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アルバスト伝説 ~双騎士~  作者: 天剣
第一章 マナリア・クロス
9/50

第八話

投稿する際になって気付いたことが。


すみません、第七話が抜けていましたね(汗


前話が七話です、訂正しておきました。

警備隊ーーラルフと名乗る人物から受けた情報を聞き、アイナは今、経営するカリクロスに戻っていた。


一度全騎士が収集された後、部隊長各の騎士が集められ、その他の団員は待機を命じられたために、宿屋に戻れたのが夜明け前であった。その間、トリシュはずっと起きていたらしく、カウンターの席に座って帰りを待っていてくれたようだ。


「お姉ちゃんッ! ジークは!?」


押しつぶされそうな不安と戦いながら戻ってきた彼女は、ジークのことを姉であるトリシュに聞いてみる。すると彼女は、アイナのことを一瞥した後、悲しそうな表情を見せて俯いた。その様子から、何かあったのかと訝しげな顔を見せながら、再度問う。


「お姉ちゃん?」


「……アイナ、その、ジーク君は……」


そう言って、眼鏡の奥の瞳が伏せられ、腰に巻いたエプロンから一通の手紙を差し出してきた。それに書かれた名前ーージークの文字を読んで目を見開いた。


「これって……!」


「まだ夜更け頃よ。そのとき、上の方から物音がしたから、気になって彼の部屋に行ってみたっけ……これが、ぽつんと置いてあったわ」


姉の言葉を聞きながら、アイナは急いで手紙に書かれた言葉に目を落とす。しかし、書かれていたのは「世話になった」の一言のみで、後は何も書かれていなかった。


「……これだけ?」


「後は、未払い分の料金、それだけよ。……アイナ、その……魔獣が出たって事、本当なの?」


心配そうな表情をして、アイナの瞳をのぞき込んでくるトリシュに、しばらく言うか言わないか逡巡した後、知らず知らずのうちに言葉が漏れていた。


「……本当だよ。今、隊長達が話し合っていて……結局、魔獣と一戦交えることにしたみたい」


「……え?」


トリシュの口から、信じられないと言った風に呟きが漏れる。目を大きく広げ、口元を手で覆って後ずさる。


「魔獣と、一戦交える……? そ、それって……」


「大丈夫だよ、玉砕命令じゃないから」


強ばった顔を何とか笑みに変え、アイナは続ける。


「隊長達が言うには、魔獣の破壊衝動を利用するの。目の前で部隊を動かして森へ誘導して、違う破壊対象に擦り付けるんだって」


「で、でもそれじゃあ、誘導する部隊は、囮に……ッ!?」


彼女の悲鳴に近いうめき声に、アイナは沈んだ表情を浮かべる。たとえ作戦通り、破壊対象を擦り付けることが出来ても、それは時間稼ぎにしかならない。今この間にも周辺国に協力要請を送っているが、マナリアの周辺には小国しかない。大国に到っては、距離を考えればロージェリウスが一番近いが、あそこはレフィリスを滅ぼした国だ。要請を送るのは見送られた。


そのほかは距離が離れすぎている。要請に応じて援軍を送っても、間に合うかどうか。いや、それ以前に援軍を送るのさえ怪しいものだ。


厳しい表情で沈黙し、固まったアイナとトリシュだが、やがてアイナが持つマターが鳴らす音にようやく身じろぎをした。どちらともなく苦笑いを浮かべた後、彼女はマターの通信に出た。


<はい、アイナです>


<私だ、ロスだ。……収集がかかった。明朝までに市街中央広場に来るように>


<了解です>


通信を終えた後、それを見守っていたトリシュに軽く頭を下げる。


「……ごめん。あたし、もう行かなきゃ……」


「うん、わかった……」


二人とも厳しい顔をしたまま、言葉少なくそれだけを言うと、アイナは戻ってきたばかりの宿屋を後にする。玄関から出ると、トリシュも見送りに来て、いきなりアイナを強く抱きしめた。


「えっ……」


訳が分からず抱きついてきた姉のことを見やるが、彼女はアイナの耳元で小さく囁く。


「……アイナの家はここだよ。絶対、帰ってきてね……」


「……うん。お父さんのようにはならないよ」


トリシュの心遣いに、アイナも強く抱きしめることで返す。しばらくの間、抱擁を続けていたが、やがてどちらともなく離れ、照れたような笑みを浮かべた。


ーーようやく、普通に笑うことが出来たな。アイナは胸中そう思う。魔獣が現れたと聞いたときから、あることが頭の中を駆け巡り、笑うことが出来なかった。笑ったとしても、作り笑いのように引きつった笑みしか出来なかったのだ。


