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アフター・ウォー  ー世界に背きし黒き神ー  作者: 椋木弓
第一章 拳は掌に敵わない ―黒の闘神編―
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問題児

もしかしたら、ここからの一章は根気のある方しか読めないかもしれません。かなりヘビーです。

ルグステン王国。この国は大戦の際、戦いもせず真っ先に帝国の傘下に入ったことで現在は敗戦国として対国家関係で立場を危うくしている。一時は勝戦国への領土配分により国家の主権すら失いかけたこともあったが、辛くも二つの都市を残し、なんとか存続に至っている人間の国家だ。そのうちの一つ、都市ボルネオの一角にクイーンズチェアの本拠地がある。トーリとルナの二人は入団初日の朝、日の光を浴びながらゆったりとその本拠地に向かっていた。トーリの腕にはクイーンズチェアの団員の証である腕章が巻かれている。


「どんな人たちがいるかな?」


「どうだろうな。まあ、でも手練れがいるといいよな。」


ふっと笑うトーリの目には獲物を狙う獣のような鋭い光が宿る。その横顔を見ながらルナは何かを諦めたように小さくため息をついた。


「問題は起こしちゃダメだよ?」


「わかってる。問題はおこさないよ。」


他愛もない話をしながら昨日説明された道を行き、最後の曲がり角を一つ曲がるとそれなりに大きな古びた建物が見えた。建築当初こそ立派な建物だったのだろうが今や所々の板が割れ、隙間がいくつも見て取れた。二人がその建物に向かって歩いていくと道の両脇から囁き声が聞こえてくる。


「おい、あれ見ろよ。すげえ美人だな。」

「その横にいる奴なんてよ、あの『ドブネズミ』んとこのだぜ。」

「ああ、不釣り合いもいいとこだよな。」


どいつもこいつも大体こんなことを話していてあまり気持ちの良いものではなかった。『ドブネズミ』はおそらくラディが名乗っている『ラット』から来ているのだろうが、友を馬鹿にされているのを聞くと何やら抑え難いものがある。同様にルナがトーリを侮辱する発言を聞いてか、彼女の眼は彼らに対して冷ややかな視線を送り返していた。鈍感なのか何なのか、彼女の冷ややかな視線に気づけない残念な三人の若い男が話しかけてきた。


「なあ、そんな男といるより…。」


「私はあなた方のような軽々な男を好みません。失せなさい。」


男が話し終えるよりも早く、ルナは拒絶の言葉を言い放つと唐突に予想外の言葉を受けてか、男はポカンと口を開けあほ面を見せる。この光景には既視感を覚えた。間抜け面をものの見事に表現しきったその男には心からの拍手をくれてやろう、などとトーリは皮肉を言ってやろうかとも思ったがしかし、毎度のことながら話しかける男が次から次へと心を折られていく様には僅かながらも同情を禁じ得なかった。


「なあ、なんか厳しすぎないか?」


「そう?このくらい普通じゃない?」


そういっている間も彼女はその足を止めることはなかった。彼女があの種の男に対して嫌悪感を抱いていることを知っていたため、トーリもそれ以上何も言及しなかった。呆然とする男ども三人を背後にし、二人が扉までたどり着くと中から声援のような、いや、罵声ともとれるようなそんな乱暴で騒がしい声が漏れてくるのが聞こえる。中で何が起きているのかと扉を開くと、大勢の男たちが何かを囲むように総立ちし、様々な叫びをあげていた。一人ひとりに注目するとほとんどがギラギラとした目つきと犯罪集団の一員のような強面を見せている。


バタンとトーリは無言のままくぐることなく扉を閉める。


「なあ、クイーンズチェアってここで合ってたよな。」


「そのはずだけど…。」


「なんか全員、極悪人に見えるんだが…。」


「私も。」


そして、もう一度扉を開くと、

相も変わらず全く同じ光景が待ち構えている。

トーリは再び扉を閉めた。


「なあ、やっぱり違くないか?

間違えて盗賊のアジトを見つけてしまったんでなかろうか。」


「まあ、あの人のことだから…。

どんな人たちを集めていても不思議ではないよね。」


「それもそうか。」


彼女の言葉に納得し、三度目その扉を開けると正面には一人の女性が背筋の伸びた凛とした立ち姿で現れた。綺麗に波打った赤い髪をもつその女は不審な動きをする全身黒ずくめの男を前に叱責するように要件を尋ねた。


「何用か。」


「ああ、ここはクイーンズチェアの本拠地で合ってるか?」


「相違ない。」


「そうか。」


トーリは確認を終えると、制止しようとするその女の横をするりと抜け人だかりをかき分けその中心へ向かった。その最前線まで来たところでようやく何が起こっているのかを理解した。


「ふむ、なるほどなあ。」


そこでは二人の巨漢が対峙していたのだ。周囲を囲んでいる奴らは野次馬で、よく見ると賭け事をしている奴までいる。喧嘩の真っ最中だろうか。片方の男は一瞬何かをぼそっと呟いたように見えた。


「お前は絶対に許さねえ。」


「はっ、ならつべこべ言わずかかって来いよ。」


その言葉を放つと同時に、己の拳を相手の顔面に叩き込むべく二人は一気に距離を詰めた。しかし、二人の拳は相手に届くことはなく、それどころか二つの巨体は空中でグルンと一回転すると背中から地面に叩き付けられ、その衝撃で床にはひびが入った。一人は上手く受け身が取れずに失神しており他方は意識さえあれど、やはり背中から落ちた衝撃で咳き込むばかりであった。気づけば二人の間には上から下まで黒い衣服を纏った青年が立っていた。観客は目の前で何が起こったのかをまるで理解していないように呆然としている。しばらくその場は静まり返った。


