仲間と共に
馬車を操りながらザンナはその言葉を口にする。
「敵の待ち伏せを疑え」
「……どうして?」
ユウタはたいした考えも無しに聞く。アークィとヴォルペが顔を見合わせ溜息をつき、カナエの目が丸くなる。ユウタに対するザンナの回答は簡単だ。
「敵にとって、アークィの銃が一番の脅威だからに決まっている」
「それもそっか」
ユウタの脳裏に蘇る光条。あの眩い輝き。あれを脅威と呼ばずして何を脅威と呼べば良いのか。ユウタがあれこれ考えていると、ザンナはまだ道半ばだというのに馬車を停める。
「森の両側から挟み撃ち、もしくは森の出口で待ち伏せ。……その可能性が一番高い。皆、馬車から下りろ。ここからはアークィを中心に円陣を。馬車はここで捨てて行く」
御者台から飛び降りたザンナの言葉。それにヴォルペの悪態が続く。
「へいへい」
「ヴォルペ、シャキッとしなさいよね!」
「元気だねぇ、守られるだけのお姫さんは」
「何ですって!? 後で覚えておきなさいよヴォルペ!」
「おお、怖い怖い」
そんなヴォルペにアークィは真っ先に噛み付いている。対するヴォルペは何処吹く風だ。
「貴様らいい加減にしろ! ここは敵地だぞ!」
「へいへい」
「ヴォルペ、あなたのせいで怒られたじゃない」
「知らね」
ザンナの叱責にも拘らず、馬車から降りた二人はまだ言い争っている。ユウタはそんな二人を横目にザンナへ尋ねる。
「それにしても、どうしてこんな場所で降りるわけ?」
「ここからは徒歩で良い。もう充分に本隊との距離は稼いだはずだ。あたいらが露払いをする。戦の勝利と公爵捕縛の手柄は本隊に任せる」
ユウタが何か言う前に、機先を制して抗議の声を上げたのはアークィが先だった。
「えー!? 一番頑張ってるのあたしたちなのに!」
「いつもの事だ」
「ま、そうだ」
ザンナの言にヴォルペが同意する。
「でも」
「諦めろアークィ。俺達の仕事はこんなものだろ?」
本当に諦めきったようなヴォルペの声。
「まぁ、仕方ないわね。あたしたちの仕事はいつもこんな役回りだもの」
アークィが肩を落としている。アークィのいうことが真実であるのなら、これはやっても報われない仕事。認められない英雄的行為。ユウタは何か残念なものも感じたが、気にしないことにする。
鳥の声がする。獣の鳴く声がする。そんな暗い森を両側に囲まれた道をユウタらは進む。アークィが中央、ザンナが先頭、ヴォルペが殿、そしてユウタとカナエでアークィを挟んでいる。
「もう直ぐ森を抜ける。公爵邸が見えるぞ。気を引き締めろ」
森が開け、白壁の大きな屋敷が視界に入る。
「なんて贅沢な館なのかしら」
アークィの真っ直ぐな感想。そしてそれはユウタの思うところと同じでもある。まず門構えが立派だ。庭園が整備されている。そして白い壁と橙色の瓦屋根が眩しい。充分に立派と言っても差し支えないだろうと思える。
「さてな。エダ公爵の事は詳しく知らない。ただ、傍系でしかも末席とはいえ、王家の血の混じる公爵を名乗っていただけの事はあってそれなりの家格を保っているらしい」
「ヴォルペ。あなた詳しいわね」
「オレは熱狂的な貴族社会の好事家なんだよ」
少し自慢げにヴォルペが答えている。好事家だと言う自身の主張に嘘はないらしい。
「何のために?」
「そりゃ、趣味だ」
「あっそ」
「んで、今回の反乱もその王家の誇りとやらが関係していると思う?」
「そうだな。実力と誇りを履き違える人物は多いからな。エダ公爵もその一人なんだろうよ」
そんな時。突如、先頭のザンナが左手で皆を制する。
「黙れ二人とも」
ザンナは短くそう言うと、そのままザンナはアークィに目配せする。
アークィの抜き撃ちからの速射。森の一部に眩い閃光が走る。白い残光。悲鳴と誘爆音が続く。
──伏兵だ! 伏兵が居る!
