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自殺した女  作者: m
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6

 時間が経ち、酔いが覚めてきた。乗客に流されるようにして電車を降り、池袋西口に出た。ネオンが暗闇を彩っている。カラオケ店の前を過ぎて、劇場通り沿いへ向かった。ここには一軒のガールズバーがあった。ピンクの看板が目印の、一見怪しそうな店で雑居ビルの二階にある。街は四年前と何ら変わりなかった。あの時も今みたいにふらりと立ち寄って、記憶がおぼろげなまま帰っていく。その当時俺が一人で出入りするバーはあの店しか無かった。気兼ねなく入店できて、接客も店の雰囲気もいい。不満は無かった。

 看板はピンクから緑に変わっている。店は真っ暗で、階段を見上げるとドアには『closed』の文字が掛かっていた。ドア付近にはメニューが何枚か貼ってある。非常口表示灯の乏しい光では、メニュー名までの解読は難しかった。階段の前で佇んでいると、一階のカフェから人が出てきた。俺は、カフェの客かと思い、後ろに下がって人を避けようとした。しかし、客だと思っていた人は通り過ぎない。

「もしかして南条さん?」

「え?」

 驚いて声の主を見据えると、オレンジ色のエプロンをした女の店員が傍に立っていた。暗くて顔がよくわからないが、髪を一つにまとめ、背丈は女にしては高い方だった。

「あたし、この上のガールズバーで働いてたんですけど。覚えてないですか?」

 そう言われてみると声に聞き覚えがあるような気がした。しかし、なぜ俺のことを覚えているのだろう。

「えっと、たしか三年以上前だよね?」

 女の顔は行き交う車のヘッドライトで明らかになってきた。名前は忘れたが、確かに従業員にいた顔だった。消されかけている記憶を余計に思い返す羽目になった。

「そうです。南条さんはミナと付き合ってましたよね?」

「ああ、……そうだね」

 この娘は、店でも元気で明朗だった。当時、二十二だったから今は、二十六歳くらいだろう。

「あ、余計なこと言っちゃいましたか?」

「いや、よく何年の前のことを覚えているなと思ってね」

「そりゃあ、南条さんのことは、何度もミナから相談されてましたから」

 女は俺が名前を覚えていると思っているのか、名乗ろうとしなかった。今も常連相手のように軽く煽てている。それが今の俺にとって、皮肉以外の何物でも無いにしても。

「ミナとはもう別れちゃったんですよね?」

「うん。だいぶ前に」

「そうですか。なんでまたここに?」

 女の尋ね方は、いちいち嘲弄するように胸に刺さった。思えばここに立っている事自体が恥ずかしかった。俺の姿は、昔の恋人の思い出を巡って感傷に浸りたがる、未練たらしいソレだったからだ。自分の自慰も性癖も先回りして見透かされたような、そんな屈辱さがあった。

「なんとなくかな。それより、ミナと仲良かったみたいだね」

 この女に俺は、どこぞの恋に恋するイタイ女どもと同類として映っている!

「その頃はそうですけど、今は連絡すらとってませんよ。ほら、あの娘ってよくわからないところがあるでしょ?なんかこう、不思議ちゃんっていうか、掴めないというか、はぐらかすのがうまいっていうか」

「ああ」

 ここで鼻で笑おうとしたのをこらえた。不思議ちゃんとは、いいように言う。世にあるうまい表現だった。不思議ちゃんを最も的確な言葉にすれば、悪口のオンパレードになるので止めておく。

「南条さんは、ミナが今どこにいるか知っているんですか?」

「……さあ」

「あ、知っていたらここへ来ないか。三年くらい前、キャバで働くと言っていたけどどうなったんだろう」

 彼女は独り言のように小さな声で呟く。その大根役者みたいな頤に指を当てる様が嫌味だった。

「キャバ嬢か。カネに困っていたのかな」

「そんな風には思いませんでしたよ。派手な仕事がしたいって言ってましたから」

「そう」

 女は、ミナが今、整形サイボーグとなって銀座でママをやっているなんて知ったらどういう反応をするのだろう。哀れに思うか、同調するか、将又呆然とするか。一瞬そのような誘惑が起きたが、知らないふりを貫いた。

