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アルバスト伝説 ~双騎士~  作者: 天剣
第一章 マナリア・クロス
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第六話

ピッピッピッピ、とテーブルの上に置いたマターがやかましく鳴っていることに気がつき、ラルフはまどろみから目を覚ました。同時に、不機嫌な様子でそれを手に取った。


上官殿の頼みは、ジークがどこかに行ってしまっているので終わらすことが出来ず、別に急ぐ用事でもないので放置した後、割り当てられている部屋にて、気持ちよく眠っていたところを叩き起こされたら、誰でも不機嫌になるだろう。


マターには色々と便利な機能がついており、その一つが通信という機能であった。あらかじめ、マターの放つ、人には感じることの出来ない”波”を登録しておくことで、マターを持つ者同士で話し合うことが出来るのだ。しかし、今ばかりはその機能が恨めしい。


宿舎のテーブルに無造作に置いてあるマターを手に取ったラルフは、通信相手を確かめ、余計不機嫌そうに顔をしかめた。


「……めんどくせぇなぁ」


ぼやき、ため息をつきつつも、彼は通信に出ることにする。これで出なかったら、後でめんどくさいことになるのが目に見えていたためだ。


「はい、こちらラルフ」


<遅い!!>


通信に出たとたん叫ばれたことに、ラルフは目を閉じて顔をそらした。その後、薄目を開けて恐る恐るマターに声をかける。


「……いきなり遅い! は、ないだろう?」


心底うんざりした様子で言ったが、相手側ーー上官殿には、その文句に付き合う余裕はないようだった。いつもなら彼のそんな物言いに何か反応を示す彼女だったが、珍しいことに何も返さず、切羽詰まった口調で捲し立てた。


<あなたに頼んだ仕事は一端中止、すぐに詰め所に来て! 今すぐによっ!!>


「待て待て待て。一体何があった? こちとら二日ぶりの睡眠に甘んじていた所なんだぞ。それを邪魔されて、あげくすぐにこいって。少しは落ちついて状況を説明しろ」


彼女のその物言いに、ラルフ自身何か嫌な予感を感じ取り、少しの軽口を叩きながら慌てている様子の相手を落ち着けようとする。


通信越しに、相手が深く息を吐いたのを聞取りながら、ラルフは相手の発言を待った。


<実はーー>


後に続く言葉を聞き、ラルフは睡魔が吹き飛んだのを自覚した。確かに、ここで気持ちよく眠っている場合ではない。


「すぐに行く! それから騎士団にも連絡を入れておけよっ!」


<もう入れたわよっ!>


憤慨したように喚く相手を無視して通信を切り、ラルフはベットから飛び起きる。マターを握り数秒後、彼の体が光に包まれ、それが消えると同時に警備隊の制服を着用していた。


宿舎の部屋から飛び出すと、彼と同様連絡を受けた警備隊の面々が青い顔で詰め所に走っていく。そのほとんどが、表情におびえたような物を浮かべている中、ラルフだけが落ちついた様子を見せていた。


