能力の授与
LIMITに存在するのはゲームオーバーのコマンドだけだ。ひとたびそのコマンドを入力してしまえば、リトライやコンティニューは存在しない。
命を懸けて、クリアするしかない。
光が晴れてすぐには、夕介は自分の身に何が起こったのかを把握できなかった。能力を授けるとか言われた気がするが、何か変わったのだろうか。
視線をめぐらすと、その疑問はすぐに解消された。
シルバーの手が浮いている。
クロウのものと同じく光沢に包まれた、手首から先だけの、やや尖ったフォームの鎧のような手だ。
それが夕介の両隣で浮いていた。慌てて自身の両手を持ち上げたが、幸いなことに両手とも無事だ。手首が球に変わってたり手がなくなってたりはしていない。
「それは私が貴公に与えた能力だ。外観が私の手と酷似しているが、関連はない」
どうやらそういうことらしい。
確かに、クロウの手もさっきまでと変わらずふわふわ浮いている。
「私から貴公にその手の能力を教えはしない。それを知ることもまたLIMITの醍醐味だと考える」
能力……。
クロウが浮いていたことやテレパシーのようなもので仲間と交信したこと、奇妙な腕を有していることも能力によるものなのだろうか。
だとすれば、夕介の両隣の銀手にも、同じような何かしらの能力があるのだろうか。
「はは……」
幼い頃には心の底から望んでいたものを手に入れたというのに、夕介はうまく笑うことができなかった。
さて、これでLIMITを行うための条件はすべて揃ったということになる。
現についさっき、ゲーム開始は宣言された。
「あとは俺たちがそっちの王様のところまで行けば勝ちなのか?」
「左様だ」
と、言われても。
具体的にどうしたらいいのだろうか。
「あー……おまえを締め上げて道案内でもさせればいいのか?」
自分でも驚くほどすらすらと、夕介の口から物騒な台詞が流れ出た。どうやらもう恐怖心すら麻痺しきっているらしい。さっきから徐々に震えも収まってきているし、無意識のうちに完全にやけになってしまったのだろう。
「それは不可能というものだ」
窮鼠猫をかむ、といったような諺までは学習していない様子のクロウは、さらりと受け流した。
「私たちは貴公らが王の御前に姿を現すまで、積極的にはLIMITに参加しない」
そもそも、
「今の貴公はその手を制御することができていない。今の貴公では私に触れることすらできない」
正論だろうな、と夕介は頷いた。
ついさっき目で追うこともできない速度で眼前に迫ったクロウの牽制のことくらいはまだ覚えている。
LIMITをクリアするためには、まずこの銀手を制御できるようになることが最優先のようだ。
とはいえ、それは必須課題だろうか?
勢いのままに能力を授かったり物騒な話をしたり、なんとなく戦う流れになっているものの、それは必ずしも必要なことだろうか?
異世界の王を探すだけのルールなら、もっと平和的に解決できそうなものだ。
そんな夕介の思考を読んだかのようにクロウは、
「当面の貴公らの相手は、カーニヴァルに任せている」
「カーニヴァル……?」
祭り、という単語がまず浮かんだ。というか、たいして勤勉なわけでもない夕介にはそれ以外の単語は浮かばない。
「こちらの世界では、食人のことをそう呼ぶと学んだ」
「……カニバリズムか?」
確か、人が人肉を食べることをそう呼ぶのだった気がする。詳しいことはわからないが、大まかにはそうだろう。
いや、待て。カニバリズムの定義はこの際どうでもいい。単語としてカーニヴァルが微妙に間違っていることにも目をつむろう。
だが、クロウは当面の間、そのカーニヴァルが夕介たちの相手をすると言った。
「食人……?」
夕介の背中を、冷たい汗が流れた。