「……ありがと。それじゃ、行ってくるよ」


「うん。……行ってらっしゃい」


アイナとトリシュの姉妹は、もう一度、今度は軽く抱き合うと、やがて頷き、アイナは力強く走り出した。


 ~~~~~


アイナが中央広場にたどり着く頃には、魔獣と一戦交える問うことを聞きつけた野次馬達、もしくは見送りに来た人たちがが朝早くから集まっていた。野次馬というと、多少軽薄なイメージがあるとアイナは思っていたが、集まった市民達の表情を見てその認識を改めた。


皆一様に暗い表情を浮かべていたのだ。やはり、彼等も不安なんだ、と双肩にのしかかる重圧がさらに重くなったような気がして顔をしかめる。


あたし達騎士団に、マナリアの市民達の命がかかっているのだーーそう思うと、くじけそうになる。こんな時、彼がいてくれたら……と不意に頭に浮かんできて、ハッと我に返るなり首を振ってその思考を追い払う。


集まっている市民達の間を縫うようにして、何とか広場にたどり着くと、それぞれ部隊ごとに分かれて整列しているところだった。よかった、何とか間に合った、と胸をなで下ろしていると、不意に肩を叩かれた。びくりとしてそちらを振り返ると、警備隊の制服を着て、赤毛の背の高い男性がにやっと笑いながら手を上げていた。


「よう、間に合ったみたいだなッ! アイナの嬢ちゃんッ!」


「ら、ラルフさん……。驚かさないでください……。それと、さっきはありがとうございました」


はぁ、とため息をつきながら、赤毛の男性、ラルフにそう告げる。ーーつい先ほど、ジークが宿を離れたと伝えてくれた警備員は、アイナの文句を聞いても口元の笑みを消さずに、


「どういたしまして。俺としては驚かす気はないんだけどな。同じ作戦に参加する仲間に挨拶をしているだけだろ? もちろん、女性は最優先してな」


「は、はぁ……」


パチン、と慣れた様子でウインクしてくる彼を見ても、気の抜けた返事しか返せない。普段なら、もしかして軟派? と疑問に思うところだが、今はその余裕はない。ただ、この人、すごい余裕あるな、という程度である。


「でさ、アイナちゃん。もしよかったらーー」


「ラルフ、こんな時に何やっているっ!! 早く持ち場に戻れッ!」


「イエッサー!」


なおも声をかけてきた彼だが、不意に誰かの怒鳴り声が響き、多少慌てた様子で敬礼をしながら戻っていく。その後ろ姿を見ていたが、持ち場に戻る頃にはニヘラとした笑みを浮かべており、周りの同僚達から肘鉄を食らったりしている。どうやら、警備隊はラルフがムードメーカーになっており、彼がいつも通りの平常運転(なのか?)のため、彼等も必要以上に不安を抱えてはいなさそうであった。


落ちついた様子ーーというよりも、一部が騒がしくなっている警備隊を見て、アイナはクスリと笑みを浮かべた。すると、不意に横から視線を感じ、そちらを見るとロスがじっと自分を睨んでいることに気付き、慌てて彼女の部隊の列に並ぶ。


並んだ瞬間、息が詰まりそうになった。無論、物理的な意味ではなく、心理面ーーつまり、部隊の雰囲気にである。こちらは、息が詰まりそうなほど張り詰めているのだ。あちら、つまり警備隊の方とは偉い違いである。


普通の騎士よりも力が弱いはずの警備隊の方が、リラックスしているーーというよりもリラックスしすぎている。しすぎなのも多少問題だが、こうやって張り詰めた方がもっと問題だと、アイナは思う。これでは、いざというときに体が動かないのでは、と。


これも彼の人徳なのだろうか、とアイナはしみじみと思った。事実、彼女自身も先ほどのラルフとのやりとりと彼等の様子のおかげで、いつまで続くかは分からないが、ある程度の心の平穏を保っている。


感心しつつ頷いていると、やがてマナリアの執政官達が部隊の前に進み出てきた。彼等はおそろいの紋章が縫ってある白いマントを羽織り、見送りに来ていた人たちに礼をする。慌てて礼を返す人々を見もせずに振り返ると、部隊全体を見渡し、


「これより、魔獣の驚異を退けるため、銀十字騎士団、出発いたす!」


全体に聞こえるようはっきりとした声音で告げた。その声に続くように、騎士団団長であるエラルドが負けじと声を張り上げる。


「銀十字騎士団、全軍前進!」


『はっ!!』


部隊長達が一斉に声を上げ、先頭を行くエラルドの後を追い始めた。しかし、どうやら市民に作戦内容を言わないようだった。そのことを疑問に思った市民達が怪訝な表情でざわめいているが、もう出発を開始しているので聞くわけにも行かない。


アイナは人知れずため息をついた。作戦の内容からしては、確かに伝えるべきではないのかも知れない。魔獣の破壊衝動を誘導させ、別の対象に擦り付ける。マナリアが生き抜くためにはそれしかないのだが、結局は別の何かーー特に近隣の村々を犠牲にしているのだ。市民に、伝えられるはずがなかった。


こんなことしか出来ない騎士団に、彼女は疑問を抱き始めた。ーーこれが、あたしの成りたかった騎士なのだろうか、と。


今でも思い出す。姉と出かけていた際、現れた魔物に襲われ、救ってくれた騎士のことを。


二本の剣を、豪快に、そして巧みに振るう”双騎士”、その背中を。


その背中に救われ、そして憧れて、一つの思いを抱いた。それは、助けられるものなら何でも助けようということだった。なのにーーなのに自分は今、マナリアの街を救うために助けられる村を見捨てようとしている。それが、ひどく悔しかった。


「………あたしは……」


誰にも聞こえないように呟いたその一言は、誰の耳にも入ることなく騎士達が踏みしめる足音にかき消された。


「出発だ……行くぞッ!」


「オウッ!!」


前の部隊が進み出したのを見たロスが、声と腕を上げて隊員達を鼓舞する。隊員達もより大きな声を上げて腕を宙に向かって振りかざす。悔しさ故に、目尻にたまっていた涙を振り払い、アイナも一拍遅れて拳を突き上げた。


「おーっ!」