「それじゃ、俺はこれで」

「引き止めてごめんなさい。ここ、コーヒーショップなんです。お店はもう閉まっちゃいましたけどまた時間があったら来てください」

「ああ、ありがとう」

 ブラインドの半分降りた店内に目を向けながら、店員に別れを告げた。世間には知らなくていいことと、ついていい嘘がある。俺が和代の事を話さなかったのは、善意からだ、と強く主張したい。




 東京にも雪が降る。雪はまもなく溶けて路面はアイスリンクのようにカチカチだった。太陽は雲に隠れて、昼になっても凍えるような寒さが和らぐ事はなかった。

「どうも」

 その男は席に着くなり、大儀そうに煙草をくわえた。くしゃくしゃの煙草ケースをテーブルに置くと中央にあった灰皿を深爪の指で引き寄せる。黒ずんだトレンチコートに無精髭、ボサボサの髪の毛。とても育ちがいいようには思えなかった。青白い顔面の色の悪い唇は、ずっと不敵な笑みを崩さないでいる。

「例の件ですがね」

 男はコートを脱ごうともしないで話し出す。この男の態度といえば、ずっと落ち着きがなく、敬語を使いながらも横柄だった。敬語に敬意を感じられない。ここに坊ちゃん育ちの怖いもの知らずなところが垣間見える。

「やはり、志島組との関連がありましたよ」

「本当ですか?」

「ええ。ですがねぇ……あまりにも情報としては弱いですね。我々としては、どんな襤褸が飛び出すかと思いきや、こりゃ鳥の餌にもなりませんよ」

「はあ」

「組には『竹倉』という男がいるんだが、ご存知ですか?」

「いえ、……」

「組のナンバー3です。どうやらその竹倉が女と情交関係にあるようです」

「はあ」

 年下と思えないハリのない頬を動かしながら、男は圧力的にタバコを吹かす。毒にも薬にもならない情報を持ってくるなと言いたげであった。

「なに、あなたが予期するほどたいした大物ではありません。僕なんかずっと暴力組織を追いかけてますが、危険を被ったことはありませんからね。彼らにとっては味方となる我々のような媒体は必要不可欠なんです」

「味方、ですか」

 と、語気を鋭く強調した。精一杯の抗議である。

「彼らにとっては、です。幅を利かす組織には必ずと言っていいほど勢力争いが生じる。その片棒が私自身にある。つまり、これは捨て身の覚悟なんですよ」

「それは重々承知ですが……」

「ですから、それなりの報酬はもらいましょうか。これは一種の賭けです。もしかしたら、を考えると僕もそうせざるをえませんから」

「そう、ですか。どれくらいの見積もりで?」

 俺は急展開に生唾を呑んだ。これ以上平常を保つのは無理に思えた。

「三本でどうです?僕に任されていることは他にもありますし、これじゃあ安いぐらいですよ」

 男は尖った八重歯をキラリと出して笑った。いよいよこの男は裕福なのかなんなのかわからなくなってきた。だが、金に困っていない事だけは斎藤から聞いている。

「わかりました。では、頼んだことはお願いできますね?」

「ええ。僕も本命の仕事がありますからね、少々時間がかかるかもしれませんが、期待はずれの結果にはならないでしょう」

「よろしくお願いします」

 俺はもう一歩も下がる事を許されなくなっていた。道はとっくに逸れている。泥濘んだ足場の悪いこの地点は、茫乎な道なき眺望が広がり、ここから地獄か天国かのどちらかに通じているのだ。



 銀座の一等地にある『雅』は、前の老舗クラブを買い取って、改装した店である。フロアはそれほど広くはないが、贅を尽くしたインテリアで、色彩のセンスも悪くなかった。店の場所がいいだけに、開店早々から客足が絶えなかったようである。売り上げも右肩上がりで繁盛している。客層もメディアで見るような大物が多かった。店のママは、嘸かし鼻高々だろう。

「いらっしゃいませ」

 背の高いボーイが赤を基調とした店内に立っている。俺は、敢えて身軽な格好で来店した。ボーイには、鷹揚にママを指名する。

 王室のようなシャンデリアに金縁の天蓋がちょっとした席の衝立のような役割をしている。

「少々お待ちくださいませ」

 店の奥には、ステージがあったり、まだ隠されたVIPルームでもありそうな雰囲気だった。顔のいいキャバ嬢たちが見切れて、高い笑い声が聞こえてくる。

 漸くサクラに会える。三年ぶりの対面だ。サクラは、俺の顔を見た瞬間、固まるだろうか。まさか追い出すような事まではしないだろう。もしかして、もう入店した時点で俺の姿を見つけているかもしれない。もし、この間に逃げていたら……

