不意の邂逅
他と比べて特出したところはなく、されで無個性というわけではなく。道ですれ違った程度では記憶に残りもしないが、付き合ってみれば特徴と言えるものはある。そういうのが凡人、いたって普通の人間ではないだろうか。
少なくとも少年、烏野夕介はそういう人間だ。
背は少し高めで、どちらかと言えば痩せている。やや落ち着いた性格で、暗いというわけではないが、明るいという表現は似合わない。活動的ではないが閉鎖的にもなりきれない、そんな人間が夕介だ。
彼のことを中途半端だ、という人々はいる。どうせならはっきりしろ、と。性格は暗いのか明るいのか。活動的なのか閉鎖的なのか。
余計なお世話だ、と彼は思うことにしていた。もしそれらがはっきりとどちらかに傾いたのなら。仮に夕介が明るく活動的で誰とでも友達になれる人物だったのなら、それはもう普通の人間ではないだろう。世の中見渡してみろ、と言ってやりたい。明るい人間にだって暗い一面はあるし、活動的な人間にだって部屋に閉じこもりたい日曜日があるはずだ。
普通の人間にはその両面があるだろうし、周りから見てそれがないやつは大なり小なり無理をしているに違いない。
夕介のことを中途半端だと批判する人々だって、表面上はそう見えないだけの話。よく観察すれば絶対に中途半端な部分はある。なぜなら彼らも普通の人間にすぎないのだから。
話が長くなりすぎた。
つまり、そういうわけで夕介は、自分のことをいたって普通の凡人だと思っているわけだ。
凡人には平凡な日常を。それは現実世界において切り離すことのできない、絶対の組み合わせだ。
そして自らを凡人だと自負する烏野夕介は、もちろんそういう日常を送っていた。朝起きて、学校へ行き、授業を受け、放課後はさっさと帰って自宅で過ごす。宿題をやったり漫画を読んだり、することは探せばあるものだ。
もちろん友人と遊ぶこともある。ゲームセンターやカラオケに行くのもいいし、ぶらぶらと適当な店を回ってみるのも悪くない。
さて今日はどうしようか。早く帰ってやりかけのゲームの続きをしようか。それとも、最近やけに寒いことだし防寒具を買いに行ってみようか。
「部活でもやったらどうだ?」
そう提案してきたのはクラスメイトの鷹月陽。夕介の言うところの凡人とは違い、中途半端なところがない少年だ。明るく活動的で誰からも慕われ、顔も頭も性格もいい。幼馴染という経緯がなければ、夕介と親しくなることはなかっただろう。
「却下。高校二年の冬だぞ、今は。今から部活を始める馬鹿がどこにいる」
「確かにサッカーや野球は厳しいな……。文芸部あたりなら大丈夫なんじゃないか?」
そういう問題じゃない、という代わりに夕介は思い切りため息をついて見せた。言ってることはあほ丸出しなのに男から見ても格好いいさわやかスマイルのせいか、強く突っ込むこともできない。
まあ、どうせ本気で言ってるわけでもないだろうことはわかっている。いつも通りの冗談だ。
「陽は? 今日の放課後は忙しいのか?」
「生徒会の仕事がある。そう手間なもんじゃないけどな」
どうする? と陽が目で問いかけてきたので、夕介は、頑張れと表情で返しておいた。今日の放課後はさっさと帰ることになったようだ。
「俺は、高校生っていうのは毎日忙しくて充実してるもんだと思ってたんだけどな」
愚痴るつもりでもなく、ふと頭に浮かんだことを夕介はぽんと口に出していた。別に毎日に不満があるわけではない。確かに彼の過ごす日々には特別な何かがあるわけではないが、十分に納得できる毎日を送っている。
それを知っているからこそ、要は芝居がかった動きで首を振った。
「夕介の言う充実した毎日っていうのは、漫画の主人公が過ごすような日々だろ? 高校生らしい生活がしたいなら、学ラン着てれば十分じゃないか」
「俺たちの制服、ブレザーだろ。……いや、いいんだ。意味のない独り言だから」
「だろうな。わかってるよ」
長い付き合いだから、というように昔から変わらない笑顔を陽が向けてきたので、夕介も笑顔で返す。
ちょうどそのときチャイムが鳴って、昼休みの終わりを告げた。
退屈な午後の授業も終わり、二時間ぶりにチャイムが鳴る。今度は放課後を告げるチャイムだ。
学校に残ってすることもない夕介は帰り支度を終え、ちょうど前を通った陽に声をかけた。
「陽、また明日な」
わざわざ自分から言いに行くことでもないがせっかく通りかかったんだし言っておこう。その程度の意味合いのあいさつだ。おう、とでも返事をしてそのまま言ってもらって構わない。立ち止まる必要のないあいさつだろう。
「おう、また明日」
それでも一応は立ち止まって笑顔を向ける陽にじゃあな、と返して夕介は教室を出た。
いつも通りの日常だ、と。ここまではそう思っていた。
校舎から出た時に違和感を感じた。
誰もいない。
生徒も教師も誰一人、いないのだ。さっきまではいたはずなのに、瞬きをしたほんの一瞬で消え失せてしまったかのように。
まるで最初から、ここには夕介しかいなかったかのように。
気づいてしまった事態に激しく混乱した夕介は立ち止まり、硬直し―
そして、空中にそれは現れた。
全身をシルバーで覆った、それが―