 ~~~~~


その頃、誰もいない、それこそ魔物ぐらいしか現れないはずの森の中から、剣撃の音が鳴り響いていた。


「っ!」


音のなく口から漏れた音と共に、銀の髪の毛の少年は目の前にいるそれから大きく距離を取る。それーー人の上半身に、下半身は蛇という姿を持つ魔物の手には、粗末な槍が握られている。しかし、一見粗末に見えるそれだが、中に宿す練気の量は凄まじい。


少年が二日前に訪れた未踏破迷宮、そこにいた魔物であるカリプスは、今現在四匹の群れをくんで少年に襲いかかっていた。


しかし、少年の足下には少量の塵と、彼等が手に持っている粗末な槍が1本だけ落ちている。当初は五匹だった群れを、少年は四匹に減らすことが出来た模様であった。


眼前に二匹、左右に一匹ずつという陣形をくんでいるカリプスを前に、少年ーージークは舌打ちを一つ放った。


目の前の状況の悪さに、思わず顔をしかめる。本来、迷宮の外に出られないはずの魔物が外にいる。これは、魔獣が出た際によくあることなので、さしては驚いていない。ある学者によれば、魔獣が醸し出す”気”が、それを可能にしているのではないか、と考えられている。


だが、それは外に出る”こと”は可能にするだけであり、迷宮内と比べるとその力は大きく下がっている。


しかも、今のジークは本来得意とする二刀を持っている。二日前に対峙したときと比べると、楽に倒せる相手ではあるのだが。


まさか、群れで来るなんてな……。


目の前、そして両隣。三方向にくまなく視線を送り、二刀を油断なく構える。楽に倒せるのはあくまで一匹だけのときであり、こうやって複数でーーましてや連携を取られて戦われてしまうと、少々つらくなる。


五匹の群れのうち、一匹を倒してしまったからか、残りのカリプスもじっとこちらの出方をうかがうように赤く細長い舌をチロリと出す。その光景を見ながら、自分に戦い方を教えてくれた師匠の言葉を思い出した。


(群れに囲まれたときは、立ち位置に注意しろ。うまい位置に陣取れば、相打ちを狙える。一番最悪なのは、四方向から囲まれることだ。もしそうなったら、全力で逃げろ)


ーーもしこれを、誇り高い騎士に言ったら、何を言うとぶん殴られるだろう。そう思い、少々苦笑いを浮かべた。


しかし、それが真理であろう。逃げることが正しいこともある。生きてさえいれば、いずれ再び戦うことが出来る。ーー生きてさえ、いれば。


(ーーーーーー)


