女王の椅子
「やあ、クイーン。そろそろ来る頃だと思っていたよ。ルナ様もお元気そうで。」
「やめろよ。そう呼ばれるのは好きじゃないと何度言ったらわかるんだ。そもそも、それだと性別が変わっちまうだろうが。」
「君なら女装も似合いそうだがね。」
「そ…それはホントにやめてくれ。」
ラドリック・G・ウォーレオン。通称「ラディ」。長めの金髪をなびかせ、鼻は高く、瞳は透き通るようにきれいな青色。足を高々と組んでいるその男はトーリとルナを自室に招き入れると即座に不敵な笑みを見せていた。トーリの横では彼の女装発言を聞いた途端、ルナが好奇心で目を輝かせ、トーリをじっと見つめた。その目は確かに「トーリの女装姿が見てみたい!」と言っている。
「やらんぞ?」
「あうっ。」
トーリが軽くルナの額にでこピンをすると彼女の口からはかわいらしい声が漏れる。
「はははっ、相変わらず仲がよさそうだな。
できればそれよりちょっと強めのやつを私に…。」
「お前には拳をくれてやるが?」
「なおよしっ。」
「なおよし、じゃねえ。やらんぞ。」
「なぬっ。」
「何が『なぬ』だよ。」
こんな軽口を叩きあえるのもラディがトーリの数少ない友と呼べる存在だったからに他ならない。かつては互いに戦友として帝国軍のもとで幾多の戦いに身を投じてきた仲だった。
「まあ、挨拶はこれくらいにしておこうか。二人がここに来たということは私の申し出は受けてもらえるのだな?」
「ああ、世話になりに来た。」
「それはよかった。嬉しいよ。」
彼は歓迎の意を言葉に込め、
一枚の契約書と盃を渡した。
「ようこそ。傭兵団『クイーンズチェア』へ。」
傭兵団【クイーンズチェア】
設立者「ラット・ルクルス」
本拠地所在:ルグステン王国 首都ボルネオ
定款として以下を定める。
一、団員の経歴に関する詮索を禁ずる
一、団員を一方的な暴力等で傷害を与えることを禁ずる
一、他団員に傷害を与えた場合、その者は即時極刑に処す
以上の同意の上、書名をせよ。
ラット・ルクルスはおそらくラディの偽名だろう。数年前は帝国に所属していた人間だったことから、公式に本名を名乗ることはせず、その名を使うことにしたのだと思われる。トーリの記憶の中にほんの僅か引っかかるものがあった。
以下、契約の内容は至極シンプルなものだった。
守らなければいけないルールはたったの三つ。
『他人の過去を詮索してはいけない』
『仲間に暴力をふるってはいけない』
『他の団員を傷つけてはいけない』
これらさえ守っていれば後は自由にしていいそうだ。住む場所も食事も準備してくれるらしく生活には事欠かない。それにしても三つ目はどこか極端さを覚えるし、全体的に怪しさがかなり匂ってくる書類だったがそれでも決心は揺らぐこともなく、トーリは迷わず書名をした。
【傭兵団】はかつての大戦では各地でその姿が目にされてきたが、戦争が終結した今、彼らの役割は警備や魔物退治といったものになりかわっていた。現在この国で傭兵団に所属している者は正当騎士の夢に破れた者や生活に困窮した者がほとんどだ。しかし、『クイーンズチェア』には他の傭兵団にはない特異な性質を孕んでいたのだが、トーリがそのことを知るのは入団して数日後のことだった。