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アフター・ウォー  ー世界に背きし黒き神ー  作者: 椋木弓
第一章 拳は掌に敵わない ―黒の闘神編―
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訓練

「作戦は五日後の早朝!夜明けとともに一気に叩く!」


ラディの声が響き渡りそれぞれの鼓膜を揺らすと団員の顔つきがより一層引き締まったように見えた。アジトの場所が判明しているならば即座に突入してしまえばよさそうなものなのだが、傭兵団とはそうも簡単なものではないらしい。武力保持の元、既定の人数を超える出都には正式な手続きが必要になる。加えて食料や物資の運搬用の馬車の手配や陣形や連携の確認等すべきことが多く、「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」とはいかないらしい。


「では各々準備に取り掛かるように。」


号令とともに団員は散会、小隊単位で連携の確認などを始めたが、どこの小隊にも所属していないトーリは手持無沙汰になってしまった。どうやら今回の作戦で自分の出番はないのだそうだなどと考えながらふらふらしていると、そんな姿を見かねてシエルが声をかけにきた。


「貴様、剣術は?」


「貴様って…。まあ、いいか。剣術はそこそこって感じだ。」


「ならば訓練に付き合ってもらおう。」


「わかった。」


どうやら強者らしい彼女と剣を交えることは暇を潰すためにはありがたすぎる提案であったためトーリは即座に承諾した。彼女から木刀を受け取ると自然な流れで静かに対面した。シエルは両手で握った木刀を軽く前に突き出しており、その手首はいかなる動きにも対応できるよう適度に力が抜け、木の刀身は見事に彼女の体の中心に位置していた。教科書通りのほれぼれとするような整った立ち姿だ。対してトーリはというと木刀を右手に持ち、切先を彼女ではなく己の右方に倒すいわば自然体の構えをとっている。


「なんだ、その構えは!」


彼女は驚きとも怒りとも聞いて取れる声で尋ねた。


「そう思うよな…。俺の師からの教えでな。まあ、勘弁してくれ。」


「まあ、よかろう。」


心の底から承諾したわけではないのだろうが嫌々、というか渋々といった顔をしている。もちろん師からの教えというのは嘘ではない。【自然体こそがその人間にとって、否、その生物にとって最適な状態である。】彼が指導の際によく口にした言葉だ。シエルと対面している間に彼の言葉が頭の中で再生される。


「では、参る!」


彼女の初速はトーリが想像していたものよりはるかに速く剣術の錬度が窺えた。彼女の木刀はまっすぐに寸分違わずトーリの首筋を急襲する。それを右手に持つ木刀ででいなすとすぐさま彼女は軸足を入れ替え、今度は正確に胴に向かって薙いだ。しかしその瞬間、防がれる手ごたえを想像していた彼女の木刀は空を切り、同時に彼女はトーリの姿を見失った。トーリは横から襲い来る木刀をしゃがむことで回避したのだ。すぐさま彼の行動を察知したシエルは己の不利な体勢に気が付き、追撃を防ぐために木刀を縦に構えたまま後方へとび距離を空けた。


「貴様に聞きたいことがある。」


シエルは不機嫌そうな顔を崩さずに尋ねてきた。いい加減眉間にしわが寄ったその顔にも慣れてきていたことに苦笑しそうになるのを堪えた。


「かまわんが。」


「今の動きだけでもわかる。貴様は相当に強い。なのになぜ騎士になろうとしない?」


見知らぬ人から見たらやはりそう思うものなのだろうか。こんな無名な傭兵団に入るよりも、国のために働く騎士になった方が地位も名誉も財産も保障される。しかしまあ、戦犯が騎士団になぞ入ったら最後、

身元がバレてしまう恐れがあるのだ。なんて言えるはずもなく、トーリは当たり障りのない言葉でやり過ごそうと考えた。


「なんとなく…かな。」


しかし、それが間違いだった。その言葉を聞いた途端、彼女の眼は鋭くトーリを睨み、そして「そうか。」と一言呟くと再び木刀を振りかざすと、一気にトーリとの距離を詰めた。彼女は何度も斬撃をくりだし、受け流され弾き返されてもトーリに挑み続けた。その中でトーリはある異変に気付いていた。彼女の太刀筋がブレはじめ、息も荒くなっており完全に自分のリズムを崩していたのだ。ただひたすらにトーリに一撃を入れようと躍起になっているようで、入れる力もタイミングも攻め方もすべてが単調になっていた。例えるなら、子供が怒りをぶつけているように…。これ以上の訓練は無駄なように思い、彼女の荒れ狂う斬撃の中、一瞬のすきに懐に潜り込むと片手で彼女の胸ぐらを掴みながら、同時に彼女の軸足に体重が乗り切る瞬間に足を払い背負い投げた。彼女の体は軽い衝撃を受けた後、仰向けの状態で地に伏した。