しかし、その表情は軽薄な面が目立つ彼にしては珍しいことに、厳しい物が浮かび上がっていた。


 ~~~~~


騎士達が使う剣や防具には、特殊な鉱石を用いられて作られている。その鉱石は、”練気”を集める力を持っており、それを使うことで技となる。


もっとも、練気という物はただの呼び名であり、正確にはこの大陸に流れている生命力を集めている、ということが正しいらしい。


細剣を覆っていた黄色い光ーーつまり練気が薄れていくのを見ながら、ロスは突きだしたままのそれを下ろした。


「ジ、ジークッ!」


「多分大丈夫だ。…打ち抜いた感触がなかった」


表情をゆがませ、吹き飛ばされた彼の名を呼びながらアイナが駆け寄ろうとしたが、それをロスが手で制した。彼女の目つきは鋭く、それに怯んだアイナはしぶしぶ足を止める。


「いっつぅ……。少しは手加減してくれ」


うめき声を上げながら、広場の向こう側に飛ばされたジークは、顔をしかめ不満を漏らしながら立ち上がった。彼が身につけている鎖帷子が、わずかに赤く発光している。それを確認したロスは、やはりと一つ頷く。


「ぎりぎりで防いだか。しかし、|それ(鎖帷子)にも練気が含まれているとはな。…中々、良品ではないか」


「いや、それほどでも」


ロスの称賛ーーといっても武具に対するだがーーを受け流し、ジークは吹き飛ばされても手放さなかった両手の剣を、再び構える。それにならい、ロスも構えをとるが、その表情には厳しさが含まれていた。


先ほどの練気を使った攻撃。非常時の時に残しておくことを考えると、あの一撃で細剣に蓄えられている練気が少々心持たなくなった。対する相手は、双剣にある練気は一度も使っていない。武器の性能の差が露わになっていた。


しかし、そんな状況においても、ロスは諦めなかった。むしろ、その状況故に、自他共に認める負けず嫌いの性分が、彼女の戦意を高めていく。


一方ジークは、彼女の突きの一撃に無視できないダメージを食らっていた。鎖帷子の形状上、突きには効果が薄い上に、衝撃までは温和してくれないのだ。表情からそんなことは読み取れないが、こめかみから頬にかけて一筋の汗が流れる。


この体の状態では、長期戦は不利になると考え、意識を集中させる。とたん、右の剣が青く、左の剣は赤く発光し始めた。新しくした左の剣の、練気の色合いは確認していなかったが、使われている鉱石が、鎧の物と同じである。何となく、赤になるだろうと予想はしていた。


相手の剣が練気を纏ったのを見て、ロスは顔をしかめる。やはりそう来たか、と唇だけを動かし、細剣を、いつでも突き出せるように構える。


この手合わせで使える量の練気を引き出し、剣の切っ先に集中させて纏わせる。突きに関して言えば、刀身全体に拡散させるよりも、このように切っ先に集めたほうが威力は高い。しかし、その分「これから突きに行きますよ」と行っているような物なので、相手に読まれてしまう。先日、ジークが戦ったカリプスが良い例であろう。


ロスは頬から汗を流しつつ、じっと相手の視線を捕らえる。その目の動きから、最大限相手の動きを読み取ろうとするためだ。こちらの動きが読まれているのなら、逆に相手の動きを読むしかない。


目つきの悪いジークの瞳が、ぴくりと僅か動きーー


(右斜め下段ッ!)


彼女が予測したとおりに、左の剣が振り上げられる。予測したかいもあって、練気を纏った赤い斬撃をあっさりと躱すことが出来た。そのまま腰を落とし、相手の懐へと飛び込み、練気を集めた剣先を突き出そうとして。


「っ!?」


そこで気付いた。ジークの持つ右の剣、その”切っ先”に青い光が集中していることに。


「そこだっ!」


振り上げた左の剣を引き戻す動きに合わせて、右の剣が突き出される。このタイミングでの攻撃、これは躱せない。そう悟ったロスは、半ば本能的に身を捻り、止まらずに細剣を突き出す。ジークが突きだした剣は、彼女の肩を浅く切り裂き、血が軽く噴き出した。


逆に肝を冷やしたのは、ジークの方である。寸止めする気持ちで突きだしたのに、自ら突っ込んでくるとは思いもしなかったのだ。


「え、ちょっちょっ!?」


慌てて呼びかけたが、ロスは聞く耳を持たなかった。彼女が突きだした細剣は、何のためらいなくジークの喉元へと突き進み。


その脇を通り過ぎて、停止した。


喉元をかすめた剣先を、横目でじっと見やり、彼は頬を引きつらせた。首筋から数センチも離れていないそれは、恐ろしく鈍い銀の光沢を持っている。ぴかりと光ったそれが、突如引き戻された。


見ると、ロスが細剣を一振りさせ、腰に吊った鞘に収めた。その後、彼女は切り裂かれた肩を押さえて顔をしかめる。


「……痛い」


「あ、当たり前です!」


のんきに言うその言葉に、今まで鑑賞していたアイナが金切り声を上げる。彼女は少々表情を強ばらせ、自らの上官に近寄ると、傷の具合を確かめ始めた。袖をまくし上げ、細くて白い腕が露わになり、二の腕部分に醜い裂傷が走っている。


「……傷自体は、あまり深くないみたいですね。後で包帯をもらいましょう」


「うむ、そうだな」


アイナは手慣れている様子で、傷口を観察してそう言うと、取り出した布きれで傷口をきつく縛り始めた。それを見ながら、ジークが少々バツが悪そうな顔で頭をかく。


「その……すまない、怪我を負わせてしまったな」


「いや、気にするな。君は寸止めするつもりだったのだろう? 剣に踏み込んだ、私のせいだ」


「全く、何であんなことするんですか?」


アイナは不機嫌な様子で、ロスに小言を言う。それを受け、彼女は「それは、その……」と、もごもごと口ごもる。その様子から、もしやと思い、


「……また、負けず嫌いの性分ですか?」


「………」


今度は完全に押し黙った。しかも、アイナと目が合うとぷいっと目をそらしてしまう。子供みたいな仕草を見たジークは思わず苦笑してしまう。笑われたのを見て、多少むっとしたのか、ロスは口を開こうとした。


「笑うなっ。そういう君こそ……」


文句を言おうとした矢先、彼女のマターからピッピッピッという通信音が鳴り出した。それに気付き、彼女は苦々しい表情のままマターを見やり、眉をひそめる。


「どうしたんですか?」


「いや……」


ロスの表情の変化を見たアイナは、首をかしげて問いかける。だが、彼女はそれに答えず、マターをじっと見つめている。おそらく、マターと同調した者だけが行える、無音通信か。一種のテレパシーに近いそれは、外部の人間には何を話しているのか知ることが出来ないため、よく情報のやりとりの際に行われる。


アイナと目を合わせて、首をかしげたが、こればかりは彼女の通信が終わらない限り何をしているのか分からない。そのため、二人はロスの通信が終わるのをじっとして待っていた。


だが、通信中、彼女の表情がだんだんと強ばっていくのを見て、二人は嫌な予感を覚えていた。やがて、通信を終えたロスはじっと目をつぶって考えこんでいる。


「あの、隊長。さっきの通信は……」


「ああ、あれは……」


そう言って、ロスは再び口ごもる。ちらり、とジークの方を見たが、やがて周りに気を配ると二人だけに聞こえるように小声で話しかけてきた。


ーーその報告は、一瞬で二人の顔色を変えた。


「……マナリアの近郊で、”魔獣”が出た」



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