第七審 部下たちの覚悟の巻
トンネルを抜けるとそこは雪国という話があったが、今の自分はドアを開けるとそこは猛吹雪であった。
「寒いィーッ!作物が枯れるとかじゃあねえーぞ、この寒さは!動物が死に至るレベルだッ!」
人間は内蔵の温度が35℃以下になると低体温症になり20℃以下になればほぼ死ぬらしい。周りには雪が積もり、土が凍りついている。何としても春を取り戻さねば。そう思った。
白玉楼という場所に春が集中しているらしいがその間に凍死してしまうほどの寒さだ。足元に桜の花びらが点々と落ちている。映姫様にもらった地図を見るより、これを辿って向かう方が良さそうだ(地図を見ても周りが雪だらけでわからないし)。
ピンク色の道しるべを辿って行くとだんだんと雪は止み、足下の雪もなくなっていた。前を向けば春、後ろを振り返ると真冬という不思議な道をまっすぐ足を進めた。春は間違いなくこの方向にある。
5分程歩いたろうか。和風なつくりの建物が見えてきた。桜もあるし間違いない、ここだ。
「さて、どうやって入るか。前のはイマイチだったから違うのにするか。」
門番らしき人もいないが、すんなり入れてくれるとは思えないので勝手に入ることにした。城郭のような塀に生命を与えて、花にした。花のトンネルをくぐり抜けると古都のような日本庭園が広がっていた。
「こいつは驚いた。池や石庭まであるぞ。」
中央には家屋がある。だれが住んでいるのだろうか。映姫様にもらった写真を見返した。この西行寺幽々子を止めなければ幻想郷の生物がいなくなるかもしれない。事件の黒幕みたいには見えないのだが、なぜこんなことをしたのだろうか。
池に架かっている橋を渡り、家屋に向かっていった。家屋の中に生命エネルギーの反応は感じられない。それともこれは幽霊屋敷のようなものなのだろうか(幽霊を統率とか管理とかいっているとなおさら)。
幽霊は生物が死んだ姿であるため自分の能力では探知ができない。かといってもいないとは言えないのだが。生命エネルギーを使わずに動いているかもしれない。能力が成長すれば見えたりするのだろうか。
「ごめんくださーい。オレは茨戸秀。地獄から映姫様の命令で来た。西行寺幽々子さんに用があるんだ。」
中からは返事は無い。だが、戸に鍵はかかっていないし窓も開いている。やはり何か引っかかる。
念のためボーガンに鉄球をこめてから、中に入った。幽霊が警備をしているかもしれないし、もうすでに自分の存在がバレているかもしれない。広い家だが大勢で住んでいるわけではなさそうである。玄関にあった靴の数は一家族よりも少ないぐらいだった(いや、幽霊に足があるのだろうか?)。
自分の周りに半径15mに生物は一体もいない。生活をしている痕跡もあるのだがまったく気配が無い。
「外出でもしているのか?いや、買い物に行っても外は極寒。この敷地のどこかにいるはずだ......。」
この家の横の長さはざっと50mぐらいはある。奥に行けば反応があるかもしれない。
30m...20m......生命エネルギーだ。間違いないが、不自然な量だ。エネルギーの波は人間なのは間違いない。しかし13m先の生物はエネルギー量が半分ぐらいしかない。
「人間......か?いや、幽霊か?どういうことだ?」
「誰だッ!?そこにいるのは?」
気づかれたようだ。上げた声は女の声だったが、身の危険を感じていてそれどころでは無かった。咄嗟に庭の縁側から飛び出した。
「10m先からオレを感知したのか。お前......名乗ってみな、オレに倒される前にな。」
縁側から出てきた女は剣を持っていた。水で濡れたような色をした日本刀には女の顔が写っていた。お互いに睨み合っている。
「侵入者に我が名を教える必要なし。あなたの名前も聞きません。ただ切るだけですからねッ!」
すぐさま小石を木の種に変え、成長させた。枝に飛び乗って上から女を見下ろすと、女は驚いた顔していた。
「いっておくが、追っていこうだなんて考えないでくれよ?オレはこの春をあるべき場所に戻すために来たんだ。そこで、西行寺幽々子の居場所と能力を教えな。それさえ言えば、もう攻撃もしないし危害を加えない。」
「何を戯れ言を。幽々子様の計画の邪魔をするものは排除する。それが私の役目です。」
