革命と共に
ユウタは執務室にいる金髪のザンナに聞いてみる。ザンナは立ち上がり、窓の外を見ていた。快晴である。ユウタにしてみれば、自分達の隊長に対するちょっとした出来心であった。
「あ? お前達が仲間に入らなかったら? ……そうだな、当然凶悪殺人犯として処刑していただろうな」
「う゛」
ユウタは迷いの無いその回答に絶句する。そして自分の選択の正しさに安堵した。
「今は治安が乱れている。多少厳しげな刑罰をして風紀を引き締めておかねばならない」
ザンナの左右に纏め垂れた金色の長髪が揺れる。
「治安維持のために?」
ザンナはユウタに向き直る。人を射竦めるような鋭い目、そして口の端を吊り上げたニヤリとした笑み。ちょっとした仕草だが、それが一々可愛らしいく見える。何しろザンナはユウタとカナエをここまで引きあ上げてくれた恩人なのだから。
「ん? そうだとも。あたいには治安権限もあるからな。あたいはこれでも本部から気に入られているのだよ」
「気に入られると『古代の遺産』が貰えたりもするのか?」
「……武功を上げればそんな事もあるかもしれないな」
「何だユウタ。お前は『古代の遺産』とやらに興味があるのか?」
ユウタの答えは決まっている。強大な力。あってそれに越した事はない。
「『古代の遺産』か。それを何処で知った?」
「ヴォルペが教えてくれた。ここの隊員は全て遺産持ちだと」
「ああ、ヴォルペから聞いたのか。あのお喋りめ」
ザンナは笑う。その笑いはどこか苦々しい。ザンナは己の『古代の遺産』、雷の爪へと手を伸ばす。
「この武器は特別なものだ。古代から伝わる一品だよ」
「それってどれくらいの値打ちがあるんだ?」
「どのくらいの価値があるかだって? ……それこそ千差万別だ。ゴミのようなものから値がつけられないようなものまで沢山ある」
ユウタは聞く。そんなに値打ちのあるものなら易々と手に入れられるわけが無い。とはいえ、ゴミのようなものなら何の役にも立たないだろう。そんなものを貰っても困るだけだ。
「あたいらの持つ武器はその中でも特別だ。元々戦いの切り札として作られたものらしいからな。どれも強力なのは当然だ」
「……武功を上げてもゴミのようなものしか貰えないのか?」
「ぇ? ゴミのようなもの? 嫌だな、ただの言葉の綾だよ。『古代の遺産』はおしなべて強力だ」
ユウタは益々それを手したくなる。自分の『技能』ならば。それを活かせる『古代の遺産』もきっとあるはずなのだ。
「期待しているところ悪いが、残念だが革命軍に武器の手持ちは無いだろう。この革命騒ぎでも多くの『古代の遺産』がその使い手と共に失われたんだ」
「え?」
一瞬見えた希望が打ち砕かれる思い。ユウタは後何回、こんな経験をしたならば良いのだろう。
「……一応本部には掛け合ってみるが、期待はするなよ? 元々貴重な品々の上に、その存在すら忘れられている代物が殆どだからな」
ユウタは嬉しかった。やっぱりザンナだ。これは期待するなと言うのが無理な話だろう。ユウタは期待に胸を膨らませる。どんな武器なのだろう。どんな性能を持っているのだろう。ユタは今から楽しみで仕方がない。
「んー。そんな事より晩飯は何だ? あたいは腹が減った」
ユウタが思わずにやけていると、ザンナのそんな声が漏れ聞こえて来る。ユウタはもうそんな時間かと思い返す。
ザンナ、そしてアークィやヴォルペ、それに当然カナエと共に囲む食卓。今日の昼食もユウタとカナエの手によるものだ。
「これまた随分と料理が上手くなったじゃないか。ほら、アークィもヴォルペも褒めているぞ。喜べ二人とも」
