血風と共に
前稿「狼煙と共に」の後半部分を切り離した上で大幅に加筆・改稿したものとなります。
戦端はたちまち開かれる。疾駆する敵の魔道機。その数はなんと六……八……十!? 多い。先ほどの村がこの数の魔道機に襲われたのだとしたら、確かに味方はひとたまりも無かっただろう。
「機獣型の『古代の遺産』……魔道機か!」
「隊長、どうします? これだけの数の魔道機ですぜ?」
「決まってるじゃない。皆あたしの盾になってよね。あたしが残らず消し炭に変えてやるんだから」
それはザンナの言葉。ヴォルペの笑い、そしてアークィの噛み付き。
「ユウタ、カナエ! 判っているな、全員アークィの盾となれ!」
ザンナの号令で皆の顔つきが変わった。ユウタも身を引き締める。
「カナエ」
「判ってる。時間を稼ぐ?」
ユウタはカナエと目配せし、短く言葉を交わす。敵の先頭はもう目と鼻の先にいる。
「もちろん。俺よりアークィを頼む」
「判った」
カナエは言葉を返し、槍を構え敵の突撃に備える。槍を持つ手が震えている。ユウタも抜いた剣を今一度、握り直す。
ユウタは戦闘との距離を測る。いや、測るまでも無かった。一番御しやすいと見たのか、先頭の敵はユウタに狙いを定めたらしい。
来る、来る。敵がユウタ目掛けてやって来る。ユウタに迫り来る鉄の騎馬。いや、この魔道機は騎獣と呼ぶべきだろうか。なんと形容したら良いのだろう。八足歩行……いや、走行する装甲機獣。上半身に当たる操縦席に当たる部分は丸出しだ。装甲版の欠片もない。ただあるのは中央の本体に取り付けられた鉤爪状の突起を持つ一対の凶悪な両腕。そしてその八足走行する重量感この上ない両太い足。味方の一般兵が一矢も報いずたちまちのうちに敗走するのも無理は無い。先ほどの村がなす術も無く蹂躙されたのも頷ける。
「エダ公爵……面白い玩具を手に入れたようじゃないか」
ザンナが両腕に雷を纏わせながら、そう呻く。
「行くぜ隊長!」
「ああ! 行け! 行って、あたいの遊撃隊の力を見せろ!!」
言うが早いかザンナは駆ける。ヴォルペと同時に駆けて行く。迷いの無い動き。その迷いの無さこそ、二人ともに実戦慣れした戦士の証に違いなかった。
だが、ユウタはそんな事に構っていられない。その八本足の敵は今、ユウタの目の前なのだ。敵は右からやって来る。ユウタは剣を振るう。派手な金属音と共に右から来た騎士の槍をなんとかかわす。ユウタの腕が痺れる。機獣の加速度の乗った酷く重い槍だ。痺れて当たり前。そしてその刺突は紙一重。ユウタは思う。気を抜いたら負けると。そう思った瞬間だ。間髪居れずに太い機獣の腕がユウタを薙ぎに来る。ユウタはとっさに転がり機獣の腕に空を切らせる。
いけない。直ぐに起き上がりつつユウタは焦る。敵は騎手の槍だけではない。機獣の動きも読まないと。ユウタを通り過ぎた機獣は鋭角の急転回。仕留め損なったユウタ目掛けて再び鋼鉄の機獣は疾駆する。右、左、右。そのどれもにユウタは二つの線を見る。全て騎士の槍と同時に機獣の腕の軌跡だ。ユウタは先を読み始める。ユウタの剣がまた槍を打ち払う。空振る敵の槍。ユウタは槍の重みを何とか殺しつつ、同時に機獣の腕をも避ける。幸いにも敵の攻撃は当たらない。だが長くは続けられない。ユウタはそう確信するも、
「かわしてみせる! 抜かせるかよ!」と自らに気合を入れずには居られない。
自身の読みどおりに右、左、右と敵を翻弄するユウタ。その度に機獣は唸りを上げ鋭角に急転回。変わらずユウタに向かって来続ける。敵はユウタに喰らい付いてくれている。一体だけとは言え、ユウタは敵を釘付けにしている。アークィだけが頼みの綱だ。ユウタは祈る。俺が何と持たせている内に何とか頼むとユウタは祈る。神や悪魔など信じない。だがユウタにはアークィの実力だけは信じられる。
「ユウタ! そのまま敵を足止めしろ!!」
