第一審 船と死神の巻
大事にしていた犬が死んだとか飼っていた鳥が死んでしまったとかで、命の重みだとか大切さや尊さを知った、なんてのは世界ではざらにある話である。
しかし自分は違う。自分は生まれながらに知っていた。生まれついた「能力」のせいだ。
簡単にいえば、自分の腕や脚でふれた物体に「生命のエネルギー」を与えられるというものだ。
エネルギーを与えられた物質は生命がうまれ、動植物として生きつづける。空気のような気体や水、油などの液体には命は与えられない。
そしてもうひとつ、「命の終わった」生物にもう一度生命は与えられない。
それがわかったのは10分程前になるだろうか。不慮の事故によりトラックに引かれた私が15歳2ヶ月という生涯を終えたときだ。後悔はしていない......といえば真っ赤なウソになってしまうんだろう。
生きたかった。もっと長く。もっと楽しく。と考えながら5分程立つと大きな川が見えてきた。
「これが彼岸......なのか?三途の川って言ったほうが正しいのか?」
うつむいていてもしょうがないと思い生前のように脳天気に考えた。
「船があるはずだがどこにあるんだ?まさか泳いで渡ってくださーいってのかぁ?」
岸の向こうが見えない。視力が少し衰えているのもあるが岸の影も見えないとなると古風に言えば4、5里程度の距離があるんだと理解した。岸を歩きながら向こうに渡っていく手段を探すことにした。
反対側の岸に行かなくてはとは思うが、岸にたどり着けばこの世には帰って来れないということを考え少し悲しくなってしまった。一人で足元を見ながら暗くなっていると、随分昔に作られた感じの桟橋が目に入った。船も年季が入ってわいるが使えないというわけではなさそうだ。
まさに地獄に仏、いや渡りに船とよく言ったものだ。自分は一人で笑いながら船に向かって走った。
想定外だったことは2つあった。一つは船にエンジンどころかオールもなかったこと。
もうひとつは中でバラの花に似た赤い髪の女性が寝ていたことだ。その女性は自分には気づいてはいなかったが、思ったのはなぜこんなところで寝ているのかということだ。木で作られた船で寝てとてもいい夢が見られるとは思わない。非常時にこんなことを思いつくのは人間の中でも自分ぐらいだろう。
話を聞いてみようと思ったが見ず知らずの眠っている人(ましてや女性である)を起こすのは相当の勇気がいる。今、目覚まし時計というものを初めて尊敬した。彼らは私たちのために頑張ってくれていたのだなぁと思いを馳せながらさり気なく女性を起こした。
「ふぁ~・・・あれいつのまにか寝ちゃってたのか」
「おはようございます。寝起きに悪いんスけどその船ちょっとでいいんで貸してくれませんか?できれば岸まで乗っけてって欲しいんスけど......
」
「ああ、あんた亡者だね?あんたらを運ぶのがアタイの仕事だからいいよ。すぐに着くから乗んな」
あっさりと片がついて拍子抜けだなぁと思いながら船に乗った。船に揺られながら私は自分の身に起こったことを女性に話した。女性は興味あり気な顔である。
「あんたはここで働いてんのかい?金なら死ぬ時に持ってたので払うけどよ~ッ」
自分がそう言うと女性は、
「アタイの仕事は死者を運ぶこと。結構重労働でさぁ大変なんだよ」
どこだろうと仕事をしなくていいというところはないんだなぁと思いもよらない情をかけてしまった
「おっと、自己紹介がまだだったな。オレの名は茨戸秀よろしくたのむぜ(まあ、別に覚えて貰う必要はないけどネ)」
「アタイは小野塚小町、彼岸に死者を運ぶ死神。こちらこそよろしく!」
「死神ね......ふーん」
「あれ?怖くないの?あんた、相当変わってるね」
「いや、死神っつーのはもっと怖い顔で鎌を振り回してるもんだと思ってたんでな。さっきまで船で寝てた女の子が死神だなんて予想だにしなかったんでね」
「ハハハ、それもそうね」
船は一人の死者と一人?の死神を乗せて走る。ボロい船というと死神の子に失礼だが、すぐに考えを改めた。この船はエンジンもないのに漕ぎもせずに動いているのだ。ついでに言えばそんなものを使うよりもずっと速いうえに向かい風もそよ風程度である。この船には神のご加護ようなものでもはたらいるのだろうか。その点をふまえると川を泳いで渡らなくてよかったと思う。思い切って川に飛び込んでいれば今頃は川の底で溺れかけていただろう。
そんな考察をしているとあっというまに彼岸が見えてきた。死後の世界というと殺風景なものだと思い込んでいた。だがやはり、そんな想像はあてにならないものである。彼岸には花が咲いていた。鮮やかな色彩の桜がそこにはいくつも植わっていた。おもわず溜息をつく。人や物を美しいと思ったことは自分にはあっただろうか。生前の景色はなにもかも綺麗とは思えなかった。理由は死んでしまった今もわからない。人によって作られたせいなのか、それとも心に響かなかったせいなのか。できれば生前にこのような風景を見たかったと思う。
「ほら、着いたよ。なかなか面白い話聞けたからお代はいいよ」
内心ほっとしていていた。金があると言ったのはハッタリだったからだ。死神と名乗った時はすこし焦って眼を一瞬逸らすくらい動揺したが運に助けられた。
「これからオレは、どこに行けばいいんだ?閻魔さんがいるとこか?」
「桜の木で出来た道わかる?あそこを通って行けばうちのボスのとこに行けるよ」
「ありがとう。小町さんは報告とかに行かなくていいの?」
「ああ、めんどくさいから休んでから行くよ」
すこし注意してやろうかとも思ったが、タダにしてもらった件があったから見逃すことにした。歩いて行くとすぐに建物が見えた。あの死神が言うにはここに閻魔様がいるとのことらしい。全くここから逃げ出したいと思った。しかし自分には他に行くところがない。見知らぬ地で下手に動けば、迷うのは確実である。
しかたなく、自分の何倍もあるであろう扉を開け、地獄のボスのいる砦に入っていった。