「隊長、そんな事を言っていると小僧共が調子に乗りますよ?」
「そうよザンナ隊長。もっと厳しくいかないと」
ヴォルペもアークィも言葉の上では辛辣だ。だけど顔が笑っている。
「なんだ、そんなにユウタとカナエは使えないか?」
「それは……そうですね隊長」
ユウタはヴォルペの信頼を勝ち得ていないらしい。
「あたしに言わせれば全然ダメね。上手くなったのは料理の腕前だけよ」
アークィの場合はもっと酷かった。
「何だアークィ。結局はお前さん、この小僧共を褒めているじゃないか」
「ちょっとヴォルペ! 人の揚げ足取らないで。それとコレとは話が別でしょ!?」
アークィがヴォルペに掴みかかろうと、勢いをつけて椅子を蹴飛ばしたその時。
「お前達」
ザンナの低い声が部屋に響く。それは低く怒りを湛えた声。辺りは静寂に包まれる。
「隊長……」
「ザンナ隊長……」
「飯を食ってから囀れ。良いな?」
「へいへい」
「……仕方ないわね」
その日の昼食。ヴォルペは結局アークィをからかって遊んでいるだけだ。そしてそれはザンナ隊長が収めてくれた。それはおおよそ軍隊には似つかわしくない、笑顔溢れる昼食の席だと言える。
ユウタはちょっとした用事を思い出してはザンナの元へ訪れる。ザンナも机仕事ばかりで気が滅入っていたのか、その度に小話は増えていた。最もこれはユウタに非常に都合が良く、しかもとても前向きに考えた場合だが──ザンナも気を回してくれているのだろう。そんなユウタの話し相手になってくれている。
「北部辺境で王党派が大規模な反攻に出たそうですね。こんなにのんびりしていても良いんですか!?」
それは今朝、ザンナ自身が皆に伝えた情報だった。なのに隊長のザンナは何事も起こっていないかのように見える。少なくともユウタにはザンナがのんびりといつもと同じような時間を無為に過ごしているようにしか見えない。
「ユウタ。よく聞け。あたいら遊撃隊以外の部隊、革命軍はそれに対応している。何の問題もない」
ユウタは失望する。やっぱりだ。ザンナはやる気がない。
「でも敵は北から……!」
「南にも西にも敵は居る。連携をとった陽動だったらどうする。その時即応できる部隊は?」
ユウタは恥じ入り押し黙る。革命軍の上層部は無能ではなっかったのだ。そうだ、西や南の敵が動いたときこそユウタら遊撃隊の出番──。
「もちろん、都にはそれに即応できる部隊も残してある」
ユウタは目を見開いた。自分達遊撃隊はその即応部隊でもない?
「それじゃ一体、俺達遊撃隊の出番はいつ来るんです!」
ユウタは叫ぶ。思わず力が入っていた。
「これはずいぶんな大声だなユウタ。だが慌てるな。あたいらが出るときは決戦の時だけだ。もしくは敵の暗殺か。そんな汚れ仕事のときだけだ。あたいらはそんな戦局を左右する『ここぞ』と言う時にのみに影で動く。あたいらは表に出る部隊じゃない。だからまだあたいらの出番は無い。今はおとなしく訓練に励め」
「訓練……」
「敵はいずれ動く。動かざるを得なくなる。それを待て。今は力を蓄える時だ」
ぼやくユウタにザンナは言い含めるように言う。
「訓練と言ったって……! アークィは容赦ないし、ヴォルペさんは滅茶苦茶強いし。どうやったらオレは強く成れるのか……」
ユウタには判らない。自分とカナエ、自分達二人の新兵と先任の三名との間にはどんな山よりも大きな壁がある。それはある意味、絶望にも近い崖。
「どうやったら強く成れるのか、か。そうだな、直ぐには無理だろう。だが、日々の鍛錬の中や戦いの渦中でそれを見出せるかもしれない」
ユウタは面白くない。