「っ?」


そう思い、不意に頭の中にかちり、と何かを思い出しかけた気が、ほんの微かにした。忘れ去られてしまった記憶の宝箱の鍵が、そんな音を立ててはまったようなーー


「シャーーッ!!」


「っとっ!」


しかし、完全に蓋が開く前に、右方向にいるカリプスが、猛然と襲いかかってきた。大きく振り上げた槍の穂先が、練気を纏い一気に振り落ちてくる。その一撃を左後方へステップすることによってかわし、地面に足を付けた直後、同じ方向へ再びステップ。


すると、先ほどまでいた場所を、赤い気を纏った槍が貫いた。左側にいたカリプスの一撃である。マターの感知能力によって、カリプスが動いた事に気付かなかったら、確実に貫かれていただろう。


「シャーーッ!」


再度咆哮を上げるカリプス。体の向きを変え、突きを放った個体はもう一度槍を突き出そうと槍を引き戻す。槍を引き戻す動きに合わせ、ジークはその個体に向かってステップを慣行。一気に距離を埋めると、その勢いを乗せて左の剣を振り下ろす。


迷宮内ではかなりの実力を持つカリプスだが、残念ながら今は迷宮外。迷宮内に漂う空気が薄いこの場所では、カリプスの動きを大きく鈍らせる。結果、カリプスは振り下ろされた剣撃に蛇の胴体を軽く切り裂かれた。


仲間の危機を感じ取り、他の個体が助けに来ようとするが、その間は与えない。斜めに振るった剣を引き戻す動きに合わせ、今度は右の剣を下から斜めに振り上げる。こちらの一撃は、先ほどよりも深く斬りつけた。


行ける……っ! そう確信したジークは、そのまま流れるような動きで連撃へとつなげていく。右から、左から。前方への突き。そして、時には2本同時にたたきつける。


そして、計八連の剣撃をその身に受けたカリプスは、体から血のような緑色の体液を吹き上げながら、どうっと地面に倒れ込んだ。


物言わぬ死体と化したその個体には目もくれず、すぐさま襲いかかってきた別の個体を相手取る。しかし、今度は先ほどとは違い、立ち位置が悪い。この位置では、残り三匹のうち二匹を相手取らなければならない。


ジークは冷静にそのことを分析し、再びステップを使用。騎士特有の歩法によって一気に距離を開けた。仲間の敵を討たんとばかりに、二匹のカリプスが同時に並んで距離を詰めてくる。その二匹の後ろから、最後の一匹が後を追う。


「……一気に決めるか」


じっと前方の二匹のカリプスを睨んでいたジークはそう呟くと、両手の剣に意識を集中させる。左右の剣は、練気を全体に纏う。


そして、右の剣を前に突き出し、左の剣を肩に持ってくる。構えを取ったまま、ジークは距離を詰めてくるカリプスに意識を集中させて、ちょうど良い距離まで引き寄せる。


(まだだ……)


蛇のように長い胴体を引きづりながら、森を駆け抜けてくる。その獰猛な赤一色の瞳は、憎々しげにゆがめられている。じっとカリプスのその瞳を睨む続け、カリプスが槍を持ち上げた、その瞬間。


(今だ……!!)


ばっと地面を蹴り、そのままステップ。自ら距離を詰めてきたジークに驚き、前方の二体のカリプスは反応が遅れる。その好気を、彼は見逃さない。


「うおぉぉぉっ!」


咆哮と共に右側のカリプスに、同じく右の剣を突き刺し、深々とその体に突き刺さった。そして半秒ほど遅れて肩越しに振り下ろした左の剣は、もう一方のカリプスを切り裂く。どちらも急所を一撃されていた。そのため、二匹は一瞬で塵と成り、崩れていく様を見ずに後ろに潜んでいたカリプスに躍り出る。


最後の一匹は、明らかに動きが鈍かった。おそらく、前にいた二匹が壁となり、視界からジークを隠していたのだろう。


驚愕に赤い瞳を大きくさせるカリプスに向かって、ジークは無表情に見上げる。低い位置から、二刀を交差させるように振り上げた。


「これで、終わりだ」


青と赤、二色の軌跡が宙に描かれ、カリプスの体を切り裂いた。直後、その体が塵と化し、風にあおられ消えていった。

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