いちごみるくなんかより、甘い
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南校舎三階、理科室ベランダ。約束はしてないけれど、昼休み行けば大抵貴方がいる。
今日も覗けば貴方が私を見てしかめ面をした。
私はにっこり笑って、胸焼けするくらい甘ったるい声を出した。
「セーンセ、お待たせ。待った?」
「いーえ、全然。俺は会いたくなかったけどな」
「あは、相変わらず冗談きっついですね。デレ期はいつですか」
「お前に見せるデレは欠片もないから安心しろ」
「うわ、ひどっ」
いつもどおりの会話。貴方は私なんかに興味はないよ、とそっぽを向いてクリームパンの袋を開ける。これも、いつもどおり。
……先生っていっつもクリームパンとミルクティーですよね。胸焼け、しないんですか?
以前そう訊いたら貴方は、私の手元に視線を落とした。
俺としては、お前の嗜好の方が理解出来ないな。
このカレーパン美味しいんですよ、とびっきり辛くて。
そのくそ辛い食い物にいちごみるくを合わせるところが本当に理解不能だ……。
薄いピンクの紙パックを目の高さまで持ち上げる。正直私は、この人工的な甘みが苦手だ、好きじゃない。
でも、さ。
――好きな人の世界を少しでも共有したいっていうのは、ごく当たり前の感情じゃない?
「……っ、苦っ」
貴方が低く呻いた。珍しい。滅多に隙を見せるような人じゃないのに。
「どうしたんですか、クリームパンがニガウリパンにでもなりましたか」
嬉しくて茶化すと、貴方は眉間に皺を寄せて右手の缶を振った。
「……それ、コーヒーじゃないですか!しかもブラック! 本当にどうしたんですか、先生コーヒーはものっすごく甘いカフェラテしか飲めないじゃないですか!」
「貰ったんで、飲んだ。捨てるのも悪いしな」
「……」
呆れた。お昼のメニューは甘いクリームパンと甘いミルクティー、職員室で他の先生がコーヒーを飲む中一人だけ「先生ガキー」「私だってコーヒー飲めますよー」なんて生徒たちに笑われながら、頂き物らしいココアを嬉しそうにいれて。そんな先生のポケットにはキャラメルが忍ばせてあることを私は知っている。
律儀というか、くそ真面目というか。まぁ、貰ったものはどんなものであれ大事にする先生らしいけど。
「あーくそ、クリームパンもキャラメルも全部食っちまった」
「馬鹿ですか……」
どうせ苦いと分かっているんだから、そして生粋の甘党なんだから、そのくらい頭働かせればいいのに……。
「あ、」
私は咄嗟に自分の紙パックを差し出した。
「先生、これあげます、お口直しに」
先生は私といちごみるくを交互に見つめた。眉間にはまだ皺が寄ったままで、でもそれは怒っているより困っている顔だともう判断出来る。
「開けちゃいましたけど、まだ私飲んでませんし、今日そんな喉渇いてないし、昼休み終わるまでに私じゃ多分飲みきれないし、だから、」
早口でまくし立てた私を先生はぽかんとした顔で見つめて、やがて先生は笑い出した。
「ありがとう、折角だから貰うな」
ぽんぽん、と優しい手が私の頭を軽く叩き、いちごみるくを攫っていく。頭の触れられた箇所が熱い。かあっと頬に熱が上る。
私は慌ててまだ半分残っていたカレーパンを引っ掴んで立ち上がった。
「じ、じゃあ先生お大事に! 苦さで授業放棄とかしないでくださいね!」
捨て台詞を斟酌する余裕もなく理科室から走り出る。
言い訳、あれで不審がられなかったかな。私、何か不自然な態度取らなかったかな。
まだ口つけてないなんて嘘、バレてないかな。
……そして、午後一発目が化学だったことを思い出して、本気で授業サボろうかどうか迷ったのは、私の覚悟が甘かったからだ。
いちごみるくなんかより、ずっとずっと。