「頭を冷やせ。」


「くっ…。それほどの力を持っていながら…。」


悔しさと恨みを込めたような表情で地からトーリの顔を見上げた。何が彼女にそんな顔をさせるのかがわからなかったが、とりあえず立てるように手を指しのべた。しかし、貴様の力は借りん、とでも言わんばかりに即座に自分で立ち上がり踵を返し、無言のまま歩き去ってしまった。


「はあ。」


やりきれない気持ちで自然とため息が出てしまう。すると今度は、その様子を一部始終見ていた者たちが話しかけてきた。


「よければ今度は私たちとも手合わせお願いできませんか。」


声に感情がこもってなさ過ぎて棒読みに聞こえそうな少女の声が聞こえてくる。振り返るとすぐそこにスイが立っていた。声と同様その表情からも感情が見えてこない。その数メートル後ろではレッカがこちらに背を向けていて、どこか遠くを見つめながら「ふっ」と笑った。たぶんその笑いに意味はないのだけれど。


「そうだな、やるか。」


「お願いします。」


無表情のままぺこりと頭を下げる。愛想はよくないが礼儀正しい少女のようだった。


「お、おれはやるとは言ってねえぞ!」


レッカが頭を下げる妹を見ながらそっぽを向きつつ照れ隠しをするように言い放った。


「兄さん、ただでさえバカなのに意地はらないで。さっき『すっげえ!あんだけ強くなりてえ。』って燥いでいたじゃない。」


「バカは関係ないだろ!?あれ?関係ないよな?それに、はしゃいでもねーし!」


「はあ…。」


兄の態度に呆れてスイがトーリの横まで駆け寄ってきて頭の位置を下げろというように手を招く。その通りにしてやると顔を耳のそばまで近づけて囁いた。


「兄さんに『自信がないの?』って言ってやって下さい。」


そんな単純な挑発に乗るものだろうか。疑問に思いつつも多少煽るような表情もおまけして言ってやった。


「え?なに?自信ないの?」


「は、はあ?自信とか…。あるし、ないわけねーし!あれ?ないわけない…。ない、わけない、だから合ってるのか。ないわけねーし!」


なぜか自分の言葉に疑問を覚えるという不思議な現象が起こっていたが、彼自身すんなり挑発に乗ってきた。彼は思ったよりもチョロいようだ。レッカは無言で距離をあけ、ちょうどいい位置でくるっと振り返ると二本の小刀サイズの木刀を構えた。やる気満々といった様子である。その様子にスイは一度呆れたように息を吐くと再び「お願いします」と言ってレッカの横に並んだ。


「お、なんだ?面白そうなことになってるな。」


すると見慣れぬ光景に見かねて、ダンが声をかけてきた。


「これからトーリさんに稽古をつけてもらうところです。」


「へえ、そうなのか。それより、たった今シエルが機嫌悪そうに歩いて行ったところを見たんだが、何かあったのか。」


スイはなんて答えたらよいのかわからず、困った顔でトーリに視線を送った。


「ああ、俺がまた怒らせてしまったらしくてな。」


トーリはダンの問いに答えながらも何かを閃いたような様子を見せると表情にイタズラ心をのぞかせた。


「そうだ、ダン。このままでは二対一になってしまうんだが。一緒に戦ってくれないか。」


「お…。いや…。えっと。」


「なあ頼むよ、ダン。」


「う、うむ。わかった。」


ダンはトーリのお願いを聞いてスイとレッカを見るとわかりやすく躊躇ったが、先輩としての意地が勝ったのか嫌々という表情も見せながら参戦することを決めた。これで二対二。レッカとスイの両手には短剣ほどの長さの木刀が握られており、どちらも片一方の手は逆手になっている。第一印象では暗殺者の戦闘スタイルを想起させる。となりにいるダンは先のシエルほどではないがきっちりとした型にはまった構えをしていた。


「おれはかつて騎士団に所属していてな、かなり厳しく鍛えたもんだ。」


この場でたった一人ダンだけは緊張感を持っておらず、己の身の上を語りだした。しかし、もはや三人の耳には彼の言葉は届いていない。トーリは眼前に潜む未知なる戦闘スタイルを見たとたんに、かつてある戦場で暴れていたころの血が騒ぎ始めていた。二人の構えから繰り出される初撃のスピードや力、タイミング、斬撃の軌道また二人の連携錬度の不確実性が頭をよぎると、新しいおもちゃを見つけた子供のように心が躍っていた。一方、レッカとスイの二人はトーリに底知れぬ何かを感じていた。無理もない、今彼らの目の前にはかつて世を震撼させ敵味方、関係なく畏怖の感情を抱かせた「黒の闘神」その人がいるのだ。そして、その彼が闘志剥き出しにした鋭い眼光を向けてきている。事実を知らずしてもなお二人の本能は警鐘をならしていた。


「って全然、話聞いてないな。」


「おう。話、終わったか?」


「終わったかってお前な…。」


「じゃあ、始めよう、かっ。」


トーリは語尾とともにダンの背中を思いきり押すと、彼の体は弾かれたようにスイとレッカに急接近した。それを合図に二人も急速に距離を詰める。まず手始めに、と二人の狙いはダンに向いた。


