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アルバスト伝説 ~双騎士~  作者: 天剣
第一章 マナリア・クロス
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第三話


ーーここは、どこだ?


少年は、あたりを見渡す。十歳にも満たないその容姿は、今や恐怖に頼りなく震えていた。


周りで燃えさかる、赤い炎。ごうごうと燃える城。彼が生まれ、そして今まで住んできたそこは、今や燃えさかる炎に包まれ、崩れ落ちかけていた。


もう周辺に人影はなく、そこにいた人は皆、とっくの昔に退避しているはずだ。それなのに、少年はまだそこにいた。


探しているのだ。親を、父親を。彼を見つけ出すまでは、ここから逃げる気など、彼にはなかった。そう己に言い聞かせ、震える体と心を叱咤する。


「どこですか……どこですかっ! 父上っ!」


叫ぶその声には、その表情には、微かな震えと必死さが含まれている。はぁはぁと息を切らしつつ、少年は走り続ける。着ている服の豪奢さからは高貴な人物だと思われるが、体を鍛えているためか、走り続けていても疲れている様子がない。


燃えて倒れている柱や家具をすいすいと避けて、彼は王室まで走り続ける。もう、父親がいるとしたらあそこしかないと思ったのだろう、自然とその足どりは速くなる。


「お待ちください、ソル様!」


「嫌だよっ! 僕は、行くんだっ! 父上を探さなきゃっ!!」


後ろからソルと呼ばれたその少年は、背後を振り返るなり断固とした表情で告げる。その言葉に、手を置いた人物である、腰に二本の剣を吊った壮年の男ーーこの国の騎士団の団長は、顔をゆがめつつもきっぱりと首を振る。


「いけませんっ! お城もこの有様です、ソル様も早く退避なさらないと……!」


「でも……!」


足を止めて肩を振るわすその様子を見て、何を思ったのか、団長は微かに俯きーーしかし、本来の職務を全うするため少年の肩に手を置いた。少年は、びくりとして彼を見上げて、何か言おうとしたその唇に視線を向けた。


「もう……お父上様は……セルド様は、もう……っ!」


彼の必死さと、その両目から流れる滴を見て、ソルは本能的に悟った。しかし、彼は断固としてそれを認めず、首を激しく振りながら否定する。


「それを、誰かが見たのっ!? 確かめたのっ!?」


「……」


団長は、何も答えない。ただその瞳に、微かな哀れみを宿していた。そのことにはソルも気付いている。しかし、あえて気付かないふりをして声を荒げた。


「だったら、もしかしたら生きているかもしれないだろっ! それを……みすみす死なせる訳にはいかないっ!」


「あ、ソル様!」


叫び、彼の制止を振り切って再度走り出す。もう、王室は目の前だ。開け放たれたそこに、ソルは飛び込むようにして中に入っていった。


「父上!」


しかし、少年は何を見たのか、目を大きく見開きーー




「ジーク?」


「…………はっ!?」


目を開いたその先に、見知った少女の顔が間近にあった。寝起きのため、あまり回らない頭だったが、その少女との距離ーー鼻と鼻がぶつかりそうな距離ーーに気付いたとたん、急激に覚醒した。そのまま跳ね上がるようにして飛び起き、結果、少女と自分の額がごつん、と音を立ててぶつかった。


「あいたっ!!?」


あまりの痛み故に、二人とも声を上げて額を押さえる。そのまま二人は呻いていたが、やがて恨めしい声音でジークは少女、アイナに言う。


「あ、アイナ、お前なんでここに居るんだよっ! 鍵かけて……なかったか」


部屋の闖入者に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、すぐに鍵をかけていなかったことを思い出し、声のトーンがしぼんでいく。


「……不用心にもほどがあるよ~、ジーク。大体昨日、あたし手合わせしてって言ったじゃん。約束の時間になっても降りてこないから心配したんだよ」


そう言われて、おでこを押さえながら恨みがましい目で睨み付けられれば、何も言い返せない。彼女の言うとおり、時間を決めたのは自分だからだ。しょうがない、とため息を一つついて立ち上がる。窓から見える景色は、もう夜だと言うことを伝えていた。