ユウタの耳にザンナの声だけが聞こえた。
「おおおおおお!」
ユウタは吼える。
ユウタには判る。次は機獣の槍が左方から来るはず。同時に機獣は腕で切り裂きを試みてくるはずだ。来る。予想通りの敵の軌道。ユウタはまたも剣を敵の槍目掛けて打ち振るう。力任せに振るって槍に打ち付ける。弾ける火花。物凄い加速度に押されるユウタ。ユウタはその衝撃に体を持っていかれそうになりながらも続く機獣の腕をも紙一重で転がりかわす。やはり危ない。槍をよければ腕が来る。腕をよければ槍が来る。だが、ユウタにはどちらの軌道も予測する。ユウタに出来る事。それは敵の攻撃を続けることだ。攻撃をかわし続けなければ明日は無い。
「おのれ小僧! いい加減に死ね!」
こうして敵がユウタに喰らい付いてくれる限り、機獣の騎士がアークィに隙を見せる瞬間があるはず。ユウタはそれを待つ。信じて待つ。懲りない敵はまたも鋭角に急転回。敵は今度こそユウタを踏み潰そうと右から突進して来ると見た。ユウタには見える。ユウタはわざと体を左に傾け待つ。それがユウタの右を行く機獣との距離を大にすると知って待つ。その僅かな距離こそユウタに取っては微かな希望。敵にとっては大きな誤算。後方のアークィを信じよう。斜線は必ず通るはず。
「アークィ!!」
ユウタは叫ぶ。瞬間、ユウタは後方で輝く光を見る。
人一人ほどの幅を持つ光条がユウタの右側面を掠め、ユウタの髪が荷電粒子の余韻で舞い上がる。
「うわぁぁぁああ!! ああああああああああああああ!!」
そして巻き上がる悲鳴と爆発音。アークィの放つ光弾は見事に敵を機獣ごと呑み込み弾けさせる。機獣は最後の力を振り絞り、炎の渦を口らしき箇所から生まれさせようとする。危険を察したユウタは自ら跳んだ。間一髪。炎の矢はユウタの足元を掠める。その矢は遥か遠方に着弾し轟炎を上げる。跳び上がったユウタはその勢いもそのままに、未だ煙を上げ続ける機獣の上部に飛び込み垂直に──無防備な敵兵の首の後ろ目掛けて──剣先を突き下ろす。沈黙。ある意味、当然の帰結と言える。だが、ユウタだけは知っている。それが幸運の産物であると言う事を。だからユウタの剣は機獣に深々と突き刺さり、結果として八足の機獣の核をも砕く。ユウタはそれでも力任せに剣を振るい続ける。力の加減が判らない。止まれ、止まれ、止まれと祈り、ユウタはただただ剣を振るい続ける。
やがて機獣は力尽きたのか、未だ走行していた機獣の膝が突然折れる。急制動をかけたように機獣は止まる。勢いあまってユウタは飛ばされ──いや、剣を引き抜き跳んでいた。何とかユウタは着地する。ユウタは敵を倒したことに安堵し、命のあることに感謝した。だがいつまでも安心しては居られない。次の相手を探す。アークィを見る。カナエを見る。アークィの傍、カナエの直ぐ目前に敵が迫っている。敵の線はカナエの胴を狙っていた。そのまま跳ね飛ばすつもりと見える。機獣が唸りを上げてカナエの元へと疾駆する。ユウタは駆ける。間に合えとユウタは駆けるが、その距離は絶望的だ。カナエやアークィを守らねば。ユウタは叫ぶ。ユウタの脳裏に前世の事故の瞬間が重なった。
「カナエ! アークィ!!」
カナエと敵の槍が交差する。派手な金属音と共に大きく血飛沫が舞っていた。
「カナエ!」
機獣がカナエの横を駆け抜ける。そしてユウタは見る。折れた槍の突き刺さった騎士が転がり落ちるのを。
宙に舞った大量の血飛沫は敵の騎士の血であり、そしてカナエの血であった。敵の槍は浅くカナエの皮膚を裂いたのみ。ユウタはその事実に安堵するどころか激怒する。
放たれる光条、輝く光弾。騎士の居なくなった機獣は爆散する。アークィが騎士の居なくなった機獣を掃射したのだ。
「カナエ! やるじゃないの、あなた」
「……」