ユウタは遅まきながらに察する。ザンナとヴォルペは既に当然抜刀していた。
「ユウタ、カナエ! 来るぞ、備えろ!」
「は、はい!」
森の切れ目から現れ、滑る来るのは以前見た八本足の魔道機を駆る騎士四体。こちらより人数が一人少ない。慌て驚きつつもユウタは剣を抜く。カナエが槍を構えて腰を低く落とすのが見える。
「アークィ、好きに任せる。残りの者は応戦しろ! あたいは先頭の白いのを貰う!」
敵の動きは早い。滑るように滑走してくる異形の騎士達。前回逃した数より多い。やはり敵はまだ戦力を伏せていたのだろう。
「賊徒め、このコルノ様が成敗してくれる!」
ユウタはなぜか安心する。白い槍を持った騎士が鉄仮面の下から張り上げた声を聞いた。ただそれだけの事なのに、敵が生きた人間と言う事に安心したのだ。
「コルノ様、逆賊の相手はこのグーチョが」
先の白い槍の騎士とは別の、青い鎧を着た騎士のやや興奮した声がする。
「自惚れるなグーチョ。皆で当たるぞ」
対するは白い槍を持った騎士の平たい声。青い鎧の騎士の上官は冷静な人間のようだ。
「は」
コルノと呼ばれた白い槍の騎士と青い鎧のグーチョと呼ばれた騎士。この二人が中心の部隊なのだろう。
「ユウタ、カナエ気を付けろ! あのコルノとか言う男の槍……遺産だ」
古代の遺産だと云う白い槍。その穂先は陽光を受けて禍々しい光を照り返している。
魔道機が疾駆する。地に土炎が走る。待ち伏せを見破られ、一人やられたというのにその四人に迷いの色は見えない。四人の統率は恐るべきものだと言える。ユウタは見る。四人の槍が同時にザンナに襲い来る軌跡を。
「ザンナ隊長!」
思わずユウタは叫ぶ。
「そうか貴様があの悪名高いザンナか! ……これが革命軍の暗殺部隊……。薄汚い野良犬共め!」
コルノらの繰り出す槍。それはザンナに収束して──地が爆ぜる。ザンナは跳んでかわす。続く連撃に次ぐ連撃。やはりザンナは転んでかわす。ヴォルペが脇から剣で凪ぐ。だがそれは魔道機の脚によって弾かれる。カナエが突く。それは虚しく宙を切る。ユウタが切りかかるも魔道機の腕に弾かれる。
ザンナは右脇の一体に狙いを絞る。紫電を纏った一打。それが魔道機の脚に吸い込まれ、脚を止めさせる。
「アークィ!」
ザンナの声と共にアークィの乱射。数条の光が爆ぜる。鋭角に転回し後ろに回りもうとしていた敵の動きが鈍る。その間にヴォルペが魔道機の脚を切り飛ばす。腕を破壊する。カナエが突き出した槍はまた宙を切っていたが牽制にはなっている。ユウタの剣撃もそれは同じといえる。敵も一団となって来た。ならば、こちらも一団となって。ただ、どちらも体制は大きく乱れる。
白い槍が赤い軌跡を纏ってザンナに迫る。右の敵に止めを刺そうとしていたザンナはそれを腕で弾き、大きく跳び退る。戦場に一瞬の静寂があった。
「ユウタ、カナエ、アークィを守り少し下がってろ。ヴォルペ、行くぞ! 白い槍持ちを討つ!」
「応!」
ザンナが白い槍持ち騎士、コルノに標準を定める。二人掛りだ。即座に神速の攻防が繰り返される。
ザンナとヴォルペが一人に狙いを定めたという事は、即ち残りはこちらへ──。
ユウタは見る。カナエと自分に迫る三体それぞれの騎士の槍の軌道と軌跡を。
「カナエ、来るぞ!」
「うん!」
カナエの声が若干震えている。
「させるかぁ!」
アークィが再び銃を乱射する。飛び交う光。その内の一発は幸運にもヴォルペの手によって損壊していた一体の魔道機の別の脚を掠め、蒸発させる。激しく投げ出され、落馬しそのまま動かなくなる騎士。ユウタは別の騎士の繰り出した槍を避ける、魔道機の腕を避ける。そんな中、ユウタはカナエの短い悲鳴を聞く。見ればカナエが転がって青鎧の騎士の槍と魔道機の腕をかわしている。
