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ユウタとカナエのクロニクル  作者: 燈夜
第三章 戦場で
13/35

狼煙と共に

2016/08/20 後半部加筆修正を加えました。

 嵐の季節は突然にやって来る。

 兵舎の一室で夕食の準備を進めていたユウタとカナエの前に、遊撃隊隊長のザンナが現れたのだ。


「明朝出陣するぞ。ユウタ、カナエ。準備をしておけ」

「え?」


 本当に突然の命令だった。ザンナは金色の髪を振り乱し、常に鋭い目を更に冴えさせ二人に述べる。それこそ噛み締め、その意味を良く良く言い含めるように言葉にする。


「我が軍が前線で押されている。敵が新兵器を投入してきたらしい」

「新兵器……?」


 新兵器とは何だろう。


「何でも鉄の騎馬だという話だ。炎や氷の矢を吐くらしい。笑えるだろ? 『古代文明の遺産』かもしれないな」


 ザンナは笑っている。

 『古代文明の遺産』。近頃ユウタの心を揺れ動かす言葉。敵に『遺産持ち』が現れた。つまりそれは自分達遊撃隊の出番が来たと言う事に他ならない。ユウタは恐れよりも興味が先に出る。


「ユウタ……」


 カナエの声が震えている。見れば、包丁を持つカナエの手が止まっていた。


「大丈夫だよカナエ。無茶はしない」

「そうじゃなくて……」


 ユウタにはカナエの心配もわからなくもない。だが、これはユウタにとってチャンスに他ならないと言える。


「『遺産持ち』には『遺産持ち』をぶつける。つまり、我々遊撃隊の出番と言う訳だ」


 やっぱりだ。ヴォルペの言葉通り。ザンナはそうはっきりとユウタとカナエ、二人に告げる。


「ユウタ、カナエ。お前達に任せるのはアークィの援護だ。あれは狙撃こそ向いている。接近戦には弱い。そこを上手く補ってやってくれ。よろしく頼む。出発は明朝だ」


 ユウタは逸り、カナエは息を呑む。今夜の夕食はそれぞれに味の違うものとなるだろう。




 二頭立ての馬車が駆け、焼かれた村を五人は見る。未だ燻る住居の跡から木と肉の焼ける匂いがする。原因は判っている。敵の仕業だ。ユウタが地面を見て思うのは、道路に複数の轍の跡がある事。馬車の轍では決して無い。何か小回りの利く物が細かく移動した形跡があるのだ。


「この轍の跡……何だろう」

「数が多いな。思ったより大仕事になるのかもしれない」


 悲惨……そんな事場で片付けても良いのだろうか。戦闘員だけではなく、老人、小さな子供から女性まで残らず無残に殺されている。蹂躙された。正にその形容が相応しい。

 死体に大きな穴の開いているものもある。四肢の千切れたものもある。死は誰にでも平等に訪れている。ユウタとカナエはそれを冷たく眺める。弱いから負ける。殺される。……それだけの事。ユウタ達は良く知っている。その現実から目を背ける事こそ逃避なのだから。

 とにかく革命軍の兵士と村人が一方的に殺されている。見れば、敵軍らしきものの死傷者は影すらない。戦闘、いや虐殺はどうやら一方的なものだったようだ。


 そんな中、一行は一人の兵士を拾う。


「しっかりしろ。この村で何があった」


 一人の兵士を抱き起すザンナ。幸いにもこの男、革命軍の兵士にはまだ息がある。ザンナはまるで赤子を抱くように、命の炎が尽き掛けている兵士を胸に掻き抱く。服が血で汚れるも、ザンナに気にした様子は無い。


「気をつけろ……鋼鉄の蜘蛛が……炎を吐いて村を……」

「判った。すまない。もう話さなくて良い」


 ザンナが瀕死の兵士を横たえる。この兵士は助からない。ザンナは知っている。だからザンナはその兵士の喉を掻く。鮮血が溢れ出る。ザンナの腕の一閃と共に、金の髪が大きく揺れる。慈悲の一撃だった。


「見たかユウタ。カナエ。……これが戦場だ」


 ザンナは事切れた兵士の瞼をそっと閉じる。


「お前の代わりに革命はこの私が成し遂げてみせる。だから今は眠れ」


 ユウタは息を呑む。だが、彼にも判っていた。あの兵士は助からない。カナエも目を背けない。それがどんな生き物でも死は日常なのだ。判ってはいても……人が死ぬのは辛い。


「エダ公爵。革命軍に恭順していたが裏切ったようだな。おおかた今回の仕事の元になる『古代の遺産』でも遺跡から掘り出したに違いない」


 カナエは吐き捨てる。


「エダ公爵は敵なのか?」


 簡単に人は裏切るものなのだろうか。その辺りがユウタには良く判らない。


「反革命勢力は全て敵だ。……例外は無い。かつて宮廷社会では裏切りは日常茶飯事だった。今回はたまたま血を見ただけ。貴族にとって政治とは遊びなのだろさ。だからエダ公爵はあたいらがこの手で粛清する」