「おい、なんだてめえはあ!?」


先ほどまで咳き込んでいた男がぬっと立ち上がり、決闘の邪魔をした男に鬼気迫る顔で迫っていくと、男の胸ぐらに掴みかかった。上背はかなりある。トーリは首を上げないと顔が見れないくらいだ。


「まあ、そんなカッカするなよ。」


「ふざけるな。」


巨漢はいら立ちを露わにし、拳を構えた。


「そこまでだっ。」


どこからともなくぴしゃりと声が聞こえてくる。足音が近づいてくる方へ目をやるとラドリックがゆっくり階段を下りてきていた。


「入団初日から元気だな、クイーン。」


「おう、なかなかいいとこじゃないか、ルクルス。」


トーリは偽名の部分に嫌味をたっぷりと含ませてかつてのように挨拶を交わした。


「ここは私に免じて拳を収めてくれないか。彼は私の友人なんだ。」


ラディは巨漢の肩に手を置くと、その巨漢は肩を竦め意外と素直にトーリから手を放し、トーリに向かって重々しく口を開いた。


「ルクルスさんの友人だったのか。」


「そうだな、親友だ。」


僅かに間が空く。


「それは悪いことをした。」


素直に謝られるとは思わず、

トーリは言葉に詰まってしまった。


「さあ、今日は皆に大事な話があるんだ。」


ラディは奇妙な空気など気にも留めず手を叩き、

傭兵団の皆に一枚の紙を見せながら話を続けた。


「以前から頻発していた人さらいや強盗を行っている組織のアジトをようやく見つけ出した。そこで、我らクイーンズチェア傭兵団は正式にこの依頼を受けることに相成った。その報酬、なんと一億っ。」


「え、ぅお、うおおおおおおおおっ。」

「よっしゃあああああ。」

「団長はサイコーだぜえええっ。」


先ほどまでの空気は完全に払拭され皆の喜びの雄たけびがトーリの鼓膜を叩いた。中にはチンピラみたいなセリフを吐くやつもいるようだったがやつもいるようだが。


「ダン、シエル、少しいいかい。」


人だかりを抜け、騒がしい叫び声の中ラディが二人の名前を呼ぶと、金髪でトーリより少し年上くらいの男と先ほど出入り口付近で言葉を交わした赤髪の女性がやってきた。


「なんでしょう。」

「いかがなされましたか。」


「今日から彼を頼むよ。いろいろと世話をやいてやってくれ。」


「はいっ。」

「はっ。」


ラディは二人にそう告げると、トーリの方に向き直り笑顔で言った。


「今日から彼らが君の上司だ。」


「私はシエル・プラウナーと申します。」


「僕はダン、ダン・キアムだ。」


キアムは爽やかに挨拶をしたのだが、シエルの方はどこか不機嫌な顔を見せている。トーリはルナを見つけて手招きをすると、彼女はささっとトーリの横に並んだ。


「俺はトーリだ。こっちがルー…。」


名が知られていない自分が本名を名乗るならまだしも彼女の本名を言うのは…。危うく本名を明かしてしまいそうになるのをとっさに回避した結果の「ルー」だったが続きが出てこなかった。


「ルー?」


「ルーシーよ。」


ルナが即座にフォローしてくれた。

彼女は軽くウインクをする。


「そうか、よろしく。二人とも。」

「私はシエルよ。よろしくね、ルーシー。」


ルナは指で軽くスカートをつまむと優雅に一礼した。それにしても、とトーリは先ほどからのシエルの態度には引っかかるものがあるのを感じていた。今だってルーシーにしか顔を向けていないのだ。


「おい、お前っ。」


すると突然、団員の歓喜の中、異質な声が響き渡った。その声は誰が聞いても明らかなほど怒りに満ちている。声の主に目を向けると、先ほどまで背中を床に打ち付けて気絶していた男が怒りのあまり顔の血管を浮き上がらせて床を強く踏みしだきながら迫ってきていた。


「お前だなあ?さっき邪魔しやがったのは。」


男はトーリに向かって唾を撒きちらしながら喚き立てる。


「邪魔?なんのことだかわからんな。」


「とぼけんじゃねえっ。」


「とぼけてなんていないさ。俺は止めに入っただけだ。」


「それを邪魔だと言っているんだっ。」


「いいや、違うな。あれは反則だった。」


「あ゛ぁ?」


「お前最後の一発、拳に魔力を込めただろう。あれはフェアじゃあない。」


「な、何わけわかんねえこと言ってやがる。」


一瞬トーリの言葉に身じろぎするがあくまでしらを切り通す腹づもりらしい。


「証拠はあるのか、証拠はあ?」


「うむ、そう言われると苦しいなあ。」


「ふっ、ふはははは。お前は俺様に確証のない疑いをかけたわけだ。」


証拠がないと分かった途端、その男は意気揚々と笑い声を上げた。もう今までの言動だけで十分証拠になりそうなものなのだが、とはツッコまないでおいた。火に油、ということわざを表現するにはいい機会かもしれなかったのだけれど。彼はひとしきり笑い終えると、その顔は再び憤怒の色へと移り変わり鼻息を荒げながら恐らく現状で考えられる最も愚かな行動に出た。


「なあ、団長さんよお。今俺様はあらぬ疑いをかけられ名誉(?)を傷つけられた。」


「それで?」


ラディは呆れたようにその言葉の意図を尋ねた。男はトーリを見据えると、目の前の男をギタギタに打ち負かす画でも思い浮かべたのかニヤっと笑った。


「お前、新入りなんだってなあっ!なら決闘だあっ!」


ちらっとラディの方を見ると、ため息をつき『好きにしてくれ』という顔を見せる。しかしその後、踵を返す時のラディの顔が何やら企んでいるような様子だったのを見逃しはしなかった。











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