「うわぁ、ってまじで!?トーリっ、後で覚えてろよっ。」


しかし、さすがに騎士団に所属していただけあって恨み言を吐きながらもなんとか二人の攻撃を防いでいる。それにしても二人の連携は見事の一言に尽きる。まるでお互いが次にどう動くのか理解しているような、もしくは型通りの舞を見ているようなそんな気分にさせられる。一瞬は拮抗しているかのように見えた互いの実力は、二対一というのもあってダンが防戦一方の不利な状況になっていった。木刀の打ち合いが二十に満たないあたりでレッカの陰、死角からのスイの斬撃がダンの木刀を弾き飛ばし勝負あった。ダンは両手を上げて「参った」のポーズをとる。


「トーリ、どういうつもりだ。」


二対一を観察するように見ていただけで一切手を出さなかったトーリを睨みながらダンはその意図を問いただす。スイとレッカもいったん手を止めた。


「いやあ、二人の実力を見ておきたくて。」


「お前まさかっ。最初からそれが目的で!」


「いやだなー。そんなわけないじゃないデスカー。」


「く…。白々しいを通り越してもう少し上手く隠せよと言いたくなるな。」


「おう、ダンの犠牲は無駄にはしないからな。」


そういいながらスイとレッカに対して指をクイッと動かしていつでも来いという姿勢を見せるとにやっと笑った。それを見るや否や即座に二人は動き出した。立ち位置を変え、木刀の持ち方を変え剣筋を悟らせないようにしながら接近する。先に襲い掛かるはレッカの刃。それから僅かにタイミングを外して追随するはスイの刃。なるほど、反撃する隙を与えないタイミングで次から次へと斬撃が襲い来る。例えるなら吹き乱れる数多の木の葉の中にいるようだ。


――いや、どうだろう。この場合は吹き整う木の葉とでも表現すべきだろうか。


彼らの連携は正確かつ的確だ。それ故に攻撃に意思が介在し、何れ規則性が生まれる。レッカの刃がトーリの間合いに入った瞬間、目にも留まらぬ速度でレッカの木刀が弾き飛ばされる。その瞬間すでにトーリを捉えかけていたスイの刃は無情にも空を切った。トーリは体を捻ると同時にスイの手首を掴みながら、彼女の勢いを殺さずに流す。この時点で二人の連携は完全にその機能を失っていた。呆けるレッカのもう一本の武器をもつ方の手首を蹴り飛ばし武力解除、ついでに勢いのまま体が流れているスイが地面に転げる前に腕で抱き留め、頭に軽くトンと木刀の腹を落とした。二人にとっては衝撃の出来事だっただろう。つい数秒前まで攻勢にあったにも関わらず、気づけば一人はすべての武器を奪われ一人は体を支えられてる。


「参った。」

「参りました。」


二人は言葉を失いつつも、両名ともその言葉をひねり出した。レッカは何も持っていない両手を見つめ、スイはなぜ今トーリに体を支えられているのか考えた。


「あはは…。さすがだな。」


ダンもそれ以上は何も言えなくなっていた。何がさすがなのかは甚だ疑問を残すが。


「なるほど。わかりました。私の本当の兄はあなただったのですね。」


「はい?」


スイがやっと口を開いたかと思うと、脈絡なくわけのわからないことを言い始めた。


「お、おい。スイ。何言ってるんだ。兄はオレだろ?」


戸惑いを声に含ませながらも既にレッカの瞳には涙がたまっていた。


「いいえ。あなたみたいなバカは知りません。トーリさんが私の兄です。」


「そ、そんな。う、うわぁぁぁぁ。」


レッカは涙をこぼしながら全力で走り去ってしまった。視界から彼が消えてしまう頃…。。


「冗談はさておき…。」


「冗談になってないぞ。」


「いいんです。兄さん、ありもしないプライド…。いえ、蟻のようなプライドだけはいっちょ前なので。それで、なぜ私たちは負けたのでしょう。」


事実上の後輩(トーリ)からアドバイスを受けるというのはあまりいい気持ちはしないだろうという彼女なりの兄に対する思いやりだったのだろうが冗談の方が彼の心を抉っているような気にもなる。


「そうだな。まあ、まずは単純に筋力が乏しい。あとコンビネーションは素直にすごいと思うがそもそも二人とも剣術に関してはまだまだかな。特に駆け引き…だな。」


「なるほど。そうでしたか。」


訓練後というのに彼女の表情や声色は相も変わらず、といったところだ。


「でもやっぱりあなたが兄というのも悪くないかもしれません。訓練にも関わらず怪我をしないように気遣ってもらいましたし…。」


「そ、そりゃまあ。女の子だからな。」


言葉に困って、ルナにするようにスイの頭を撫でまわした。厳密にいえばそれ以外のコミュニケーションの方法をあまり知らないというのもあるのも否定できない。


「もう一人…。お兄さん…。」


かすかな声で呟いたその言葉はトーリには届かなかった。







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