 ザンナ。もっと穏便な方法は無いのだろうか。敵は全て叩き潰す。考え方は単純で簡単だが、実際それを実行するとなると骨が折れるだろうに。それに王は倒れたんだ。いつまでも革命前のやり方だとそのうち大きな反発があっても不思議じゃない。


「でもそれじゃ、少しでも反抗したものは……そんなやり方じゃ、革命はいつかきっと失敗する」

「革命軍には余裕が無い。それに革命の輸出を恐れた外国勢力も我が国に圧力を加え始めている。ここであたいら革命軍が手を抜くわけにはいかない。革命は必ず完遂する。裏切り者には死を。──それが、あたいらの鉄則だ」


 ザンナの目が語る強い意思。今のユウタには無いものだ。


「公爵が確実に裏切ったと言う証拠は無いんじゃ?」

「昨日の段階で伝令の者が伝えて来た。そういえば、説明がまだだったな」


 ザンナは「忘れていた」とでも言わんばかりにあっけらかんとしている。


「ユウタ、そのくらいにしておきな。敵は敵。そう思わないと死ぬぞ?」

「そうよ。敵は全て殲滅する。そう思っていないとヴォルペの言うとおり──死ぬわ」


 馬車の荷台でそれぞれの得物を手入れするヴォルペとアークィの瞳にも迷いは無かった。ただ、カナエだけがそっとユウタの掌に自分の掌を重ねてくれる。それがユウタにはとても暖かく感じれる。仕方のないことかもしれない。正はいつも死と隣り合わせ。そんな時代なのだから。だがユウタにはカナエの暖かさだけが安心できる。これもまた事実だ。


「公爵が強力な『古代の遺産』を遺跡から掘り出した? そしてその適格者がいる?」


 ユウタにはピンと来ない。遺跡から掘り出す……発掘だろうか。


「そうとも。公爵はそこでこの轍の元になる『古代の遺産』……おそらく魔道機を見つけ出した。おそらくその辺りが真相だろう」

「魔道機?」


 初めて聞く言葉だ。魔道。少なくともそう呼ばれるものがこの世界にはあるらしい。


「『古代の遺産』の中でも特に強力な物、大型の物をあたいらはそう呼んでいる」

「でも、その『古代の遺産』、魔道機でしたっけ。そんなもの一つ見つけ出したところでこんな事を引き起すとはとても思えない」


 ユウタは正直なところを述べた。ユウタは知っている、例えばアークィの持つような兵器があるのだ。あれがあれば、余程のことが無い限り公爵は裏切ろうなどとは毛程も思わないだろう。


「お前の目は節穴か? 何も見えていないのか?」


 目の前には無残な村の光景がある。轢殺された見る影も無い死体がある。それを見て判断しろと言うのだろう。敵の実力がいかほどだと言う事を。公爵に躊躇いも無く革命軍を裏切らせるに確信させただけの古代の遺産、魔道機。それは何だというのか。


 ──おそらく、発掘された『古代の遺産』は一つではない?


「エダ公爵領には大規模な古代遺跡がある。公爵はそこから発掘したのだろう。そこを王党派に付け入られたのだろうさ」


 王党派。ユウタ達革命軍の真の敵だ。


「付け入られた……唆された? それじゃ、公爵はただ騙されて……」

「騙される? 己の意思で時流をそう読んだのだろう? 選択したのだろう? だとしたら、その責は自らの血で購って貰うのが筋だ」


 ザンナの意思は硬い。裏切り者は許さない。


「あたいらの目的は一つ。死んで行った仲間のためにもこの革命を完遂する」


 ──そんな鉄の意志が感じ取れる瞳だった。





「戦闘がここでも! くそ、遅かったか……!」


 そのザンナの声に促されるようにユウタは前方に視線をやる。すと、恐るべき光景が広がっていた。燃える人馬、それらの横たわる累々たる友軍の屍。ユウタらの先に先行した別働隊に違いない。そしてここにも彼らの中に生者は居ない。


「戦場の跡……」


 ユウタは呻く。

 そしてその硫黄めいた臭いを放つ煙の中、ユウタはついに敵の姿を見たのだ。それは兵士の話にもあった蜘蛛型の魔道機。実に醜悪な姿だ。その蜘蛛型の魔道機の上には鎧を着込み、先端の鋭く尖った槍を手にした騎士らしき人の姿が見える。馬の代わりに魔道機へ騎乗しているのだろう。敵は複数。かなりの数だ。