基本どおりで教科書どおりの回答なのだから。とはいえある意味正論だから、強く出るわけにもいかない。
「焦るなユウタ。焦ると死ぬぞ? 死ぬとカナエが悲しむのではないのか?」
カナエ。その名前を出されてユウタは言葉に詰まる。悲しげに目を伏せるカナエ。滂沱とカナエ。声も涸らさんばかりに泣き叫ぶカナエ。ユウタはカナエにそんな経験だけはさせたくない。ユウタは改めて誓う。カナエのためにももっと強くなると。
「くれぐれも言っておく。死ぬなよ? 死なれては困るのだ。これは決してあたいの隊が定員割れを起こしているからと言うだけの理由じゃないぞ?」
ザンナの声が、気のせいか低く聞こえた。
「あたいより若い者が先に死んでゆく。……そんな姿だけはもう勘弁してくれ」
そんなザンナの顔には、普段彼女が見せない憂いの色があった。
またある日の事だ。ユウタは用事のついでにザンナに敵の事を聞いてみる。ユウタがこれまで良く知らなかった情報。それは旧王国軍、王党派と呼ばれる者たちのことだ。
「敵か。旧王国軍の残党共だ。まだ領内各地で頑張っているな。あたいら革命軍は確かに王を倒しはしたが、未だ全国に散らばる諸侯を全て制圧できていない」
「それじゃぁ、敵は貴族……」
「貴族とそれに群がる既得権益を守るためにしがみ付く者共だ。公然と革命軍に対して反旗を翻している者も中にはいる。わが革命軍の姿勢は未だ磐石とは言えない。そんな中、彼ら王党派の力はまだまだ侮れない勢力なんだ。諸侯の圧政に苦しむ民衆はまだ数多くいる。それらの人々を解放することがあたいら革命軍の最終目的となる」
ザンナの包み隠さない正直な言葉。それはユウタの心を抉る。
「じゃあ、俺達の出番は近い……」
「不安か? 少年」
ユウタが不安と問われれば不安だ。なにせ、革命軍の旧王国領の全土制圧はもう直ぐだと思っていたのだから。
「久しぶりに手合わせでもするか? 少年。今なら少し時間がある。そしてあたいら遊撃隊にはな。遊撃隊の出番はまだ無い。ヴォルペから聞いているのだろう? あたいらの相手はあくまでも敵の『遺産持ち』だ」
「『遺産持ち』……」
それはヴォルペから聞かされた、恐怖の代名詞。アークィの持つ銃。ザンナの持つ雷の力。そしてまだ見たこともないヴォルペの双剣。そんな化け物めいた武器の総称。
「それまでは存分に腕を磨け、少年。敵の本当の本隊はまだ動いていない。あたいらが動く時は敵の『遺産持ち』が動いた時。それがあたいらの戦場となる。決して死にに行くのでは無い。生き残るために訓練しろ。あたいは以前から同じ事をユウタ、お前に言って来た」
ユウタとザンナは中庭に出る。ユウタは少しでも不安を拭うため、そして己を少しでも磨くため。少しでも技を盗むべく、ユウタはザンナの気まぐれの相手をする。
「ユウタ。お前のやっている事は決して無駄ではない。今すぐ死ぬか、一月先に死ぬか。それとも粘って半年後か。その違いが毎日の鍛錬に現れる。カナエにも言っておけ。ユウタ。『遺産持ち』が脅威の理由なのではない。毎日の気の緩み、心のあり方がこれからのお前達を作るのだ」
「心の、あり方?」
「そうだ。今のままではお前達は確実に死ぬ。だからお前達の訓練にアークィとヴォルペの時間を割いている。理解できるな?」
ザンナの眼光にユウタは息を呑む。その瞳の輝きは心の奥底を見通されるようで鋭く見えた。温かみと冷たさと。それを同時に感じられる瞳だった。
「だから、今日はあたいに付き合え。カナエを呼んで来い。二人とも少々このあたい自ら揉んでやる。……どうだ。魅力的な提案だろ?」
16/08/22 全面改稿
16/08/30 誤字脱字修正、後半部シーン追加など。