アークィの賛辞にカナエの言葉は無い。カナエの顔は蒼白だ。あるのは己が人を殺したと言う事実のみと思われた。初めての実戦。迫り来る敵の恐怖。己の槍が敵の鎧を貫き、肉を抉ったその感触。そして改めて噛み締める殺人への実感だろう。
「カナエ!」
「……」
アークィの言葉にカナエは反応しない。自分が生き残った事への実感があるのか無いのか。それはカナエ自身にしかわからない。だが、ユウタは思う。カナエが騎士を一撃の下に倒したのは幸運のなせる業であると。でなければ、カナエがああも茫然自失となるはずが無い。
アークィは反応の薄いカナエに興味を無くしたのか、照れ隠しにヴォルベが対応していた機獣の上部、騎手目掛けて光弾を放つ。光はヴォルペの頭上すれすれを掠め、たちまちの内に機獣の騎手の上半身を消し飛ばす。
「俺まで殺す気かアークィ!?」
「あんたなら必ずよけるって信じていたわ。ヴォルペ」
言っていることは漫才だが、一瞬たりとも気が抜けない攻防だ。なぜならヴォルペも二刀を振るい、必死で敵の突進を削いでいたのだから。
一方でザンナは二体目になる機獣を相手にしている。力技で機獣の足を折っては動きを止め、騎手の位置まで駆け上がる。後は簡単だ。槍をかわして一撃の下にその電撃で騎手を仕留めるだけ。その早業と見事な手際、さすがは隊長だと言える。
「おおおおおお!」
動きの止まった戦場にユウタの雄叫びが轟く。
ユウタは駆ける。見方を次々に失った事で突撃を止めた機獣の騎士へと向かい駆ける。カナエはもう武器を持っていない。カナエはユウタ自身が守らねば。カナエを傷つけた憎い敵。ユウタは彼らを決して許さない。その背中をザンナの声が追う。
「止まれユウタ! 止まらないか!」
もちろんユウタには聞こえている。だがユウタには足を止める意思は無い。
「バカ者が! アークィ、残りを片付けろ!!」
飛び出そうとしていたユウタをザンナが止める。ユウタは怒りに身を忘れている。敵を倒す。カナエを守る。カナエを傷つけた敵を許さない。そんな心だ。アークィを守る。敵を倒してユウタ自身がこの世界で伸し上がる……そんな命令や表層の意識はユウタの心から消えていた。全てはカナエの血が引き金だ。カナエだけが自分の一番の理解者。そのカナエが傷ついた。それだけは絶対に許されない。
戦場を光が舞った。
結果、ユウタの突撃では無くアークィの放った光弾が敵の壊走を促す。
敵はこちらを弱兵と見ていたのだろう。敗走するときは見事である。反転し一目散に逃げ出してゆく。後は、アークィの独壇場だ。迸る光条と弾け飛ぶ八足の魔道機が光に呑まれる姿だけが観測できる。続き轟く爆発音。一つ、二つ……アークィの銃が光るたび、敵が光に呑まれゆく。
ユウタは追いかけたがそれが報われることは無い。ただ、ザンナの叱責だけがユウタを待っていた。
「命令無視をするなユウタ! 死にたいのか!!」
ザンナの言葉に一切の容赦は無い。
「もうこの銃は排熱しないと。銃が持たないわ。それにしても逃げ足が速いわね。何匹か逃しちゃった」
アークィが実に残念そうに言う。
「数が多かったな」
「そうねヴォルペ。また次の楽しみね」
「俺は敵の足しか切ってねぇ」
アークィに良い所を持っていかれたヴォルペの恨み節が続く。
「遊んでたの?」
「うるせぇよ」
この二人、今の闘いを楽しんでいる。ユウタにはとても真似できない感覚だと思えてならない。
「ユウタ、終わったね」
槍を失ったカナエがぽつりとユウタに言った。やっと言葉を発してくれたのだ。
「そうだな、生き残った」
ユウタはそれに優しく答える。出来る限り優しく。その黒く潤む目を見ながら、カナエの心を出来るだけ傷つけないように心を払って。
「うん!」
カナエの白い顔に笑いが戻る。
「傷は大丈夫か?」
「全然浅いよ」
カナエは微笑む。その煤けた笑顔がユウタにはとても眩しかった。