 ユウタは何か言おうとして声が出ない。カラカラに乾いている。ユウタは自分が緊張でもしているのだろうかと己を疑う。

 カナエがユウタの手に己の掌を重ねるも、ユウタはそれに気付かない。いや、気付けない。

ユウタは恐ろしげで奇怪な敵の姿を見てからと言うもの、腕の震え、そして体の震えが止まらないでいる。

 途端、ユウタは背後に温かみと重みを感じた。特に背中に感じる重みのある感触。長い黒髪がユウタの頬を撫でる。えもいわれぬ香りがする。ここが戦場だということすら忘れそうな安心感に包まれる。ユウタには判る。カナエだ。ユウタの背にカナエがまるでユウタを抱きすくめるように負ぶさっていた。


「大丈夫、ユウタ」

「……カナエ」


 カナエの両手がユウタの胸に回される。

 ユウタの体から不思議と力が抜けて行く。不思議と強張った筋肉の緊張が解ける。カナエの不思議な力だ。ユウタだけに効果のある、不思議な力。ユウタは心に宿るそれを上手く表現する方法を知らない。だがユウタはそれが最も尊いものだと言う事を知っている。


「カナエ、ありがとう」

「ユウタ、元気出して」

「判ってる」


 ユウタの目に光が宿る。全てはカナエのおかげだ。


 そこは森との境。その場所でユウタたち一行はついに『敵』と接触する。疾駆するザンナの操る馬車。恐るべき事に、ザンナは突撃するつもりなのだ。


「そんなバカな!? 隊長!?」

「うろたえるな新入り!」


 ザンナの罵声が飛ぶと同時に、目前に展開し始めた魔道機の胴体部分から複数の炎がバラバラに迸る。炎の矢。それは扇常に、そしてひどく乱雑にこちら目掛けて飛んでくる。どう考えても馬車は避け切れない。手綱を握っていたザンナはそれでも炎を回避しつつ、無茶な軌道を描かせながら命令を下す。

 

「皆降りろ!」


 ザンナの号令でアークィ、そしてヴォルペの順で荷台から飛び降りる。


「カナエ」

「ユウタ」


 ユウタらも二人手を繋ぎ、飛び降りた。そして名残惜しそうに手を放つ。


「アークィ。護衛するよ」

「されてあげるからしっかりとあたしを守りなさい?」


 アークィが大きく胸を張る。こんな時にも冗談の出るアークィが正直ユウタには羨ましい。

 瞬間、馬車の荷台が炎に包まれる。遅れて第二派の着弾。炎が膨れ上がる。


「やってくれたな……」


 ザンナの瞳に炎が宿る。ユウタはその瞳にザンナの静かな闘志の炎を見た気がした。

自分の書いた事のないファンタジーの領域へ進みます。いつもは指輪物語ベースなもので。


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登場人物・兵器等紹介

・ユウタ

 主人公。十五歳。黒髪黒目。やや黄色の肌。前世の記憶を持つ異世界人の転生体。前世では周囲の人々から白眼視され、酷く苛められていた。我々と同じ価値観を持っているが、前世の恨み辛みから随分と捻じ曲がってしまっているのかも知れない。

 剣使いである。後の先、つまり相手の行動の先読みをする能力を持つ。愛剣と呼ぶほどの武器はまだ持っていない。


・カナエ

 黒髪黒目。十五歳。やや黄色の肌。前世の記憶を失った異世界人の転生体。前世ではその知性と美貌から周囲の人々の憧れを集めていた。ユウタと同じく、故郷の村では『神童』として大事にされ育つ。ユウタとは幼馴染、それもかなりべったりとした一心同体のような親密さである。常にユウタの事を気にかけている。

 槍使いである。ユウタと同じく後の先、相手の行動の先読みをする能力を持つ。愛槍と呼ぶほどの武器はまだ持っていない。


・ザンナ

 金髪青目。十九歳。白色の肌。女性。可愛らしい少女めいた顔に似合わないそれなりに豊満な体型がチャームポイント。革命軍に所属する遊撃部隊の隊長を務める。バトルスタイルはモンク。武装は『雷の爪』という武器であり、雷を纏った極めて希少な小手である。


・アークィ

 青髪緑目。十七歳。白色の肌。女性。ユウタ達二人に先輩風を吹かせる革命軍所属遊撃部隊の隊員。新参のユウタとカナエに対し何か含みがありそうだ。武装は『審判の銃』と呼ばれる強力な超兵器。


・ヴォルペ

 赤髪青目の白い肌。二十歳。男性。革命軍所属遊撃部隊の隊員の一人。軽口が得意でいつも飄々としているが、結構世話焼きな面も。剣二本で武装している。武装は『青の三日月』『赤の三日月』との名の二刀流。


・魔道機

 王党派が用いる八足甲殻機動兵器。操縦者を必要とする。機獣。基本的に乗り物である。馬を遥かに超える速度で高速走行をし、炎の矢を射出するタイプが確認されている。

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