウタらが屋敷内を探索しているのか。それはユウタらが魔道機を逃がしたからである。『遺産持ち』と遭遇する可能性。それを上層部は嫌ったのだ。だから本隊は屋敷の周囲を取り巻いている。誰も外に出れないように。そして、屋敷内は数人の使用人を除いてはほとんど無人だった。


「使用人の話では、公爵は外に出ていない──そうだったわね」

「うん」

「確かそう」


 ユウタとカナエは走るアークィの問いに軽く答える。


 遊撃隊の隊員は今、屋敷内の捜索に回っている。ザンナは隊を二つに分けた。

 ユウタとアークィ、そしてカナエ。その三人と残りの二人、ザンナとヴォルペとは別の分隊となっていた。今、二つの分隊が館の中を捜索している。


 ザンナらと出会う。


「居たか?」

「居ない」

「ちっ……何処に隠れた……まぁ良い、もう一度探す。お前達も他へ回れ!」


 ユウタ達はただザンナに従う。

 アークィ、そしてカナエと共にユウタは扉を蹴破る。そして贅を尽くした部屋の中を見回す。しかし居ない。見つからない。公爵の姿はどこにも無いのだ。先ほど巡ったときも何も無かった。倉庫。埃の積もる、蜘蛛の巣の張った倉庫……。


 その倉庫の奥の壁。その壁沿いにユウタはうっすらと積もった埃に足跡を見る。先ほども見た。だが、それは直ぐに公爵の存在には結びつかない──。


「行くわよユウタ」


 アークィが言い、カナエもそれに従おうとしたその時。ユウタは声を上げる。些細な異変に気付いたのだ。


「待って!」

「はぁ? 何言ってるのユウタ。ここにも何も無いじゃない」


 足跡。それは半分に切れていた。そう。壁の中に吸い込まれるように。


「アークィ」

「何よ」


 ユウタの時ならぬ低い声に、アークィは声を細らせ震わせる。


「ちょっと耳を貸して……」

「ぇ?」


 ユウタはアークィの耳に顔を寄せ、そしてなにやら囁く。それを見ていたカナエの顔がなぜか赤くなる。


「判った。ザンナ隊長を呼んでくるわ」

「頼む」


 小声でアークィ。アークィは二人に倉庫の監視を命じて去ってゆく。


「ユウタ?」


 カナエがキョトンとしている。

 ユウタは自分の想像を説明してみせる。カナエの表情が暗くなった。見る見る色を失って行くカナエの顔。


「それ、本当なのユウタ?」

「ああ。まず間違いない」

「じゃぁ、あの壁の向こうに公爵が……」


 そう。おそらく公爵はあの壁の向こう。隠し部屋でもあるのだろう。

 ヴォルペの話によると、公爵は武芸に秀でる訳でもなく、性格は穏やかで指して頭の回るほうでもないらしい。ならば、彼の取る手段は限られている。ユウタは思うのだ。エダ公爵は生まれる時代を間違った

。もっと平和な時代なら、王族の一人として安寧に人生を送れたに違いない。それだけの人なのだろう。そう警戒すべき人物でもないとユウタはヴォルペから聞かされていた。

 だが、ユウタは安全策をとる。自分らのみで踏み込んでも良かったが、アークィにザンナたちを呼びに行ってもらったのだ。


「カナエ、やっとこの任務も終わりだ」

「そうだね。ほっとしたよ」

「気が早いな。まだ安心するには早いとはおもう──」


 音がした。倉庫の奥から。そして現れたのは豪華な長衣を着込んだ初老の男性。血走った目で手には豪奢な造りの細剣(レイピア)を握っている。


「小僧! 私はお前達のせいで……!」


 一直線に駆けてくる初老の男。鋭い切っ先はユウタの喉元を狙って鈍く輝いている。肩の力を抜いてカナエと話し込んでいたユウタは反応が遅れる。ユウタは焦る。裏目に出た、安全策が裏目に……! 何とかしないと、そうだ、剣を……。

 そんなユウタの迷いをよそに、男の握る細剣は今にもユウタの喉元に吸い込まれて──。


 ブン! ギン!


 長物の振るわれる風を切る音がする。金属が擦れ弾ける音がした。細剣が宙に舞い、やがてそれは壁に突き刺さる。そして続くドン、という当て身の音。カナエだ。カナエとその槍がユウタを守ってくれた。倒れ蹲り咽る男。男は赤く染まりつつある手を押さえている。立ち上がるカナエ。ユウタは剣を抜いて逆にその男の喉下に剣を突きつける。