 いや、どこに逃げようとも彼女がここのママを簡単に辞めるものか。それにあの女に逃げ道はないのだ。俺には堅固な後ろ盾がある。

「失礼致します」

 女の声が頭上から降ってきた。息つく間もなく白い和服の女が隣へ座った。よく見ると白い着物ではない、黄がかったクリーム色で赤と桃色の牡丹が裾から咲いている。黒髪を弧を描くようにしてまとめた女は、黒ぶちの大きな目を俺に見据えた。その瞳は造形物みたいに光がなかった。

「雅へようこそ」

 女はこれまた形の揃った白い歯を見せた。ブラウンのアイシャドウに赤い唇。化粧が思ったより大人びている。何より、如才ない態度で俺を迎えているのだ。

 この女はシラを切る魂胆でいる。

「そう、ジロジロ見られては困りますわ。どうかなさったんですか?」

 俺はこの店のママを驚かすつもりだったのだが、あまりに風采が変わっていてこちらが呆気にとられてしまった。髪もメイクも着こなしもママとして大人っぽく上品で、少し老けて見えるくらいだった。

「ははは。なんとなく、知り合いに似ていて」

 怯んだ様子を勘付かれまいと、凛として座っているママにその言葉をぶつける。勝負はもう始まっている。どこかのテレビで見た、騙し合いの心理戦が頭を掠めた。

「そうでしたか。でも、人違いでしょうね。私がお客さんを忘れるわけないですから」

 ママは餅のようにふくれた涙袋を持ち上げて笑った。いよいよ元の顔がわからなくなりそうだった。そのあっけらかんとした態度に自分が呑まれてしまう危機みたいなものが襲ってきた。

「そうですかね。ひどく似ているんです。いや、似ているというか面影があるんです。特に声に記憶があります。ほら、人は目よりも耳で覚えていることがあるでしょう」

 流石にママは笑みを解かなかった。逃げ出す素振りもない。どっしりと座って正面から言い負かしてやろうという頑固な意地が感じられる。

 この女、どこまで面の皮が厚いかわからない。

「お客さんの名前を聞いたら思い出すかもしれませんわ」

 幾重にも重なった白い顔に名刺を突き出す。ママの顔から一瞬の動揺も狼狽も感じられなかった。完璧な演技だった。

「南条さん?やっぱり知らないわ。前のお店で会ったのかしら」

 俺はだんだん白々しいママに腹が立ってきた。この日にかけた時間と労力と金が憤怒に繋がった。

「ママは、サクラという名前だろう?」

「ええ、そうですけど」

 均等な二重瞼がやや下がった。外国人のような尖った鼻には深い影ができる。決して慌てたのではない、客に困惑している風を装っているのだ。

「じゃあ、ママの前いたお店は『chaconne』だね。最初にちょっとカマをかけたんだけど、本当は、ママのことをなんでも知っている」

「あら、どんなことかしら」

「ここでは言いにくいな。まあ、言ってもいいんだけどママが困ると思うからね」

「意地悪な言い方ね」

「意地悪か、俺は事実しか言わないつもりだけど」

「悪趣味だわ」

「俺には、ママの正体もそして何をしてきたかを知っているってことだよ」

「正体?なんのことでしょう?」

「そこまで知らないふりをするのは大したものだな。感心するよ。でも、これはただの遊びじゃない。俺だって打つべき手は打ってここにいる」

 ママの口元が途端に一文字に閉じた。不自然な突っ張った口角だけが数ミリ上昇している。物体が元の形状に戻ろうとする現象そのものだった。

「知り合いにハイエナみたいな記者がいる。そいつには強力なバックがあるから、怖いものなしだ。坊ちゃん育ちほど平坦な道は好まないというがまさか記者なんかに就くとはね。そういうのは、一昔前ならとっくに勘当されているだろう」

 ハイエナという表現は、あの男のためにあるようにしっくりときた。或いは、もしかしたら彼がわざとそうしているのかもしれない。きっと彼の反抗と仕事にかける情熱がそうさせているに違いなかった。