「このグーチョ様の槍を避けるとは小娘、貴様中々やるのである!」
カナエの目の前にいる青い鎧の騎士。その名をグーチョというらしい。とはいえ名前が判ったからと言って何だというのか。カナエは依然として危機にある。
だがユウタは目の前の騎士に集中する。槍の動きを読み、魔道機の動きを読み。ユウタは敵の攻撃を剣で受け流しつつ紙一重でかわす。加速度の乗った一撃が重い。ザンナが脚に一撃を加えていた騎士の魔道機が相手だとはいえ、やはり手に負えない。きっとカナエも同じに違いない。だからユウタは歯を食いしばって頑張る。ユウタは思う。自分が頑張らなければカナエが危なくなると。
「もっと大きな隙を作って!」
出た。アークィの無理な注文。ユウタは思う。それが出来るなら当の昔にやっている。前回と同じ事を? やれるか? ユウタは試そうと行動に移る。敵の動き読む。行動をなぞる。剣で払い、衝撃を流す。ビリビリと痺れる腕。ジリ貧だろう。
幾度目の攻防だろう。ユウタは敵の軌跡に乱れを見る。
「アークィ!」
ユウタは先に叫んでから剣を魔道機の脚の関節に叩き込む。脚の動き辿る軌跡は読んでいた。ユウタの手に伝わる肉を抉る感触。確かに手ごたえ有り! 敵がぐら付き、敵の槍の穂先が鈍る。そしてアークィはその隙を逃さない。
「避けてユウタァ!」
迸る光条。ユウタはとっさに仰け反る。と、その鼻先を掠めて光が魔道機の上に座する騎士の上体を消し飛ばしていた。
「コルノ様! 不利でございます!!」
「グーチョ、引くぞ! 公爵閣下への義理は果たした」
「は!」
青い鎧の騎士の焦りの声に始めの白い槍の騎士の平坦な声が被る。
「勝負は預ける! 血に飢えた野良犬共め!」
青い騎士は血の気も多いが決断後の行動も早かった。青い鎧の騎士の槍はカナエを弾き飛ばすと、そのままの勢いで後方に逃走を図る。見れば、白い槍の騎士も同じだ。ザンナとヴォルペの猛攻に耐えながら逃走を図っている。今、ヴォルペの二重の剣が弾かれた。
「逃がすなアークィ!」
ザンナが吼える。
「判ってる!」
白く太い光条が伸びる。その青い鎧の騎士が……居ない? 青い鎧と白い槍の騎士。その二人の去り際は見事の一言。弾き飛ばされたカナエは蹲ったまま動かない。同じく攻撃の機会を失ったヴォルペも二の足を踏んでいる。
遠くには白と青の影。ただ、そちらは公爵の館の方向ではない。本当に彼らは逃げ出したらしい。
「くっそ! あたいとヴォルペで倒せないとは!!」
「しくじった。悪ぃ隊長」
「ごめん。あたしも外したみたい」
ザンナ、ヴォルペ。そしてアークィ。それぞれに敗戦の弁。もちろんユウタやカナエにも言い分はあるのだが、それには触れるまでも無い。今ユウタの胸のうちを占めるのは自分の実力がザンナやヴォルペ、そしてアークィに圧倒的に劣る事だけ。そしてもっと鍛えないと自分とカナエが死ぬという未来だけだ。
「アークィ。カナエを見てくれ。そしてヴォルペ。その落馬した騎士に息はあるか?」
「はい? コイツですか? 何か情報持ってますかねぇ……」
「ザンナ隊長。そんな敗残兵、サクッと殺しちゃえば良いのに」
アークィが物騒な台詞を吐く。
「アークィ。この騎士の事は良いからお前は命令に従え」
「……判りました」
アークィは仕方なく、そしてユウタは駆け足でカナエの傍に寄る。
「大丈夫かカナエ!」
「う、うん」
ユウタはカナエの手をとり握り締める。伝わって来る温もり。ユウタは少し安心する。それに良かった。カナエが返事をしてくれる。カナエは青い鎧の騎士から派手に弾き飛ばされていたからユウタは正直心配だった。だが、そんなユウタは気付けない。アークィの視線がその繋がれた手に釘付けになっていた事を。
「あなた達、本当に仲が良いわね」
16/08/30 アークィの台詞を中心に修正