「……悪かったな。それじゃ、とっとと下に降りようぜ。……そういえば晩飯食ってないんだよな……」


「そう思って持ってきた」


アイナは懐から大ぶりのパンを二つほど取り出し、うち一つをジークに差し出した。それを受け取りつつ、礼の代わりに、


「なんで一つだけなんだよ、お前もう食ったんじゃないのか?」


「へへ、今回はお姉ちゃんに楽してもらおうと、あたしが料理を全部作ったんだ。昼からお休みにしてもらったのは、そのせい。だから、夜ご飯は何も食べてないんだよ」


彼女の言葉を聞いて、口に運びかけていたパンを、直前で止めた。嫌な予感が走ったからだ。以前、彼女が作ったお菓子を味見と称して食べさせられたが、そのときのことを思い出したためだ。


「へ、へぇ~、そう……」


「うん、そうなんだよ。それで、どうかな? そのパンの味は?」


あまり良い思い出がないジークは、一口目から大いに躊躇していた。引きつった笑顔を浮かべたその視線の奥には、どうやって逃げ出そうかな、などと考えていたが。しかし、それは失礼だろうなと思い直し、勇気を振り絞って一口口に運ぶ。


「……普通だな」


「そこはおいしいとかでしょ、普通はっ!」


以前、彼女から手料理を勧められた時の味と比べれば、格段に進歩している。少なくとも、舌に残る妙な味は消えていた。


だが、格別おいしいというわけではない。素直な感想を口にすると、アイナの拳がジークの後頭部を直撃する。いきなりの暴力にしっかりと抗議しつつ、二人はカリクロスの裏庭に向かっていった。


ーーいつしかジークは、先ほど見た夢の内容をすっかり忘れ去っていた。




トリシュが経営するこのカリクロスには裏庭があり、アイナはそこで剣の指南を受けている。もう今の時間帯は夜と言うこともあって、わざわざ見物しに来る物好きな客もいない。それが、アイナにはありがたかった。


「はぁっ!」


「残念、あまいよ」


「ふぶっ!?」


彼女が全力で打ち出した細剣による突きを、ステップという騎士特有の歩法で躱して見せたジークは、剣の柄で額を強打させる。思いもよらない突然の攻撃と衝撃に、アイナは額を押さえて涙目になりつつ後ずさる。


「うぅ~~……」


「ほらほら、焦れてないで次の動きを回避するんだ」


「ってわわ、少し待ってよぉ~!!」


ヒュンヒュンと風切り音を響かせながら、ジークの剣が襲いかかる。だが、顔をしかめつつもアイナは持ち前の反射神経で応じ、細剣をひらめかせて的確に弾いた。彼の剣を頭上に弾き、先ほどのお返しとばかりに、がら空きとなった彼の胴めがけて再度の突き。


不安定な肢勢ながらも、ジークは冷や汗をかきながら体をひねって避ける。二人の剣には鞘を付けた上に厚手の布を巻いているため、当たっても怪我を負うことはないのだが、それでも痛いものは痛い。


