第八審 生かす能力VS殺す能力の巻
この白玉楼というところは随分広く感じる。今では日本も小さい家ばかりになってしまったが、こういう武士の家みたいなところに住んでみたいものだ。広い庭もあるし桜もあると言っていた。ここを譲ってもらえるものなら住みたいものだ。もちろん1人ではなく妻と2人で。
桜というと春には満開になる。桜前線というものがあり、遅かれ早かれ各地で咲き始める。それじゃあ、この桜は何なのだ?ここには周りの全ての春が集中しているわけだが、なぜ咲かないのだ?病気とか死んでいる訳ではない。生命は感じられる。死んでいるなら感知もできないし、弱っているなら弱いエネルギーを感知できる。
この桜があの剣士が言っていた、西行妖とかいう桜らしい。前に女もいるし多分そうだ。どうやらこの女も霊らしい。
「あんたが西行寺...幽々子さんですね...?」
ようやく気がついたらしく振り向いて、
「あら、お客さん?ちょうどいいわ、今からこの桜を咲かせるの。見ていって」
顔も写真と一致した。間違いなく本人だ。だが、何だこの女は。呑気というか何を考えているのかわからない。自分の事を客といい、桜を見ろだと?これでも不法侵入者で警備を1人倒したのだが。
「あいにく、桜を見る暇なんか無いんだ。今、ここにある春をあるべき場所に戻すために来たんだ」
女は残念そうな顔で、
「そう、残念。まあ、用事が済んだら見に来たら?」
おいおい、この女自分の立場わかってるのか。
「いや......そのね、オレが言いたいのはあんたを倒すためなのよ、わかるかな?」
「え?ああそういう意味だったのね。それなら、ちょっと手だしてみてちょうだい」
こいつ、本当に状況を理解しているのだろうか。わけがわからん。
「手相でも見るのか?生命線が短かいんだ、まったくその通りだったよ」
女は自分の手に触れるととんでもないことを言った。
「私は占い師と違います。私の能力は死を操る程度の能力。つまり、あなたは死にます」
「なんだとぉ~?そんなハッタリオレには通用し......」
そのままバタンと、地面に倒れ込んだ。体中のいたるところから出血しているのが痛みでわかった。
「おおおあああ、何だ......うああ、これはぁ......」
「あら、めずらしいわ!普通ならすぐに死んでしまうのに、こんなふうになることもあるのですか」
「やかましいいいい!黙ってろお、ハァー、ハァー」
普通なら、すぐ死ぬだと?それに、今感じる痛みは『二回目』だ。ここに来る前オレが死んだ事故の時の痛みだ。傷の位置から痛みのレベルまで全て同じ。偶然というのは無理がある。
「死の運命からは逃れられないわ。一度死んだものは生き返らない。死を与えたものはもう私でもどうにもならないの」
「ハァー、ハァー、ふざけんじゃあねえぞ!オレはこんなところで死ぬわけにはいかねえんだよ!」
手のひらを見ると血が隅々にまで付いていた。今はなんとか目が見えるが、目もじきに見えなくなってくる。一回目を経験したからわかる。
「あーでもあなたの場合、今から治療すれば助かるかもよ。そのまま横になっていたほうがいいかも」
「(意識が無くなるまで5分とみた...5分でこの女を倒す。)」
腕時計の秘密はもっと後に使うと考えていたが、ここで使うしか無い。腕時計の文字盤を黒電話のように180°回転させ、ツマミを回す。これでセットは完了。1発だけパチンコ球を飛ばせる。小さいが頭に当てれば、威力は十分だろう。
「死ぬ前に聞いておくわ。あなた、名前は?」
「茨戸...秀...覚えておきなッ!」
ギューンと音を立ててパチンコ球を放った。手首にかかる予想以上の衝撃に体が動いたが、確実に頭に向かっていった。
「ゼー、ゼー、オレをナメとると痛い目見るぜ......おねえちゃんよぉ~」
女はその場に倒れていた。しかし、すぐに立ち上がり(亡霊だが)、
「まさか、まだ抵抗ができるとは思いませんでしたよ。頬をかすった程度ですみましたけど」
「かすった......だ...と。バカな、狙いは完璧に......」
「あなた、もう感覚がもう限界なんじゃないの?もう死ぬのも時間の問題でしょうね。30秒か1分か...。それまで見届けてるわ」
確かにもう限界だ。左目も見えないし、右半身が動かない。いくら能力で出血を止めてもけがが多く、深すぎる。
今オレができるのは、ここから逃げることだ。しかし足も動かない、右手も麻痺している。逃げたくてもここから、たったの一歩も動けない。
「(せめて、左腕が動く内に距離をとらなくては......。)」
ズリズリと地面を這っていく。3mと動けない。しかし、これが今の精一杯の努力。
「動かない方がいいって言ったでしょ。ほら、さっきまで倒れてたところに血だまりまでできているわ」
「わけが...わからねえな......。あんたはオレの味方なのか、敵なのかどっちなんだ」
「敵も味方もないわ。死にそうな人がいるから、見てるだけよ」
女は血だまりの上に立って言った。
「おい、幽々子さんよ。例えばの話、もしあんたが気を失えばこの春はどうなる?」
「聞いたところでどうしようもだろうけど、元の場所に帰るわ」
「じゃあ...賭けに出る価値はあるな......」
血だまりから竹を創りだした。竹はぐんぐん成長し、女の周りを囲んだ。
「何?この竹は?一体どこから?」
「オレの能力は...固体に生命を与える......。液体や気体は無理だがな...」
「仮にあなたがやったとしても固体なんか、どこに......」
「その血だ。血は液体だが、血の中の赤血球。その中のある鉄分を竹の種子に変えたのよ......」
「それはすごいですね。だけど、動きを封じただけで、これから私をどうやって倒すんです?」
「今から、手品を見せてやる......口から動物を出してやるよ」
流石に武器も使えないし、仕留めるにはこれしかない。
「よ~く口を見てな」
「ハトかしら?」
「もっと...速いぜ......」
口を開けるとすぐトビウオが飛び出した。トビウオは女の眉間に直撃し、そのまま気を失った。
「歯のカルシウム分をトビウオに変えたんだよ、って言っても聞いて...ねえ...か」
周囲の気温は下がり、塀の外の雪雲が消えていく。春は開放されたようだ。
「(良かった......任務...完......りょう...だ...ぜ。)」
心のなかで映姫様にそうつぶやきながら、両目を閉じた。
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”幻想郷の春雪異変はこうして幕を閉じた。この事件が新聞で報道され、茨戸秀の名は幻想郷各地に広まった。奇妙なのは事件直後の白玉楼で死亡したと思われる、茨戸秀の死体が無かったことである......。”
――茨戸 秀――『一回目』の死(幻想郷に来る前の死)
大型トラックに轢かれ事故死
引いた運転手も周りにいた誰にも気づかれることは無かった
事故現場には血だまりが残っていた
死体は離れた山で見つかった