08:真相と亀裂
08:真相と亀裂
おかしい。
わたくし、野々宮樹はどうしたものかと途方に暮れています。
あの神崎翼が私の存在を無視し、まったくとっていいほどスキンシップ(自称)をしてこないのです。
あ。いや別に触ってほしいとかそんなんじゃないけれどね…。
気になるんです。なんかあったのかなって…翼は悩みや弱みを人に見せあいタイプみたいだし。
んー!考えるのは性に合わない!ということで野々宮樹いきますっ!
「翼…なんで無視するの?」
聞いてしまった。
これすらも無視されたら心がさすがに痛いぞ…。
「…」
――…無視?
チクリ。あぁ、胸が痛い。針でつつかれたような小さくて深い痛み。
目頭が熱くなる。私って結構メンタル弱いんだなぁ。
泣きそう。教室で泣きたくない。わずかなプライドで留めようとした涙はいうことを聞いてくれない。
「図書室言ってくる!」
半ば怒鳴るように翼にいう。
―――ガララッ
(逃げた、また縋ったその優しさに…)
(縋る?なんのこと?)
(今はまだ知らなくていい記憶)
頭の中で響く声。
あれはいったい何なのだろう?
それから…天使。天使は人間になれるのだろうか?
わからない。わからない。
「調べてみよう~♪そうしよう~♪」
……。恥ずかしい。私最近独り言多い気がする。
寂しい人になってしまったのか?!
「失礼します。」
朝からこんなところに来る人もいないだろう。
ここならゆっくり泣ける、それに“天使”についても調べられるだろう。
ドアを開けると本の匂いが鼻を擽る。友達はみんなこの匂いが気に入らないと言ったけれど…。
私は好きだった。静かで穏やかでここだけ時間の流れが止まってるみたいだったから。
さてと。私は辺りを見回す。
あった。
私は分厚い“広辞苑”を手に取る。埃がふわぁっと舞い上がるが気にしない。
ぺらぺらとページをめくり“天使”という言葉を探す。
そこには、
【天子の使。エンゼル。やさしく清らかな人。⇔堕天使】
と記してあった。
天子?駄目だ、さっぱりだ。
私がう~んと唸っていると、
「ねぇ。なに調べてるの?」
と聞いてくる声があった。私はその声にびっくりして飛び上がった。
「緋之宮…?あ、天使って何?教えて」
私が聞くと相手は拍子抜けした顔になって、
「ありり?驚かないね」
「?」
「だって俺は…いや話そうかな?俺のこと…」
彼がそう簡単に教えてくれるわけがないと思っていた。
なのに…。
「ね。教えてあげる、全部。でも君耐えられる?」
どういうこと?
「だーかーらー今から話すことは君の過去に関係があるの!」
はい?
私の…過去?
「じゃあ。事実だけ簡潔に。君は過去…あの時にアクマと契約を交わした。アクマは代償に君を永遠に縛り付け、君の願いを叶えた。歪んだ形で…そんでもって」
「な、なに?それ…意味が…」
アクマ。アクマってあの?
悪魔?サタンとかのアレですか?あぁ。私の日常は可笑しくなってる。
ただでさえ翼にシカトされて心が痛むのに、昔との決別は済んでたはずなのになぁ。
そんな考えに反論するように自分の目じりから涙が出てくるのがわかる。
「ほら。だからいったじゃん」
目の前で私が泣いても全く動揺せずに言い放つ。
「っヒクッ、で、もなん、で緋之、宮は…その」
「ここに来て君のメモリーを削除しようとしたか?」
私の言葉を覆うように彼はいう。
「そう、なの。君はなんでっ―――!」
「クスッ」
キスされた。
昨日、翼にされた唇にキスされた。
気持ち悪い、不快、不快。
「ちょっと何するっ!―――!!」
今度はもっと不快なキス。
長いし、深い。所謂ディープキス。
手で彼を押し返そうとしたけれど、見ために似合わず彼の力は強かった。
「ね、ね。」
キスをしながら器用に彼は聞いてくる。
「君の彼氏これ見たらどう思うかなぁ?」
「へ……?」
「君って頭悪いの?」
目を細めて馬鹿にしたように鼻で笑ってくる。(キスをしながら…)
「な、のっあふっ、こっと、んんっ、よっ!」
彼氏?
翼のこと?
まぁ。緋之宮が知っていても可笑しくはない。
なんせ翼は教室で、『今日から樹は俺のだから手ェださないでね?』と高らかに宣言したのだから。何が“俺の”だ。馬鹿者、と殴ってやりたかった。が、緋之宮がこっちをあの転入当初の視線でガン見していて怖かったのでやめた。
「ドアにご注目下さいませ」
やけにおどけた口調で緋之宮が言う。
その時にはもうキスは終わっていて、私は酸欠でクラクラする頭を頑張ってドアに向けた。
「―――っ!つ、」
そこには、翼がいた。
呆然とした顔の翼。
あ、違う。
頭が重くて、痛くて、説明できない。
「つ、翼ぁ、ちがっ」
ハッ、とした顔になり、だんだんとその顔には笑みが広がる。悪魔みたいだ。
「お前、彩みたいに最高にキモい」
「ああああっ!」
「お幸せに~♪淫乱さん」
何も言えない。
違和感。何?これ舌が痺れる。
―――ピシャリ
「行っちゃったね~最愛の彼」
クスクス笑いながら彼は言う。さも愉快だ。と私を嘲る。
「ひっててひょんなひょひょひひゃひょ?」
「ごめ~ん♪何言ってるか分からない♪」
ぎりっ、と歯と歯を合わせる。だってそうしないと緋之宮に飛び掛かってしまいそうで。
でも次にアイツから出て来た言葉に私は絶句した。
「あ!あとねぇ。アイツは悪魔だよ?君のね♪」