無断の開宴
明らかに人間ではない自称異世界人が急に自分を含め十人以外の人類を消し去り、謎のゲームを申し込んでくる。
漫画や小説、創作の世界ならありがちなこの状況に、現実を生きる凡人はどう対応するのが正解なのだろうか?
「どうして、そんなこと……」
夕介には、かすれた声でそう問う程度のことしかできなかった。
それでも問いかけの意味がクロウには理解できたらしい。
「我らの王の意思だ」
クロウの浮遊する手が空を指し、
「あちらの世界に鎮座する我らの王は、貴公らとのゲームを望んでおられる。我らはその意思を完遂するまで」
王。
クロウの台詞から推測すると、クロウとその仲間には仕える主人がいるというわけだ。夕介からしたら異世界であるそちらにも、文明があるのかもしれない。
いや、それも今は関係ない。
「……参加するわけないだろ、そんなゲーム」
強い否定の意思を示すためにやや語気を荒げながら、夕介は断言する。そうだ、相手が異世界人だろうとなんだろうと構わない。要はふざけたゲームに参加しなければ済む話だ。
「他のやつだって俺と同じように答えるはずだ。早く皆を戻して向こうの世界に帰ってくれ」
ありったけの勇気を振り絞り、震えそうになる膝を意識しながらもそう言い切った。今はとにかく無事に日常に戻りたくて仕方がない。
しかし、夕介の希望はクロウの次の一言にかき消されることになった。
「ならば、今ここで貴公を殺す」
「姿を消している人間たちもだ。誰か一人でもゲームに参加しないというのなら、全員を殺す」
物騒どころではない。
仮面のせいで表情の読めない、奇妙な力を持っている異世界人から平淡な声でこのようなことを告げられて、全身が震えないやつがいるなら教えてほしいくらいだ。
「なんだよ、それ……」
「我らは元々、この世界を侵略するつもりでこちらに来た。しかし王が貴公らを気に入ったので、特別にゲームを設けたのだ」
じゃり、と足元で音がした。恐怖と混乱のあまり、夕介の足が一歩下がった音だ。靴底が校庭の砂利を踏んだ音だ。
瞬間。
目で追うことすらできない速度でクロウの浮遊する手が夕介の眼前まで迫った。尖った指先を刃物のように眉間に突き付けられ、震えすら止められる。
数秒して、ようやく空気の切り裂かれた音が発生した。
「逃げるのなら殺す。それが王の意思だ」
この時点で、夕介はようやく理解した。
このゲームは自由参加ではなく強制参加だ。楽しむものではなく戦うものだ。命を懸けて生き延びるためのデスゲームだ。
「他の九人は参加を決めたらしい。残すは貴公のみだ」
異世界人はテレパシーでも使えるのだろうか。特に連絡を取るような素振りもなかったのに、仲間からの報告を受けたようだ。
他の九人は参加を決めた。
きっとその九人も、最初は拒んだに違いない。それでも、夕介と同じように脅され、参加を決めたのだろう。
「どうすれば……いいんだ。どうすれば、俺たちの勝ちなんだ」
そう訊くしか、ないではないか。
「その言葉、ゲームへの参加表明と受け取る」
「複雑なルールではない。貴公らに十日間の猶予を与える。猶予期間の間にこちらの刺客をかいくぐりつつ我らの王の元に辿り着けば勝利となる」
ただし、
「猶予期間の間にこの条件をクリアできなければ、この世界の全生物を滅ぼし、元の計画通りこの世界の侵略を行う」
それがこのゲーム―LIMITのルールらしい。
「ちょっと待ってくれ。俺も、たぶん他の九人も、普通の人間なんだ。特殊な能力を持つ異世界人相手にどう対抗すればいいんだ」
やけになってしまうと言葉は詰まることなくすらすらと出てきた。忌々しい。覚悟を決めた、というわけでもないくせに。
「安心してほしい。その点は考慮している」
言うのに合わせ、クロウの浮遊する両手がこちらに掌を向けた。
「こちらの世界の者が扱う能力、その一部を貴公に授ける」
見る見るうちに夕介の体が光に包まれ、暖かい熱に囲まれていく。
視界一面が光に埋め尽くされた時、頭上からクロウの声が聞こえた。
「それではここにLIMITの開幕を宣言する!」