「……容赦ないな」


「それはお互い様ですぅ!」


申し合わせたように互いに距離を開けた彼等は、互いに軽口を叩いた。アイナは呆れたようにため息をつき、


「それで、まだやるの?」


「いや、今日は終わりにしよう。お前もだいぶ強くなったしな」


微笑を浮かべて言うジークに対し、彼女は「そっ」とすました表情で受け答えた。そしてそのすぐ後、今度はクスリと笑い、


「まだまだだよ。結局、ジークからは1本も取れてないしね」


「はは、剣を握って1、2ヵ月の初心者に、やられてたまるか」


鞘に巻いた布を巻き取りながら、ジークは苦笑いを浮かべる。それもそうか、とアイナも笑みを浮かべた。


彼の騎士歴は六年と、アイナと比べれば長い。そのプライドが、彼女に負けることを許さないのだろう。その気持ちは充分分かる。


「まぁね、先輩様には勝たしてあげないと」


「何その上から目線」


アイナの物言いを、若干不快に感じたのかジークは露骨に顔をしかめる。しかし、彼女はにやりと笑みを浮かべると、


「上から目線と言わずに殊勝な心がけって言ってよ。ね、ロス隊長に勝った人?」


「うっ!?」


びくり、と彼の肩が跳ね上がった。ジークはギギギッと錆び付いたおもちゃの人形のようにぎこちない動作で首を向ける。その表情には、情けないものが浮かんでいた。


「あーっと……。あの人、まだ怒ってる?」


「まだプリプリとね」


アイナはにっこりと笑みを浮かべると、今日ーーというよりももう日付が変わって昨日になっているが、そのときに彼のことを持ち出した上官の様子を思い出した。


「あれは……夜道に気をつけた方が良いかもね。夜な夜な決闘を申し込まれたりするかもよ?」


「……いきなり襲ってこない分まだマシか」


はぁ、とため息をついた指南役にご愁傷様、と心の中で言っておいた後、ふと以前から気になったことを口にした。


「そういえばさーー」


「ん?」


「あ……その……」


気になったこと、言おうと思ったこと言おうとした瞬間、口がうまく動かなくなった。その理由は、何となく分かっている。怖いのだ、その答えを聞くのが。


ーー先ほどジークの部屋に行ったとき、部屋がかなり綺麗に整頓されているのに気がついた。そしてそれ以前から、ある人物にこういう話を聞いたのだ。


『あいつ、旅に出るかも知れないな…』


そのときは話を聞いてまさか、と思っていたが、先ほどの部屋の様子を見るとあながち否定できない。それに、最近はお金を貯めているみたいでもある。まさか、路銀が貯まったら旅に出る、なんてこともありえる。


元々、彼は流れ者の傭兵騎士だ。ここに来たのは鍛冶屋が目的だったようだが、それも今日明日ですむという。ここに留まる理由がなくなったら、また流れ旅にでるかも知れない。


旅に出るかどうか。つまり、ここを離れるのかどうか、それを聞きたい。しかし、その答えを知るのが怖い。彼からもっと、剣の修行を付けてもらいたい。ずっと側にいてほしい。そう思うのは、彼女の夢のためなのか、それともーー


「……アイナ? どうした」


「あ、えっとその……」


どこか心配そうにじっとこちらを見てくるその視線とぶつかり、思わず俯いた。言わなければ、言わなきゃーー焦るその思いに突き動かされ、しかしためらう唇から漏れた言葉は、


「その……ごめん、何でもない」


だった。うわ、あたしのバカッ、と内心で己の意気地のなさを激しく罵る。


自分のことを罵っているなどとは全く思っていないジークは、どこか彼女が遠慮している風に思ったのだろう。不思議そうに首をかしげたが、アイナの様子から、それ以上触れない方が良いと判断し、肩をすくめた。


「……ま、良いか。言いたくなったらそのときに言ってくれ」


「うん。……ありがとう」


おう、とぶっきらぼうに返すジークは、鞘に収まったままの剣をマターに収納し、宿屋へと足を向けた。彼は急にアイナの方を向くと、微かに苦笑して口を開いた。


「そうだ、一つ伝えることがあるんだ。……剣の修行、しっかりな」


「え? あ、うん……」


その言葉に違和感を感じ、あいまいな返事しか返せなかった。しかしジークはさして気にした様子もなく、おやすみと声をかけて部屋に戻ってしまった。


もう夜も、日付が変わるほどに更けている。芝生に包まれた裏庭に腰を下ろし、アイナは星々が瞬く夜空を見上げて、春の空気を胸一杯に吸い込み、彼女は疲れがたまっている頭をすっきりさせた。


先ほどのジークの言葉。あれはまるで、自分がいなくなった後のことを言っているような気がした。考えすぎだ、と思う気持ちよりも、もう出て行っちゃうんだ、という気持ちの方が強かった。


そう思うと、心の奥底から寂しさがこみ上げてきて、目頭が熱くなる。流れ出ようとする物に気づき、アイナはそれを押しとどめようとする。同じ理由で震える唇から出した言葉も、明らかに震えていた。


「もう、あたしのバカ……。そうなるって訳じゃないんだから……」


そうだ。まだ彼が、ここを出て行くと決まったわけではないのだ。だからアイナは、あふれ出ようとしている涙を必死に押さえている。


強くなるって、決めたんだ。だから、ここで泣く訳にはいかない。泣いたら……また、泣き虫に戻ったら……あたしは、強くなれない。せっかく騎士アイナになったのに、それも無駄になってしまう。


細長い吐息を漏らして、彼女は立ち上がった。その瞳からは、潤んだ物は完全に消え去っていた。


表面的には彼女は泣かなかった。しかし、心の中には相変わらず寂しさと切なさが渦巻きーーその影で泣いている少女からは目をそらしていたーー。

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