「その記者とやらを使って一体どう私を脅かすんですか?」

 ママは、淡然とそう言った。

「嫌だな。まるで凶暴者みたいじゃないか。俺はなにも事実を捏造しているわけじゃない。根拠を持って真実を話しているんだ」

「ご冗談を。私にはなにも心当たりはありませんわ」

「いや、ママはもうわかっている。俺のことも自身のことも。なんならここで証拠を広げてもいい……」

 俺が前屈みになって胸に手を入れる素振りをすると、ママの鋭い声が耳を刺した。

「ここは私のお店です。変なことをすれば出て行ってもらいます」

 控えめだが、明らかに語気を荒げていた。

「それでもかまわないね。さっき言ったように十分な偵察を終えてここにいるんだ。まあ、ママがこの店を手放すことはないだろうけど」

 水商売の女が憧れる銀座で、しかもクラブのママだ。立地場所も凄くいい。店も好調だし、これからますます飛躍しそうなのははたから見てもわかる。

「後日席を設けます」

 ママは、はっきりとそう言い、ギュッと下唇をわからないように噛んだ。女の覚悟が決まった瞬間だったのかもしれない。

「後日?」

「ええ。ここで騒がれては困りますから」

「そういうわけにはいかないなあ。ママが勝手な行動をするとこっちが怪我をしかねない」

「勝手な行動なんかしませんわ」

 地面に吐き捨てるような言い方だった。ママの『感情』がやっと垣間見えたような気がした。

「本当に?」

「それはお約束します」

「ふん、……じゃあ、近日中にこっちが場所を指定するよ。店の番号でいいかな?」

「夜九時には確実にいますわ」

「そうか」

 俺は神妙に天井を見つめてから、たっぷりと間を使って立ち上がり、

「じゃ、失礼するよ」

 とママの顔でなくなった女の前から去った。全身に流れてくる風が森の中にいるように清々しかった。ボーイは俺を止めようとはせず、ママに駆け寄っていく気配を背中で感じた。



 年をまたいでのしかかっていた重荷が肩から消えたような気がした。その日は欣快に自宅に帰ったが、翌朝には焦燥が胸を埋め尽くしていた。浮かれている場合では

 なかった。まだ俺の目論見は始まったばかりだ。それは、言い方を変えれば、危険と隣り合わせになることだった。いつまた、深夜にインターホーンが鳴るかわからないのである。加えて、出勤時や、帰宅時などあらゆる身辺で用心しなければならない。もうあの母親のことは頭から遠退いていた。


 サクラとの交渉は、猪原と最初に出会った××国際ホテルだった。これは、猪原の恩恵を諸に受けた。猪原とはもうただの知人の知人の域をはるかに超えていた。ここでも俺の並々ならぬ労力を述懐さねばならない。猪原の関係はあれっきりにしたくなかったため、何度家来のように飛び回ったことか。猪原は不定期に仕事をしている。一つの枠では満足しないのだ。それにしても好きなことをやっているからか、いつ見ても肌艶がいい。羨ましいぐらい優れた器量の持ち主だった。最も、一番感謝すべきなのは、斎藤という中学からの友人であるが。


 猪原はホテルの一室を自分の部屋のように所有している。昔からこのホテルを贔屓にしていたこともあるが、実は猪原の父の代からホテルとは縁があったようだ。猪原の父は不動産を経営しているからその繋がりだろう。猪原も畢竟するに、成り上がりというよりか、金持ちの息子なのだ。財があるところに財が増える。世は、とことん不情に出来ている。

 ガラス張りのリビングルーム、書斎、風呂、寝室。どの部屋からも眺めが良かった。部屋の下を首都高が通り、蟻の行列のような夥しい車が流れていく。燈明な空に白く殺到するビル。縦に連なるそれぞれのビルが、なんとなく福井で見た険しい懸崖を蘇らせた。ここには荒れ狂う海も塩風もない。ただ、眩しいくらいの陽が部屋の半分を覆っていた。

 落ち着かない部屋でウロウロしていると、電話のコールがなる。きたか、と思い受話器を取ると案の定フロントの男が来客を報せた。

「部屋まで案内してください」

 然もこのホテルの常連のように言った。いや、今日だけは、偉そうに振る舞ってよかった。俺は平凡なサラリーマンであるが、背後には猪原が付いている。そんなことをあの女は知らる由もないだろう。俺がなぜこのホテルのロビーではなく、スイートルームにいるか判断がつかなくて当惑しているに違いなかった。

