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LIMIT  作者: ラギ
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日常の崩壊

 普通の人間、というのはいないのではないだろうか?

 アニメや漫画の最初に、よく主人公のモノローグがある。俺は☓☓高校に通う〇〇、いたって普通の高校生さ! みたいな感じで。

 しかし、いたって普通の高校生というのは、誰に訊かれているわけでもないのに急に心の中で自己紹介をするものだろうか? しかも、自分で自分のことを普通だなんて、それこそ普通の奴は言わないと思う。

 まあ、別にそれは物語の中の話だ。構わない。主人公の高校生が、いきなり自分のことを光の戦士とか闇の兵士とか言い始めても困る。そんなことをされても読者が置いてけぼりになるだけだ。

 だから、きっと主人公というのはいつだって、本気で自分のことを普通の人間だと思っているのだろう。そういうものだ、きっと。

 けれでもそんなモノローグをかます主人公というのは、ほぼ例外なく何らかの事件に巻き込まれ、異世界に行ったり秘密組織の一員になったり自らの隠された能力を知ったりする。少なくとも二、三話でそういう展開になる。

 少なくとも彼、烏野夕介(からすのゆうすけ)はそういうストーリが嫌いじゃない。むしろ好みだ。高校生となった今となっては思い返すことも少ないが、幼いころは漫画の主人公になりきって遊んだりもしていたものだ。子どもであるが故、時には道行く人に絡んだりして親に叱られたことも懐かしい思い出としておこう。

 だけど、成長すればわかることだ。漫画の中の平凡な高校生は実は特別だけれども、現実の高校生は本気で本当に平凡なのだと。夕介はそのことを小学校五年生の時には気づいていたし、友人たちだって中学に入学するまでには気づいていた。逆に眼帯したり包帯巻いたりしてるやつもいたけど、それはそれでちょっと特殊だっただけだろう。

 

 つまり何が言いたいかというと、物語と現実はあくまで別物だ、ということだ。


 何を当然のことを、とバカにする人もいるかもしれない。だけれど、そんな当然のことがわからず主人公に憧れていた時期というのは、時には忘れたい過去として誰しもが持っているのではないだろうか?

 少し前置きが長くなったかもしれない。

 烏野夕介という少年はいたって普通の高校生だ。幼いころには主人公に憧れ、成長して現実を知り、今は特筆すべきこともないような普通の少年だ。

 しかし夕介は今、どう考えても普通ではない状況に立っていた。




「……何だ、おまえ」

 傍から見ている分には極めて落ち着いた、冷静な声色で夕介は問いかけた。が、実は今の夕介の心境は、そういった表現では表せない状態である。彼の心臓は人生最速のペースで早鐘を打っているし、正直、足も震えている。

 言葉が落ち着いているように聞こえるのは、驚きや恐怖のあまり声がのどに引っかかって声量が出せないからだ。ちょっと彼の正面に回れば、表情が引きつっているのもよくわかる。

「こちらの者は皆、私に対して何だ、と問いかける。こういう場合は誰だ、と問うものだと思っていたが……こちらの言葉の勉強不足のようだ」

 答えた何かはうなずき、勝手に納得していた。

 この場合、夕介が誰だ、と問いかけなかったのは正しいことだ。

 夕介の目の前のそれは、人の姿をしていた。すらりと背が高く、全身はコート状の衣服で覆われているが線が細いことはよくわかる。ここまでは普通の人間の特徴だ。

 しかし、それは空に浮いていた。比喩表現などではなく、夕介から離れた位置の空中に、夕介を見下すように立っていたのだ。シルバーの硬質なブーツだけがコートの裾から覗いている。

 さらにそれの手はさらに異質。コートの袖はファーで包まれ、手首から先が見当たらない。視線を動かせば、袖の延長線上。十五センチほど離れた位置に握り拳ほどのシルバーの球体が浮かんでおり、さらにそこから五センチほど離れた空中にこれまたシルバーの手が浮いていた。手は西洋の鎧を連想させるが、それにしては鮮やかな銀で、細く引き締められた形状だ。

「誰って雰囲気じゃ、ないだろ……」

 詰まりながらも、何とか言い切った。勇気を振り絞って、さらに追撃。

「顔ぐらい見せろよ」

 相対している何かは、不思議そうに首をひねった。しかし、そこから感情は読み取れない。

 なぜならそれは仮面をかぶっているからだ。顔全体を覆う薄い仮面で、見ている夕介の不安を呼び起こすような奇妙な模様で彩られている。口や鼻はおろか、目の穴すら見当たらないが、一体どうやってこちらを見ているのか。

 だが、仮面の後ろにあるのは普通の人間の頭だ。やたら量の多い頭髪が濃い銀色であることを除けば、むしろ小顔でうらやましいくらいかもしれない。

 だけど、それは決して人間ではない。

 誰だ、と尋ねるような相手ではない。

「申し訳ない。この世界の空気は私にとってあまりよろしくない。また、私は常日頃これを装着している。ここで取り外す意思はない」

 それは声まで硬質だ。声に色を付けるなら、やはりシルバーに違いない。

「用件だけを迅速に済ませよう」

 空に浮いているシルバーの手が夕介に向けられる。これはきっと、何かの宣言だ。そう夕介が考えた通り、それは硬質な声で宣言した。


「烏野夕介―貴公をゲームに招待する」

 

 こうして、平凡を信じた烏野夕介はの日常は唐突に崩れ去った。

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