なるほど。計画か。それがこの異変の理由。しかし、どんな理由があろうとも映姫様の命令は守る。
だが、その前にこの女剣士を倒さなくては本当に切り刻まれる。枝の上を歩き家屋の瓦屋根に登った。こうすればどこから来るかわかりやすいし逃げ場もできる。
「(生命エネルギーは屋内に移動中...屋根に登って来る気配はない...。まさか本当に諦めたのか?それとも、階段とかが中にあるのか?)」
ザギィ、シャキンと下から刃物の音がした。
「(なんだ、この音は?何かを切ったのか?いや、屋内で切るものなんか無いはず...。)」
下の瓦を見ると正方形の妙な跡がついていた。
「この跡は...。まさか、あの女......屋根を...切りやがったのか......!そうなるとここにあがったのはまずい、逆に追いつめられたというわけか...!」
屋根の下から刀が出てくると同時に身を引いた。1m先にいたら真っ二つだったろう。
「この野郎...。いまの行為は武士道に反する不意打ちだ!貴様それでも剣士か?」
「侵入者に武士道を説かれるのは初めてです。のんきな人ですね。自分の命が危ないのに。」
「のんきなのは生まれつきなんだ。それと命が危ないのはオレだけじゃない。アンタもなんだよ。」
ボーガンを構えて鉄球を打ち放った。
「この至近距離でスポーツカーのようなスピードで放たれたアイアンボールをどうかわすよ?ハハハー!」
カーンと金属のぶちあたったような音がすると鋼鉄製の鋼球が輪切りにされていた。
「このぐらいのものなら切るのはわけないです。さあ、次はあなたがこの鉄くずみたいになる番です。」
「一瞬で鉄球をリンゴのように切るとは。まったく恐れ入る。大した奴だよ、君は。」
女は自分の首に刀を突きつけ、微笑みながら、
「ほめられるのは好きですが、もうあなたと話している暇は無いんです。早く終わらせます。」
時計を見ると2時57分。おやつの時間か。映姫様もおせんべいとか食べたりするんだろうか。
「そうだな、終わらせようか。ところでこの刀、かっこいいな。名はなんていう?」
「死ぬ人に教える必要は無いといったでしょう。」
「いや、今から刀じゃなくなるから言ってるんだよ。」
左手で刀を触れトビウオに生まれ変わらせた。
「トビウオ......それは、言うなれば海のライフル弾...。当たりどころによっては命も危ない...。」
トビウオを女の手に向けて飛ばした。体ごとふっ飛ばしたが、落下の衝撃で立てはしないだろう。
「うぐ...ぐぅあぁ...。」
「その傷だ。もう動かない方がいいぜ。死ぬことはないだろうがな。戦う武器もない、武器を使う手も封じられた。お前には勝ち目は無い。」
女は自分を睨みながら、
「これ以上戦っても自分に勝ち目はない。でもあなたは、これから幽々子様の計画を止めに行くはず...。だったら、自分は何としてもあなたを止めなくてはならない!少しでもあの人に危害を加えようとするものを放ってはおけない!」
この瞬間、女に大きな覚悟を感じた。主人に対する覚悟を感じた。
「女。お前の刀は直さねえが、さっきの覚悟に免じてその傷は治してやる。だが、オレはお前の幽々子様を止めに行く。オレにも上司がいる。その人を裏切ることはできない。」
女の傷を埋めて、肩に担いで地面に降りた。
「なんで傷を治したんですか?まだ自分に力が残っているかもしれないのに。」
「黙ってろ。その時は女だろうが叩きのめす。」
女は笑顔を浮かべながら
「怪我を治しお礼もありますし、幽々子様の居場所を教えます。それで、借りは返します。」
「ちょっと待ちな。そんなことしたら、裏切るのと同じなんじゃあないのか。」
「いいから聞いてください。幽々子様はこの白玉楼の奥にある西行妖という桜の木のところにいます。」
「さくら~?その桜のためにこの異変を落としたのか?」
「言うのは、居場所だけです。あなたが自分に勝ったから教えるのです...。」
そういうと女は気を失った。治療といっても痛みは残るのでその痛みに耐えれなかったのだろう。女を縁側に下ろし、トビウオを刀に戻した。
「桜を見たいがためにこの異変を起こしたのか?わからんがとにかくその桜のところに行くしかねえな。」
女剣士の言葉通りに白玉楼のおくに向かって行った。