 サクラはホテルマンとともにやってきた。この日は洋服で、高価そうな毛皮のコートに鰐皮のバッグを手に携えていた。これに蜻蛉だか飛蝗みたいなデカサングラスを合わせれば銀座でよく見る貴婦人が完成しそうだったが、サングラスはかけていない。メイクも店の時よりは薄かった。そして、着物の時よりも胸の異常な膨らみが目立った。

 ホテルマンがにこやかに退出すると自分の部屋のようにサクラをリビングに招き入れた。サクラはなにか聞きたいようにちらちらと辺りに視線を送っている。その顔は会ってからも部屋に入ってからもずっと能面みたいだった。

「適当に座って」

 サクラが真向かいに座ると、俺は用意していた封筒をばさりとテーブルに投げ落とした。そこでサクラは生身の人間らしく不満そうな顔をした。

「これは?」

 低い声だった。形の良い眉毛の間には、小さなシワが寄っている。

「開けてみればいい。話すのも面倒くさいから」

 ソファーに仰け反り、足を大袈裟に組む。今まで味わったことがないほど気分がいい。この女の顔に泥を塗るのは快感だった。

 サクラは恐る恐る封筒を開けた。中からは簡単な資料や大量の写真が出てくる。サクラの写真もあれば、ユリの写真、福井や東京の写真もあった。これだけで何十万消費したかわからない。相手を追求していく過程で、金の心配は念頭に置かず、個人捜査は、責任や義務のように変換していった。今となっては、容疑者に確たる証拠を突きつける刑事の興奮が俺にもわかるようだった。

 写真を持つ彼女の手が震えて始めた。表情はまだ平静を保っている。それにしても、首や耳、手首、指にはこれ見よがしに大粒のダイヤが光っている。俺に財力を見せつけるためなのか、普段からの癖でつけているのかわからなかった。こうまじまじ見ると血の通っていない人形のようだった。精巧に作られたロボット。現代の最新テクノロジーが生み出した研究者の結晶……俺には、息苦しそうな谷間から金属のようなにおいがしてくるような気がしてならなかった。

「……」

「どう?すべて当たっているだろう」

「……」

「まあ、何度もこう会いたいと思っているわけじゃないから、単刀直入に言うけど……あ、いわなくてももうわかってるか、本山和子さん」

 ずっと停止していた体がパッと正面に向いた。

「いくら?」

 と唐突に訊くので俺は含み笑いをした。

「ふっ、万じゃたりないね」

「無理よ」

「お抱えのパトロンに頼めば一発だろ」

「あの人は、……渋るところがあるから」

「あんなたいそうな店を開いて何を言うんだ」

「あれは!あれは、強請って強請ってやっと出してくれたのよ。しかも全額じゃない。あとは私が払ったのよ」

 サクラは、キッと俺を睨んだ。パトロンに相当な不平不満があるらしい。

「どうだか」

「本当よ」

「じゃあ、今回も懇願するんだな。誤魔化すのがうまいからなんとかなるだろう」

「……」

「できないのか?」

「時間がかかって、せいぜい三本がやっとだわ」

「おい、俺は回収屋じゃないんだよ。この件だってさっさと決着つけたいと思ってる」

「……」

「次の交渉までに用意してくれ。長い時間はかけられない」

 サクラは俯いて黙った。真っ白な顔をしているが、その下は蒼白になっていることだろう。俺はサクラの涙を予感したが、サクラの目尻ずっと乾いていた。

「……出来るだけのことはするわ」

 口の中で言ったように篭っていた。サクラは、それだけ言うと封筒をそのままにして部屋を出ていく。その間に猥褻な言葉を投げて謗ろうかとも思ったが、この部屋の雰囲気が俺を紳士にさせたようでやめておいた。

 金ほど腐るほどあって邪魔にならないものはない。あの女からむしり取るのは、交渉金を含め、出来るだけ多くの金だ。報酬を約束した時から、列車は走り出している。止まることは不可能であった。あとはどこで下車することになるか、である。女に与えたと同じように俺にも覚悟と不安が鬩ぎ合っていた。

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