「エダ公爵ですね?」


 どこか頼りなさそうな貴族。それがユウタの第一印象だ。


「下郎に名乗る名など持たぬ!」


 眉を顰め、頑として言い張る男。だが名乗らないと言いつつも、その返事が男の身分を如実に示していた。


「カナエ、この人の両手を縛って。とりあえず止血もお願い」

「うん」


 カナエは縄を手にし、公爵の手を後ろ手に回し縛る。カナエは手馴れている。野山の獣を縛るときと同じ要領だから。


「革命など成功せぬ」


 公爵は吐き捨てるが、ユウタは答える言葉を持たない。どう答えろというのだろう。こんな時、どんな言葉をかけるべきなのか。


「革命など無駄だ。民草に何が出来る」


 ユウタは迷う。そんな事、言われても……。

 しばしの沈黙。その沈黙を破ったのは後ろから近づく足音だった。


「上が貴族でも、文民でも、政を実際で実際に動くのは役人だよ。貴族も執政官も飾りに過ぎない。王とてそれは同じ事であったはず」


 ザンナだ。アークィが連れてきたのだ。傍にはヴォルペもいる。


「お前は『血塗れの』ザンナ……私を、この私をどうするつもりだ」

「尋問の後に卿は革命反逆罪で裁かれる。人民法廷だ。とりあえずそこに出てもらう事になるだろう」


 ザンナの言葉に公爵はうなだれる。


「縛り首か……あるいは断頭台か……」

「さてね。それはあたいの知るところじゃない」


 公爵を立たせ、ヴォルペの手に渡すザンナ。そして剣を抜いたままのユウタの肩に手を乗せる。


「良くやったユウタ。それにカナエも。公爵を捕まえるとは、今回の勲一等はお前達で決定だな」


 ザンナの微笑み。部下を労う以上の何かをユウタは感じた。

登場人物・兵器等紹介


・ユウタ

 主人公。十五歳。黒髪黒目。やや黄色の肌。前世の記憶を持つ異世界人の転生体。前世では周囲の人々から白眼視され、酷く苛められていた。我々と同じ価値観を持っているが、前世の恨み辛みから随分と捻じ曲がってしまっているのかも知れない。

 剣使いである。後の先、いわゆる相手の行動の先読みをする能力を持つ。愛剣と呼ぶほどの武器はまだ持っていない。残念ながら本物語において彼のチート能力は、彼自身の身体能力の低さから最強足りえていない。


・カナエ

 黒髪黒目。十五歳。やや黄色の肌。前世の記憶を失った異世界人の転生体。前世ではその知性と美貌から周囲の人々の憧れを集めていた。ユウタと同じく、故郷の村では『神童』として大事にされ育つ。ユウタとは幼馴染、それもかなりべったりとした一心同体のような親密さである。常にユウタの事を気にかけている。

 槍使いである。ユウタと同じく後の先、相手の行動の先読みをする能力を持つ。愛槍と呼ぶほどの武器はまだ持っていない。


・ザンナ

 金髪青目。十九歳。白色の肌。女性。その童顔に似合わず、それなりに豊満な体型をしている。また革命軍に所属する遊撃部隊の隊長を務める。バトルスタイルはモンク。武装は『雷の爪』という武具であり、雷を纏った極めて希少な篭手である。


・アークィ

 青髪緑目。十七歳。白色の肌。女性。ユウタ達二人に先輩風を吹かせる革命軍所属遊撃部隊員。革命初期からの古参であり、若輩のユウタ達を子供扱いする。ユウタとカナエを田舎者呼ばわりするが、実は自分も西部辺境の田舎が出身。武装は『審判の銃』と呼ばれる人外の力を持ったビーム兵器である。


・ヴォルペ

 赤髪青目の白い肌。二十歳。男性。革命軍所属遊撃部隊員の一人。飄々としているが、今のところ何を考えて居るのかわからない人。腰に二本の長剣を佩いている。とりあえずユウタとカナエをその剣技を持って鍛える。武装は二本の長剣『青の三日月』及び『赤の三日月』である。


・コルノ

 敵の隊長格であり、白い槍を持った『遺産使い』である。魔道機を駆る。白い槍の力をユウタは確認していない。


・グーショ

 青鎧の騎士。コルノ付きの副官。コルノと同じく魔道機を駆る。なかなかの実力を誇る。


・エダ公爵

 王族の血を引く者。王族であるが革命軍に降っていた。今回、いかなる理由か王党派に寝返り中央政府、すなわち革命軍に反旗を翻す。政治家としても貴族としても、また軍人としても凡庸な人間のようだ。


・槍

 カナエが初期に所持していたのはパイクと呼ばれる短槍である(第三章時点のカナエが所持しているのは長槍(ロングスピア))。また敵の騎士が所持しているものは長槍(ロングスピア)、もしくは馬上槍(ランス)である。


・ユウタの剣

 一応軍が採用する程度の強度を誇る一級品である。それはカナエの槍に対しても同様。


・魔道機

 八本脚の機動装甲多脚戦車とでも云うべき代物。(コア)を破壊するとその全機能を停止する。作中に登場するこの魔道機はどうやら試作品らしく、時折暴走するようだ。王党派の騎士はこれを馬の代わりにして騎乗していた。その数から見るに他の『古代の遺産』と違い、使用に関するハードルは低そうである。


・古代の遺産、遺産使い

 基本的にザンナやアークィらの持つ異様な力を持った武器の総称。もしくはその使い手の事。前述の魔道機もこれに含まれるが、より一般的にチューニングされているものとそうでないものがあるらしい。前者、『雷の爪』『審判の銃』などは使用者を厳密に選び、後者『魔道機』のように使用者をほぼ選ばないものもある。主に遺跡より発掘される。

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